はぐれ雁語り・楽園を探して2
鍵。
ピックを動かしながら、その薄い鉄が折れる瞬間を目を閉じて待った。
「うむ。まだ経験値は来ておるな、ラス?」
「あるみたい。でも、もったいなくて怖いよ」
「ふはは。消耗品より経験値。これは姫の口癖じゃぞ」
猫が笑う。
この10年以上、俺はローザに様々な事を教わった。
戦闘はもちろんだが大きかったのは違う世界の知識に触れ、それを元にした高度な教育を受けられた事だ。
奪う事しか知らなかったガキはいつの間にか知識欲に目覚め、やっとローザの知識をすべて吸収して本格的な探索を始めた。つい最近の事だ。
世界を見る。
それは知識だけは得た俺に、どうしても必要な事だと思えた。
【鍵開け】スキルを取得して鍵を開けると、失敗しても経験値が得られるらしい。何度かそれを繰り返していると、不意に手応えが変化した。
「あ、経験値が入らなくなった・・・」
「ならば解錠してしまうがいい。この建物は、ドライブインと言う物での。それなりの小遣いにはなる品もあるであろう」
遺跡品は、高く売れる。
この近辺には集落がいくつかあり、どこへ行っても遺跡品を売りに来たと言えば歓迎されるのだ。
「開いた。マーカーはなし。根こそぎ掻っ攫うよ?」
「そうするがいい。アイテムボックスの容量がキツければ、ババが入れておいてやるでの」
講義ばかり受けていたのでレベルはそんなに上がっていないが、ローザのアドバイスで有用なスキルをだいぶ取得してある。【鍵開け】なんかもそうだ。
簡単に売れる食料品や飲料、雑誌なんかはすべてアイテムボックスに収納した。
「冷蔵庫まではムリじゃな。ババのアイテムボックスに入れておこう」
「ありがとう、猫」
「よいよい。それより、身軽にならねば次の遺跡が漁れまい。集落へ行こうぞ」
「うん。ここからなら、パッペンハイム爺さんの集落が近いね」
「じゃな。では、行こうぞ」
ドライブインを出て、海の方向を向く。
だがその途中で、違和感があった。
「・・・南に隊列。マーカーは範囲外。犯罪者かな」
「【鷹の目】で見るが良い。何かと面白そうな集団じゃ」
言われずとも、接近する集団を観察しないという選択肢なんてない。
5人。
先頭に立つのは、職業持ちのようだ。が、小さ過ぎる体躯が気になる。あの身長では、長旅には堪えられぬ幼い子かもしれない。
もういない妹を思い出して、少しだけ心が痛んだ。
「あんな幼い子が・・・」
「こっちに気がついたようじゃな。だが、あの動きからすると幼子が指揮をしておるようじゃぞ」
たしかに小さな人影が腕をこちらに振ると、残る4人が一斉に前に出た。俺の事が見えているのは、職業持ちだけらしい。
武装は、アサルトライフルが1にボルトアクションライフルが3。
狙撃されても、避ける自信はある。俺も、猫もだ。
もし問答無用で撃ってくるようなら、皆殺しにして装備をいただけばいい。それが、荒野のルールだ。
「あんな小さな子を使って、狩りでもしてるのか・・・」
「職業持ちは貴重な存在だからのう。ある程度の時間を歩ける年齢なら、遊ばせておく訳にもいかぬのだろう」
「でも、嫌だな。大人が出来ないからって、子供に狩りをさせるなんて・・・」
俺は、22になっている。
立派な大人だ。
ローザに出会ってから初めて人間としての生活を味わったような人生だが、子供を使って何かをしようなんて考えた事はない。
集落では硬貨を出して女も買う事もあるが、初潮を迎えていない子供を買った事はなかった。
「それにしても、黒い髪なんて珍しいな・・・」
「姫と同じ、異界より招かれし者の子孫かも知れぬのう。おうおう、最大級の警戒態勢で進んでくるわ」
「猫を視認してそれでも接触を選択するなんて、指揮官としては失格だな。すぐに逃げないと、部隊の全滅もあり得る」
「何じゃ、人をバケモノのように言いおって」
「4人を殺すのに、何秒かかる?」
「3秒じゃな。あの練度では、弾が掠りもせんわい」
愛用のカービンライフルは背負ったままで、こちらからも接近を始める。
面倒事は避けたいが、向こうが接触を選択したなら逃げる訳にもいかない。
「まったく、何が目的なんだか・・・」
「追い剥ぎには見えぬし、助けが必要なようにも見えぬ。なんぞ目的があるのだろうさ」
「ローザ達に連絡する?」
「まだ良いじゃろう。あの集団の目的もわからぬでのう」
「了解」
接近した集団の先頭が、アサルトライフルを構えながら胸を張った。
幼い少女は、集団の最後方から動かない。
どうやら指揮官である事は隠して接すると決めたらしい。無線で指示でも出しながら、こちらを観察するつもりなのだろう。
「我等はタウタの討伐隊である。見れば君は、そのバケモノを飼いならしておる様子。是非とも教えを請いたいので、茶でも馳走させてはいただけないだろうか?」
バケモノ呼ばわりされても、猫は何も言わない。
