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春待つ国と眠る狼




 トラックの改造が終わった翌日の朝、運び屋はグースとグリンを乗せて意気揚々とブロックタウンへ走り出した。

 昇降機の操作盤の前で、トラックが見えなくなるまで見送る。


「無駄に青い空だ・・・」


 艦橋のドアを開けて食堂に戻ろうとすると、その向かいのギルドホールから声が聞こえた。

 ウイとタリエ。


「どした?」

「ヒヤマ。地図と掲示板を、見やすくしているんですよ。ミイネに掲示板の依頼メモを取らせてみたら、手が届かなかったもので」

「ミイネちゃんくらいの冒険者なんて、そんなにいないと思うけどね」

「なるほど。手伝いは必要か?」

「いいえ。明日は、運び屋さんの代わりに市場の護衛でしょう。明後日は私達の番なので連続になりますから、ヒヤマは休んでいて下さい」


 ギルドホールには、大きなカウンターがある。そこに寄りかかりながら、今日の予定を考えてみた。

 見事に何もない。

 市場から裏路地に入って遊びに出てみてもいいが、バレると夜が怖い。どうしたものか。


「よし、こんな感じですね。ありがとうございました、タリエさん」

「このくらい、お安いご用よ。他に手伝う事はない?」

「はい。私は、子供達の昼食の用意を手伝いに行ってきますね」

「手が足りなかったら、いつでも呼んでちょうだい」

「ありがとうございます」

「タリエ、北大陸との時差は?」

「2時間くらいよ。無線を繋ぐ?」

「先が見えてきた。出来ればそうしてくれ」

「わかったわ。少し待ってね」


 ウイがギルドホールから出て行くと、タリエもカウンターに寄って来てコーヒーを出した。

 それを飲みながら、タバコを燻らせる。


「繋がったわよ。あっちも休日で、ダラダラしてるみたい」

「こっちへの攻撃が、半年はなさそうだと伝えたのか?」

「ええ。殺した男を運んだと思われる駆逐艦も、問題なく沈めたそうよ」

「いい腕だ。鹵獲は考えてねえのか?」

「聞いてみるわ」


 ニーニャの姉達は、姫様やら騎士団やらと一緒だと聞いた。

 敵艦を鹵獲してそれを運用できるなら、タンゴのヘリから降下して乗組員だけ皆殺しにしてもいい。


「北の国に、そんなのは与えない方がいいって。品の良くない連中みたいね」

「そんなのを助けてんのか。酔狂だな」

「姫様はマトモみたいね。摂政ってのを、この戦時のドサクサで殺す計画みたいよ。それが出来れば、姫様がいる限りは大丈夫だろうって」

「なるほどな。俺の特技を、教えてやるといい」


 ニーニャの姉達が暗殺を計画するくらいなら、摂政とやらは犯罪者なのだろう。この世界では、犯罪を指示した人間も犯罪者になる。

 クズを狙撃で殺すなんて朝飯前だ。


「頼むかもだって。そして、さっさと要件を言えって喚いてるわ。ゴメンね、短気なのがいるから」

「いいさ。トラックでフロートヴィレッジまで行けるなら、その修理も好きな時に始められるからな。空母への入居が終わったら、こちらはいつでも動ける。ニーニャを姉に会わせてえし、顔を出していいかって訊いてくれ」

「了解」


 入居そのものは、全兵力を投入して1日で終わらせるつもりだ。

 集合場所の空母の前に車両を並べ、下水道の出入口には強化外骨格パワードスーツ。

 タンゴにはヘリで、上空から路地まで見回ってもらう。

 それでギャングが全面抗争の準備を終えていなければ、手出しを躊躇っているうちに入居は終わるだろう。


「ルーデルさんも来るのかって」

「多分、戦闘機をウイのアイテムボックスに入れて着いて来るとは思うが・・・」

「そう。チック、ロケットを飛ばした子ね。その子は空への憧れが強いから、会ってみたいんだと思うわ」

「なるほど、英雄に憧れる女か。面倒な事になるから、抱かれるなって言っとけよ」

「それはないわね。大の男嫌いだもの」

「ニーニャの姉もトラウマになってそうだしな。まあ、そんな関係にもなるか」

「自慰行為の延長線上にある関係だと思うけどね、あの2人なら。いつでも歓迎するって」

「そりゃ良かった。足りねえ物資を訊いてくれ」


 こちらはルーデルに無線を繋ぐ。


(どうした、ヒヤマ?)

(仕事中に悪い。前にパイロットを増やしてえって言ってたよな)

(ああ、あの話か。そうだな、機体は余ってるからもう1人くらいはパイロットが欲しいよ)

(北の大陸に、ニーニャの姉がいるだろ。それの相方が、空に憧れてるって話だ)

(プロトタイプの宇宙船を、北大陸まで飛ばした人物だな。双発でも軽戦でも、好きな方を提供しよう)

(えらく気前がいいな)

(修理や改造のスキルがないヒヤマにはわからんだろうが、宇宙船を修理して飛ばすなんて普通の人間には出来ないのさ。まあ、ほとんどの修理は幼いニーニャちゃんがしたらしいが、それでも真上に飛ばす物を水平に飛ばしたのはそのお嬢さんなんだ。敬意を表して贈らせてもらえると嬉しい)

(伝えとくよ。じゃあ、また夜に)

(ああ。またな)


