それぞれの流儀
5匹のフライモンキーは荒野熊が進む方向の屋根に身を伏せ、積み上げてある瓦礫を両手に持った。
(わざわざ準備してまで武器を使うのに、ジュースのビンは開けられねえのか・・・)
(それでも頭いいねえ、お猿ちゃん)
(腐らないジュースですから、匂いなんて漏れないのかもしれませんね。それか、地下には豊富な飲水があるとか)
(この山もそうだし、南西と南にも山はある。でも雪どころか雨も降らねえのに、山裾の街に水があるってのか・・・)
(地下水なんかを探すスキルでもあれば、国が出来てから役に立つかもしれませんね)
(お兄ちゃん、お猿ちゃんが動いたのっ!)
たしかにフライモンキーは、悠々と歩を進める荒野熊に投石を開始していた。
だが、それが何だとでも言うように、荒野熊は次のマンホールを目指している。
(まったく効いてねえな)
(あの巨体にコンクリート片では・・・)
(少し、様子を見るか。フライモンキーの群れと荒野熊の情報が欲しい)
(良かった。てっきり狙撃して、ローザで駆け抜けざまに回収をするとでも言うのかと思いましたよ)
(ないない。やるなら狙撃で仕留めて、ハルトマンで担いで帰る。あの大きさじゃ、俺のアイテムボックスには入んねえよ)
始まった戦いを文字通り高みの見物してやるかとタバコに火を点けると、フライモンキーは屋根から飛び降りて荒野熊を嘲るような仕草を見せた。
(まさか・・・)
(そのまさかでしょう。先頭の1匹は、もう逃げ出しています)
(えっと、ニーニャわかんない・・・)
(あの5匹は自分をエサにして、荒野熊を遠くに行かせようとしてるのよ。きっと)
(ええっ!?)
ニーニャは驚いているが、まず間違いないだろう。
最初に死ぬと決めたらしいフライモンキーは、全力で逃げるのではなく、全力で荒野熊の爪を避けながら仲間を追っている。
(お兄ちゃん・・・)
(これが、自然ってモンだ。フライモンキーは種族として生き残るために、こんな方法で身を守る。そしてそれを喰らう荒野熊は俺に殺され、俺達人間の血肉となる。生きるってのは、そういうもんなんだと思うぞ)
(哀しいね・・・)
スナイパーライフルを収納し、ローザに跨る。
(どうするんですか、ヒヤマ?)
(フライモンキーは簡単に捕まりそうにねえ。たぶん、縄張りからかなり離れてから全滅するはずだ。そこを狙撃する)
(進路は北東。その山から狙撃した方がいいんじゃないですか?)
(それだと、フライモンキーが生き残る。タウタの方角に逃げれば敵を人間が始末してくれる、なんて思われちゃ困るからな)
(・・・そうですか。でも、出来れば山を移動して下さい。山裾の街道には、他のクリーチャーがいるかもしれませんから)
(了解。それにあのコースじゃ、運河にまで荒野熊が流れていく可能性がある。危険だから、ここで始末しねえとな)
荒野熊は、意外と足が速いようだ。
すでに5匹と1匹は廃墟の並ぶ街並みから出て、運河の方向に向かっている。
その分、俺がいる場所からの距離も近くなっているようだ。
(そんじゃ、行ってくる)
ローザをゆっくりと走らせ、山から下りないようにして荒野熊を追う。
車の残骸が少ない道路にまで荒野熊を誘き寄せた所で、最初のフライモンキーが荒野熊の爪で引き裂かれた。
見せつけるように頭から死体を食いちぎった荒野熊が吼える。
だがフライモンキー達も負けてはいない。どこで覚えたのか、尻を見せてそれを叩いたりして荒野熊の気を引いていた。
追跡劇が再び幕を上げる。
フライモンキーを荒野熊が、荒野熊を俺が。
「ケモノの流儀か・・・」
フライモンキー達は疲れたのか、それとも障害物の少ない道が苦手なのか、ずいぶんと距離を縮められているようだ。
北東のハゲ山はさっきの山よりもずっと標高が低く、フライモンキーも荒野熊も肉眼ではっきりと見える距離だ。まだ気づかれてはいないが、用心は必要かもしれない。
