疫病神
「おいおい婆さん、何だってそんな不景気なツラしてんだよ?」
「不景気にもなるさね。疫病神が現れたと思ったら、孫の旦那がノコノコ街にやって来るんだからね」
「疫病神?」
婆さんは、苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。
普段から人の悪口を言うようなタイプの年寄りではないので、よほど嫌いな人物がシティーを訪れているのかもしれない。
「これを持って行きな。弾も300ある」
カウンターにゴトリと置かれたのは、大きな自動拳銃だ。
俺のコルトの2倍はありそうな大きさ。マガジンを外して弾を見ると、かなり大きいようだ。まるで、アサルトライフルの弾のように見える。
「これは?」
「疫病神が持ち込んだのさね。南大陸の軍事基地で見つけたんだと」
「まさか、南のアポカリプス教国の版図を抜けて来たってのか!?」
「驚くべきはそこじゃないさね。海を歩いて渡るなんて、あの疫病神にしか出来ないよ」
「はあっ!?」
海を歩いて渡る。
職業持ちならスキルで出来るのかもしれないが、睡眠や食事はどうするというのだろう。
「ホルスターは、急いで革職人に作らせた。ほら、さっさと付けて行きな。ジャスティスマンに呼ばれてるんだろう?」
「あ、ああ。いくらだ?」
「金はいらないよ。仕入れた物じゃないからね」
「どういう意味だ?」
「疫病神は婆が子供の頃に、10年ほどハンターズネストで暮らしてたのさね。その時の礼として置いてったから、タダなんだよ」
「婆さんと同年代の疫病神か。だが、俺が使っていいのか悩むな」
「こんなバケモノみたいな拳銃、ウチの一族で使えるのはヒヤマだけさね」
サラッと一族扱いされたのが嬉しくて、素直に銃は受け取っておく。
重さもコルトの倍はある。反動もハンパではないだろう。その分、威力もあるはずだ。見るからにサイレンサーなんて物を拒んでいるような、ふてぶてしい外見もいい。
「心強い重みだ」
「そりゃ良かった。良いかい、疫病神は目的のためならシティーを滅ぼす事も躊躇わない。気をつけるんだよ」
「・・・頭に入れておくよ。ありがとう」
「いいさ。アンタが死んだら、ニーニャが泣く」
北大陸に出かける予定と、そこで戦う孫の事を言うべきか悩んだ。
だが、話していいものか判断が出来ない。
少しばかりの苦さを感じながら、カウンターを離れる。
「そうだ。疫病神って奴の名前は?」
「・・・ビクニ」
どこかで聞いたような名前。
思い出そうとしながら店を出て、ジャスティスマンのオフィスに向かう。
「ビクニ、なんだっけなあ・・・」
たしかに聞き覚えがある。
思い出せないなら聞けばいいだけかと、運び屋に無線を繋いだ。
(わりい、ビクニって日本語なかったっけ?)
(いきなりだな、おい。八百比丘尼の比丘尼か?)
(ああー。歴史上の人物だっけか)
(いやいや。人魚の肉を喰らって八百年は生きたって伝説、まあお伽話や怪談話なんかの尼さんだ。比丘尼ってのは、尼さんの事だぞ)
(宗教的な言葉なのか。ビクニって名前の奴が、ジャスティスマンのトコに来てるらしい。カチューシャの婆さんは、ソイツを疫病神って呼んで警戒してる。なんでも、南の大陸まで行って帰ってきたらしい)
運び屋が黙り込んだので、オフィスに到着したがドアの前で壁に寄りかかって待った。
(・・・不思議な話だな。ソイツの年は?)
(婆さんが子供の頃に、10年ほどハンターズネストで暮らしてたらしい)
(なら、相当の年寄りか。映像と音声を俺に回しとけ。犯罪者だったりもっと危険な人物なら、すぐに教えてやる)
(ありがてえけど、いいのか?)
(いいさ。甲板の隅で動作チェックするだけだ)
(じゃあ頼む。たまたま日本語と同じ名前なだけならいいが、そうじゃねえなら俺達と同じ存在って可能性もあるからな。・・・よし。こうしててもしゃあねえし、とっとと確かめに行くか)
オフィスのドアを開ける。
すぐに美人秘書がお辞儀をして、オフィスへのドアを開けてくれた。
「ありがとう」
「すぐに、コーヒーをお持ちします」
タレットの並ぶ廊下を抜け、突き当りのドアをノックする。
すかさずドアを開けたのは、ジャスティスマン本人だった。
「お久しぶりです」
「久しぶりだね。それにしても、その言葉遣いは?」
「お客さんがいらっしゃると聞いてますので」
「気にしないでくれたまえ。さあ、紹介しよう。そのお客さんを」
ジャスティスマンが微笑んでいる。
心なしか、状況を楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「ビクニさん、彼がヒヤマ君です」
ドアに背を向けて座っていた人物が立ち上がる。
「なん、だと・・・」
時代劇の登場人物のようなポニーテール。
上着は白で、下は驚いた事に赤い袴だ。
戦陣の巫女。その職業からして、日本人で間違いはないだろう。
(尼さんなのに、巫女だってのか・・・)
(どこに驚いてんだよ、バカ死神。それにしても白衣に緋袴、千早まで着てるとは・・・)
(日本人で間違いねえだろうな。しかし、すっげえ美人だ)
(グールでもねえのにこの若さ。エクストラスキル持ちかもな)
年齢と見た目が合わない事に、運び屋の言葉で気がついた。
そして、ソファーから小さな頭がぴょこんと飛び出す。
「こら、咲良。行儀が悪いですよ」
