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罪人と聖職者




「待たせたな、死神。そっちがロージー嬢ちゃんか。また別嬪だなあ」

「はじめましてですわ、皆様。ロージーと申します」


 ロージーが優雅に頭を下げると、タリエが近づいてその頭を撫でた。


「望みは叶ったのね。おめでとう」

「はいっ!」


 まずはロザリー家で昼まで休み、メシを済ませてから仕事にかかろうと連れ立って歩く。

 少し狭いとは思うが、ロザリー町長が料理をすると言い張ったので仕方ない。


「いい家ですね」

「昼メシも期待していいぞ、ウイ」

「見てたので今から楽しみです。運び屋さんの反応も」

「だな」


 リビングに通された運び屋は予想通り、ジャガイモの煮っころがしを見て奇声を上げた。


「な、何だってこんな大量の醤油が!」

「タウタで作ってんだとさ。先祖が日本人だとかで」

「・・・ロージー・クレイ。わかりづれえっ!」

「だよなあ・・・」


 食事を終え、各々が修理や売店に出かける。

 リビングに残ったのは、俺と運び屋とルーデル、そしてロザリー町長だけだ。


「レニー嬢ちゃんが子供をねえ。いいんじゃねえか」

「だな。にしても、ヒヤマの子か。どんな事をやらかしてくれるのか、今から楽しみだ」

「うちの子孫が間違えたら、ルーデルが殺してやってくれ。これ、マジなお願いな?」

「そうはならんさ。大きく間違える前に、ぶん殴る。ヒヤマって親友に、頼まれたって言ってな」

「そりゃありがてえ。そんで、空母は生活雑貨から洋服や靴まで作る工場にしてえんだ」

「ほう・・・」

「東部都市同盟は、各街分業制で経済を回すのか」


 各街の目指すべき姿を話す。

 やはり2人が気になるのは、ケイヴタウンのようだ。

 あれこれ話し合っていると、レニーからの無線が来たので全員に繋ぐ。


(どうだった、レニー?)

(残りたいって人間は少数だった。その少数も、自分達だけじゃ暮らしていけねえから移住したいってよ)

(爺様と婆様は?)

(子供を産むなら、タウタで育てるとさ)


 レニーが自分で育てる気も、爺様と婆様がレニーに育てさせる気もないのが面白い。

 まあ、俺でもウイかタリエに預ける事を選ぶと思うが。


(そうか。なら、詳細はロザリー町長と話を詰めてくれ)

(了解。ケイヴタウン、何かに使えねえか? 俺が受け継いだ形になるが、使い道なんてねえんだ)

(なあ、死神。いっそケイヴタウンを丸ごと、教育と研究の施設にしちまうってのはどうだ?)

(その発想はなかった。けどよ、そんなに敷地が必要か?)

(先のためにだ。学校はそれぞれの街に作るとして、さらに高度な教育を受けたい連中を数年置けばいい。試験もして、生活費から小遣いまでヨハンの開発部が支給するんだ)

(国営の大学、それもエリート専用校か。でも、ヨハンが教育する時間なんかねえぞ?)


 今でも空母で特に忙しいのがヨハンだ。

 これ以上の仕事を割り振る訳にはいかない。


(まずは成人直前のガキを数人だ。ヨハンが教える必要はねえ。そうだなあ、ガキを食い物にしねえで、ある程度の学がある人間ならそれでいい。ま、そんなのが都合良くいればだが)


 ロザリー町長を見る。

 目を合わせたまま、頷き合った。


(マイケル、だっけか。どこにいるんだ?)

(町長の不在時は、役所のカウンターだね)

(交代要員は?)

(いるさ。いなくても、書類仕事をしている人間をカウンターに置けばそれでいい)

(連れて来る。説明しといてくれ)

(わかったよ)


 玄関でブーツを履き、足早に役所まで歩く。

 魚でも入っているのか、嬉しそうに包みを抱えて歩くご婦人が多い。


「いたいた。マイケル、話があるんだ」

「ヒヤマ様が私に、ですか?」

「ロザリー町長もだ。許可は取ってあるから、カウンターを誰かと代わって来てくれねえか?」

「わかりました。お待ち下さい」


 待つというほどの時間も経たず、マイケルは玄関から出てきた。


「お待たせしました」

「全然待ってねえって。なあ、教師としてのジャスティスマンはどうなんだ?」

「理想的、ですね。考えさせるべき事と、教えるべき事。その判断が出来上がっています」

「へえ。何をどの程度、教えられたんだ?」

「専攻は戦前の世界についてです。当時を知らなければ、遺跡品とガラクタの区別もつかない。下手をすれば、ジャスティスマン先生が鍵を開けるまでシティーを誰も知らなかったような事が繰り返されます」

「戦前の経済や学問なんかは?」

「そこから教えられた感じですね。まず読み書きを教わり、それから戦前の教科書で数学を学んだんです。その合間に話してくれる当時の暮らしなんかを聞くのが、とても楽しかったのを覚えていますよ」


