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酒が撫ぜる背中




 北大陸の件を話し合うのは程々にして、町長会議の段取りを済ませる。ここでどれだけ話しても、会議の結果次第では北大陸の内乱には手を出さず、ニーニャの姉達への補給だけで終わる可能性もあるのだ。

 会議の参加者は、各街の長に運び屋とルーデルと俺。すんなりとそう決まった。商人ギルドからも婆さんかダヅさんに出てもらうものだと思っていたが、商人ギルドは政治に関わらない事をあっさりと宣言してしまったらしい。


「そんじゃ、俺は行くよ」

「悪かったね。それに、恥ずかしい所を見せた」

「いいさ。そうやって、人間は付き合いを深めていくんだと思う」

「・・・ふとした時に気付かされるが、君と運び屋君の精神性は実に興味深いね。実利を見定めはするが、それだけでは動いていない。もっと何か、別の行動原理に基づいて動いている気がするんだ。今はまだそれを理解できないが、私の目指すべき高みはそこかな」

「買い被り過ぎだっての。じゃあな」

「君に会えて良かった。心から、そう思うよ」


 背を向けて手を振り、秘書に挨拶をしてシティーの雑踏に紛れ込む。

 薄暗いカチューシャ商店のカウンターでは、婆さんが1人で頬杖をついていた。


「さっき、疫病神が顔を出してったよ。西に向かうらしいね」

「ああ。黒髪の職業持ちを探しにな。隣、いいかい?」


 婆さんが俺の顔も見ずに頷く。

 いつもの事だが、客は1人もいない。

 銃や防具を見るともなしに見ながらタバコと灰皿、赤ワインのボトルとジュラルミンのカップを出した。

 俺は、タウタ産の焼酎だ。木の樽ごと買った物を、煮沸消毒した空きビンに詰めてある。

 酒はまだまだあるが東部都市同盟の発足を宣言する日、各街の住民達に酒とジュース、缶詰を配る予定だ。気軽に探索に行けない今の状態では少しでも節約したいので、味の違いなどわからない俺はこれを飲んでいればいい。

 酒は壊れそうな心、狂いそうな頭を鎮めてくれればそれでいいのだ。


「乾杯」

「ああ、いただくよ」


 カウンターの内側に並んで座っているので、婆さんの顔は見えない。

 相変わらず俺は何も出来ない。こんな時だというのに、慰めの言葉1つ口に出せやしないのだ。

 本当はこんな世界に必要なのは俺のように戦える男などではなく、歌でも聞かせて人々の心を慰めてくれる稀人なのではないだろうか。


「あれはもう、30年以上も前かねえ・・・」


 婆さんが口に運んだタバコに火を点ける。ついでのように、俺も1本咥えた。


「ハンターズネストに戻って双子を産んで、婆は静かに暮らしていた。ある日、幼子を連れた冒険者が大量の武器や防具をハンターズネストに持ち込んだのさ。婆は目を疑ったよ。その女は、婆が小さな頃に少しの間ハンターズネストで暮らしていたビクニだった。一族のすべてを率いた父親と一緒に、出て行った女さ。何十年も前と同じ、作り物みたいな表情で、ハンターズネストのカウンター前に立ってたのさね」


 となると、ジャスティスマンがシティーを発見したかしないかって頃か。


「婆以外にその顔を覚えているはずの母親はとっくに死んじまってたが、はっきりとわかった。淡々と父親が率いた一族の死に様を語られて、頭がおかしくなりそうだったよ」

「・・・だろうな。俺なら、その場で殺してる」

「そうしたかったのは山々だったが、乳飲み子を抱えてたんでね。頼むから帰ってくれとどうにか声を絞り出すと、シティーが町民を募集するって話をして出て行った。武器や防具はカチューシャ一族への後払いの報酬だから、そこでの生活の足しにしてくれって言ってね」


 婆さんが赤ワインを呷る。


「・・・まあ、なんだ。悪い人間ではないんだろうな、ビクニ」


 カウンターをカップの底が叩く。

 かなり大きな音だが、客がいるわけでもないので構わない。


「だが、それでもっ!」

「・・・そうだな。それでも、納得はしなくていい」


 新しく注いだ赤ワインを舐めて、婆さんはタバコを灰皿で消した。まるで違う何かを揉み消すように、何度もタバコを灰皿の底に執拗に押し付けている。


「アンタも行くのかい?」

「わかんね。正直、雨が降るなら行きたいって気持ちもある。でも、ウイ達がなんて言うかだな」

「フン。止めるに決まってるじゃないか」

「だよなあ。でもよ、雨が降るんだぜ。この荒野に、雨が」


 雨が降れば、この辺りはどうなるのか。

 文明崩壊時に地形まで変化してしまっているので、洪水なんかが起こる可能性もある。

 だが例えば、今は街と呼べるほどではない小さな集落は、水場への近さとクリーチャーに襲われない安全性を考えて家族や個人単位で静かに暮らしているらしい。シティーに流れて来て体を売る女の中には、そんな集落から追い出されたり逃げ出して来る女も多いと聞く。

 雨さえ降るなら水や食料が惜しいからと売られたり、生きるために誰かに這いつくばって見せる必要もなくなるだろう。


「水源はある。雨がなくたって、なんとか生きてはいけるんだ。ここいらの荒野が海で、東部都市同盟ってのが大きな船だとしたなら、船長に死なれる方が痛いさ」

「戦いがねえと役に立たねえ船長、か」

「呆れたねえ。本気で言ってるのかい?」


 わざわざ聞こえるように溜息を吐いて、婆さんが言う。


「当然。いつも、朝から飲んだりしてっからな」

「アンタがいなけりゃ・・・」

「守れるはずだ、もう。警備ロボットはメンテナンスが出来る職業持ちがいる限り、東部都市同盟の戦力だろ。細かな判断が必要な場面も多いだろうが戦う人間は運び屋が若い者から選んで鍛えてるし、ルーデルがこの先そいつらを見守るのは確実だと思う。そしてエコー爺さんとエルビン家、うちの嫁さん連中で空母とギルドは最低でも30年は回せる。次世代の教育も、すぐに始まるんだぜ?」