(ううっ、みんなやられちゃうよう・・・)
(見てなくていいぞ、ニーニャ)
(だって気になるもん。強盗さんとかが死ぬのは見慣れてるけど、動物型のクリーチャーが死ぬのは見てて哀しいよね・・・)
同意しづれえなあと思った瞬間、4匹のうちの1匹が身を翻して荒野熊に向かって走った。
握った石を振りかぶりながら、フライモンキーが跳ぶ。
「いい覚悟だ・・・」
あのフライモンキーは、攻撃が当たるかどうかなんて考えていないだろう。
武器がある。敵がいる。味方が危ない、だから戦う。
俺も同じだぞと思いながら、生きたまま食い千切られるフライモンキーを見送った。
(残るは3か。今ので距離は稼いだが、そう長く保ちそうにねえな)
(狙うは、最後のフライモンキーが捕食される瞬間ですか)
(そうなる。対物ライフルにしとくかな。オーガロードと同じHPだし)
(懐かしいですね。何年も前の事のように感じます・・・)
何年どころか、1年も経っていない。
そういえば、こちらに来たのは夏の終わりだった。
もしかしたら俺は、もう18歳になっているのかもしれない。
(ヒヤマ!)
ローザのアクセルを全開にした。
ハゲ山は凹凸が多く、派手に跳ねては着地を繰り返す。
(なぜグールが・・・)
ウイが呟いたように、フライモンキーの進行方向から姿を現したのはグールの集団だ。
武装をしているのは、先頭のグールだけ。
あれでは、フライモンキーすら倒せるかわからない。
しかも廃墟から出てきたので、フライモンキーと荒野熊を見れば廃墟に逃げ込む可能性が高い。
狙撃でフライモンキーから倒せば荒野熊はグールに接近し過ぎるし、荒野熊から狙撃すればフライモンキーに何人かのグールがやられる。そしてもしグールが廃墟に逃げ込んだら、狙撃では助けようがない。
とっさに俺が選んだのは、フライモンキーと荒野熊の間に割り込んで、フライモンキーから片付ける事だった。
(お兄ちゃん、気をつけてっ!)
土が剥き出しの山。
あっという間に下りきった。
最後の窪みを越えると、ローザが大きくジャンプする。
そのままアスファルトに着地した瞬間、後輪が暴れて吹っ飛びそうになった。アクセル、ハンドル、ブレーキ。押さえ込む。背筋を撫ぜた死の予感を振り払うと、自然と笑みが浮かんだ。
パワードスーツ装備で、HPもずいぶんと上がっている。転倒したくらいでは死にはしないだろうが、危機感は日本にいた頃と同じように感じた。
1速落として加速。
回転を合わせてギアを上げ、アクセルを固定する金具を押し込んでコルトとサブマシンガンを抜く。
外部スピーカー、最大音量。
「逃げろっ、荒野熊も来ている!」
グールの集団に動揺が走る。
先頭の武装したグールを含め、どうすればいいか判断できなくて固まるという最悪の行動だ。
ローザは俺が両手を離しても小気味良い加速を続け、フライモンキーを追い抜こうとしている。
両手の銃で3匹のフライモンキーを殺すと同時に、グールの男がライフルをこちらに向けた。やっと動いたと思えば、それか。
撃つなら撃て。
そんな銃で、彼女の形見のパワードスーツが撃ち抜けるものか。
アクセルを固定する金具を外し、リアブレーキを蹴っ飛ばす。
後輪を滑らせながら方向転換して荒野熊と向き合うと、その目は明らかに俺を狙っていた。
獲物を奪われた怒りか、得体の知れない機械のような鎧を着た俺を敵と見たか。どちらにしても時間がない。
ローザを収納し、対物ライフルを出して構えた。
(ヒヤマ!)
轟音、衝撃。
衝撃は発砲時の物だけではなかった。
後頭部を撃たれている。俺の職業でも、狙撃と同時に撃たれれば狙いを外すらしい。
怒りで目が眩みそうになったが、俺の視界には荒野熊が迫っていた。
(ちくしょう、ルーデルさんの仲間でもぶっ殺してやる!)
