狩りの始まり
運び屋はマイケルの瞳から視線を外さない。
その目は言っている、「断ってもいいが、子供達は不幸になるぞ」と。
助けを求めるようにマイケルが俺を見たので、ニッコリ笑ってから瞳を逸らしてやった。
「くっ、総帥のくせに・・・」
「東部都市同盟を守るためには、こうするしかないんだ・・・」
「ただ怖いだけでしょう、絶対!」
「でもな、あの魔王を説得しなきゃ、魔王の寿命が来るまでガキに高等教育を受けさせられねえんだぞ?」
「だから、それを何とか!」
「ほんじゃ、何とかしてくれ」
あー、ドングリ茶が美味い。
ルーデルは笑いを堪え、ロザリー町長は苦笑している。
この状況でマイケルを助けようとしないのだから、2人もいい根性をしているもんだ。
「・・・フリードという男がいます」
「姉以外の肉親を失って、それでも街のために努力している男に、街はこっちが何とかするから学校をやれってか?」
「そうですか。彼は、街の長を継いだのですね・・・」
マイケルが腕組みをして天井を睨む。
他に任せられる人間がいるならそれでもいいが、出来ればこの男にチャンスをやりたい。
塞ぎ込む時期はとうに過ぎ、明るく笑いながらも自分を責める事が出来るまでになっているのだろう。さっきのように冗談を言い合える男が、家に帰れば自分を責めてメシも食わずにいる。そんな事は、想像したくもない。
朝から晩まで子供達の世話でもしていれば、騒がしくて忙しくて、自分を責める時間もないはずだ。
「なあ、マイケル」
「なんでしょう、ヒヤマ様?」
「俺達ゃ、マイケルみてえな男が嫌いじゃねえ。頭が切れて、肚が座ってて、自分の廉恥心に従って決めた生き方を貫く。誰にでも出来る事じゃねえさ。友人になりてえと思ってる」
目を見て、思うままに話した。
「ありがたい、話です・・・」
「来いよ。そっちじゃなくても、罰は続くんだ。こっちに、来いよ」
見詰め合う目を、マイケルがそっと閉じる。
「罰が重くなると、考えましょうか・・・」
子供達の笑い声を聞く度に、心が痛んだりするのだろうか。
いや、未来がそのまま音になったような子供達の笑い声なら、きっとマイケルの心をどこかで慰めてくれる。
今は、そう信じよう。
少なくとも、タウタにいるよりはずっといい。
「受けるんだな?」
「微力を尽くします」
運び屋が破顔する。
マイケルは、真剣な表情だ。
ロザリー町長が微笑みながら俺に頭を下げた。付き合いが長い分、感慨深いのだろう。マイケルを追放という形で夫に預けたのは、ロザリー町長なのだ。
「しっかし、まーた口説き落としたか。やれやれ、これだからタラシは・・・」
「人聞きの悪い。ありがとうな、マイケル」
「なるほど、ヒヤマ様はこうして味方を増やすのですね」
「呼び捨てでいい。それがダチだろう」
おどけて言ったマイケルが、笑みを深くする。
「言ってるそばから、この人は・・・」
「天然だからな。まあいい、飲もうぜ」
「人んちでもそれかよ・・・」
「運び屋さん、芋焼酎はお好きですか?」
「もちろんだ。別嬪さんの酌なら、さらに良い」
「用意するので、お待ち下さい」
「町長、私が・・・」
立ち上がりかけたマイケルの肩を、ロザリー町長が押さえる。
「今日この時から、マイケルは東部都市同盟の教育者。私の賓客なのだから、座って教育の予定でも話し合ってなさい」
「そんな・・・」
「マイケル、ここは甘えようぜ」
「はぁ。厄介な仕事を受けてしまいましたね・・・」
教科書をどうするかとか話しながら待ち、酒が出てからは話しながら酌み交わす。
帰ってきた連中はそれぞれ呆れていたが、いいから飲めの一言でそれ以上は何も言わない。
飲んでいないのはウイとニーニャくらいのもので、潰れた人間から順に寝室に運ばれた。
男はリビングで雑魚寝だ。
たーくんに同じ話を繰り返していたヨハンが潰れると、ウイとニーニャ、それと飲んでいるのに酔っていないタリエは、たーくんを連れてロザリー町長かロージーの寝室で眠るためにリビングを出て行く。
「マイケル、苦しそうな寝顔だな・・・」
「眠る自分さえ、責めてるのかもな」
「こんな良い若者に、罪などあるものか」
「少しずつ、変わってくれたら嬉しいな。まずは移動販売車と一緒に街を回るんだろ?」
「ああ。各街の教師を決め、成人間近の有望な子供を大学にスカウトする。どっちも、【嘘看破】が必要だからな」
「空母の工場化は、内装をヨハン、仕切りをロージーに頼むか。ルーデル、グールタウンには早めに行く事になりそうだ」
「その後は?」
ついに、行く。
「・・・北大陸だ」
「やってやるぜ!」
叫んだのは、運び屋の近くで寝ているグースだ。
「寝言デケエよ・・・」
「戦闘になると俺の指示を待って、グリンを庇うようにクリーチャーに突っ込んでいく。早くレベルを上げて、ヒヤマ兄ちゃんの手伝いをするんだって言ってるぞ」
言いながら、運び屋が2人の毛布を直す。
クーラーがないので暑いが、腹が冷えないようにだろう。
「もう手伝ってるってのにな」
「相当に恩義を感じてるらしい。だが、それだけじゃねえな」
「どういう事だ?」
「ガキなりに、真実を見てるんだよ。笑っちまうような夢、デタラメな綺麗事を真剣な眼差しで語る男がいて、それが心から兄と慕う男だ。助けなきゃ、そう強く思ってる」
「ダメ兄貴を、見てらんねえか」