「わあっ。パパにそっくりー!」
「いいから下りてご挨拶なさい」
「はぁい、ママ。はじめまして、間宮咲良ですっ」
「間宮・・・」
偶然だと、自分に言い聞かせた。
それでも心臓は、単気筒のエンジンのように跳ねて鳴っている。
「どうしたんだい、ヒヤマ君?」
「い、いや。遠い親戚に、同じ名字の家があったんで驚いた・・・」
「私は日本に行った事はありませんが、ある程度の地理は把握しています。ヒヤマさんは、どちらの生まれで?」
「日本人じゃないのか。北海道ってトコですよ」
「そうですか。広い大地に高い空。いい所だそうですね」
「あ、ああ・・・」
ビクニには名字がない。
咲良の方は、しっかり間宮と出ているのにだ。
異世界のクノイチ。父親は、忍者だとでも言うのか。
(巫女の母親に、クノイチの娘か)
(父親はどこにいるんだろうな)
(おっ死んだか、風でも喰らったか。まあ、どっちにしてもおかしな話だ)
(この見た目で、婆さんがガキの頃からの付き合いなんだもんな)
椅子を勧められたので腰を下ろすと、秘書がコーヒーを運んでくる。
咲良には、ジュースだ。
「さて、約束は果たしましたよ」
「そうですね。では、お話しましょう」
ビクニが語り出したのは、アポカリプス教国の情勢だ。
国内の職業持ちは思うように増えず、自国を守る事しか出来ていないらしい。
前にタンゴから聞いた話と、ほとんど変わらないようだ。
「約束ってのは?」
「ヒヤマ君に合わせて欲しいと、それだけだよ」
「何のために会いたいと思ったんで?」
「あの人から聞いた話は、すべて覚えていますから」
「・・・あの人?」
「この子の父親、私のマスター、旧世界の英雄、ヒヤマさんの遠い親戚」
「UIだったんですか。旧世界の英雄ってのは、ルーデルのダチですよね。そして、俺の親戚とは・・・」
「北海道に住んでいた遠縁の老人がお亡くなりになったので、線香を上げに行ったそうです。そこの家の子供がそれはそれは可愛かったと、話していた事があるんですよ。家名は、檜山」
「・・・旦那さんは陸の英雄、ですか?」
「ええ」
ルーデルが世界のために戦った時代に、俺と同時代を生きていた日本人がいた。
なら俺だって、その時代に飛ばされていた可能性もあるのだろうか。
いや、そんな事より1度しか会っていない日本の俺を覚えていたとは驚きだ。たしか俺はまだ幼稚園児か、小学校低学年だったというのに。
「・・・で、ご用件は?」
ビクニの顔から表情が消えた。
まるで能面じゃねえか。口に出しかけた日本語を飲み込み、眼差しを受け止める。
「あの人は、生きております」
「バカな・・・」
ルーデルの話では、世界が終わった日に無線スキルの接続関係はリセットされたという。それでグール達はロクに連絡も取り合えず、ルーデルとへーネも離れ離れで暮らしていた。
なら、ビクニは無線などとは違うスキルで、陸の英雄の生存を確信しているのか。
「根拠は?」
「私と娘は、成長が止まっています。これはあるスキルの効果で、家族が引き離されたなら再び巡り合うまで止まります」
「死んでいるとしたら?」
「発動しませんよ。成長が止まっているイコール、あの人が生きているという事です。どんな形であれ、ね」
どんな姿で生きているにしても、会いたい気持ちはなくなりはしないだろう。それは理解できる。それに日本の親戚がこちらに来ていて手を取り合えるなら、ぜひとも迎えに行きたい。だが、俺は自分だけの気持ちで空母を簡単には留守に出来ない。
北大陸に出かけるのでさえ、かなりのムリを通しているのだ。
「要は、旦那さんを探す手助けがして欲しいと?」
「この世のすべてを、見て来ました。残るは、ただ1つの場所です」
どれだけ旅をしたら、世界のすべてを見たなどと言えるのだろう。
「例の大陸ですか・・・」
「ええ。大陸への侵入だけなら難しくはありませんが、軌道エレベーターの入口が開きません」
「そんな物があるとはね。にしても、俺がその入口を開けられるとは思えないんですが?」
「神は時代ごとに、世界を変革する事が出来るほどの人材を配置します」
「・・・俺は、そんな大層な人間じゃない」
「思うのは自由です。お互いに、ね」
睨み合う。
俺が否定するのが自由なら、ビクニが肯定するのも自由。
だが、そんな事があるはずもない。
「そう思ってるならそれでいいが、俺も簡単にはこの辺りを留守に出来ねえんですよ」
「理解しています。ラス坊や、このジャスティスマンに東部都市同盟の話を聞きましたが、ヒヤマさんは軍隊を持とうとはしていない。教育が行き届くまでは職業持ち、それも自分を酷使して外敵からこの辺りを守るおつもりなんでしょう」
「・・・なら、世界の敵がいたっていう大陸まで出かけられないのはわかってくれますね?」
「わかりますよ。ですから、ヒヤマさんの代わりを提供させていただきたいのです」
「それは?」
ビクニがニッコリと笑う。
どうやら表情は、人間らしい物に戻ったようだ。
「シティーの警備ロボットが玩具に見えるほどの戦闘用ロボットを2000。それに、気候の呪いでもお祓いしましょうか」
100年、いや、それ以上の時間をかけて解決しようと思っていた東部都市同盟最大の問題を、お茶でも淹れるような気軽さで解決すると言うのか。
思わず立ち上がりかけた自分を叱りつける代わりに、強く唇を噛んだ。