突発クエスト
「悪いね、ヒヤマ。運転なんかさせちまって」
「気にすんな、レニー。楽しんでやってるからいいのさ」
俺が運転しているのは、花園の兵員輸送車だ。
アリシアとカリーネの2人は、市場での青空病院と甲板の一部を畑にする工事をしている。
連装グレネードランチャーの試射をして以来、市場の護衛ぐらいしか仕事がなくて暇だったので、突然頼まれたレニーの手伝いは願ってもない気晴らしだ。
「ケイヴタウン、か。やっぱり洞窟の街なのか?」
「やっぱりって、どういう事だい? まあ、その通り岩山を繰り抜いた街なんだけどさ」
「俺がいた世界の言葉で、ケイヴは洞窟。タウンは街って意味なのさ」
「へえっ。同郷人が関わってたって事かい。面白いね」
「お客さんは大丈夫か?」
兵員輸送車の後部には、強化外骨格パワードスーツではなく10人ほどの人間達が乗っている。
レニーを護衛に雇った観光客。
ケイヴタウンよりシティー寄りの場所で元の護衛が負傷し、命からがらシティーに辿り着いたそうだ。そして、その護衛は安い金で命が懸けられるかと法外な追加報酬を要求。
身ぐるみ剥がされそうになっていたその観光客達を助けたのが、レニーだったという訳だ。
「具合が悪くなったら、すぐに言えって伝えてある。子供もいるが、今んトコ大丈夫なようだな」
「結構揺れっからなあ」
「そろそろ、護衛が負傷した地点に差し掛かる。どんなバケモノがいるか、楽しみだねえ」
「銃座もニーニャがイジってんだろ。それで倒せねえクリーチャーがいたら、誰もシティーに辿り着けねえわな」
「まあ、鉄を平たく叩いて研いだ剣しか持ってねえ冒険者だったからなあ・・・」
「よくそれで、冒険者なんてやろうと思ったよな、ソイツ」
「今頃、悔やんでるだろうさ。地獄でね」
やはり殺していたか。
レニーは言葉遣いこそ乱暴だが、性根は優しい女だ。だが、女子供に仇なす者には容赦はしない。
英雄的機関銃手、その職業通りに男前なのがレニーだ。
「赤マーカー。見えたぞ、銃座に上がれ」
「おう、蜂の巣にしてやるさ!」
マーカーは、この先の大きな岩に隠れているようだ。
地雷でもあると危険なので、少し大回りして岩の裏に回る。
そこにいたのは、パイロットが丸見えの強化外骨格パワードスーツだった。
膝撃ちの姿勢。巨大なアサルトライフルの銃口が、俺のいる運転席に向く。
ドンッ!
(殺すな、ってもう遅いか・・・)
(あれで生きてたら、俺とヒヤマが2人掛かりで戦う相手だな)
(職業はねえ、即死だよ。もったいねえから、回収すんぞ?)
(おう。そういえば報酬を考えてなかった。あれの半額でどうだ?)
(現物をくれるってのかよ。ありがてえが、貰い過ぎだぜ)
(なあに。職業持ちじゃねえと、思念反応なんちゃらが脳に負担をかけるらしい。うちのジェニファー達は元からの職業持ちじゃねえから、花園にゃ必要ねえのさ。かえって報酬が浮いたと思ってるくらいだよ)
気にするなと言ってくれているのがわかるので、ありがたくいただいておく事にする。
今はうちにも必要ないが、タンゴのように乗機が必要な職業持ちがいれば譲ってもいい。
「そんじゃ、少し待っててくれ」
「あいよ。仲間がいるかも知れねえんだから、気は抜くんじゃねえぞ」
そう言いながら、レニーはアサルトライフルを出して助手席に座った。
兵員輸送車を岩の近くに移動させているので、銃座では狙えない場所が多いからだろう。
それをありがたく思いながら兵員輸送車を降り、まずは強化外骨格パワードスーツの裏に向かった。
(テントがある。1人用だな)
(ブラザーズオブザヘッド、か・・・)
(タリエが言ってたネズミってのはこれか。やっぱ新たな斥候だったな。職業持ちを派遣する余裕は、もうねえのかもしんねえ)
ミイネと連装グレネードランチャーを試して帰った日、食堂でタリエはネズミがシティー近辺に潜伏したようだと言っていた。それが、この男なのだろう。
位置の特定は無理との事だったので放っておいたが、ここで仕留められたのは僥倖だ。
テントや、そのそばにあるバッグなどを回収する。
手帳もあったが、客を待たせる事になるのでそのままアイテムボックスに放り込む。銃とナイフを剥ぎ取った死体を岩の近くに置き、久しぶりにハルトマンを起動させた。
兵員輸送車の屋根に強化外骨格パワードスーツを載せて、ロープで括りつける。
「待たせた。行こうか」
「ロープまであるとは、用意がいいねえ」
「いつも持ってんだ。サバイバル用品はな」
兵員輸送車を走らせる。
ブラザーズオブザヘッドは、まだシティーを諦めてはいない。
だが、職業持ちでもない人間に、強化外骨格パワードスーツを与えているのが気になる。単純に手練が不足しているのならいいが、北の大陸に職業持ちを優先的に回しているとすると危険だ。
「北が不安だな・・・」
「セミーとチックか、懐かしいね」
「知ってんのか?」
「そりゃあね。同じ駆け出しで、何度も花園に誘った。どっちもいい女だよ」
「そりゃ楽しみだな。援軍に出るにしても、どうせならいい女を助けに行きてえもんだ」
「また増やす気かい?」
それは勘弁だ。
正直、体がいくつあっても足りない。
「それはねえさ。お、道路に出たな。車の残骸もねえ、いい道だ」
