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師匠と弟子




「・・・と、私とローザの出会いと別れはこうだよ」

「なんてこった。数百年も前の稀人だと思ってたのに、まさかの入れ違いかよ」


 もう少しだけ時代が近ければ、ローザを助けられたのかもしれない。

 その死に際に何があったのかは誰にもわからないが、無線が使えたなら俺は助けに行っただろう。


(死神がご執心のローザって女が、ジャスティスマンの命を救っていたとはな)

「彼女がいなければ私は野垂れ死んでいただろうし、シティーを発見する事もなかった。本当に、縁というのは不思議なものだね」

(で、ローザとは寝たのか?)

「な、何を言ってんだ運び屋!?」

(いやあ、どこに行ってもモテモテな義理の息子に、失恋の気持ちを疑似体験させてやりたくってよ)

「いやいやいや、ローザの顔すら見た事ねえから俺!」

「写真ならあるさ。あれだよ」


 ジャスティスマンが指差したのは、風景画の下に設置されている暖炉の上だ。

 【鷹の目】、さらに【機械の目】まで取得してある俺だから、立ち上がる必要もない。

 大きな鷲。槍を持ったサハギン。恥ずかしそうに顔を隠す死肉漁り。横たわる白虎に凭れ掛かるようにして、3人の人間が座っている。

 幼い少女と青年。そして、その2人の肩に手を置く女。


「女の子は、ロザリー町長か・・・」

「ああ。ローザは彼女をとても可愛がっていたんだよ」

「そうか。でっけえ向こう傷もあるのに、優しそうな人だな。ローザ」


 言いながら、ローザの肉声が入った録音機器をテーブルに置く。


「懐かしいね、これは。再生しても良いかい?」

「・・・ああ」


 聞けばジャスティスマンは、哀しむだろう。

 だがそれでも、聞きたいと思っているはずだ。

 アカペラのカチューシャが流れ出す。

 地球の、厳しい北の大地の恋歌。俺が育った北海道は彼の国とは因縁もあるが、北国に生きる人間への親近感はそれなりに感じていたとも思う。


「・・・懐かしいね、この歌は」


 ジャスティスマンが言い、2本目のタバコに手を伸ばす。

 いつものパイプは、吸うまでに手間がかかるのだろう。紙巻きタバコの手軽さは、こういう時にはありがたい。


「良かったら、これも。ローザの故郷の酒と同じモンだ」


 ウォッカを出す。

 ショットグラスを満たすとジャスティスマンは瞳を細めながらそれを手に取り、天井を見上げるようにして口に放り込んだ。


「美味いね。酒を飲むのは、30年ぶりだよ・・・」


 ジャスティスマンは俺が出したミネラルウォーターのボトルには手を出さず、ローザの死に際の独白を宙を睨みながら聞いている。


「・・・声は、あの頃のままだね。老いる時間もなく、彼女は死んだらしい」

「そうか。聞かせる事が出来て良かったよ」

「どうやら通常録音は、これで終わりのようだね」

「通常録音、は?」

「ああ。かなりの時間の、緊急録音も残されているようだ。聞かせてもらうよ」


 俺達が気づかなかった切り替えスイッチを操作し、ジャスティスマンが機械をテーブルに戻す。


「・・・ん急録音、開始。ブロックタウンっていう地球人が関わっていたと思われる街から3日ほど、南に進んだ。なぜ、あの街から南に人が住まないのかわかったよ。斥候に出ていた鳥が発見したのは、ラスが住み着いた工場の建物より大きなバケモノだ。体は機械で出来ているらしい。このバケモノの行動範囲がわからない以上、このまま放っては置けない。追跡を開始する。考えたくはないけど、ブロックタウンやタウタ、ラスの工場方面に向かうなら、何とかしなけりゃならないだろうね」


 俺達は、言葉も無い。


「おい、運び屋。この工場より大きなバケモノってのは・・・」

(今、ルーデルに無線で聞いた。機械兵の大物は、高層ビルくれえあるんだってよ)

