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文殊の知恵は出て来るか




「ああ、可愛らしいですねえ。そんなに強く、唇を噛み締めて。そのまま、痛くなんかないって言ってもらえませんか?」

「・・・人様の趣味にケチつける気はねえが、大概だな。それより、カチューシャ家は知ってますね?」

「もちろんですよ。あの家には、お世話になりました」


 また、能面のような表情だ。

 一切の接触を拒むような、心の鎧。そんな気もする。


「の割には、ずいぶんと嫌われてるようですが?」

「わかっていても許せないのでしょう、サーニャは」

「何がです?」

「あの子と母親だけを残し、一族のすべては賭けに出ました。そして、誰一人帰らなかった」


 一族と言うからには、分家もあったのだろう。

 あれほどの底力を持つ家なのだからないのはおかしいとずっと思っていたが、数十年前に全滅していたのか。


「当時は、シティーもなかったんでしょうね」

「そうですよ。ラス坊やがこの工場を開けてすぐ、私と咲良は南に出かけましたから。それより、なぜサーニャの父や兄が死んだのか聞かなくていいのですか?」

「想像がつきますからね。元英雄の、しかも日本人を助けるって大義名分、それに実利も差し出されりゃ、あの家なら賭けにも出るでしょう。軌道エレベーターとやらに連れてったんで?」

「ええ。機械兵の群れを私と咲良で迎え撃ち、その間に軌道エレベーターの入口を開ける手筈でした。・・・が、プロテクトを破るのに失敗してレーザーを照射されて蒸発したんですよ。骨も残さずに、ね」


 婆さんは、恨んでいるのだろうか。

 聞いて良い話ではないので俺からは口には出さないと思うが、ビクニがここを出て行ったら、一緒に酒でも飲もうと思う。


「プロテクト、ですか。残念ながら、お役には立てそうもないですね」

「いえいえ。特殊ハッキングのエクストラスキルはもう取得しました。ヒヤマさんには、機械兵の相手をお願いしたいんですよ。咲良だけでは、危険過ぎますので」


 戦うだけなら、役には立てる。

 だが、俺の勘は行くべきではないと大声で叫んでいた。

 例え報酬がこの地域に雨をもたらし、荒野が緑で覆われるにしても。


(おい、乗るんじゃねえぞ。自己犠牲なんかで死ぬのは、死神の役回りじゃねえ)

「あら、死んでくれなんて言ってはいませんよ?」

「っ!」

(無線を傍受してるってのか、この尼さんは・・・)

「わざとではありませんけどね。聞こえてはいます」

「・・・まあ、雨を降らせられるなら、何で今までほっといたんだって話だからな」

「解呪には、その呪いに応じたMPが必要なんですよ。今までは足りませんでしたが、南の大陸でだいぶレベルが上ったので、今ならば可能です。それでも、東部都市同盟の領地程度しか解呪できませんけど」


 雨は、それこそ喉から手が出るほどに欲しい。

 どれだけの雨量があるのかはわからないが、瓦礫で周囲を囲った内側に堀を掘ってそれを荒野まで伸ばして貯水池と繋いだならオアシスのような街や、効果的な防衛網や水運の道だって作れるかもしれない。

 だが、この胸のざわつきは何だ・・・


「おかしいとは思ってたが、この大陸に水が残ってるのはまさか・・・」

「いいえ。水を枯れないようにしたのは、神様です。あなた方を招き、望んだ生き方を与えてくれたね」

「まさか、神様と話せますなんて言うんじゃねえでしょうね」

「話すというよりは、声を聞く、ですね」

(とりあえず待ってくれ、尼さん)

「あら。別に今すぐ着いて来いなんて言いませんよ。・・・そうですね。10年後でも構いません。手を貸してくれると約束していただけるなら、今すぐに雨が降るようにして私達はのんびりと待ちます」

(だから待ってくれって言ってるんだ。この男は嫁さんが多く、それ以上に仲間が多い。だからここで返事は出来ねえ。そうだな、1つ情報をやるよ。西に黒髪の職業持ちが現れたらしい。死神の答えを聞くのは、ソイツが使えるかどうかを確かめてからでいいんじゃねえか?)


 ビクニが無表情のまま、ニヤリ、と笑う。

 まるで、ホラー映画でも見ているような気分だ。


「良い情報をいただきました。行きますよ、咲良」

「えーっ。しばらくここで暮らすって言ったじゃーん!」

「大丈夫ですよ。来たばかりの稀人なら、ヒヤマさんほどに頼りにはなりません。悪人なら殺して、善人なら少しばかり生き残るための手助けをするだけです。終わったらすぐにここに戻りますから、何年かはゆっくりと暮らせますよ」


 そう言われると咲良はニッコリと笑みを浮かべ、残っているジュースに手を伸ばした。


「咲良ちゃんは何歳なんだ?」

「んっとねえ、たっくさん!」

「そういう答えを期待してはいないんですよ。5つで時間が止まっているのだから、5歳でいいんです」

「はーい」

「旅が辛いなら、空母で留守番しといてもいいんだぞ?」

「んー。でもママは、おっちょこちょいだからなあ・・・」


 いつの間にかビクニの表情には生気が戻り、苦笑しながら咲良の頭を撫でている。


「まさかそんな提案をしていただけるとは。どうしますか、咲良?」

「嬉しいけど、ママと行く。だって、心配だもんっ!」

「・・・そう。ヒヤマさん、ありがたいお話ですが」

「ええ。大丈夫ならいいんです。どうか、お気をつけて」

「ありがとうございます。では、行きましょう」

「おじちゃん、お兄ちゃん、またねー」

「またおいで。今度は勉強も教えてあげよう」

「お兄ちゃんは歓迎パーティーの準備をしとくよ」


 嬉しそうな咲良を連れて、ビクニが部屋を出て行く。

 俺なんかには想像も出来ないほどの時間を生きてきた職業持ちだ。物資なんかの心配をするのも野暮だろう。


「やれやれ、とんだお客さんだ・・・」

「悪い人ではないのだよ。ただ、愛する人を助けたいだけの家族だ」

「まあ、わかるけどよ。運び屋、ありがとうな。西の情報を出してくれなきゃ、ここで答えを出す羽目になってた」

(いいさ。だが、答えは充分に話し合っとけ。嫁さん連中にルーデル、それに俺ともだ)