「ここをしばらく行って、山道を少し登るんだ。客を降ろしたら、茶でも飲んでいこうぜ」
「いいな、楽しみだ。なんてったって、初めて行く街だからな」
思ったよりも早く、レニーは左に曲がれと言った。
山と山に挟まれたような道を登る。
少しすると、右手に車の残骸を積み上げたバリケードが見えてきた。あれが、ケイヴタウンへの入り口なのだろう。見張りは1人しかいない。
「あれか。停めるぞ」
サイドブレーキをしっかり踏んで、バリケードの前に兵員輸送車を停める。
「よーし、到着だぜ。さあ、降りた降りた」
槍のような物を持った見張りの男は兵員輸送車にその穂先を向けていたが、レニーと観光客が姿を見せると、安心したようにそれを下ろした。
後部ハッチに中から鍵をかけ、助手席の施錠も確認してキーを抜く。
運転席の施錠を終えて振り向くと、レニーが観光客から握手を求められていた。子供の目が輝いている。男の子も、女の子もだ。
「待たせた。さあ、茶を飲みに行こう」
「兵員輸送車、施錠はしたが大丈夫か?」
「見張りに、何かあれば知らせてくれと小金を渡した。長居はしねえし、平気だろ」
「了解」
バリケードの後ろには、ボコボコにへこんだ鉄製のドアがあった。
レニーが気軽にそれを開け、中に入る。俺も続いたが、遠くに篝火が燃えているのが見える、暗く長い通路だった。
「暗いな・・・」
「通路にまで、超エネルギーバッテリーを使う余裕はねえさ。今回だって、それを仕入れるついでの観光だったらしいしな」
「行商人にボラれるよりは、観光ついでにってか」
「それで女子供が売られかかったんだ。考えを改めただろうね」
100メートルほど歩いて、レニーは左の大きなドアを開けた。
食堂だ。
300人くらいは、同時に食事が出来るかもしれない。
「暗いが、広いな・・・」
「まだ明るい方さ。なるべく邪魔にならねえ場所に座ろう」
「任せる」
ジロジロ俺達を見る住民達からだいぶ離れて座ると、老婆がよたよたと歩いて来た。誰も彼もが、土で服を汚している。
「元気そうだねえ、じゃじゃ馬娘」
「婆ちゃんも、くたばってねえなら元気なんだな。茶をくれ、2つだ」
レニーが硬貨を出す。10枚以上はあった。
老婆がそれを数え、拝むようにしてから懐に入れる。
「多目に払ってんのか?」
「少しばかりな。こんな街だ。貧しい生活なんだよ」
「鉱物でも採掘できればいいのにな」
「元は、科学の発達した国だったんだ。そんなのが残ってるはずがねえよ」
「なるほどね。そうだ。手帳を読むから、それ以外の装備なんかはレニーが取ってくれ。銃もあったから、小遣いくれえにはなるだろ」
武器やテント、バッグをテーブルの下に出す。
互いの顔がぼんやりとしか見えない程の暗さだとは思うが、手帳の文字はスキルで問題なく読める。
「これは全部、爺さんの店に売ってやるか。何が書いてあるんだい?」
「まず、パワードスーツを貸与されたって喜んでる。飲み屋でいい顔が出来て、モテるってよ」
「男ってのは、これだから・・・」
レニーはうんざりしたように言うが、俺に言われてもどうしようもない。
「お、パワードスーツの習熟訓練が終わると同時に、シティー近辺へ斥候に出ろって命令されたらしいな。期間は半年。報告は、帰還後だとよ。そこからは、日記ってより愚痴帳だな」
「まあ、半年も野宿しろって言われればね。それにしても、半年後に報告ならシティーはまだまだ安全か。いい情報だね」
愚痴にも、一応は目を通す。
意外とそんな所に、重要な情報があるかもしれないからだ。
「よっしゃ!」
「びっくりさせるんじゃないよ。どうしたんだい?」
「北の大陸に向かう駆逐艦に乗って、海岸沿いまで来たらしい。そこからは、トラックだとよ。1人旅は怖えって愚痴ってら」
「まさか・・・」
レニーが目を見開いている。
それはそうだ。
トラック。
それも可動品なら、いくらで売れるか想像もつかない。
「隠し場所、バッチリ書いてあるぞ」
「宝の地図じゃないか。茶を飲んだら用事を済まして、すぐに出るよ」
「了解了解。そんで岩に隠れて観光客を襲った。が、初弾で近くにいたキラービーが赤マーカーになって襲われたらしい。バカな兵士もいるもんだなあ・・・」
「それで女子供が助かったんだから、ラッキーだな」
老婆が運んできた茶をレニーが受け取り、一息で飲み干す。
「ありゃ。いつの間にか、喉の皮まで厚くなったんじゃのー」
レニーが早くしろと言うように睨んでいるので、仕方なく俺も熱い茶を飲み干す。
婆さんに礼を言って立つと、呆れたガキ共だと笑われた。
レニーに着いて歩く。
手掘りで掘られたらしいデコボコの道を行くと、右手にドアのない部屋があった。
「爺さん、いるかい?」
「レニーかえ。どうしたんじゃ、だいぶ慌てておるようじゃが」
「急いでるんでね。買い取りを頼む。これだ」
「ほう、銃もあるのか。少しだけ待っとくれ」
シワだらけの老人は品物をザックリと見ていく。
「600でどうじゃ?」
「500でいい。婆さんと爺さんの香典に50ずつだ」
「ほっほっ、ではありがたくいただくかのう。500枚だ、確認をしておくれ」
「ん、たしかに。じゃあ、くたばるまで元気でな、爺さん!」
そうとだけ言って、レニーが踵を返す。
俺は老人に軽く会釈だけして、その背を追った。