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定期便




「父さんと母さん、リーネには謝ってきた。俺も、グリンも」

「で?」

「父さんが思った事、母さんが思った事、リーネが思った事を聞いたんだ。情けなくて、涙が出たよ・・・」


 ウイがグースのHPを回復に行ってから、3日が経っている。

 あの日、ウイは空き部屋に2人を連れて行き、カツ丼を作って食わせながら俺の昔話を聞かせたらしい。運び屋が言った通り、剣聖を殺そうとした日の事もだ。

 そして2人は空き部屋で3日もこれからどうするべきか考え、納得できるまで話し合い、エルビンさん達に頭を下げに行った。

 グースの頭を乱暴に撫でると、恥ずかしそうな笑顔を向けられる。


「ふん。ずいぶん時間がかかったもんだ」


 運び屋が憎まれ口を叩くが、組んだ腕の上で機嫌良さそうに上下する人差し指が見える。

 ルーデルも、それを見て苦笑いしていた。


「運び屋のおっちゃん、本当にごめんなさいっ!」


 2人が頭を下げる。

 体が直角になるほどにだ。


「いいさ。俺は気にしてねえ」

「でも、ヒヤマ兄ちゃんに思いっきり殴られてたし」

「・・・あれか。思い出したら、腹が立ってきたな。死神、俺にも殴らせろ」

「死んじまうっての。いいから、話を最後まで聞いてやれって」


 2人は、頭を上げてもまだ直立不動だ。


「まだ、なんかあるのか?」

「トラックの定期便、ちゃんと出来るようになるまで教えて下さいっ!」

「お願いしますっ!」


 表情は変わらないが、上下する人差し指が速くなっている。

 こんなんでこのおっさんは大丈夫なのかと思ってルーデルを見ると、真剣な表情を作って笑いを堪えているようだ。肩が震えている。


「・・・まあ、仕方ねえな。ビシビシ扱いてやるさ」

「ありがとう、運び屋のおっちゃん!」

「安心したら気が抜けた・・・」


 体から力を抜いたグリンの頭も撫でる。


「フロートヴィレッジだ」

「え?」

「なにがフロートヴィレッジなんだ、ヒヤマ兄ちゃん?」

「ヨハン達と俺達のパーティーを、客として運んでみろ。街の中では、タリエが物の売り方なんかを教えてくれる。運転出来るだけじゃ、移動販売部なんて言えねえからな?」

「俺、トラックの準備してくる!」

「えっと、缶詰はまだ数が少ない。タリエ姉ちゃんに、武器も売るべきか確認してくるっ!」


 2人はそう言って、食堂を飛び出した。

 グリンは走りながらも【映像無線】で、タリエにコールしている。


「明日か明後日に行くつもりだったんだが・・・」

「よほど嬉しかったんだろうな。みんなの都合を聞いて、大丈夫なら行って来るといい。泊まりになるだろうから、留守は預かるよ」

「悪いな、ルーデル。そんじゃ、無線してみるか」

「やれやれ。俺も女に伝えてくるか」


 運び屋が厨房に消える。

 またも浮気がバレた運び屋は、姐さんのご機嫌取りをしながらグースとグリンを心配して、俺を薄情者と罵る忙しい毎日だった。これで嫌味を言われなくなると思うと、少しは気が楽になる。