どちらかと言うと、この状況を楽しんでいるようだ。
(ラスの好きにするがええ)
無線の声も、やはり楽しそうだった。
「それはいいですが、教えられる事などほとんどありません。それにこの子は人語を解すので、バケモノなどと呼ばないでいただきたい」
「それは失礼した。敷物を出して、すぐに茶の用意をします」
「お茶はこちらがご馳走しますよ。敷物はありがたいです。いつも、地べたに座って休憩するだけですからね」
出された敷物の上に座り、人数分の缶コーヒーを出した。猫は平皿に水だ。ミネラルウォーター。10数年前に飲んだ時の不思議な感動を、今でもたまに思い出す。
そうしている間にも幼い少女は、俺達を観察していた。
その視線は、執拗すぎるほどだ。
「このような高価な物を、いただくわけには・・・」
「元はタダですので、どうかお気になさらず。それで、教えを請いたいとは?」
「タウタは農業の街。肉は狩りで得ているのです。もしも畜産が可能なら、もっと街は暮らしやすくなるかと」
「やはり、お力にはなれませんね。畜産系のスキルなんて、これからも取る気はありません」
「そうですか・・・」
コーヒーを飲む。
この苦さが好きだった。味を聞かれれば、誰もが苦いと言うだろう。苦いだけの飲み物。でも、苦さの先に何かがある。その何かを表現する事は出来ないが、それがなぜか好きだ。ローザの講義を受けるようになってから、24時間ずっと何かを考えて生活している。疲れた頭がコーヒーを欲するのは、いつもの事だった。
「ラス、でいいんだよな?」
「そうだよ。ロザリー」
「どこから来て、どこに行くんだ?」
「西から来た。この先の運河の辺りに仲間が先行している。その辺の探索をして、どこまで行くかはわからない」
「仲間は何人だ?」
「人間は1人。他にこの猫のような仲間もいる」
「そうか・・・」
黒髪の少女は、整った眉を寄せて考え込んでいる。
街と言うからには、それなりの人数がいるのだろう。自然な大人びた口調からすると、街の責任者の一族の生まれなのかもしれない。
「遺跡品は、売ったりもするのか?」
「もちろん。アイテムボックスの容量と相談しながらね」
「タウタにも売ってくれないだろうか。硬貨はそれなりにあるし、新鮮な野菜なんかも安く提供する」
「いいよ。場所さえ教えてくれたら、そのうち訪ねる」
「ありがたい。地図を開いてくれ」
言われた通り、網膜ディスプレイの地図を開く。
「どこまで埋まっているんだ?」
「運河までだよ。その運河も、ここから真っ直ぐ進んで突き当たった所だけ」
「かなり進んでいたのだな。運河の手前に、フライモンキーの多い廃墟があるのは知っているか?」
「あの広い街だね。そこを探索してから、運河まで進むつもりだったんだよ」
「私達では廃墟に踏み込めない。きっと良い稼ぎになる。その廃墟から北へ。2つ目の山の頂から、タウタを見下ろせる」
「わかった。きっと訪ねるよ。アイテムボックスに空きがあるなら、いくらか先に渡しておこうか?」
「残念だが、空きはない。獲物があと1頭、入るかどうかだ」
「そうか。なら、気をつけて帰るんだよ?」
「子供扱いするな。もう、初潮も迎えている」
「それは失礼。では、また近いうちに」
立ち上がる。
猫を見ると、咎めるような視線が来た。
(あれ、怒ってる?)
「当たり前じゃ。こんな愛らしい娘を歩いて帰すとは、ラスは鬼かえ?」
「しゃ、喋った・・・」
討伐隊とやらの男が、呆然と呟いた。
「あー。そういえば、子供好きだったねえ。猫は・・・」
出会ったばかりの頃、猫と魚に世話をされて弱っていた体を回復させた。
猫に寄りかかって飯を食い、猫の体温を感じながら眠る。そんな日々。故郷で教師になるための勉強をしていたというローザが手製の教科書で文字から教えてくれたのは、ちょうどその頃だ。
(クルマ、見せちゃっていいの?)
(悪党の臭いがする者はおらんでの。いいじゃろ)
(了解。じゃあ、今日はタウタのそばで野宿しようか)
(街に泊まれば良いではないか)
(猫が入れない可能性が高い。自分だけ安全な場所で眠るのは嫌だって)
(義理堅いのう)
「じゃあ後は帰るだけなんだね、ロザリー?」
「ああ。ここからなら、3日はかかるかな」
「夜には着くさ。送って行くよ」
「どういう意味だ?」
乗機設定してある軽トラックを出す。
ロザリーが息を呑む音が聞こえたが、討伐隊の面々は珍しそうに軽トラックを眺めている。
「まさか、そんな・・・」
「どうしたんで、お嬢?」
「可動品の車両だよ。信じられない・・・」
「シャリョウ、ですか。はて?」
やはり一般人には、車両という言葉すら浸透していないらしい。
俺も初めてローザのバイクを見た時は、クリーチャーの一種かと思ったものだ。
「さあ、乗った乗った。前には詰めても運転手と2人しか乗れない。悪いけど残りの3人は、猫と荷台に乗って」
「わ、わかった・・・」