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年寄りの溜息




「お、ヘリが来たぞ。運び屋」

「ルーデルもここに呼んで飲むか。無線しとくぞ」

「了解。また朝から酒か。狩りに出ねえ日は、こんなんばっかりだ」

「兄さんも冒険者なのかい?」

「そうだよ、女将さん」

「まだ若いのに、よくもまあ生き残ってるもんだ」

「このおっさんに助けてもらわなきゃ、何遍死んでるかわかんねえな」

「運び屋のダンナは腕っこきだからね。まあ、ムリせず地道にやんなよ」

「そうするさ。手羽元かと思ったらオーガの指か、こりゃ」


 手を付けてしまったので、残すという選択肢はない。恐る恐る、口に運んだ。

 意外に悪くない。

 脂っこさが気になるオーガの腹や腿肉より、ずいぶんとさっぱりしている。


「来るってよ。それからへーネって嬢ちゃんの滞在許可がどうとか言ってたから、孤島の爺さんに無線を飛ばして、許可ももらっといた」

「ありがてえ。女将さん、3人増えたら貸し切りになっちまうけど良いかい?」

「昼までならね」

「当然だ。稼ぎ時に邪魔はしねえって」


 数分でルーデル達が姿を見せ、運び屋、俺、ルーデル、へーネ、ジュモと並んで乾杯をした。

 自己紹介を終えて運び屋がからかうようにレニーの懐妊を告げると、へーネが羨ましいなと呟く。


「あー。子供は出来ねえのか、へーネ嬢ちゃん?」

「出来ない。行為は可能なんだけどね」

「落ち着いたら、養子でも育てりゃいいさ。まあ、それはそれで辛いかもしれんが」

「へーネの好きにするといいが、ヒヤマの子供なら親戚みたいなものだ。先に産まれる、運び屋の子もな。子守なんかを手伝う事もあるだろう。きっと忙しくて、養子どころじゃないぞ」

「へーネも飛行機を操縦できるのか?」

「ああ。腕は落ちちゃいないはずさ」

「なら俺の子供に、いつか空を教えてやってくれ。オマエの親父は、空を飛びたがってたってさ」


 東部都市同盟の責任者とやらになったのだから、俺は趣味で航空機の操縦スキルなんて取ってはいられないだろう。いつか俺の子供が空を飛ぶ。そんな日が来るなら、それで良しとしよう。


「・・・任された。嫁はたくさんいるらしいから、双子も多く産まれるだろうね。1人くらいは兵士にならないで、趣味で空を飛んだっていいだろうさ」

「まだまだ先の事だからな。想像も出来ねえや」

「若さってのは、そんなもんさ。老いていく実感なんて、それなりの歳にならんとわからん」

「そうなんだろうなあ」

「そういえば、グールシティーには各地からグールが集まってきているらしい。その中の1人が、面白い事を言っていたぞ」

「へぇ。どんな話だ?」

「遥か西に、黒髪の職業持ちがいたらしい」


 その言葉で、俺と運び屋は顔を見合わせた。


「アジア系か・・・」

「いや、同じ世界から来たとは限らんぞ。それに西なら、ブラザーズオブザヘッドの職業持ちって可能性もある」

「どっちにせよ、わざわざ探しになんか行けねえからなあ」

「だな。まあ、お前らが北に行ってても空母は守ってみせる。気にしねえで暴れてこい」

「ありがてえ。でも、行く前に各街の責任者で集まっての会議と、シティーのギャングの元締めとの会談があるんだよなあ」

「ああ、俺にもジャスティスマンから無線が来たな。ヘリを出してくれと」


 それが終われば、北大陸に出かける。

 摂政とやらの暗殺は、俺の仕事だろう。ニーニャが姉と会うのが遅れてしまうが、暗殺をしてから内陸にいるという別働隊に物資の補給をしてゆっくりと休ませ、それからニーニャの姉がいる港町へ向かうつもりだった。


「北はどうなってんだ、死神?」

「ニーニャの姉は、摂政ってのを殺しておきてえらしい。場所は北大陸南西の港町。それをヘリから夜間に狙撃して、内陸部でゲリラ戦をしてる傭兵とお姫様に少しばかり手を貸す。ほとぼりが冷めたら、港町で感動の再会かな」

