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父と息子




 グースとグリンは手洗い場の水を飲んでは仕事を探し、硬貨の1枚も稼げないまま夜を迎えた。そして、最下層の階段の下で丸くなって眠ったらしい。

 誰かがメシくらいは食わせたのかもしれないが、朝の市場をうろつき回る足取りは重そうだ。


「まったく。見張り台から監視するほど心配なら、許してあげればいいじゃないですか」

「そうもいかんだろ。冒険者になるなら、金の違いは理解しとかねえとな」

「お金の違い、ですか?」

「ああ。冒険者で職業持ちなら、笑いが止まらねえほど儲けられる。その金と普通に働いて稼ぐ金が同じだと思ってたら、それだけで敵を作る事もあるさ」

「鼻持ちならないお金持ちにはなるなという事ですか」

「周りにゃ、金なんかどうでもいいって大人ばっかだからな。いい勉強だろ」


 屋台の店主に追い払われるようにして、2人が市場の道に戻る。

 怒るグースを、グリンが宥めているようだ。


「ったく。占い師の真似事でもすりゃ、メシ代くらいすぐ稼げるだろうによ・・・」

「厳しいのか甘いのか、どっちなんですか。グリンは知恵が回りますが、そんな発想は出て来ないでしょう。【嘘看破】を活用して稼ぐにしても、なんで占い師なんですか」

「あのスキルがありゃ、仕事なんてすぐに見つかるだろうにな。ついでにそれで女を口説いて、宿も確保だ。2人懸りなら、卒業したばっかでも満足させられるだろうしよ」

「撃ちますよ?」

「冗談だ・・・」


 タバコに火を点ける。

 ウイは、キャンディーを口に入れたようだ。


「うっわ。運び屋が、わざとらしく市場に出てきやがった」

「ヒントでも出すんでしょうか?」

「さあな。もし金を握らせたり財布を落としたら、2人がギルドに戻っても教育係は変更だ」

「あー、ヒントですね。お酒がウリのお店に座って、何かを注文しました」

「水商売なら可能性はあるってか。店主は女だな。俺の敵になる度胸があるか、見せてもらおうじゃねえか」

「ギャングよりタチが悪いですね・・・」


 警備ロボットに年齢と所持金を確認される階段からしか行けないタリエの宿屋には、しっかり者の女将を置いているらしい。

 2人がその存在に思い当たって雇ってくれと言っても、その女将なら簡単に雇ったりはしないはずだ。


「運び屋さんを、グースとグリンは避けましたね。運び屋さん、少し寂しそうです」

「無線で笑ってやるか」

「やめなさい。本人も、責任を感じているみたいなんですから」

「もっと落ち込めってんだよな。よその息子に商売女を奢るとか、何を考えてたんだか」

「昨日、詳しく聞いたでしょう。からかったらグースが意地になって止められなかったって、運び屋さんは謝ってたじゃないですか」

「それでも運び屋なら止められたさ。生き物を殺す仕事だから、抱かせてやりてえと思ったんだろ」

「どういう意味ですか?」

「武器で生き物を殺す。自分が殺されるかもしれねえのにだ。女でも抱かなきゃ、正気じゃいられねえだろ」


 街の喧嘩ですら、終われば女が抱きたくなると言う知り合いもいた。

 それが異世界でバケモノを相手にしているのだから、言わずもがなだ。


「そんなものでしょうか」

「でもよ、2人は女を知らなかったんだから、自分達でそれぞれの気晴らしを見つけたはずなんだよ。根がまっすぐだから変な道には入らんだろうし、放っときゃ良かったんだ」

「・・・なるほど」

「まあ自分が女を知らねえ頃なんて、遠すぎる過去だろうしな」


 2人は諦めたのか、階段を下りて手洗い場に向かっている。

 グリンの視界を映すウィンドウの映像で見る限り、掌いっぱいの水を5回以上も口に運んでいるようだ。


「かわいそうに。お腹が空いても、水しか飲めないなんて・・・」

「格納庫に行きゃ、ミツカがメシも飲み物もくれるだろうによ」

「誰にも頼らず、やり遂げようとしているんでしょうか」


 いい案を出しそうなグリンは、何も言い出さない。

 もしかすると、グースが気づくまで黙って付き合うつもりなのだろうか。

 頭のいいグリンなので、なぜ俺がああまで怒ったかはとうに理解しているだろう。


「あら、アーサちゃんとフーサちゃんですね」


 4人で軽く挨拶を交わすと、フーサが持つ紙袋から姐さんのパンを1つ出した。

 それを差し出した手を、グースが払いのける。


「よし、殴ってくる!」

「その必要はなさそうですよ?」


 アーサが拳を振りかぶっている。

 グースはその拳を避けきれず、見事にぶっ飛ばされた。


「でかした、アーサ!」

「減りましたねえ、HP・・・」


 グリンが2人に謝る。

 フーサは気にするなと言って紙袋を差し出したが、グリンはそれを断ったようだ。

 アーサが手を引っ張って、グリンから離れる。

 まだ倒れているグースを見るアーサの目は、最下層で飼っている豚を見る目よりも冷たい。


「女王様だなあ・・・」

「変態男が言い寄って来そうで怖いですね」

「グースがアーサに惚れたら、ドM確定か。怖い怖い」


 グースは立ち上がらず、そのまま壁に寄りかかって座っている。

 その隣に、グリンが何も言わずに座った。

 生まれ育った村。貧しくとも楽しかった暮らしを、グリンがポツポツと話す。

 幼い頃から迷惑ばかりかけるとグースが謝ると、いつも喧嘩で助けてもらってるから気にするなとグリンが笑った。