「全員大丈夫らしい。じゃあ行ってくるよ、ルーデル」

「ああ。楽しんでくるといい」


 トラックの前で市場の喧騒を眺めながら待つと、それほど時間がかからずに全員が揃った。


「ニーニャ、悪いな。強化外骨格パワードスーツの改造で忙しいだろうに」

「ううん。フロートヴィレッジ行ってみたかったし、そろそろミツカお姉ちゃんに休めって言われそうだったから、ちょうど良かったのっ!」

「ヒヤマ、こっちには一言もなしかい?」

「言うじゃんか、ジェニファー。3日だ」

「何が3日なんだい?」

「滞在費から何から俺が出す、お前らの新婚旅行だよ。好きに飲み食いして、夜は旦那にかわいがってもらいな」


 マリーが口笛を鳴らす。

 困った様子のヨハンに、ジェニファーが横から抱きついた。


「ヒヤマ、僕だって硬貨は持ってる。自分で出すよ」

「いいんだよ。空母やヘリの改造で、ずいぶん忙しかっただろ」

「それに陸姫も、ヨハンさんがいなかったらあの形状はムリだったんだよっ」

「なるほどな。それも込みで、些細なもんだが礼をさせてくれ」

「そんな。僕はギルドの職員なんだから・・・」

「いいんだよ、ヨハン。死神は、そんくれえオマエを頼りにしてるってこった。見積もりなんて1日で終わるだろうから、バカンスを楽しみゃいいのさ。ほら行くぞ、乗った乗った」


 トラックの荷台は、ニーニャの手によって大幅な改造が施されている。

 荷台の側面、その真ん中辺りにドアがあり、そこが客室の入り口だ。小さいが防弾ガラスの窓もあるので、ヨハン達が退屈する事はないだろう。

 俺達はハシゴで、柵を取り付けた屋根に上る。

 射角を取るために高くなっている銃座の手前にハッチ、護衛の待機室だ。

 たーくんと俺を残し、女達がそこに入っていく。


「死神も中に入ってろ。ねえとは思うが、銃座が必要なら無線すっからよ」

「冒険者役との連携も、練習しといた方がいいんじゃねえか?」

「いらんいらん。最終的な判断は死神に任せるが、戦争なんかが始まるまではグースとグリンに警備ロボット1体で、移動販売部は問題なく回せると思ってるぜ」

「そうなんか。じゃあ、ウィンドウでいろいろ見ておくよ」

「おう、そうしてくれ」


 冒険者の待機室は、いつか見た護送車の後部のような作りだった。

 今はウイ達が並んで座っているので華やかだが、武装した冒険者のパーティーが並んでいれば、まるで戦場に兵士を送る輸送機の中の光景に思えるだろう。


「あら。てっきり索敵しながら、2人の対応を見るのかと思ってましたよ」

「そのつもりだったんだが、運び屋にいらねえって言われたよ。仕方ねえから、どっちかの視界をウィンドウで見てるさ。やっぱグリンかな」

「愛弟子の腕を見ておけって事ね。ふふっ、いいお師匠さんだわ」

「これ以上、似なくていいトコまで似なきゃいいがなあ」


 トラックが動き出す。

 網膜ディスプレイのウィンドウで見る限りでは、グリンは油断せず周囲に目を配っている。

 空母を出てすぐに注意すべきは、ギャングの襲撃だろう。

 それを知ってか、双眼鏡で建物の屋根まで見ているようだ。


「とは言っても、トラック自体が動くお宝だからなあ。2人だけに任せてもいいものか・・・」

「お客様にも宣誓はさせるようだし、怖いのは待ち伏せの襲撃と同時にお客様を人質に取られる事でしょ。警備ロボットなら人質に当てずに犯人だけ撃ち抜けるから、大丈夫だと思うわよ」


