連装グレネードランチャー
「おはよう、ヒヤマ」
「おう、おはよう。ヘリはどうだった、タンゴ?」
「あれはもうヘリじゃない。決戦兵器だ。故郷であれを量産したら、1年で戦争が終わるぞ」
「あの静音性で、航続距離は無限だもんなあ・・・」
タンゴは朝食セットのトレーをテーブルに置いて、座りながら拳大のパンを噛み千切った。
同じテーブルには、運び屋とルーデルもいる。
ルーデルは苦笑いを浮かべて、牛乳を飲み干す。
「思いつきでヨハンに頼んだら、1晩で設計を終えたんだよ。半信半疑で組み上げたら、あのヘリが出来た。俺は、自信を失くしたね」
「ありゃルーデルとは方向性こそ違うが、間違いなくルーデルと同レベルの天才だ。まだ20代の半ばなのにな」
「それが仕事もなく下水道に引きこもってたんだから、この世界はやっぱおかしいよな」
「そういや孤島の爺さんが、学校を何とか出来ねえか悩んでたぞ。まあ、こっちじゃ学校なんて言葉は、余程のインテリじゃねえと知らねえらしいがよ」
「学校は少し待ってもらいてえんだよなあ・・・」
学校の設立は考えてはいた。
だが、今それを実行するとなると問題が多すぎる。
「考えがあるのか、死神?」
「それはぜひとも聞きたいな」
「計画とかじゃなくてよ、無料にしてえんだ。学校を」
「資金が足りねえか・・・」
「いや、そうでもねえと思うよ。ただ、学校に通える子供と通えない子供に分かれるのは避けたい。それに、成人が早いから職業訓練みてえな授業も必要だろ。フロートヴィレッジの修理が終われば、ヨハンの酒造の試行錯誤も始まる。どう考えても、教師役が足りねえ」
空母に入居して、すぐに生活が良くなるのならばいい。
だが、1000もの人間を空母内の仕事場で雇えるはずがないのだ。何割かは空母の外に職を求めるだろうし、子供もその手伝いに駆り出されるだろう。
生まれる家を選べない子供が、親のせいで教育を受けられない。そんな状況は、出来るだけ作り出したくはない。
「剣聖が言うには、ゴミ漁りをして親を助ける子供も多いらしいからな・・・」
「まずは生活に余裕が出るようにすんのか。まあ、それもそうか」
「しかし甲板に畑を作っても、そんなに人手はいらないからなあ」
「剣聖の手伝いに行く予定だから、その辺を聞いておくよ。なにかいい案があれば、無線を飛ばす」
「頼むよ、タンゴ。気をつけてな」
タンゴがあっという間に朝食を終え、手を振って食堂を出て行く。兵隊は何をするにも早く終わらせると聞いた事があるが、あんなメシの食い方で胃を悪くしないのだろうか。
「死神は今日は休みか?」
「いや、ミイネとグレネードランチャーの練習だ」
「そういや買ったって言ってたな。俺は、双子の訓練だな」
「どっちの双子だ?」
「どっちもさ。レベル差はあるがどっちも基本からだから、問題ねえよ」
「なるほど。ルーデルは?」
「ヘリを整備する。武装なんかは手つかずだからな」
「そんじゃ、空母の守りは万全だな。おーい、ミイネ。そろそろ行こうぜ」
「準備は出来てる。いつでもいいよ」
コーヒーを飲んでいたカップを洗い場に運んでスポンジを探すと、ウイが来て俺の手からカップを取った。
「気をつけて行ってきて下さいね」
「ああ、ありがとう。今日、ウイは何をするんだ?」
「タリエさんの手伝いですね。今日でギルドのホールを使えるようにするそうです」
「なるほど。よろしく頼むよ。こっちは心配しなくていい」
「はい。いってらっしゃい」
「いってくる」
ミイネと2人で皆に手を振り、陽射しのキツイ屋外に出る。
すでにパワードスーツ装備だ。
ローザを出して跨がり、昇降機の上に乗る。俺が右手を上げると、警備ロボットはすぐに昇降機を下ろしてくれた。
「さあて。行きたい場所はあるかい、お嬢さん?」
「あはは。特にないよ。お任せで」
「了解。そんじゃ、ツーリングがてらクリーチャーを探すか」
橋を渡り、河沿いの道路を海へと向かう。
いい機会だから、フロートヴィレッジを見てみるのもいいかもしれない。
いつか行くならば、道も覚えておいた方がいいだろう。
「フロートヴィレッジのある湖に行くか。サハギンくれえはいるだろ」
「弱いクリーチャー相手は嬉しいな。初めて使う武器だし」
「なら、決定だな」
のんびり走りながら、網膜ディスプレイを操作する。
タリエが埋めてくれた地図には、残っている道路まで表示されていた。
その道路をなるべく使うようにして、通過地点を設定してゆく。最後にフロートヴィレッジの中心にマーカーを置いて作業完了だ。
「途中、アスファルトじゃない荒れ地も通過する。舌を噛まねえようにな?」
「うん。それにしても、バイクって便利な乗り物だねえ」
「事故が多いし、体が剥き出しだから重症を負いやすい。職業持ちならスキルを取れば済むが、一般人が使うには危険すぎるかもな。まあ、職業持ちになる前から、俺は乗ってたけどよ」
「チキュウのニホン、だね。行ってみたいなあ・・・」