「クソが・・・」


 ローザは、機械兵に殺されたってのか。


「ん急録音。バケモノが動き出した。鳥の解析では、工場のクーラーなんかが本格稼働してすぐにバケモノは動き出したらしい。機械の音でも拾ってるってんだろうかねえ。現在、シムナでブロックタウンまで南に2日の距離。ブロックタウンまで1日の距離まで進んだなら、攻撃を開始しようと思う。大丈夫だよ、ラス。アンタの楽園は、何があっても守ってやる・・・」


 バリン、と何かが割れる。

 それはジャスティスマンが手にしたショットグラスだった。

 血だらけの手を取って拳を開こうとしてみるが、ジャスティスマンは目を閉じて歯を食いしばり、強く強く拳を握りしめている。


「気持ちはわかるがよ、手は開いてくれ」

「私のせいで。そして私のために、ローザは・・・」

「誰がなんと言おうが、死に際は自分で選ぶもんだ。戦う人間はな」

「しかしっ!」


 雑音。

 ローザの声が聞こえた。

 たった一言。

 攻撃を開始すると。


「今すぐに、機械大陸に行って暴れ回りたい・・・」

「そんなのはアンタの仕事じゃねえさ」

「だが・・・」


 再度の雑音。

 最初に反応したのはジャスティスマンだ。

 驚くほどの反応速度で、ローザの声を吐き出す機械を睨んでいる。


「殲滅完了。大きなビルを半壊させちまったけど、なんとか倒した。けど、少しだけ疲れたねえ。ラス、可愛い愛弟子。スパスィーヴァ、プラシャーイチェ・・・」


 全員しばらく耳を澄ましていたが、録音はそこで終わっているようだ。

 ジャスティスマンの右拳から伝った血はテーブルに溢れ、床にまで血溜まりを作っている。


「とりあえず、拳を開きなよ。ドクターXも打てやしねえ」

「あ、ああ。すまない・・・」


 ドクターXは、不純物を肉から吐き出して傷を塞ぐ。

 治療を終えるとすぐに、秘書が来てテーブルや絨毯の血を拭いてくれた。


「ありがとよ」

「お礼を言うのはこちらです。ここからはお酒にいたしますか?」

「ウォッカをラッパ飲みしてるもんなあ。ジャスティスマン、それはアルコール度がハンパじゃねえんだ。休み休み飲んでくれよ?」

「・・・すまない。つい、手が伸びてしまった」

「いいさ。俺がアンタの立場だったら、正気でいられる自信がねえ」


 ジャスティスマンの視線は、俺の右の脇にある新しい自動拳銃に注がれている。見るからに高威力の拳銃だ。これがあれば、機械兵とも戦えるとでも思っているのだろうか。

 反対はするが、ジャスティスマンがどうしても機械兵を殺りに行くと言うなら、黙ってこの拳銃を譲ろう。


「私も、昔は戦ったんだ。たくさんの人間を、殺した・・・」

「だろうな。その目を見りゃわかるよ。ただ、今はそんな目をしなくていい」

「ビクニさん達と機械大陸に行くなら、私も連れて行ってはくれないだろうか?」

「断る」

「それなりに戦えるつもりだがね。なんなら、証拠を見せようか?」


 殺気。

 ハンパではない。

 運び屋やルーデルには届かなくても、俺程度の小僧なら片手で殺せそうだ。

 それに今のジャスティスマンの視線でそこらの冒険者を睨んだら、それだけで腰を抜かしてしまうかもしれない。

 戦闘職ではない。それは今現在のジャスティスマンがそうであるだけで、昔はそれこそ、ここいらで最も腕の立つ戦士だったのだろう。

 今でも腕だけで言えば、運び屋とルーデルに次ぐ実力を隠し持っていたようだ。


「若造から忠告だ。戦わなかった時間と同じ時間を戦ってから復帰してくれ。兵として戦場に出るんならな」

「戦場を舐めるんじゃないと?」

「それもあるが、機械兵もだ。多分だが大型相手は、HTAか航空機じゃねえとキツイぜ」


