戦闘開始
美女2人がおっさんを取り合うのを見ていても、何も面白くはない。
回収を終えたウイが出したハンキーの屋根に乗り込むと、ルーデルの慌てたような声が追って来た。
「おい、本当にどうすればいいんだ?」
「だから好きにしていいって。チャンスだと思うなら東部都市同盟に加入してグールシティーの住人達の楽しみを増やしてもいいし。ツライ思いをさせると判断したら、いざって時に駆けつけるって約束してグールシティーは鎖国。そんな感じじゃねえか?」
「それはありがたいが、そこまで甘えていいのか?」
「いいさ。ルーデルには、それ以上に助けられてる。ルーデル1人が手を貸してくれてる事で、グールシティーは義理を果たしてると判断して、名前だけ東部都市同盟に加入って形でもいい。とりあえずグールシティーに行って、へーネを抱いてから話し合うといいさ」
「ゴメンだね。薄情者に、指の1本だって触れられたくはない」
「言ってる事と行動が合ってないのデス」
「何だって!?」
これは、見守るだけムダだ。
同じ思いなのか女達がルーデルに手を振り、ミツカからハッチに入っていく。
そしてウイだけはへーネの前で立ち止まり、ダンボールを山のように積み上げた。
「なんだい、これ?」
「缶詰ですよ。500人で分けられるくらいはあります。東部都市同盟からのお土産ですね」
「なんとまあ。グールシティーでだって、缶詰なんか作れやしないのに・・・」
「空母では、すでに缶詰の製造が始まっている。へーネ、頼むから俺達の敵には回るな」
「・・・言うじゃないか。数百年も、かわいい女を待たせておいて」
「俺はたしかに、オマエを殺せない。だが、ヒヤマはタバコを踏み消すより簡単にオマエを殺す」
「で、アンタに殺されるのかい?」
「ああ。ヒヤマはそういう男だ。俺はヒヤマを殺して、それから自分を殺すだろう。そうすればウイちゃん達は、俺を殺さずに済む」
「とんだお人好し共だ・・・」
「それが、俺の友だ」
会ったばかりのへーネを殺すのに躊躇いはない。
だが、俺は黙って死ねるだろうか。
ウイのためなら、女達のためなら出来そうな気もするし、どうしたって出来ないような気もする。
「ヒヤマがその銃をコッキングする時、もう迷いはない。銃弾はオマエだろうが神だろうが貫いて、その夜に1人で泣くんだ」
「死んだら意味がないじゃないか・・・」
「そう思わずに、死ねる男もいる」
「戦艦型の機械兵に増槽を付けたままジェット機で突っ込んで、何百年も帰って来ない男みたいにかいッ!?」
「そうだ・・・」
へーネが奥歯を噛み締める音が、ハンキーの屋根にまで聞こえた。
「ふざけんじゃないよっ!」
拳が肉を打つ音。
ルーデルは、身じろぎもしない。
「アンタ達みたいな男はっ、女の気持ちなんて考えもせずにっ!」
血が飛ぶほどに殴られても、ルーデルはポケットに手を突っ込んで立っている。
「好き勝手に命を賭けてっ! 帰れなくてもいいって思ってるくせにっ!」
へーネは泣いている。
惚れた男の顔面を殴りながら、泣いている。
離れたジュモは瞳を閉じて、何も言わずに黙っていた。
「残される身にもなれっ!」
「すまん・・・」
「悪いと思ってないのに、謝ってんじゃねえっ!」
ウイが俺の手を握る。
黙って強く握り返すと、出来れば死ぬなと言われている気がした。
「どうすればいいんだ!? 女として生まれたんだから、諦めろとでも言うつもりかっ!?」
「そうだ」
「ふざけるなっ!」
「へーネ、そんくれえにしとけって。なんだ、この音・・・」