 思わず出た独り言に、タリエが的確な答えを返す。

 どうにかして【嘘看破】と【犯罪者察知】をすり抜けて客室に潜り込んでも、警備ロボットがいれば安心という事らしい。


「ミイネ、ボマーから見てトラックはどうだ?」

「うーん。タイヤが大きいから、いい獲物に見えるね。でも、ニーニャちゃんの改造があるから、普通の地雷程度は対策済みじゃない?」

「通常品の地雷なら、パンクもしないで地雷原を抜けられるよー」

「相変わらず、反則級だな・・・」


 地雷を踏みながら走っても平気なら、地雷に意味がなくなる。歩兵から戦車にまで効果が見込めるから、地雷なんて兵器が発達したのに。


「たーくん、ラジオ頼むわ」

「了解です、ボス」

「あ、お兄ちゃんー」

「どした?」

「えっとね、強化外骨格パワードスーツが仕上がったら、30番シェルターに連れてって欲しいの。ダメ?」

「いいぞ。たくてぃちゃんのメンテナンスもあるだろうし、溜まってきた超エネルギーバッテリーを爺さんに届けねえとな」

「やったー。お爺ちゃんに、農耕ロボットを派遣してってお願いしたいの。砲台島と、空母にもかなあ」

「そんなロボットがあるんかよ?」

「たくさんいたよー」


 これは、定期的に対価を支払ってでも派遣してもらいたい。

 キマエラ族は慢性の人手不足だし、空母とスラムの間の荒れ地だけでもフェンスで囲って耕作地に出来れば、住民の仕事が増えるしメシも良くなる。


「パスタ、は缶詰には向かねえか。麦料理ってえと、他には何だろな?」

「マカロニサラダなんか売れそうですが、素直に姐さんのパンを売ったらどうですか? スラムの子供達の中には、未だにパンを食べて美味しいって涙を流す子もいるんですよ」


 子供達の食堂に顔を出した事はない。

 運び屋がそんな光景を見たら、声を上げて泣いてしまうかもしれないと思った。


「そういや、この辺の主食って何なんだ?」

「ブロックタウンは、麦粥が多かったなあ。パンもあったけど、どうしても割高になるし」

「シティーはジャガイモっ! タウタからたくさん買ってるから」

「タウタ?」

「ほえ。お野菜の街、タウタだよっ」


 網膜ディスプレイに地図を表示させる。

 シティーの西、ケイヴタウンとシティーから線を引くと、ちょうど三角の形になる場所にタウタという文字があった。


「これ、街だったんかよ」

「そうよ。山の盆地を瓦礫の柵で囲った街。地下水が豊かだから、住民のほとんどが農耕で生計を立てているのよ」

「へえっ。空母に輸出する余力は?」

「そこまではムリね」

「残念だ。だが、シティーに野菜を出してるなら金はあるだろ。いい取引先になればいいな」

「それは上手くいくと思うわ。冒険者が野菜を運ぶ時にシティーから物を持ち込むと、あっという間に売れるらしいから」


 これは、移動販売部のお得意様になってくれそうだ。

 カチューシャ商会が行商人なんかを派遣していないなら、雑貨や菓子も売れるかもしれない。


「タリエ、今回の売り物は?」

「フロートヴィレッジ向けだから、姐さんのパンや空母産の缶詰ね。ゴブリンやオーガの肉料理と、料理の材料になる水煮なんかよ」

「タウタに行くときゃ、色々と持って行こうぜ」

「そうね。でも、武器を売る相手がいないのがネックだわ。冒険者がお金を貯めて買うにしても、在庫があれだけあるんだから」

「北に流すのは、少しばかり危険だろうしな」

「ええ。いっそ、軍隊でも組織したら?」


 どうしてどいつもこいつも、建国なんていう夢物語が好きなのだろうか。


「またそうやって、・・・悪い、無線だ。ジャスティスマンか」

「どうぞ気にしないで、応答してあげて」

「おう」


 ジャスティスマンからの無線など、これまでに来た事がない。

 相応の覚悟をして、無線を繋いだ。


(すまないね、忙しいだろうに)

(ヒマを持て余してたさ。どうしたんだい?)

(この時期に空母を出るなら、フロートヴィレッジかと思ってね)

(正解だ。フリードに伝言でも?)

(いいや。彼には姉と同じく、裁判員という職業を進呈してフロートヴィレッジに帰した。昨日の夜も無線で話したさ)

(そうかい。で?)


 ファンの下に移動して、タバコに火を点ける。

 どうも、キナ臭い。


(タウタという街の長と、さっきまで無線で話していてね。乗り気なようだから、ヒヤマくんに会って欲しいんだよ)

(何に乗り気だってんだ?)

(東部都市同盟の発足。その総帥職に、ヒヤマくんを迎える事にさ)



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