タウタの長
「こちらです」
木造二階建ての役場は掃除が行き届いていて、ドアが軋む音もない。
広い部屋の正面には大きな机。
腰掛けているのは30代ぐらいの女。その後ろに立つのは、10代の少女だ。決断する行政官と、平和を夢む執行者。
「ようこそ、ヒヤマ総帥」
タリエのようなタイプの女かと思ったが、コイツは違う。
あっけらかんと笑っている30代くらいの女は、どちらかと言うとレニーに似ている。
「まだ受けた訳じゃないんだがね」
「受けるわ。それが、より多くの人間を救うための道だもの」
「お久しぶりです。立ち話では何ですので、そちらのソファーにどうぞ。マイケルは下がっていいわ」
10代の少女は、人に命令する事に慣れているようだ。
「はい。失礼致します」
男がドアを閉める。
「では遠慮なく。ところで、お嬢さんとはどこでお会いしたのだろうか? 申し訳ないが、覚えがないんです」
ソファーに座った俺が言うと、少女がイタズラっぽく微笑む。
鼻を鳴らして立ち上がった年嵩の女は、どっかりと俺の向かいに腰を下ろした。
「ほら見た事か。鼻にも引っ掛けてもらえなかったのさ。だから、着飾って会いに行けとあれほど・・・」
「それではヒヤマ様の本当のお姿は見れませんでしたわ。ただいま、ドングリ茶をお淹れしますわね」
「はあ・・・」
タウタを訪れ、その単語を聞いて初めて気がついたが、ドングリは木がなければ収穫できない。
なのに、スラムでも飲まれるほど安価で流通しているのはおかしい。
街の家も木造だったし、もしかしたらこのタウタには緑が残っているのだろうか。
「どうぞ」
「ありがとう」
ドングリ茶は、どこかで飲んだのと同じ味がした。
ハンターズネストでも、スラムでもない。
シティーの喫茶店。
フロートヴィレッジのバカ息子とモメた、あの店の味だ。
「・・・なるほど、あの喫茶店の女の子か。失礼した」
「いえいえ。気づかなくて当然ですわ」
「あそこの店主は、タウタの出なんだよ。面白そうな男がいるって旦那が言うから、娘を偵察に出したのさ」
女が足を組んで笑う。
きわどいスカートを見ないようにしてドングリ茶を飲むと、灰皿がテーブルに出された。
クリスタル製の、見るからに高そうな灰皿。
「汚すのが、申し訳ない気になるな」
「この街を創った先祖が集めたモンさ。気にしないで使っておくれ」
「そうかい」
タバコを吸いながら考える。
旦那とは喫茶店の店主ではあるまい。
俺を面白そうと言えるぐらいには観察した男、まったく想像がつかない。
「旦那さんってのは?」
「アンタもよく知る、ジャスティスマンさ」
「・・・なるほど」
美人秘書は恋人ではなく、愛人だったという訳か。
「パパは自分の事、まったく話さないから困るわ」
「口の軽い男よりはずっとマシだ。いい父親じゃないですか、お嬢さん」
「ロージーと呼んで下さいな」
「アタシの事は、ママとでも呼んでもらおうかね」
「ロージー嬢は了解した。それでロザリー町長、俺を東部都市同盟とやらのアタマに推す理由は?」
「つれないねえ。平等で、容赦なく、躊躇わないからさ。他に理由がいるかい?」
たしかに、俺は迷わず手を汚せる。
だがそれだけで、俺を同盟の責任者にするものだろうか。
「他にもありそうだとは思ってるんですがね」
「まあ、イロイロあるさ。1人娘を嫁にやるんだから、簡単にくたばってもらっちゃ困るしね」
また嫁か。
正直、もう女はこれ以上増やしたくない。
「嫁、ねえ・・・」
「2人目は出来なかったから、孫にタウタを任せるしかない。少しでも職業持ち、それも戦闘にも向く職業持ちを望んでいるからだ。断ってもいいが喫茶店の一件でアンタに惚れちまったうちの娘は、しばらく泣いて暮らすだろうねえ」
「食事も喉を通らないでしょうね、きっと」
「脅しじゃねえか、これ・・・」
「立派な求婚ですわ」
少女、ロージーは胸を張って言う。
喫茶店で見た時は地味だが人を安心させるような雰囲気の少女だったが、ジーンズにTシャツの今は金持ちのじゃじゃ馬娘にしか見えない。
「参ったね、こりゃ」
「タウタの将来は、アンタと娘と産まれてくる孫次第だ。ロージー、旦那様に街を案内してやりな」
「OK。行きましょう、ヒヤマ様」
タウタを案内してくれるのはありがたい。
樹木があるのなら、遠目から見てもわかるはずだ。
タバコを消して立ち、ロージーの後に続く。
(まだ増えますか。とりあえず、部屋は用意しておきますね)
(断る選択肢はねえのかよ、ウイ?)
(ありませんね。緑の大地を取り戻すには、タウタの協力が不可欠でしょう)
(呪いの話は聞いてるな?)
(ええ。ですがブロックタウンやタウタのように、やり方次第で植物は育ちます。呪いとやらを解除できるかどうかもわからないのですから、タウタのやり方も参考にしましょう)
(わかった。じゃ、なんかあったら教えてくれ)
(はい。相手はお嬢様なのですから、ちゃんとエスコートしてあげるんですよ?)