「心配もしてるんだろうが、弟として黙って見てはいられねえんだろう。役に立ちてえんだよ」
グースは熱血漢で、グリンは思慮深い。
だが本当は、逆ではないのかと思う時がある。考えてみたが、どちらにしても2人は大切な弟で、これからもそうだ。それがこの上なく嬉しいと、心から思った。
「来年には弟か妹が増えるのも楽しみだ」
「早いうちに、パイロットという将来もあると教えないとな」
「いや、オシメが取れたら俺達が狩りに連れ出す。やっぱ陸兵のが食いっぱぐれねえって」
「・・・オマエラに子守させたら、しこたまレベルアップして帰って来そうで怖え」
「どんな職業なんだろうなあ。運び屋と商人だった姐さんの子だから、やっぱ戦闘も普通の仕事も出来るようなのかな?」
「まだ職業持ちとして生まれるかもわかんねえんだ。気にしてもしゃあねえさ」
地下水の組み上げ施設と散水機の修繕には3日かかるらしく、ウイ達はルーデルの操縦で砲台島を経由して空母に戻った。
運び屋とグースとグリン、それに家に荷物がほとんどないマイケルは、移動販売車に種芋やブロックタウンでも育てられそうなハーブの種を積み出発。
「さて、仕事がねえな・・・」
「ロージーはヨハンの護衛に着いてったから、子作りも出来ないしねえ」
「そういや、タウタじゃクリーチャーは食わねえのか?」
「食べるさ。でも持ち込まれるのは、シティーへジャガイモを運ぶ冒険者が来る時だけだよ。それも、獲物がない時が多いね」
「なら、少しでも狩りに行くか」
「ソロで大丈夫かい?」
「奥の手もある。まあ、なんとかなるさ」
腰を上げると、3分だけ待てとロザリー町長に言われた。
タバコを吸い終えると、木のカゴを渡される。
「これは?」
「弁当だよ。気をつけて行ってきな」
「ありがてえ。クリーチャーが多いのは?」
「手強いのは南。数が多いのは西。北は少ないね」
「なら南を見て、ヤバそうなら西だな。行ってくるぜ、おっかさん」
「老けこんだ気分になるからやめとくれって。気をつけるんだよ」
街を出てパワードスーツを装備してローザを出すと、跨る前にウイから無線が来た。
(単独で狩りですか・・・)
(危なそうなら三十六計。狙撃しかしねえし、心配しなくていいぞ)
(まあ、映像を見ながら監視しているので、無茶はさせませんけどね)
(ありがとな)
話しながら山を登り、南を見渡せる山頂を目指す。
1時間ほどで目に飛び込んできた眺めは、圧巻と言うしかない荒野の風景だった。
(こりゃ・・・)
(すっごーい。お兄ちゃん、いいなあー!)
(凄い景色ですねえ)
左に見える銀の蛇が運河で、その他は瓦礫の目立つ荒野だ。
一番近い廃墟は教会か何かであったらしく十字架が付いているが、それすらも10キロは先だろう。
標高で言えばどのくらいになるのか、俺にはさっぱりわからない。
それでも付近を見下ろすこの風景は、凄いとしか言いようがなかった。
(まずは索敵か)
タバコを吸いながら、クリーチャーを探す。
(廃墟の手前まではいねえな・・・)
(西に回った方がいいんじゃありませんか。あの道路が寸断された街に踏み込むなんて、どうしたって許しませんよ?)
(さすがにパワードスーツじゃ行かねえって。ローザを収納したら歩きんなるし。ハルトマンでならいいだろ?)
(まあ、それなら。ですが敵によりますね)
(腰を据えて探す。話はそれからだな)
ローザを停めたまま乾いた土の上に座り、ズームを繰り返して廃墟の街を見る。
手前にもコンクリートの土台が剥き出しになっているので、タウタのバリケードはここから運んだのだろう。
「クレイさん、やるじゃんか。それでこそ日本人だぜ」
つぶさに廃墟の街を見ていると、ある事に気がついた。
どこも、マンホールが開いている。
中央付近のマンホールを視界に入れながら10分ほど待ったが、虫の1匹すら顔を出さなかった。
(おっかしーな)
(夜行性なんじゃないのかい?)
(かもな。また夜に来るか)
(お兄ちゃん、右の建物の床っ!)
ズーム。
屋根が消し飛んだ家屋の床には、ビンや缶が散乱している。
(中身が入ってるのもあるな。つまり、マンホールに潜んでるのは人間じゃねえ)
(嗅覚も知性も低そうですね)
(誘ってみるか)
『殿軍のスナイパーライフル』を出す。
銃を撃つのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
(友好的な相手だったらどうするんです?)
(シカト)
(そんな乱暴な!)
(だって見回してもクリーチャーは・・・)
いた。
それもハンパなクリーチャーではない。
ハルトマンと殴り合えそうな巨大な熊だ。荒野熊。そのストレートな名前の熊は、マンホールに向かって歩いている。
(おいおい、何を食って生きてんだよ)
(マンホールの住人でしょうねえ。マンホールを見る度に、腕を入れて中を探っています)
(遠いマンホールから何かが飛び出した。ありゃ、フライモンキーじゃんか。ここに群れがいたのか)
(経験値は30でしたよね。HPは、20ですか)
(動きは速いが防御力は紙。ゲームなら玄人向けの種族だな)
マンホールから飛び出したフライモンキーは5。
身軽に瓦礫を上がり、廃墟の屋根を跳んで荒野熊の方向を目指しているようだ。
(お手並み拝見といこうか、お猿さんよ)