オーガロード再び
走る勢いを利用して、1枚の盾をぶん殴る。
拳が当たる前にパイルバンカー射出。
盾に突き立ったパイルバンカーを右に払いながら、出来た隙間にサブマシンガンを連射した。
オーガの断末魔が響き渡る。
引っかかっている盾を捨てながら飛び退り、マガジンを交換してオーガの群れに向き直った。
(でかしたデス!)
(がら空きだっ!)
高度はそのままにホバリング位置を変えたヘリの銃座から、機関砲の銃弾が吐き出される。
見る間にオーガは数を減らしていき、ひとしきりジュモとへーネの罵声が無線から聞こえていた。
(指揮官がいる。気を抜くんじゃないぞ、ヒヤマ)
指揮官とは何だ。
そう思うと同時に衝撃。
フック気味に拳を振ったが、手応えはない。
避けられた。
敵を探す。金属部品を編んだ鎧に、オーガの倍もありそうな体躯。ハルトマンの威容に怯まず体当たりしてきたのは、オーガロードだった。
(懐かしいなあ。前に殺されかけたんだ、コイツに)
(防御力もHPも普通の野獣兵とは段違いだ。戦時中も苦労したよ)
(地上部隊がこれと接触する度に、スクランブルで上がったもんだよね。そうら、再会のお祝いに鉛の弾をくれてやる!)
片方の機銃が、オーガロードに集中して攻撃する。へーネだろう。ジュモは普通のオーガを減らしてくれているようだ。
(おいおい、俺の仕事がねえじゃんか)
(気持ちはわからんでもないが、一方的に攻撃できる航空機がいる時はガマンしてくれ)
(まあ、楽でいい。もう終わりみてえだな)
(盾を構えても1匹じゃね。すぐにルーデルは移動してくれるから、射線は切れないさ)
(よーし。ミツカ、こっち来てくれ。ウイは肉を回収。グールシティーとこっちで折半だな)
(何だって!?)
へーネが叫ぶ。
うるせえよと言いかけたが、なんとか言葉を飲み込んだ。
(うるせえよ。あ、言っちまった。まあいいか。全部持ってくか、へーネ?)
(逆だ、逆。グールシティーは何もしてないのに、肉を分ける意味がわからない!)
(へーネがさんざん撃ったじゃんか。ルーデル、折半でいいよな?)
(それはいいが、冷凍庫なんかに入りきるのか? 住民のすべてがアイテムボックス持ちだとしても、レベルが低いならそんなには入らんぞ)
(なるほどなあ。どうなんだ、へーネ?)
道の脇にヘリが下りる。
返事がないので不審に思っていると、苦笑いするルーデルを先頭に3人が降りてきた。
ハッチを開け、飛び降りてからハルトマンを収納する。
タバコを出してルーデルとライターの火を分け合うと、へーネのタバコも寄ってきた。
「ふーっ。お疲れさん」
「お疲れ。まあ俺としては、へーネへの説明の方が疲れたがね」
「説明?」
「ヒヤマの感覚ではわからないだろうが、食料の調達というのは大変な仕事なんだよ。それなのにこれほどの肉をポンとグールシティーに渡すのはなぜかと、それはもう訝しんでいたんだ」
スラムの子供達は空母に来た当時、酷く痩せていた。
花園や善行値の高い大人達がたまにではあるが、下水道の街で炊き出しをしていたのにだ。それを考えると、グールシティーの生活も決して楽ではないのだろう。
「ルーデルの交渉次第だが、移動販売車をグールシティーに行かせる事も出来る。そこで仕入れられる食料がどんくれえかは知らんが、物々交換も可能にするつもりだ。夢のような時代に生きていたアンタ達なら、グールシティーで作れる物も多いだろ」
「交易を望むのか、グールシティーと・・・」
「簡単に説明するぞ。農業の街、畜産の街、湖の漁業の街と海の漁業の村、工場の街、娯楽と贅沢の街が東部都市同盟にはある。そして冒険者ギルドってのが各街をトラックで行き来する。冒険者は狩りや探索もするんで、遺跡品も少しは流通するかもな」
「まるで各街分業の一国家じゃないか。そんな、文明的な事が出来るはずない・・・」
へーネはタバコを吸うのも忘れて、呆然と呟いた。
タバコを捨て、ブーツで踏み消す。
「出来るさ。少なくても、俺と俺の女達。それにルーデルと、その親友の運び屋ってのはやるつもりだ。無限アイテムボックス持ちが2人もいるしな。将来的には、バリケードで土地を囲って敷地外に繋がる下水道なんかも塞ぐ」
「そこまで考えてたのか。大仕事だなあ」
「・・・ルーデル、出来ると思ってるのかい?」
「もちろんだ。俺の友は、やると言ったらやるさ」
思い出したようにタバコを口に運び、へーネが深く煙を吐く。
損傷が少ないので、表情は読みやすい。
「なんか俺、いっつも誰からか苦笑いされるんだよなあ」
「そんな顔をしてたかい?」
「まさに苦笑いだったな。まあ、住民とゆっくりと話し合うといい」
ハンキーの音と、靴音。
ウイだ。足音だけでわかる。
「ヒヤマ、回収は終わりました」
「お、ありがとな。任せっきりで悪い」
「いえ、戦闘では楽をさせてもらいましたからね。これくらいは」
「で、冷凍庫は足りるのか?」