 これは、理想的かもしれない。

 まず今の人類が手本にすべきは滅びた文明で、そこから問題点を修正していくのがいいだろう。


「さあ、入ってくれ。俺んちじゃねえけど」

「ふふっ、お邪魔します」


 リビングにロージーの姿はなかった。

 ウイ達は3組に分かれて修理や物の売買をしているので、そのどこかを手伝いに行ったのかもしれない。


「ほう、色男だな」

「これは皆様、はじめまして。マイケルと申します。訳あって、家名は捨てました」

「俺もそうさ。運び屋ってんだ。よろしく頼む」

「ルーデルだ。ここではヘルメットを外しているが、外では装備するから勘弁して欲しい」

「いえいえ、グールという種族がいて、心優しき方が多いのは噂として流してあります。そのままでも、大丈夫だと思いますよ」

「そういや、そんな許可をしたっけねえ」

「グールの犯罪者は、もう死に絶えています。遠く離れた土地から来たのでなければ、グールシティーの住人。間違いはないでしょう」


 グールシティーには、まだ顔を出せていない。

 ルーデルも何も言わないので、まだ行っていないのだろう。


「東部都市同盟が動き出したら、グールシティーにも挨拶に行かねえとなあ」

「その時は、俺がヒヤマの護衛だな。知り合いがいるかもしれないが、いきなり殺されはしないだろう」

「わっかんねえぞ。昔の女とかいたら、ジュモを見て殺しにかかるかもしんねえ」


 運び屋の言葉で、ドングリ茶のカップに伸ばしたルーデルの手が止まった。

 数百年ぶりに会う最愛の男。その隣には、人間だった頃の自分のように美しい少女。殺意を抱くのは、あり得そうな事ではある。


「え、縁起でもない・・・」

「まあ、用心だけはしとけ。ルーデルがいなきゃ、東部都市同盟の未来は暗いぞ」

「押し付けるみてえでわりいけど、ホントそうだよな・・・」

「やめてくれ。頭では理解しているが、本当に考えたくないんだ。運び屋が死んだら、俺はヒヤマと泣きながら酒を飲むだろう。だが、ヒヤマまで逝ったら、俺は独りじゃないか・・・」

「俺のガキと、死神のガキがいるさ。きっとやかましくて、しんみり泣かせちゃくれねえぞ?」

「あー。運び屋の2人目が最年長で、それからバンバン産まれるんだろうからなあ」

「うちのガキ、大丈夫かおい・・・」


 運び屋と姐さんに育てられる子だ。きっと、優しくて面倒見がいいだろう。まだ見ぬ我が子達は、いい兄か姉を持って産まれてくる事になる。


「てか、ガキの俺がガキを作るとか、実感がなあ」

「誰だってそんなもんさ。それより、マイケルに説明しねえと」

「そうだった。マイケル、ケイヴタウンを東部都市同盟の未来を担う少年少女の高等教育機関にしようと思うんだが、どうだ?」

「それは素晴らしい事ですが、私に何の関係が・・・」


 マイケルは、勘の悪い男ではない。

 それどころか牧畜はしていないのかと訊かれ、瞬時に牧草は育てられるとエサを撒き、タウタに家畜が輸入される可能性を上げた男だ。

 それが何も察する事が出来ないとは、そんなにも予想外なのだろうか。


「そこをマイケルに任せたい。最初は、ロクに教育も受けていない子供達に授業だ。その子達が教師として各街に配属されても、まだ足し算引き算をどうにか出来るくらいの子供達。一期生が教師になってから送られた子供達から、高等教育を終えて研究なんかがしたい者には東部都市同盟が補助金を出して研究なんかもさせる。どうだ?」


 マイケルが、ようやく出されたドングリ茶に口を付ける。


「素晴らしいお話だと思います。ですが、決定的に足りないものがありますね」

「それは?」

「私には、教育者になる資格がないのです。どうかそのお話は、別の方に」

「追放は、形だけだったと聞いている。それなのに誓約スキルまでその身に受けて、タウタに迎え入れられた。誰もが許してんじゃねえのか?」

「いいえ。罪滅ぼしのために戻りました。それは、死ぬまで続きます」


 睨み合う。

 収入が多くなるから罪滅ぼしは続けられると言っても、マイケルは首を縦に振らないだろう。

 自分には教育者たる資格がないと、マイケルは思い込んでいるのだ。


「知っている人間と知らない人間、教育者に向くのはどっちだ?」

「当然、知っている人間です」

「なら、犯罪者としての罪を知って・・・」

「それは違います。人には、してはならない事があるのです。それをしてしまった人間が、子供達に何かを語るべきではありません。犯罪者でなくとも、犯罪者の気持ちを察する事は可能でしょう」


 ロザリー町長を見ると、どうしようもないとでも言うように首を横に振られた。ルーデルも、そうだ。だが、運び屋は俺を見てニヤリと笑う。


「わかったぜ、マイケル。この話はなしだ」

「ありがとうございます」

「ほんじゃ、東部都市同盟は高等教育を放棄する。それでいいな、総帥?」


 開いた口が塞がらない。

 俺も、マイケルもだ。


「お、おい。何とかしろよ、マイケル・・・」

「どうしろって言うんですか!?」

「言い包めるとか、ぶちのめして説教するとか・・・」

「ムリに決まってるでしょう!」


 マイケルは隣に座っているので、小声でも会話が出来る。

 小声で怒鳴るという妙な特技を披露したマイケルは、気を取り直すためにかまたドングリ茶を飲んだ。


「そ、それはあまりに乱暴ではないでしょうか、運び屋様?」

「何がだ。他に人材はいねえし、出て来るまで待ってたら今のガキの世代は肩身の狭い思いをする。なら高等教育なんてモンは、捨てちまうしかねえだろうがよ。ああん?」

「はっ、その、えっと・・・」

「頑張れよ、マイケル。オマエのホワッツはそんなものか!?」

「意味がわかりませんって。少し黙ってて下さい!」



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