道を行く住民は、ロージーを見ると会釈して通り過ぎていく。
どうやら、嫌われている責任者の一族ではなさそうだ。
「もう見えてますわね。あれが、タウタの畑ですわ」
「麦は少ないんだな。そして、あの森は・・・」
「あれを守るために先祖はここを街にして、3代かけてバリケードを築いたのです」
「盆地だから、森が残ったのか」
「それと、地下水の組み上げ施設ですわね。どちらかの条件が欠けていたら、あの森は残らなかったと思いますわ」
「この大陸の、最後の希望か。よくぞ守ってくれたもんだ」
青々とした森が目に眩しい。
畑は臭いがキツイが、生き物を育てるとはこういう事なのだと思えば苦にならなかった。
「ジャガイモか、この葉っぱ?」
「ええ、痩せた土地ですもの。これで精一杯なのですよ」
「空母に、時忘れの研究者ってのがいる。俺の友人だ。相談してみるといい」
「助かりますわ。地下水の組み上げ施設も、そろそろ限界ですもの」
フロートヴィレッジといいタウタといい、まるでヨハンという天才が世に出るのを待っていたかのようだ。
「・・・そんな男がダチだってんだから、俺もよくよくツイてやがるな」
「何かおっしゃいまして?」
「独り言だ。さっき、お袋さんには無線の許可をもらった。ロージーも許可してくれ」
「これですわね。許可、しましたわ」
(ロザリー町長、冒険者ギルドの移動販売トラックを受け入れる気はありますか?)
(当然じゃないか。フロートヴィレッジと同じ税率でいいよ)
(たった5パーでいいと?)
(そうだよ。ああ、楽しみだねえ。新鮮な肉や魚なんて、住民がどれだけ喜ぶか・・・)
ジャガイモ畑がこれだけ広がっているのだから、住民の食卓も想像がつく。
トラック1台分の売り物などたかが知れているが、少量ずつでも行き渡ればいい気分転換になるだろう。
(運び屋、ちょっといいか?)
ブリーフィングモードで呼びかける。
(おう、また増えたんだってな。どうした?)
(移動販売部の、明日の予定は?)
(許可が出たのか。だがフロートヴィレッジで仕入れた魚はシティーに卸したから、タウタに運ぶ分はなあ。そうだ、ルーデルと砲台島の爺さんにも無線を繋げよ)
(了解。ちっと待ってくれ)
歩きながら無線を繋ぐ。
ついでに我らが大天才、ヨハンにもだ。
(爺さん、冷凍してる魚介類はどのぐれえある?)
(挨拶もなしかよ、運び屋・・・)
(はっはっはっ。どうかお気になさらず、ヒヤマ殿。冷凍庫2つ分ありますぞ、運び屋殿)
(明日の朝でいいから、残さず売ってくれ。ルーデルのヘリで取りに行ってタウタで捌いて、帰りには種芋なんかを持ってくからよ。ああ、ロザリー嬢が売ってくれるならだが)
(ブロックタウンからは、麦と野菜の苗なんかを砲台島へ運んだんだったね。種芋はもちろん、ブロックタウンにないハーブなんかもタウタにはあるから、たんまり仕入れておくれ)
(よしよし。明日は移動販売部で空の旅だな。ガキ共が喜ぶ)
(では、タンゴには伝えておくよ)
(それとヨハン、タウタの地下水の組み上げ施設ってのも修理が必要らしいんだ。頼めるか?)
(もちろん。それじゃ、僕もヘリに乗せてもらうよ)
そこまで話してから、ようやくロザリーとロージーの自己紹介が始まる。
こうなると、ニーニャにも来てもらった方が良いかもしれない。
フロートヴィレッジでも漁船の修理で感謝されていたし、タウタにだって修理が可能な機械類はあるだろう。
【パーティー無線】で全員をタウタに誘うと、途端にはしゃいだ声が上がる。
明日からの段取りを話し終えてロージーを見ると、額に光る汗をハンカチで拭う所だった。
「こんなもんかな」
「ふうっ、緊張しましたわ」
「緊張ねえ・・・」
「皆さん、東部都市同盟の重鎮ですもの。他に見たい場所はありまして?」
「街の警備はどんな組織が?」
「タウタが雇っている私兵と、畑仕事が休みの若い子を日雇いして街を守ってますわ」
「なら、その武装なんかを見たい」
「なるほど。こちらですわ」
タウタは広い。
多分、ブロックタウンよりもだ。
この街で農作物を生産し、ブロックタウンは畜産に特化するとどうなる。フロートヴィレッジは湖ごと巨大な生け簀、シティーはそれらを消費するための街。
「空母は工場か・・・」
(そうなりますね。砲台島は、海産物が豊富な隣人の街になるでしょうし)
(聞いてたのか、ウイ。いけると思うか?)
(可能でしょう。東部都市同盟の総数は約2000。工場と言っても、各作業場程度で事は済みます)
(タリエと話し合ってみてくれ。可能なら最初は赤字でも、人を雇って動かしてみたい)
(了解です。それより、手の1つも握ってあげないとは気が利きませんね)
(はいはい、そのうちな。まだ会ったばかりなんだからよ)
警備隊の詰め所は、壁のない涼しそうな建物だった。
「お邪魔しますわよ。ゲイン、こちらが東部都市同盟の総帥ヒヤマ様です」
「これは。お噂はかねがね・・・」
「座ったままでいい。専業の警備員の数は?」
「12です。見張りは日雇いに任せ、二交替で6名ずつが24時間いつでもクリーチャーと戦える体制ですね」
悪くはないが、日雇いアルバイトがきちんと見張り出来るのだろうか。
「ゲイン、言葉が足りなくってよ。日雇いは3ヶ月の訓練期間を経ている。それに、待機する隊は各門とその途中の見張りの間を巡回。そして犯罪があればそれにも対処する、ですわ」
「たしかに、そうですな。ヒヤマ様、いかがでしょうか?」
「様はやめてくれ。それでいいが、武装が酷いな。だが明日にはアサルトライフルを12、それから揃いの装備を渡せると思う」