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子供とガキの違い




 甲板の上を、威勢のいい声が渡ってゆく。

 ギルドに登録した約30人の冒険者が狩ってきた獲物も、市場には並んでいるようだ。

 ビッグラッドを炙るいい匂いが、艦橋の横に停めた兵員輸送車の屋根まで流れてきている。

 昼メシ時の市場は、大変な賑わいを見せていた。


(死神、エルビン、トラック到着だ。グースの運転でな。昇降機を頼む)

(了解。エルビンさん、みんなで出迎えましょう。グースの免許スキル取得祝いです)

(ギルドホールに冒険者はいないから、そうさせてもらうかな)


 飛び降りて操作盤に取りつき、昇降機を下ろす。

 トラックは、もう見えているのだ。

 低速になってもふらつくような事はなく、トラックは静かに止まって昇降機を待った。


「あれを、グースが・・・」

「見事なもんですよ。感慨深いものですか、やっぱり」

「恥ずかしながら、それなりにね」


 なぜか俺まで嬉しくなって、ニヤけながら昇降機を上げる。

 トラックはスルスルと移動し、兵員輸送車の隣に頭を突っ込んで停まった。


「大漁のようだねえ」

「お、婆さん。鼻が利くな。競りは明日の朝でいいか?」

「早朝がいいだろうさ。ウイちゃん、預かっといておくれ」

「はい。運び屋さん、荷降ろしはいいですよ。私が荷台に上がって収納します」

「ありがてえ。よろしく頼む」


 婆さんと艦橋から出て来たウイが、運び屋と入れ違いに荷台に上がる。

 運転席と助手席から降りて歩いてくるグースとグリンに手を上げたが、何か違和感のようなものを感じた。


「どうだよ、この獲物の数。俺達もやるもんだろ、ヒヤマ兄ちゃん」

「ゴブリンとサハギン程度じゃな。俺とグリンには束で来たって傷も付けらんねえよ」


 大言が鼻につく。

 2人は、こんな少年達だったか。

 運び屋を見ると、誤魔化すように視線を逸らした。


「言うじゃんか。そんなにレベルが上ったんか?」

「そうでもねえよ。でも俺達は、もうガキじゃねえって事」


 2人が意味ありげに笑う。

 野卑。

 そんな言葉がピッタリだ。


「運び屋?」

「あ、いや、その・・・」

「・・・女でも買わせたか?」


 返事はない。

 運び屋は黙って、困ったように頭を掻いている。

 助走。

 体重を乗せて、運び屋をぶん殴った。

 殺すなら、殺せ。

 俺とオマエのレベル差なら、指1本で殺せるだろう、殺せ。そう思いながら、倒れた運び屋を睨みつけた。


「いってえなあ・・・」

「人様の息子に、何を教えてやがんだ!」

「ゴブリンの群れを、見事に狩り尽くしたから酒を飲ませてやろうと思ったんだよ。そしたら、商売女がヒマそうにしててよ。そんでな。ああ、俺の奢りだし、気のいい女達だったから心配はねえぞ」