そう怒るな、ミツカ。
思ったが、俺が口にしたのは別の言葉だ。
「ハルトマン、装備・・・」
視界が高くなる。
網膜ディスプレイの画面には、いくつもの表示が浮かんでいた。
超エネルギーバッテリー、充電89%。各部接続OK。オールグリーン。MN28・アクティベーション。
「怪我したくなきゃ、逃げろって言ってんだよ!」
無線をルーデルに繋ぎながら、荒野熊の突進を受け止める。
(まるで相撲だなあっ!)
全身に力を込めてがっぷり四つに持ち込み、荒野熊の腹にハルトマンの右手を押し当てた。
「パイルバンカー、射出!」
ドンッ、と右手に衝撃が来る。
「ガアアアアッ!」
荒野熊が血を吐きながら吼えた。
都合良く即死してくれたりはしないらしい。
「炸薬カートリッジ、装填」
パイルバンカーの根本から、砲弾のような薬莢が排出されてアスファルトを叩く。
伸びていた杭が短くなる前に、荒野熊はハルトマンの首に咬みつこうと動いた。
左手で鼻先を掴む。
全力でだ。
荒野熊はハルトマンよりも少し小さいくらいの体格なので、気を抜けばそのまま押し倒されて首を咬み千切られそうな気がする。
「うおおっ!」
「ガアアアアッ!」
荒野熊に向けた右手が、荒野熊の左手で弾かれた。
パイルバンカーという武器を理解している訳ではないだろうが、荒野熊はハルトマンの右手を執拗に払いのける。
「やるじゃんか、ケモノ風情が!」
「グアアアアッ!」
【熱き血の拳】、発動。
鼻先を握り潰す。
「ギャンッ・・・」
荒野熊は仰け反り、よろめいた。
右手を上げ、荒野熊の眉間を杭で狙う。
衝撃が大きいので、拳銃を撃つ時のように左手を添える。
「あばよ、同類」
パイルバンカー、射出。
炸薬カートリッジの爆発で伸びた杭が正確に眉間を貫き、パイルバンカーで持ち上げられる形になった荒野熊の体を痙攣が走る。
その手応えを感じながら、これが生き物を殺す事だと、いまさらながらに理解した。
再装填。
杭が収納されて、荒野熊の体がアスファルトに落ちる。
その大きな音が聞こえたが、ハルトマンの装甲を鳴らす小さな音も聞こえた。
(ルーデル、見てるか?)
(ああ、済まないな。同族、になるんだろうが、助けてくれた相手を後ろから撃つとは・・・)
(撃ってる男は、犯罪者だよ。ああ、今すぐ殺してやりたい・・・)
(怖えよ、ミツカ)
(他にも10人ぐれえいるけど、それは?)
(善行値が高い。騙されてたか、脅されてたかじゃないかな)
(とりあえず犯罪者を殺して、それから話を聞くか)
(その必要はなさそうよ、ヒヤマ)
(どういう意味だ、タリエ?)
(グールの集団の後方、50メートル)
言われたのでライフルを撃ち続けるグールと、それからジリジリと距離を取るグール達の向こうを見る。
パカっとマンホールが開いて、完全武装のグール達が飛び出した。
(へえ。パワードスーツはねえみてえだが、いい装備だな)
(グールシティーの兵隊でしょうか)
(たぶんな。犯罪者じゃない集団を保護するように動いてる)
30ほどの兵は半分が犯罪者以外を守るように布陣し、半分は犯罪者に銃を向けている。
短い会話が交わされ、犯罪者がライフルを捨てた。
手錠をかけられた犯罪者が天を仰ぎ、兵隊の1人がこちらに歩き出す。
それに何か言った部下らしき兵の頭をポカリと叩き、女は歩みを速めた。
(ぐっ、ま、まさか・・・)
ルーデルが呻くように呟く。
俺は自分の唇の端が釣り上がるのを、はっきりと自覚した。