「どこまで手を貸すつもりなんだ?」

「深入りはしねえよ。北の組織の偵察ついでに、ニーニャを姉に会わせに行くだけだ。まあ、貸しをいくらか作れりゃいい」

「ならいいが、こっちにゃ死神が必要なんだ。それだけは忘れるんじゃねえぞ?」

「了解。でも、俺なんかがそんなに必要だとは思わねえけどなあ」


 本音だ。

 ガキ1人が消えたくらいで揺らぐ東部都市同盟なら、最初から作らない方がいい。


「こんな世界だ。どの街だって、明日も知れねえ。だから、出来るだけ先の長え若い者に任せておきてえんだよ」


 肉体的な寿命という意味でなら、確かに俺は長い。

 だが、あれほど人を殺しておいて、自分だけは死なないなんて考えられるほど脳天気ではない。人を殺した次の日は、次に殺されるのは俺でウイ達が泣くかもしれないと思いながら酒を飲む。

 言っても運び屋は、当たり前だと言うだけだろう。

 声を出す代わりに、よく冷えたビールを呷った。


「会議はシティーでするんだよな、ヒヤマ?」

「ああ、悪いけど各街の責任者達の送り迎えは頼むよ」

「任せておけ。問題は、ギャングとの会談か・・・」

「本音を言おうと思う」

「どういう意味だ?」


 運び屋が眉を顰める。


「そのままさ。俺、運び屋、ルーデル。それに、ジャスティスマンもか。誰かがその気になれば、スラムとシティーにいるギャングは皆殺しに出来る。それをきちんと伝えて、話はそれからだな」