「どうだか・・・」


 グースとグリン。

 俺が運び屋を殴り飛ばしたのを見て、顔を青くしている。

 歩み寄ると、2人は後ずさった。


「アイテムボックスの中身を、全部ここに出せ。今すぐにだ」


 怒鳴ってはいない。

 それでも、2人はすぐにアサルトライフルや自動拳銃を甲板に並べ始めた。

 硬貨は、どちらもほんの数枚しかない。


「エルビンさん、2人には硬貨をどれだけ持たしてたんで?」

「ふーっ。300ずつだね・・・」

「なんだって!?」


 運び屋が驚いている。

 老いぼれは、若さを眩しく感じるものなのかもしれない。

 若さゆえのどうしようもないバカさ加減を、もう忘れてしまっているのだろう。

 拳。

 グースから、ぶん殴った。

 手加減はしたが、2人はHPを減らしてトラックまで吹っ飛んだ。


「何事ですか。ヒヤマ、何をしているんですかっ!?」

「黙ってろ。クソガキの躾だ」


 2人の胸倉を掴み、力任せに立たせる。


「金はどうした。父親が持たせてくれた金は?」


 グースが俺から逃れようと暴れる。

 離してやるつもりなどない。

 グリンは哀しげに目を閉じて、体から力を抜いた。その眦から、1滴の涙が溢れる。


「女の人が、病気の妹がいるって。だから・・・」

「グースは?」

「なんでもいいだろ、ヒヤマ兄ちゃんには関係ねえ!」


 蹴る。

 そのまま右のグースだけ、甲板に叩きつけて頭を踏んだ。


「勘違いしてんじゃねえぞ、ガキ。テメエなんぞが、俺に口答えをしてもいいなんて思うんじゃねえ。言え」

「・・・ぐっ。こんな仕事はしたくねえって、300あれば、幸せに暮らせるって」

「【嘘看破】を取ったのはグリンだったもんな。で、どうだったんだ、グリン?」

「嘘だってのはわかったけど、その人には運び屋のおっちゃんが言ってた妊娠線ってのがあったから、妹じゃなくて娘さんが病気なのかなって・・・」

「ロクな事をしねえなあ、運び屋は!」

「あれほど注意したのに、なんでボラれてんだよ・・・」


 2人を引きずって、エルビンさんの前に落とす。


「親父さんに謝れ」

「なんでだよ!」


 顎を蹴る。

 グースだ。血が甲板を汚したが、後で2人に掃除させればいい。


「俺がエルビンさんの力を借りるために渡したのが、硬貨3000だ。その10分の1を騙し取られて、謝らねえ方がおかしいだろうがよ」

「やっぱり、騙されてたのか・・・」

「わかんねえじゃねえか、そんなの!」

「残念ながら、しっかり騙されてるわね。その女はヒモにお酒を買って帰って、同じベッドで今も寝てるわよ」

「タリエ姉ちゃん・・・」


 いつの間にか来ていたらしいタリエが、ハンカチでグースの血を拭う。

 ついでのように『ドクターX』を注射すると、ウイもグリンに針を刺した。


「いい? 【嘘看破】と【犯罪者察知】が違うスキルなのは、嘘をついても犯罪者にはならないからよ。それに詐欺くらいじゃ名前の色も変わらないし、上位スキルがないと詐欺師と一般人なんて判別できないの。体を売る女にもいろいろいるけど、恵まれた環境で育った女は少ないわ。目の前に硬貨を持っている男がいれば、なんとしてでもそれを引き出そうという女も多いのよ」


 最後にグースの頭を撫でて、タリエが立ち上がる。

 ウイと一緒に、少し下がって成り行きを見守るようだ。


「わかったら早く謝れ」

「い、嫌だ。金は好きにしていいって父さんは言ってた!」

「そうか・・・」


 好きにしていい、そう言って渡した金で、息子は女を買って居直る。

 そんな事になるくらいなら、息子なんて作らない方がいいんじゃないかと思ってしまう。


「ウイ、グースが出した武器や金を預かってくれ。それと、防御力のない服と靴をくれ」


 グースが着ているコンバットスーツと軍用ブーツは、それなりに防御力のある高級品だ。

 渡された服と靴を、グースに投げる。


「着替えろ。硬貨を300稼いで来るまで、艦橋への出入りを禁じる。金を稼ぐってのがどんなに大変か、自分で確かめて来るといい。どんなに小さなものでも犯罪をやらかしたら、俺が殺しに行くからな」