「ああ、全然ダメだよ。足りるはずがない。だから住民のアイテムボックスに入る量だけ、ありがたく貰うよ。正直、肉なんて滅多に食えないご馳走だからね」
「ならウイ、残りは預かっといてくれ。アイテムボックスに入れてれば腐らねえから、後日また届ける事にしよう」
「はい。ではまず、グールシティーの入り口までは行かせてもらいますか」
「だな。へーネ、中に入れろとは言わねえから案内してくれ」
グールシティーの住民が、人間を見てどういう感情を持つのかわからない。
シティーに遊びに行くような金持ちもいるらしいが、ほとんどは危険に対処できないので街に閉じこもって暮らしているのだろう。
人間を見て感情を揺さぶられ、グールシティーで事件でも起きたら申し訳ない。
「本当なら、街ぐるみで歓迎すべきなんだろうけどね。今日は入り口までで良いかい?」
「当然だよ。まあ、ジュモはムリにでも着いて行くとは思うが」
「このポンコツは諦めてるからいいさ」
「悪いな。昔を思い出して、バカをする奴がいねえといいが・・・」
「そういうのまで心配してくれてたのかい。グールシティーはもう、過去の価値観を忘れちまってるよ。顔や体の損傷が激しい方がモテたりするし。こっちだ。悪いけど下水道を進むよ。街は地下なんだ」
「へえっ。考える事は、同じなんだなあ。シティーのそばの下水道にも、小さな街があったんだってよ」
ヘリもハンキーも、すでにウイが収納している。
へーネに先導されて30分ほど下水道を歩くと、バリケードとこちらを狙う銃口が見えてきた。
「隊長、無事でしたか!」
「ああ。昔馴染みと、その連れのおかげでね。全住民を、門の内側に並ばせな。肉を配布する。東部都市同盟の総帥さんからの土産だ」
「なんです、その東部都市同盟ってのは?」
「今夜、全住民に説明する。いいから住民リストを取って来て、アイテムボックスを空にした住民を並ばせな。大切な客を待たせるんじゃない」
「は、はあ。では、そのように」
住民は500とへーネは言っていた。
それを集めて肉を配るのだから、かなりの時間が必要だろう。
下水道の床に腰を下ろし、控え目な音量でたーくんにラジオを流してもらった。
「地下の街か。ヘリだけでも、どうにか下りられりゃなあ」
「移動販売車も、地下には入れませんものね」
「入り口を作らせてもらえるなら、ニーニャが作るよう」
「まあ、それは住民の話し合い次第だ。とりあえず、ロザリー町長に帰りが遅くなるって無線しとくかな」
(おや。ずっと見てたし聞いてたから平気だよ)
(そうだったんか。悪いな)
(いいさ。グールシティーの住民だってメシは食う。なら、大切な将来の取引相手だ)
(まだどうなるかわかんねえけどな)
地下でひっそりと生きる事を望む住民も多いかもしれない。
何百年も生き続ける人間の気持ちなんて、俺達には想像も出来ないのだ。
「へーネ以外の知り合いもいるのかな、ルーデル」
「どうだろうなあ」
「いないよ。昔はいたけど、仲間を探しに出てそれっきりだ」
「誰がいたんだ?」
「マルスさ。100年も前に街を出て帰らない」
「腕の良い飛行機乗りだったんだがなあ。残念だ」
「長生きのし過ぎか、自我と名前を失くしてグールって表記になっちまう奴も多い。まあ、生きてはいないだろうね」
「ハンニバル基地の仲間も、グールソルジャーになって死んでいった」
「そうかい。あそこの陸戦隊には、気のいい連中が多かったねえ・・・」
沈んだ2人に、缶ビールを渡す。
たとえこの後に話し合いがあろうと、酔いが覚めてからだろう。
「おいおい、運び屋に似てきたか?」
「よしてくれ。こんな時だから、飲むといいさ」
「ありがたいじゃないか。冷えたビールなんて久しぶりだ」
チビチビと惜しむように飲みながら、へーネがグールシティーの暮らしを話す。
元々シェルターに入れなかった低所得者なんかが大戦時も地上で暮らしていて、何らかのウイルスに感染してグールになったらしい。
なので、義務教育以上の知識がある住民はほとんどいないそうだ。
「シェルターは1つしか見つけてねえが、どこかに生き残りが今もいたりすんのかな」
「そのシェルターとは?」
「30番。今はロボット達が平和に暮らしてる」
「ああ、このラジオの放送局か」
「住民はどうなってたんだい?」
「オークになっちまったらしい。食欲と性欲しかねえから、出て行ったらしいぞ」
「スパイでもいたのかねえ。にしても、食料生産プラントの価値すらわからなくなったからか。かわいそうなもんだ」
缶詰などの生産工場は、オークになって機械を操作できなくなった住民が出て行ってから、爺さん達ロボットが直したと聞いている。
「いつか、他のシェルターも様子を見に行くか。うろ覚えだが、いくつかのシェルターの場所は覚えている」
「その時は、付き合うよ」
「心強いなあ、それは」
結局、それなりの長時間を下水道で過ごし、タウタに戻れたのはとっぷりと日が暮れてからだった。