「何か条件でも飲ませるのか?」

「それはギャングの考える事だと思う。このまま奪い合うだけのクズの集まりでいるか、クズだからこそ寄り添って生きていくか」

「思想にも似た掟なんかが出来ると、悪党ってのは厄介なもんだぞ?」

「その時は、皆殺しでいい。俺がやるよ。理想は、余った土地か下水道の街に犯罪行為のない歓楽街を作るって感じかな」


 空母にはタリエの店があり、酒も飲めれば女も抱ける。安酒1杯程度の硬貨を賭けて、カードだってやれるのだ。

 だがそれを、外部の人間に開放するつもりはなかった。

 タリエの店にいる女達は金を貯め、ブロックタウンやタウタなどでカタギになる事を夢見ている。


「シティーには入れねえが遊びたい。そんな小金持ち向けの歓楽街か」

「スラムは更地にして、穀物を育てたい。ま、何十年かかるかわかんねえけどよ」

「タウタみたいに、東部都市同盟の街の外周をバリケードで塞ぐのか、ヒヤマ?」

「そうだよ。たぶん、出来ると思う。そうしちまえば信号弾を持たせた冒険者数人で、東部都市同盟内の護衛はこなせる。観光客も増えるさ」

「気の長え話だが、まあいい案だわな。おっと、もう昼が近いぞ」

「なら解散だな。俺は、ジャスティスマンのトコにでも顔を出してくるか」

「兄さんは、まさか・・・」


 目を皿のようにしている女将さんに会計を頼み、硬貨を出して立ち上がる。


「俺は強化外骨格パワードスーツのテストだな」

「もう出来てたんかよ。ルーデルは?」

「へーネを部屋に案内してから、ニーニャちゃんと強化外骨格パワードスーツの打ち合わせかな。へーネとジュモに空を任せられるなら、俺も陸戦に出る」

「専用HTAか。いっそ、プロペラでも付けたらどうだい?」

「無茶を言うな、へーネ。いくらニーニャちゃんとヨハンでもそんな事は・・・出来ないよな、ヒヤマ?」


 立ち上がったルーデルが、不安気に俺を見る。

 こういう愛嬌が、この男の魅力だ。そう思うと、自然と笑みが浮かんでしまう。


「可変HTAとか、好きそうだったよ。緊急時なんかにロケット推進で、普通なら耐えらんねえ機動をするのとかもソソるって言ってたぜ」

「出来れば普通のがいいんだが・・・」

「ちゃんと頼めば大丈夫だろ。地球、それも日本のロボットの話なんかをたまに話して聞かせてるから、任せたなんて言ったら責任は持てねえけどよ」

「俺とヒナのHTA?ってのか、それはまさにそのおかげで出来上がったからな。任せるのも悪くねえと思うぞ」

「運び屋の機体、見てえなあ。シティー行きは明日にすっかな」

「バカ言ってねえで、とっとと行って来い」

「へいへい。ほんじゃ、また夜にでも飲もうぜ」


 昇降機には、警備ロボットが立っていた。

 人が空母に向かって来ればスピーカーで用件を聞き、人間の判断が必要ならば操作盤の内線電話でエコー爺さんかエルビンさんを呼ぶらしい。


「降りたい。俺がわかるか?」

「トッキュウケンゲンシャ、ヒヤマサマ。ドウゾ、オノリクダサイ」

「ありがとう」


 昇降機の上でパワードスーツを装備し、ローザを出してエンジンもかけておく。

 そうしなければ、ウイに怒られるのだ。

 昇降機が下り切ると同時に、ローにギアを入れてアクセルを開けた。

 そのまま、シティーの3番入り口まで走る。

 見張りの警備員は慣れたもので、ローザを収納する所を見せただけで門を開けてくれた。


「ありがと、おっちゃん」

「おう、元気そうじゃねえか。うちの親分が、良かったら訪ねてくれってよ」

「ジャスティスマンが?」

「ああ。なんでも、会って欲しいお方がいるらしいぞ」

「ちょ。警備主任、こちらは東部都市同盟の・・・」

「いいんだよ。おっちゃんとは、初めてシティーに来た時からの付き合いなんだ」

「最近の事だけど、あれから色々とあったからなあ。で、顔を出してくれるのか?」

「カチューシャ商店に顔を出したら、訪ねてみるよ」

「ありがてえ。伝えとくよ」


 おっちゃんともう1人の男にそれぞれタバコを放り、カチューシャ商店を目指す。

 途中の喫茶店のマスターらしき男が、深々と俺に頭を下げた。

 ドアどころか、壁すらないカウンターだけの店だ。声をかけるのに、不自由はない。


「俺は気にしてませんよ、マスター」


 ロージーが俺を観察し、この男に嫁ぐと決めたのがこの喫茶店だったらしい。タウタ生まれのこのマスターはジャスティスマンの生徒だった事もあり、もう1人の父親のようなものだと言っていた。


「ありがとうございます」

「それと・・・」

「何でしょう?」

「ロージーはその・・・まあなんとか、幸せにしますんで、俺でガマンして下さい」


 マスターが笑い出した。

 低く抑えてはいるが、震える肩はなかなか止まらない。


「・・・失礼しました。帰ったら妻に話そうと思います。あの娘は似合いの男性に嫁ぎ、幸せに暮らすだろう。なので子供のいない私達は、マイケルの学校で教師でもして暮らそうと」

「ジャスティスマンの教えを受けていたなら、マイケルを知ってて当然ですか。でも、学校に誘われてたんで?」

「ええ。ここでマイケルが土下座をしていました」

「・・・あちゃー。そりゃ、迷惑をかけちまいましたね」

「いえいえ。あのマイケルが誰に言われたのでもなく土下座までしたのなら、大した力にはなれませんが応えてやらなくては。私はヒヤマ様を存じ上げていなかったので、てっきり命令されて教師役を集めているのだと思いましたよ」


 マイケルに命令なんてものはしていない。

 あらゆる事態を想定して、子供達が安心して学べる環境を作ってくれと頼んだだけだ。


「ありがたい話です。これからジャスティスマンに会いに行きますが、伝言なんかはありますか?」

「いえ。先生は、私が店を売る手続きをすればすべてを察するはずですので」

「わかりました。では、今日は失礼しますね」


 軽く頭を下げ、カチューシャ商店に向かう。


「ちゃーっす」

「おう、婿殿じゃねえか。今、茶を淹れさせるから上がってくれ」

「・・・来ちまったか。まあ、これも運命かもしれないねえ」


 イワンさんはいつもの笑顔だが、婆さんはしたり顔で深くため息を吐いた。



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