地響き。
慌てて振り向くと、遠くに爆発した後の大きな煙が上がっていた。
「フライモンキーの巣の辺りだ。ヤベエな、こりゃ・・・」
「爆発物の音だったな。へーネ、グールシティーは近いのか?」
「そのマンホールに入って、30分も進めば着く。人質達の足でもね」
「なら行け。この姿になった時に無線はリセットされたが、こうしてまた会えたなら無線は通じる。ああ、缶詰は手分けしてアイテムボックスに入れるといい」
「ルーデル達はどうする気だい?」
「ウチの大将は、戦うつもりらしい。援護をするさ」
取り出した軽機関銃の装弾を確認し、次は対物ライフルを出して準備を整える。
フライモンキーの群れが来るなら軽機関銃。それ以上の何かなら狙撃。それで間に合わなければ、ハルトマンだ。
「時間がねえんだ。早く行け。ルーデル、砲台島で出したコンクリートの遮蔽物を出してもらえるか?」
「高さと幅は?」
「俺の鳩尾くれえの高さで、道幅一杯。ハンキーの5メートル前方に」
「了解。ウイちゃん、ヘリを出しといてくれ」
(ミツカ。遮蔽物の前に出ようなんて思うなよ。危険なら、逃げの一手だ)
(わかった。前方ハッチから、ミサイルランチャーでも撃つよ)
(ひなもりくひめででる?)
(判断は任せる。ハンキーは足が遅い。逃げても追いつかれるなら、出来れば頼む。だが、ムリはするんじゃねえぞ。ヒナが怪我でもしたら、意味がねえんだ)
(わかった)
ルーデルが出した遮蔽物に、バイポッドを展開した軽機関銃を乗せる。
グール達は次々とマンホールに消えていく。へーネの指揮に異を唱える兵はいない。見事なものだ。
東部都市同盟が兵士を育成して運用するとして、こんな状況でも何も言わずに指揮に従ってくれる兵だけを揃えられるのだろうか。
ヘリにルーデルとジュモが乗り込もうとすると、マンホールを閉めたへーネが2人に駆け寄った。
「まさか、一緒に上がるのか?」
「400年ぶりの空だ。ケチケチするんじゃないよ。機銃くらいあるんだろうっ!?」
「・・・ああ、派手にバラ撒いてやるといい」
ルーデルと拳を合わせ、へーネがヘリに乗る。
墜落の危険なんかはこれっぽっちもないと思うが、無線がないと不便だろうから申請を送った。
すかさず許可が来る。
「戦闘が始まると仲直りとか、凄えカップルもいたもんだな。戦闘狂ップル、いや、バーサーカップルだな」
「ルーデルさんらしくていいじゃないですか。では、ハンキーに行きます。怪我をする前に、ハルトマンを出してくださいね?」
「了解。気をつけてな」
砂塵。
こちらに走って来るのは、フライモンキーの群れだ。
それならと、軽機関銃を構える。
音もなくヘリが離陸し、胴体の左右下方から半球状の銃座が現れた。
(なんつー改造してんだよ、ルーデル・・・)
(北では歩兵の相手も多くなるだろうからな。偵察しながら数を減らしにいくぞ?)
(頼む)
フライモンキーは、何かに追われているようだ。
小さな子供を背負う、メスらしき数匹を先頭にして駆けている。
「乳飲み子を抱いていようと、こっちに来られちゃ困るんだよっ!」
指切り射撃。
まだ遠いがバイポッドのおかげもあって、数匹の体が千切れ飛んだ。
すぐに、ヘリも機銃を撃ち始める。
群れは驚くほどの数で、先頭の数匹を倒しても何の意味もないように思えた。
それでも、撃ち続ける。
(ヒヤマ、フライモンキーの後方に荒野熊。その後方にオーガの部隊だ!)
(荒野熊はオーガの手先なのか!?)