 ジャスティスマンがコーヒーが入っていたカップにウォッカを注ぐ。何も言わずそれを水でも飲むように飲み干して、大きく熱い息を吐いた。


「私にはどちらもない、か。すまない。論理的じゃなかったね・・・」

「気持ちはわかるって。それにしても、気の鎮め方が見事だな。溢れ出していた殺気が、なかったみてえに消えてる。まるで武芸者だ」

「師匠がよく、サムライになれと言っていたよ。私は、拳銃と剣を使う戦闘スタイルだったんだ。目が見えないふりをして、隠した剣で奇襲、なんて練習もさせられたよ」

(ほう、座頭のアレか。生きていた時代も俺達と近かったのかもな、地球でのローザって女も)

「いやあ、それにしても死ぬかと思った」

「そんな笑顔で、あっさりと物騒な事を言うのだね」


 俺にあれだけの殺気を浴びせたくせに、ジャスティスマンは苦笑いしながらウォッカを注ぎ足してカップを口に運んだ。


「いや、あれは覚悟を決めるって。俺は抜き撃ちのスキルなんてねえし」

(軽く言ってんじゃねえよ。ジャスティスマンがその気ならソファーに隠した長物で首を飛ばされて、脇の下の拳銃で再生したドタマをぶち抜かれてんだぞ。どう考えても、死神に勝ち目はなかったんだ)

「そんなん隠してんのかよ。怖えって」

「運び屋君にはバレていたか。この部屋には6振りの剣があるよ。どれもローザが作成したものだ。ヒヤマ君、1振り持って行くかい?」

「とても剣にまでスキルは回せねえって。そしてサハギンの槍は、やっぱりローザが作ったもんだったか」

「優しい魚だった。最後に君と出会えて、幸せだっただろう」

「鷲に聞いたのか?」

「ああ。懐かしい声の無線を聞いて窓を開けたら、朝の光を身に受けて東へ飛んでいったよ」

「そうか・・・」


 死肉漁り、サハギン、白虎。

 見事に死んでいった奴等。

 死ぬべき時には、ああして毅然と死んでいきたい。

 いつからか、そう思うようになった。


「そういやジャスティスマン。HTAも戦闘機も、まだ空きがあるぞ?」

「・・・やめておこう。私が新たにスキルを取るよりも、後の人間に残した方がいい。聞いたよ、子供が生まれるんだろう?」

「ああ。でもなんつうか、変な感じでさ。生まれるって言われても、実感がねえんだ」

「男はそんなものさ。だろう、運び屋君?」

(だな。産まれて立ち上がって言葉を話して、自分を親と呼ぶ。それでやっと、自分は父親になったんだと実感するくれえだ)

「そんなもんかあ。そういや、北大陸に滞在すんのは数日にしとこうと思うんだ」

(はあっ!? んじゃあ、何のために北大陸に行くってんだよ?)

「いや、機械の動きを機械兵が探知するなら、空母が工場として稼働したらヤバイだろ」


 網膜ディスプレイに映る運び屋が黙り込む。


(直近の機械兵はローザが倒してくれたにせよ、この辺りのどこかに残っている機械兵がいるなら、空母を目指すか・・・)

「あり得るだろ?」

(まあな。だが、ブラザーズオブザヘッドは空母や軍艦を普通に稼働させてるだろ。それに、万が一機械兵が動いたにしても、到着までは時間がかかる。【衛星無線】なら北大陸にだって繋がるんだ。北大陸まではヘリで3日。ヤバそうならすぐに呼び戻すから、気にしねえで出来るだけ恩を売って来い)

「あっちの治安や政府のやり口にもよるけど、国力が跳ね上がるほどに手を貸す気はねえよ。反乱軍を倒してやったらあっさり国力を取り戻して、ほんで海向こうのこっちが攻められるなんて冗談じゃねえ」

(そんな恥知らずな人間達じゃねえ事を祈るしかねえやな)




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