 大戦時の英雄に若い頃の無茶を褒め称えられ、飛行機を贈られる。

 さぞかし面食らう事だろう。

 その驚く顔が見られないのは残念だ。


「特にないって」

「そうかい。軽戦闘機と双発の戦闘機、どっちが欲しいのかも訊いてくれ。軽戦は今は単座だが、ニーニャに頼めば複座にも出来るはずだ」

「呆れた。貴重な戦力を、タダでくれてやろうっての?」

「ルーデルが敬意を表して贈らせて欲しいってよ。プロトタイプの宇宙船を北大陸まで飛ばすってのは、それほど凄え事らしい」

「んもう。飛行機を交渉材料にすれば、あの2人をギルドに引き込めるかもしれないのに・・・」


 そんな事で味方になられても困る。

 故郷であるこっちに帰ってくるにしても、ムリにギルドに誘う気はないのだ。


「ほら、絶句してるわよ」

「次は、目的はなんだって喚くか」

「大当たり。ちょっと理詰めで黙らせるわね」


 ルーデルが認めるほどの女だ。

 きっと、天才肌なのだろう。それがタリエにこんこんと説教をされれば、すぐに白旗を揚げるはずだ。

 そう長くもない時間、タリエは黙っていたが、いい笑顔を浮かべながら顔を上げた。


「軽戦闘機でいいって。脱出用って感じみたい。空戦なんかをするようなスキルポイントの余裕はないらしいわ」

「複座がいいんだよな?」

「そうね。2人は、いつも一緒だから」

「なら、ニーニャに改造を頼んでくる。タリエはゆっくり話をするといい。もうすぐ会えるんだ。お互い、楽しみだろうからな」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」


 コーヒーを飲み干し、格納庫に向かう。

 たーくんのラジオ。今日はレゲエの日らしい。ノンキなミツカの鼻歌も流れている。


「ゴキゲンだな、ミツカ」

「お、どうしたんだいヒヤマ?」

「ちょっと、ニーニャに頼み事をな、って、なんじゃこりゃ!」

「あ、お兄ちゃんだ。やほー!」

「やほーじゃねえよ、何だこの強化外骨格パワードスーツは・・・」


 蹲る姿勢の強化外骨格パワードスーツは、完全に人である事を捨てている。

 頭部こそないが、関節の作りはまるで狼だ。


「りくひめ、ぶらんか、どっちがいいと思う?」

「コールサインか。ブランカはわかるが、陸姫ってのがわからんぞ」

「ひやまのばいく、りくおーっていってた。だから、りくひめ」


 陸王とはたしか、戦前辺りにアメリカの有名バイクメーカーのバイクをライセンス生産していた、日本の古い会社だ。

 軍事に詳しい運び屋が、ローザの事をそう呼んでいたような気がする。


「ブランカにして、ロボが出て来たら妬けるな」

「ん。なら、りくひめ」


 嬉しそうに、ヒナが俺の胸に飛び込んでくる。

 負けじとそれに続いたニーニャも受け止め、格納庫の隅に軽戦闘機があるのを確認した。


「ニーニャ。チッタお姉ちゃんに軽戦をあげるから、複座に改造しといてくれるか?」

「わあ、喜ぶだろうねー。先にやった方がいいのかなっ」

「急がなくていいさ。空母が街になって、ギルドが動き出してから北へ向かうんだ」

「はぁい。じゃあ、陸姫の改造に戻るねっ!」


 ニーニャにヒナが着いて行き、2人で関節を下から覗き込む。


「よくもまあ、こんな機体を考えついたもんだ・・・」

「背中には、榴弾砲を積むらしいよ。レニーさんの機体に付けようとしたんだけど、ガトリングガンを選んだからね」

「自分が動く通りに動くんだ。使い慣れた武器がいいに決まってるさ」

「なるほど。肩に榴弾砲を生やした人間なんていないからねえ」

「予備機はまだある。興味があるなら使っていいぞ」

「やめとくよ。北の誰かに必要になるかもしれないし」


 タリエの話では、ニーニャの姉達には別働隊の仲間がいるらしい。

 それは姫様とやらを連れて、内陸部でゲリラ戦をやらかしているそうだ。


「北大陸な。ミツカも行くか?」

「当たり前じゃないか。パーティーってのは、いつも一緒にいるべきだよ」

「そんなもんか。そんじゃ、俺は行くよ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 格納庫を出て、艦橋に向かう。

 仕事がないので食堂でタバコを吸っていると、ドヤドヤと花園が入って来た。


「おう、ヒヤマ。相変わらずヒマそうだなあ」

「仕事がねえからな。探索帰りか?」

「いや、下水道の連中との打ち合わせをしてきた。ヨハンが、部屋はそろそろ用意できるって言うからよ」

「ヨハン、頑張ってるもんなあ」

「おかげで、マリーとジェニファーの惚気話には飽き飽きしてるよ」

「そんな言い方はねえよ、リーダー」

「そうだそうだ」

「はいはい。いいから、旦那に飲み物でも持ってってやんな。今日はもう上りでいいからよ」

「やった!」

「さすがリーダー!」


 我先にと、マリーとジェニファーが食堂を出て行く。

 まだまだ新婚気分のようだ。


「受け入れ準備が整ったら、市場を休みにして1日で引っ越しをやっちまうぞ」

「ほう、思い切ったねえ。混乱しないか心配だよ」

「ハンキーと花園で、空母の前の広場を守ってもらう。俺と剣聖はハルトマンとホプリテスで、下水道の出入口と空母との中間地点。タンゴがヘリでギャングの動きを見張る。運び屋とルーデル達は、どこにでも加勢に行ける構えだな」

「紛れ込もうとする犯罪者は警備ロボットでいいか」

「ああ。それにエルビンさんは、犯罪者を取り押さえるプロだ」

「まあ、ふん縛っても俺が殺すけどな」

「俺も殺すだろうなあ」

「それで正解さ。奪う人間を殺していきゃ、いつか安全な街になる。奪えば殺される、そう心から思えりゃ、真っ当に働く人間も多くなるだろ」



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