 グースと目が合う。

 反抗的な光はすぐに消え、グースは下を向きながらアイテムボックスを使って着替えた。


「ムリだ、グース。謝れ。ヒヤマ兄ちゃんはわかってくれる。謝るんだ!」

「うるせえ、やってやるよ。300くらい、すぐじゃねえか!」

「グリンは謝るんだな?」


 グリンがエルビンさんを見る。

 息子が目の前で血を流すほど殴られたり蹴られたりしても、エルビンさんは声も出さずにそれを見ていた。


「謝る。けど、グースと一緒に謝る!」

「そうか。ウイ、グリンにも服を。それと昇降機の警備ロボットに、2人を空母から出すなと指示しといてくれ」

「お、おい。ここは俺に免じて・・・」

「甘えんだよ、運び屋。俺達ガキは、やってみなきゃわかんねえんだ。いいから食堂に行くぞ。飲まなきゃやってらんねえ。ウイ、タリエ、2人に手を貸すんじゃねえぞ!?」

「はいはい。これが亭主関白ってやつね」

「これが服と靴ね。ムリだと感じたら、素直に謝りに来なさい」


 全員で食堂の同じテーブルに着くと、すぐにビールが出された。

 流し込む。

 缶を握り潰して小さな玉にすると、ウイが2本目を出した。


「まず、すんませんでした。エルビンさん」

「いやいや。不甲斐ない父親に代わって、よく怒ってくれたよ」

「俺も謝るよ、すまんかった」

「いえいえ。こうして大人になる少年もいるのは、知っていましたからね。冒険者なら、それもいいでしょう。こちらこそ、ご迷惑をお掛けして申し訳ない」


 エルビンさんが頭を下げる。

 それを押しとどめ、運び屋がやっとビールに口をつけた。


「私は運び屋さんにお礼を言わないと。よく我慢してくれました。無線でタリエさんに、ヒヤマが運び屋さんを殴り飛ばしたと聞いた時は、死を覚悟しましたよ」

「まあ、今回は俺が悪いからなあ・・・」

「殺すなら殺せとか反射的に思いながら殴ったが、あれで俺が殺されてウイまで死ぬなんて考えたくねえな」

「なら、考えなしに殴ったりしないで下さい。どこの世界に、魔王を反射的に殴る中級者がいるんですか」

「さり気なく酷えな、ウイ嬢ちゃん・・・」


 エルビンさんがビールを呷る。

 この厳しい世界で普通の暮らしを望み、その思いを貫いて3人の子供を育ててきたのだ。

 冒険者などになる事を許したのを、後悔しているのかもしれない。


「しかし、硬貨を300もどうやって稼げってんだよ」

「ムリだろ。将来でも売らねえ限りは」


 市場の商人に、これから毎日クリーチャーを運んで来るとでも言えば、300くらいは出してもらえるかもしれない。2人がギルドの職員で、職業持ちだと知っている商人もいるはずだ。

 だが、それをすれば2人はギルドの職員ではなくなる。

 そうなったら、空母から放り出すつもりだ。


「市場の店に片っ端から、仕事をくれって頼み歩いてるわね。でもさっきのを見てた人も多くて、断られ続けてるわ」

「ハルトマンでギャングの溜まり場を壊滅させたのは、ヒヤマだと知れ渡ってますからね」

「どうなる事やら・・・」

「ふん。この機会に金を貸して、2人を商人ギルドに引き込んじまうかねえ」

「婆さん、いつの間にかいなくなってたと思ったら。頼むから、余計な事はすんなよ?」


 座った婆さんに、ウイが赤ワインのボトルとグラスを出す。

 手酌で赤ワインを呷った婆さんが、面白そうに笑った。


「勉強のジャマをするほど野暮じゃないさね。しかし、世の中を甘く見てるのか、意地を張りたい年頃なのか。どっちなんだろうねえ」

「どちらもでしょう。正直、甘やかし過ぎたのかもしれません。これで少しは、考えを改めてくれるといいのですが・・・」

「子供なんてのはいつの間にか大人になって、親を寂しくさせるものさね。今を楽しむくらいでいいんだよ、エルビン」

「覚えておきます・・・」



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