「その始まったすべてに、ヒヤマって男が必要だったと言っているのさね」


 きっかけ。

 そう言われればそうなのかもしれない。

 だが、東部都市同盟はもう動き出している。ここからは俺でなくともいい。そう考えてしまうのは、いつの間にか染み付いた荒くれ者の悪い癖なのだろうか。


「・・・ここまでが、神の期待した事。いや、こんな小さな変化なんて、神からすりゃ虫の羽ばたきほどの風でもねえな」

「何を勝手に役目を終えたような事を言ってんだい。ヒヤマが来なけりゃ、始まらなかった。それは事実。なら、これからもヒヤマがいなけりゃ始まらない事があるのさ」

「はぁ。別に死に急ぐつもりじゃねえがよ、役割分担は必要だと思うんだがなあ。ウイ達にゃ悪いが、誰かが泣くぐらいなら俺が血を流した方が楽だ」

「それで嫁さん連中を泣かせたら意味がないだろうに」

「そこさ。だからいつも悩んでた。誰よりも強くなれば良い、そんな答えにもなってねえ現実逃避をしていい気になってた自分を殴ってやりてえよ」


 婆さんが俺のカップに焼酎を注ぐ。


「死ぬまで悩むのが、人間ってモンさね」

「そうかい」

「明日はシティーで会議だろう。このまま酔っ払って、2階のソファーで眠っちまいな。男ってのはたまには独り寝をしないと、どっかでバカをやらかす生き物だからね。ウイちゃんには、婆から言っておくさね」

「なんでえ。婆さんの愚痴でも聞こうと思って酒を持って来たのに、慰められてんのは俺の方かよ」

「それが老人の仕事さね。いいから飲みな。潰れたら、2階までイワンに運ばせる」

「・・・それもいいな。ああ、そこの小さなサブマシンガンはいくらだ?」

「あれかい。威力も精度も装弾数もいいんだが、小さ過ぎて頼りないからか売れ残ってるのさ。欲しいなら持って行きな」


 いくら身内でも、そこまでは甘えられやしない。

 網膜ディスプレイの所持金欄には、3000と少しの硬貨が表示されている。

 それを全部、カウンターの上に出した。


「そのうち、うちのミイネが来たら渡してやってくれ。ありゃ室内戦なんかには最高なんだ」

「お代が多いんだがね?」

「釣りはいいさ。いつも世話になってる」

「あまり話した事はないが、あの子がアンタに1番似ている。婆はそう思うよ」

「・・・俺も、そう思う。戦う事しか出来ねえ自分が歯痒いんだ」

「ならサブマシンガンを2丁にして、同じ銃弾を使う拳銃も付けようかねえ」

「体が小せえから、2丁持ちはキツイって。それに、拳銃は良いのを持ってる」

「生まれて来る子供用にさね」


 子供。俺とミイネの、子供。

 子供が生まれれば、ミイネは変わるのだろうか。

 俺はもう1年と待たずに父親になる。レニーの子供なら、きっとやんちゃで手がつけられないだろう。


「レニーの次は、ミイネに産んでもらうかな」

「それがいいかもしれないねえ。どら、ツマミを取って来ようかね」


 飲みながら、フェンスのようなディスプレイに針金で縛って飾られているサブマシンガンを眺める。

 長方形の箱のようなその銃は、地球では個人防衛用銃器だか何とかという略称で呼ばれていたはずだ。俺がそばにいない時には、しっかりと自分の身を守って欲しい。だが、どんな敵も自分から殺しに行くような生き方はして欲しくない。

 最後にベッドを共にした朝、ミイネはシティーのギャングを暗殺するなら一晩で片付けてみせると微笑んでいた。

 出会ってから上がったレベル分のスキルポイントを、ミイネは隠密や潜入、暗殺系のスキル取得に使用したらしい。


「俺がこんな生き方をしてるから、かもな・・・」


 いつかこの銃を、俺の子供が受け取る。

 緑の大地を駆け、獲物を追い詰めて狩り、それを仲間と分け合ってその夜の糧とするかもしれない。

 そう思うと、それを見るために生き残るのも悪くないという気がした。


「なーにニヤけてんだい?」

「大変だ、婆さん。俺、しばらく死ねねえよ」

「ほう。そりゃえらく感心な言葉だ。なんでだい?」

「ガキがどれだけ生まれるかわかんねえがよ、全員分の武器を小遣いで買ってやらにゃ」


 カウンターにサハギンのスープと塩焼き、それに少しの野菜が載った皿が並べられる。


「なら遠慮なくボッタクろうかねえ。さあ、食った食った」

「おう、婆さんのサハギン料理は絶品だからなあ。でも、武器は少しくれえ安くしてくれ」

「やなこった。それ以上言うなら、子供達に親父は銃を値切ったってバラしちまうよ?」

「そりゃ嫌だな。俺だって10年もすりゃ、威厳のあるおっさんになってんだぜ?」


 10年。

 言葉に出した途端、ビクニを思い出した。

 その目的と、そのために必要な俺という存在も、否応なく意識させられる。

 傾けたカップの中で、酒が優しく揺れた。


「飲みな。今日は酔い潰れていいんだ」

「ありがと、婆さん」



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