(違う。オーガは荒野熊を仕留めたいらしい)
ハンキーの銃塔が弾をバラ撒き始める。
どうやらフライモンキーを狙う荒野熊を、さらにオーガの部隊が狙ったらしい。フライモンキーは、そのまま地下にいてくれたら死なずに済んだってのに。
(くっそ、下水道のフライモンキーは全滅か。良い狩り場で、グールシティーの貴重なタンパク源だったのに!)
(養殖なら、もっと巧くやれっての)
(そんな人員はいないんだよ!)
話しながらも、銃撃は続けている。
途中でフライモンキーが異常なほど数が減ったので、ウイが【砲手のサンドグラス】でも使ったのかもしれない。
だがそれでも、まだフライモンキーは残っている。
ハンキーから、連続してミサイルが煙を引きながら飛んだ。
遮蔽物の陰に身を伏せ、弁当箱のようなマガジンを交換する。爆発。立ち上がって、また連射。
細かくトリガーを引いては指を離し、また引いて弾を吐き出す。
指切り射撃。
こうすると、バレルが跳ね上がる反動で狙いがブレない。バイポッドといわれるカメラの三脚のような物も狙いを付けやすくする効果があるので、思い通りにフライモンキーを肉塊に変えられる。
(ウイ、この数ならフライモンキーは任せていいか?)
(大丈夫です。ハルトマンで荒野熊からですか?)
(そうだ。弾も派手に使う)
(たまはまだある。きにしないで)
(オーガの部隊は爆発物まで使ったのですから、油断はしないで下さい)
(了解。ハルトマン、出る。フライモンキーを迂回して荒野熊、それからオーガの部隊だ)
遮蔽物を飛び越え、ハルトマンを装備する。
サブマシンガンを抜きながら道路脇まで移動し、土を抉って走り出した。
前後の脅威に立ち尽くすフライモンキーの群れを越え、背後を気にしながら走る荒野熊に突っ込む。
3匹もいた。
俺が倒した荒野熊を探しにでも来て、オーガの部隊に発見されたのだろうか。2匹は体が小さいので、まだ子供のようだ。
(フライモンキーはもう大丈夫だ。ヘリはオーガの部隊を牽制するぞ、ヒヤマ?)
(ああ。さすがに対空兵器は持ち歩いてねえと思うが、気をつけてくれ)
荒野熊を撃つ。
体の小さな荒野熊は、どちらも頭部へのサブマシンガンの3射であっけなく沈んだ。
残る1匹が吼える。
そんなヒマがあるなら敵を殺せと思いなら、残る弾を撃ち込んだ。
千切れた首から血を吹き出しながら、巨体が倒れ伏す。
(こちらウイ、フライモンキーの殲滅完了です)
(荒野熊も片付いた。今行くぞ、ルーデル)
(頼む。ヤツラ、大戦時の盾を持ってるんだ)
(盾?)
(野獣兵の部隊がたまに持ってた、持ち手を付けた防弾板だ。ヘリには爆弾はないから、機銃だけじゃ撃ち抜けないんだよ。ヨハンの秘密兵器を、さっさと取り付けておくべきだったな)
機銃から身を守るほどの盾なら、動きは鈍いだろう。
それならハルトマンで掻き回して、ヘリの機銃で仕留めるための射線を開けてやればいい。
へーネは知らないが、ジュモの射撃の腕は確かだ。
(そんじゃ、盾をぶち破ってやるさ。数を減らすのは任せたぞ、ジュモ)
(任せるのデス! 年増には負けないのデス!)
(ふん。小娘との腕の違いを見せてやるよ!)
遠くに見えているのは、鉄の小山のような物だ。盾を組み合わせ、身を守っているのだろう。
ヘリの攻撃を受けても崩れずに陣形を組んでいるなら、頭上にも盾を翳しているのか。
マガジンを落とし、新しい物を叩き込んだ。
走る。
(おい、ムリはするんじゃないぞ。ヒヤマ?)
(なあに、盾を引っぺがすだけさ)