「いい兄弟ですね」

「そうだな。うちの子達は、みんないい子だ」

「もう、許してあげてもいいんじゃないですか?」

「そうもいかんさ。自分には出来ない事があると知ったら、謝るなり誰かの力を借りるなりする事を覚えねえとな」

「なんでも自分でやりたがるヒヤマの癖は、だいぶ直りましたものね。戦闘以外はですが」

「周りが優秀すぎるからな。戦闘は、修行ってやつだ。バカらしいとは思うが、俺は誰よりも強くなりてえんだよ」

「ですが、運び屋さんを殴りますか。ヒヤマが死ねば私もとあれほど・・・」

「本人には口が裂けても言えねえが、俺は運び屋を親父と思って甘えてんのかもな。ミスした運び屋を殴って俺が殺されるなんて、欠片も思いつかなかった」

「ふふっ。2人共、照れ屋さんですからねえ」


 グースとグリンは、立ち上がって歩き出している。

 辿り着いた階段で甲板に上がるのではなく、下へ行くようだ。

 最下層の養鶏場で、タールさんに仕事をさせてくれと頼み込んでいる。

 答えはもちろんノーだ。

 それどころか、スラムで苦しい生活をしていた人々から仕事を奪おうとするとは何事かと、さんざんに説教をされて最後にはゲンコツまで落とされていた。


「・・・さらにHPが減りましたね。さすがに怖いので、治療して来ますよ?」

「好きにしろ。俺はもう、ウィンドウを閉じて食堂で酒でも飲んでる」

「では、下まで一緒に行きましょう」


 見張り役の警備ロボットを残し、エレベーターで1階まで下りる。

 ウイと別れて食堂に入ると、うんざりした様子のルーデルが市場から戻った運び屋と酒を飲んでいた。


「キツそうだな、ルーデル」

「ヒヤマ。よく来てくれた。さあ、座って運び屋の愚痴を聞くんだ」

「ヤダっての。酒が不味くなる」


 自前のビールを出してテーブルに置くと、すかさず運び屋に掻っ攫われた。


「子供みてえな嫌がらせを・・・」

「ふん、薄情者は水でも飲んでろ」

「あの2人は水をガブ飲みしてたっけ。かなり、腹が減ってんだろうな」

「このヒトデナシが・・・」


 新しく出したビールを、ルーデルにも渡して呷る。

 子供好きの運び屋は、2人が飢えているという話を聞くのさえ嫌そうだ。


「酒と女遊びを控えてくれりゃ、良い父親なんだがなあ」

「ほっとけ、薄情者のバカ息子」

「ったく。今、ウイが2人んトコに行った。メシは食わせるだろうさ」

「ありがてえ・・・」

「良かったじゃないか、運び屋。ウイちゃんなら、どうしてこうなったかをそれとなく話してくれるだろう」

「多分、グリンは気づいてるさ。グースが納得するまで、黙って付き合ってんだと思う」

「ふん。わかったような事を・・・」


 缶ビールを干した運び屋の前に、新しい缶ビールを置く。


「俺、剣聖を殺そうとした事があってよ・・・」

「おいおい、穏やかじゃないな。ヒヤマらしくもない」

「・・・それで、なんで殺さなかったんだ?」

「啖呵を切って表に出て、【ワンマガジンタイムストップ】を使う直前、ウイが自分でコメカミを撃ち抜いた・・・」

「なっ!」


 運び屋は、何も言わない。


「まだ強い銃もなくてさ。特殊効果はあるけど威力はそんなでもないコルトだったから、ウイは死なずに済んだ。王族シリーズはまだ試してねえけど、あの時あれを持ってたら・・・」


 考えただけで背筋が凍る。

 もう、間違わない。そう思いながら、それからは決断してきた。

 それが上手く出来ているのかはわからない。わからないから、考えに考えて動く。それすらも出来なければ、俺は俺を許せそうにない。


「今はルーデルも俺もいる。ガキみてえな真似したら、ぶん殴ってやるさ・・・」

「期待してるよ。しかし、ウイはどうするんだろな」

「連れて帰るか、落ち着いて考えさせるかだろう。どちらにしても、飲み物と食事は出すさ」

「まあ、飢えてなきゃそれでいい。案外、今の話を2人に話して聞かせてるかもな、ウイ嬢ちゃん」

「うえっ。それは恥ずかしいぞ・・・」


 グースなんかは、話を聞いただけで怒り出しそうだ。


「そういや、ヒナの強化外骨格パワードスーツ見たかよ?」

「あれは凄いな。関節なんか、まったくの別物だろう。感心したよ」

「わかりやすく話を逸しやがって。あれは、人間の姿での戦闘には慣れてねえ。本気で死神の横で戦うつもりなら、いい選択だろうよ」

「出来れば、前線には出て欲しくねえんだがなあ・・・」


 運び屋も、内心ではそうだと思う。

 それでも何も言わないのは、止めるなら俺がそうするべきだと思っているのか。


「強化外骨格パワードスーツが揃えば、北大陸か・・・」

「その前に、ヨハン達を連れてフロートヴィレッジに行かねえと」

「ギャングをどうするかも決めねえとな。タリエ嬢ちゃんの情報では、シティーのギャングはスラムのギャングから金を絞り上げちゃいるが、俺達と敵対するなら切り捨てるだろうって話だ」

「シティーあっての稼業だろうからなあ」


 空母に手を出せば、ジャスティスマンが黙ってはいないだろう。

 ジャスティスマンにとってはギャングなんてのは誰がやっていても関係ないので、意に背く者がギャングの頂点にいるなら、すぐに警備ロボットを送り込んで首をすげ替えてしまうはずだ。



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