「・・・了解。俺1人の命で雨が降るってんなら、安いモンだとは思うんだけどなあ」

(そんなんだから止めたんだ。このバカタレ)


 草木の1本もない荒野に雨が降る、それ以上に大切な事などあるのだろうか。

 だが、俺だって誰かがその命で降雨を贖うと言ったなら止めるだろう。


「まあ、ビクニの件は後でいいさ。町長会議は明後日だよな、ジャスティスマン?」

「そうだね。明日から、ルーデル君が各街をヘリで回る。会議は明後日の朝からだよ」

「どう見る? 俺達のいた世界じゃ、3人以上の人間が話し合うと必ずモメたもんだが・・・」

「心配はいらないさ。どちらかと言うと問題は、ギャングの元締めとの話し合いだね」

「それなんだが、こっちにいる4人の腕っこきの誰かがその気になれば、ギャングは1日で皆殺しに出来る。それを教えてやったとしたらどうなる?」


 ジャスティスマンは、眉1つ動かさない。

 その代わりに俺が1本取って置いたタバコの箱を手に取り、何も言わずに咥えた。

 ライターの火を分け合う。

 深く吸い込んだ煙を吐いて、ジャスティスマンはゆっくりと話し出した。


「ギャングを束ねる男は職業持ちではないが、それなりに頭は切れる。ただ、だからこそ戦わずして膝を折る事はないだろうね」

「・・・そうか。シティーの人口が減るけど良いかい?」

「やはり、譲る気はないか。東部都市同盟と戦ったという体面さえ整えてやれば、最終的にはこちらに従うと思うんだがね」

「それじゃ意味がねえんだ。東部都市同盟が、将来的にどうなるのかはわからねえ。だが、敵に回って許された例は作りたくねえ。生き残ったギャングが税を収め続け、その子や孫もそうするってわかっていてもだ」


 地球で言う民主主義や資本主義の残酷さは、高校生の俺でも感じていた。正反対とされる社会主義の醜さと終焉も、この目で見てはいないがそれなりに肌で感じたと思っている。運び屋などは、俺よりもそう感じているような気がする事もあった。

 東部都市同盟はまだ国ではないが、ただ作り出しては消費していくだけの存在であって欲しくはない。


「犯罪者でも生きてさえいれば継続的に税を納め、金銭を使用して物資を消費する。そうやって世界は回っていた。その利点を捨てると?」

「この世界は人間に厳しい。作るより、奪う方が簡単だ。それを許してたら、取り返しのつかねえ事になるぞ」

「だが、そうして世界は回ってきた。人類はそうしなければ、自然と数を減らしてしまうほどに弱い」

「その弱さを補うための東部都市同盟だろ。ここで立ち直れねえなら、獣のままで生きていくしかねえ。そんな風にしか生き残れねえなら、いっそ滅びちまった方がいいんだ」


 視線がぶつかる。

 穏やかな眼差しだが、ジャスティスマンも引く気はないようだ。


(おい、死神。ジャスティスマンにも無線を繋げ)


 無線スキルを繋ぐ。

 すぐに、運び屋の声が聞こえた。


(その議題は、明後日の会議で話せば良い。2人だけで決めるような事でもねえだろ)

「・・・それもそうだね」

「こんなんを10人くれえで話し合うんか。結論なんて出そうにねえなあ・・・」

(別に今すぐ結論を出す必要はねえさ。決めるのは、ギャングをどうするかって事だけでいい)

「ギャングが暮らすのはシティーだからなあ。シティーの中にいるなら、ジャスティスマンの許しなしに殺せはしねえし」

「ギャングが主にしているのは、言わば高利貸しだ。スラムに集まった近隣の女達に金を貸し、シティーに住まわせて体を売らせる。シティー内での暴力行為は警備ロボットに射殺されるんで、商売女達の待遇も悪くない。室内の犯罪も、警備ロボットは発見するからね」

「だから大した罪じゃねえってか。その高利ってのが問題なんだよ。タリエ、酒場のシャロンに人を付けて、すべての街に商売女と空母で作った酒を流通させりゃ、女達の借金がどれだけ軽くなると思ってんだ?」


 ジャスティスマンが意外だと言うような顔をする。


「・・・女達が体を売るのを、東部都市同盟が認めるというのかい?」

「あのなあ。金があって、性欲がある、なら女が体を売るのは必然なんだよ。そんくれえ、ガキの俺でもわかる。俺と運び屋がいた世界の事は知ってるな?」

「師匠から聞いている・・・」

「なんだそりゃ、師匠?」

「ヒヤマ君が乗っているバイクやHTAの元持ち主だよ。ローザには命を助けられ、様々な事を教わった」

「はあっ!?」


 思わず叫んでいた。

 ジャスティスマンは、ローザと会った事があると言うのか。



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