父親になる日
「おかえり。ソロで軽い狩りのはずが、えらく大事になったねえ」
「ただいま。悪いな、ロザリー町長。また大人数で泊まらせてもらう」
「いいさ。嫁の実家なんだから、好きに使ってくれていい」
「助かる。ヨハン、修理お疲れさん。オーガを焼いてもらって、酒でも飲もうぜ」
「いいね。そういえば、焼酎製造の作業場を見学させてもらえる事になったんだ。空母に帰ったらブロックタウンから運んだ麦を使って、同じ製造法で試してみるよ」
茶の間のテーブルに遺跡品の酒を出し、ヨハンが持ち上げたカップに注ぐ。
「麦焼酎か。ブドウなんかも、種さえあればなあ」
「ブドウか。北大陸の南の地域では、よく育てられていたらしいね」
「うろ覚えだけど、土が痩せてても育つって聞いた気がするんだ」
「それはありがたいね。水は運河があるからどうにでもなるけど、土壌の改良となると大仕事だ。とても僕の手は回らない」
「そういやヒヤマの故郷には、やっぱりスイカってのがあったかい?」
「あったよ。ご先祖様の言い伝えかい、ロザリー町長」
「ああ。でもタウタに残っていたのは、甘くないスイカらしい。ご先祖様はそれをたいそう悔しがって、いつかスイカを作れと書き残したんだよ」
「ブロックタウンにはスイカがあったよな、ウイ?」
たしか、初めて買い物した日に見たはずだ。
「ええ。ですが、アーサちゃんとフーサちゃんはオレンジジュースを飲んで、こんな甘い果物があるのかと感動していました。もしかしたら、あれは甘くないのかもしれませんね」
「あー、なるほど。品種改良がされてねえからか・・・」
「ロザリー町長、そのスイカというのは果実なんですよね?」
「そうだよ。水分が多いから喉の渇きが癒やされるんで、味さえ良ければもっと売れるはずなんだ」
「他より少しでも甘い個体などは出来ないんですか?」
「それは、あるだろうさ。でも、何でだい?」
「甘い個体の種を育て、その中でまた甘い個体の種を育てる。そうしていれば、どんどん甘くなりますよ。科学的な品種改良が出来なかった時代には、この世界でもそうやっていたそうですから」
「良い事を聞いた。試してみる事にするよ」
真っ先に思いつく簡単な品種改良の方法だが、それすらも今の人類には浸透していない。
読み書き計算を各街の学校で教えるにしても、授業の合間にこんな事を雑談として子供達に話して聞かせられるのはいつになるのだろうか。
「移動販売車で、本も売ってもらうか・・・」
「いいね。本を読むのは、知識を欲しがっている人間だ。きっとその本を買った人間の周りからもそれを読む人間が出て、それが徐々に広がっていくはずだよ」
翌日はゆっくりと体を休め、そのまた翌日に浄水施設の修理を終えたヨハンと空母に移り住むロージーを乗せて、ハンキーでタウタを出た。
俺はたーくんと、定位置の屋根だ。
ルーデルからの無線はない。心配だが、グールシティーに押しかける訳にもいかないだろう。待つしかなかった。
「北に行く前に、スラムのギャングでも潰しておくかな」
「また単独行動ですか。ウイさんが怒りますよ?」
たーくんが呆れたように言う。
「仕方ねえさ。女を連れてって、何かあったらどうすんだ」
「わかりますが、その時は僕だけでもお供をさせて下さいね」
「考えとくよ」
山道にクリーチャーの姿はない。
ようやく運河とその手前にシティーが小さく見えたのでズームしてみるが、サハギンの1匹さえも見当たらなかった。
「平和だなあ・・・」
「退屈だなんて言うんじゃないでしょうね?」
「正直、ヒマだな」
「いいじゃないですか。平和がボスの目指す所なんですし」
「まあ、ガキが外で遊べねえ世界なんて胸クソ悪いからな」
子供の頃は、訳もなく外を駆け回っていた。
誰もがそうすべきだとは言わないが、子供が遊ぶ事すらガマンしなければいけない世界なんて許せそうにない。そこで俺が生きるのならばだ。
右にシティーの門を見ながらスラムの大通りに入る。
空母は、スラムの向こうだ。
ウイが中に入れと言うので、狭い車内で胡座を掻いて5分ほど待つ。
ハンキーが止まると同時に昇降機が上がり、俺は久しぶりに空母の甲板を踏んだ。
「来たか。捕獲しな、アリシア」
「ん。とー!」
ハンキーを降りるなりアリシアが飛び付いてきたので、パワードスーツを普段着に変えてから受け止める。
「おいおい、久しぶりに帰ったのに捕獲って何だよ・・・」
「さっさと種を仕込んでちゃっちゃと産まなきゃ、仕事が出来ないじゃないか。ウイ、悪いがヒヤマは借りるぞ?」
「はい。今から楽しみですよ。ヒヤマの子供なら、きっとやんちゃでしょうねえ」
自分の子供。
想像も出来ない。
1人の人間として生まれ、死んでいくのだろうとは思う。
だが、どうして産まれてどうやって生きていくのかと考えると、途端に妙な気持ちになってしまうのだ。
「運び屋の事を笑えねえか、俺も・・・」
「何か言ったかい?」
「なんでもねえ。ウイ、タリエ、くれぐれもロージーを頼むぞ」
「はい。大丈夫ですので、安心して下さい」
「そうね。ロージーは妹のような子だから、一緒に留守を守るわよ。ヒヤマ達が北大陸に行ってもね」
「その辺りもよく話し合っといてくれ。アリシア、そんなに引っ張るなって」
朝から花園の部屋に行き、出たのは翌日の昼だ。
部屋を出る前にレニーは自分の腹に触れて、きっといい子を産むと言っていた。職業持ちの女は網膜ディスプレイに排卵日なんかも表示されるそうで、妊娠前にイエスかノーかの選択肢まで出るらしい。つまりそこで、レニーはイエスを選んだのだろう。
どうしていいかわからず、よろしく頼むとだけ言った俺を、3人が苦笑いで見送ってくれる。
階段で1階まで下りて、食堂には顔を出さずに甲板に出た。
「まあしかし、甲板はすっかり商店街だな・・・」
鉄の地面はまだそんなに気にならないが、振り返れば艦橋がそびえ立ち、商店街の向こうはフェンスが張ってあるとはいえ崖のようなものだ。
こんな場所でも威勢のいい売り買いの声が飛び交うのだから、やはり人間というのはしぶとい生き物である。
碁盤の目のように屋台の並んだ商店街を歩き、朝メシが食えそうな店を探す。
「お姉さん、メシは出せるかい?」
「もちろんさ。朝食にはちょっと遅い時間だけど、まだ氷は溶けてないからね。とりあえず座っとくれ」
製氷機はもう稼働しているらしい。
それも、店主のオバサマが気軽に利用できる料金でだ。
対面式の5人がやっと腰掛けられるほどの長椅子に座ると同時に、氷の浮かんだ水が出される。
「これは?」
「空母は初めてだね、兄さん。なんと、ここじゃ水はタダなんだ。氷は商人ギルドに入っていれば、営業前に決められた量をもらえるしね。ここに来れたんだから、悪人じゃないんだろう。悪い事は言わないから、町長に頼んで移住させてもらいな。まだ入居する部屋はあるはずだよ。そんで、何にするんだい?」
読み書きもろくにできない客が多いのだろう。
メニューなんて物はないようだ。
「何があるんだい?」
「オススメは、オーガとフライモンキーだね。この街1番の冒険者が大量に仕留めたらしくて、とびっきり新鮮だよ」
「朝から肉はなあ・・・」
「なら、サハギンはどうだい?」
「いいね」
「焼くか煮るか揚げるかは?」
「焼いてくれ。それにパンとスープを」
「あいよ。少し待ってな」
隣。
不意に現れた気配に、思わず銃を向けそうになった。
「気配を消してんじゃねえよ、運び屋・・・」
「ふん。網膜ディスプレイの部隊図を見てりゃ、すぐに気がつくだろうによ。姉さん、酒は持ち込みだ。ツマミを適当に頼む」
「あいよ。冒険者は朝から豪気だねえ」
缶ビールが2本、カウンターに置かれる。
「俺もかよ・・・」
「飲んどけ。どうせ、出したモンで本当に子供が出来るのかとか考えてんだろう?」
「まあ、そんな感じだ」
「先輩として、アドバイスをしてやろうか?」
「是非ともお願いしたいね。なんか、妙な感じでよ」
「なら、教えてやろう」
言いながら、運び屋はビールを開けてそれを飲んだ。
俺も開け、口に運ぶ。
「アドバイスはよ?」
「ああ、諦めろ」
「はあっ!?」
「男がどんなに考えたって、腹の中であんなモンを子供にして十月十日も育てて産む、女なんて生き物の事を理解できやしねえのさ。産むのは黙って女に任せて、男は女に美味いメシを食う金を渡してやればいい」
頭では理解している。だが、それとこれとは話は別だと運び屋は言いたいのだろう。
開けたばかりの缶ビールを、空を見上げるようにして呷った。
「いい飲みっぷりだ。もっと飲め」
「ありがとう。いつかと逆だな、これじゃ」
「それが、男同士ってもんさ。ルーデルが帰ったら、また飲もうぜ」
「無線があったのか?」
「ああ。話し合いが終わったのは昨日の夜中だったんで、時間が時間だからと死神に遠慮したらしい。それに、まずは俺達がグールシティーに行く事になる訳だからな」
「どういう意味だ?」
出された朝メシとツマミを食いながら飲み、運び屋の話を聞く。
グールシティーの住民達は、人間との交流を望んでいないという訳ではないらしい。
だが、挨拶程度なら罵声を我慢すればいいが、交易となると利益が絡むので信用は出来ない。
ならば移動販売車を受け入れて様子を見ないかとルーデルが言い、その取引が不平等でないのならば東部都市同盟への加入も考えようという結論が出た。
「上手くやってくれたんだな。さすがは空の英雄だ」
「それでも説明だけで納得させられなかったのを、ずいぶんと気にしてたぞ」
「とんでもねえ。商売が出来るならそれでいいさ。今は、ヨハンとニーニャがいなけりゃ機械を直したり出来ねえからな。ウイが直せるのは、本当に簡単な構造の物だけだし」
「ルーデルの話じゃグールシティーにゃ、自動車整備工に家電の修理屋なんて連中もいるらしい。役に立ってくれるだろうさ」
「マイケルの大学に講師として招くのもいいな」
「それだが、教師もいるらしいぞ」
さすがは文明世界の生き残り。
こんな崩壊した世界にとって、人材はなによりの宝だ。役に立つかどうかで付き合い方を変えるつもりはないが、教えを請うてそれを受け入れてくれるのなら嬉しい。
「1つ1つ、形になっていくんだな・・・」
「死神が生きてるうちに、国としての形くらいは出来上がるかもな」
「ムリだろ。稀人でもグールでもなく、この世界の人間が国を建てなきゃいけないんだ。それは、絶対だと思う」
「死神の息子や娘は、この世界の人間じゃねえのか?」
そんな事は考えた事もない。
だが俺は、すぐにそれを否定する事は出来なかった。