「物は豊かだが、俺達みてえなのには生き辛いかもな」
そうは言ってもミイネからすれば、物が豊かで平和ならそれだけで楽園に思えるのかもしれない。
ふと、小さな体でセーラー服を着たミイネを想像して、思わず笑ってしまった。
「何を笑ってるんだい?」
「なんでもねえさ。荒れ地に入るぞ」
「きゃっ!」
驚きはしたが、落ちたりはしていないようだ。
スピードを抑えながら、爆撃機を回収した地点を過ぎる。
しばらく走ると、道幅の広い道路に乗り上げた。
「こりゃいいな。遺跡はねえが、ちゃんとした道路だ」
「ふう、お尻が割れるかと思ったよ・・・」
「一昨日見た時にゃ、しっかり割れてたぞ?」
ぽかり、と後頭部を叩かれる。
タンデムなので見えないが、ミイネの顔は真っ赤になっているだろう。
だいぶ慣れたはずなのに、すべてが初々しい。そんなミイネの寝室を訪れるのは、嫌いではない。
T字路を、右へ。
相変わらず道の両側にはたまに瓦礫があるだけだが、もうすぐ湖が見えてくるはずだ。
「雨が降らねえのに、よく運河も湖も干上がらねえよな」
「呪いもそこまでは手が回らなかったんだろうね。でもそのおかげで僕達は生きられるんだから、ありがたい事さ」
「呪い?」
「そっか。ヒヤマはこの辺りの人間じゃないもんね。古い言い伝えだよ。この辺りに雨が降らず、草木も生えて来ないのは、大戦の時に呪いをかけられたからなんだって」
「初耳だ・・・」
悪の秘密組織に、呪術の最上スキル持ちでもいたか。
いや、何らかの兵器の影響を、呪いと表現している可能性もある。
野獣兵と呼ばれていたらしいオーガや機械兵というのは、科学的な技術で産み出された可能性が高い。キマエラ族や、砲台島のクリーチャーにされた兵隊を見る限りではだ。
「気候操作。違うな。それだけなら、水は干上がる・・・」
「考え事中に悪いけど、湖が見えてきたよ。サハギンっぽいのもいる」
この道路は、湖の水面よりもだいぶ高い所を通っている。
高低差が10メートル位になるまで進めば、安全にサハギンを狩れるだろう。湖までの距離は、100メートルもない。
湖の真ん中に小さく、まるで蓮の葉のようなフロートヴィレッジが見えた。
「道路から、ぶっ放すか。それなら安全だろう」
「ドキドキだね。【爆発物ダメージ5倍】のパッシブスキル、効果が乗るかなあ」
「そんなんあるんかよ。もし乗るなら、筋力上げて今の連装グレネードランチャー両手持ちとかだな」
「素直に強い連装グレネードランチャーを使うんじゃなく、両手持ちにするって発想がヒヤマっぽいね・・・」
「褒めるな褒めるな。よし、まずはここから狙ってみるぞ」
褒めてないと呟くミイネをシカトして、ローザを停めて連装グレネードランチャーを出す。
ミイネも連装グレネードランチャーを出して、チェックを始めている。お互い、試射もしていない武器だ。念入りに、細部まで確認する。
「どっちから行く?」
「これまで見た事もない武器だからね。お先にどうぞ」
「よし、任せとけ」
運び屋は片手で軽々と撃ちまくっていたが、俺にそんな真似が出来るはずもない。
両手でしっかりと構え、1度だけトリガーを引いた。
「ありゃ・・・」
衝撃は思っていたより大した事はないが、撃ち出されたグレネード弾は煙の尾を引きながら、サハギンのだいぶ手前に落ちて爆発した。
なんとも呆れた事に、狙ったサハギンの黄マーカーが赤に変わらないほど手前にだ。
「こりゃ、銃じゃなくて弓だな・・・」
「弓?」
「真っすぐ飛ばねえ。落ちながら飛ぶから、銃口を上に向けねえと」
「難しそうだねえ。僕に使えるかな」
「練習あるのみだ。少し上を狙って撃ってみな」
「うん」
ミイネが撃ったグレネードは、飛距離はいいが右に逸れている。
サハギンは赤マーカーになり、こちらに向かってくるだろうと思ってグレネードランチャーを構えると、爆風で吹っ飛んだサハギンのHPバーが砕けた。
「おおっ!?」
「わあ、これは5倍ダメージ乗ってるねえ・・・」
「15メートルは右に逸れてたぞ?」
「今は、【爆風範囲5倍】をオンにしてるからね」
「なるほど。こないだの工場じゃオフにしてたって事か」
「そうそう」
さすがはボマー。
爆発は芸術だの迷言は伊達じゃない。
「戦力アップは嬉しいな。これから敵が固まってる時にゃ、ミイネに吹き飛ばしてもらうか」
「通常戦闘でも役に立てるのは嬉しいね。これは、いい出会いだよ」
「よし、どんどん撃とうぜ。弾はまた買えばいい」
「了解!」
サハギンを吹き飛ばしては移動を繰り返し、最後には湖に接近して肉を回収しながら昼まで狩りを続けた。
砂利の上に座り、ウイが持たせてくれた弁当を食う。
「いやあ、結構な量の土産になったな」
「子供達にもご馳走できそうだね」
「そうだな。しかし、連装グレネードランチャーってのは有用だなあ」
「うん。ヒヤマも僕もだいぶ慣れたし、これがあれば遮蔽物に隠れる敵も怖くないね」
「やっぱりそれを考えたか」
「当然じゃないか。それに、飛距離も500はある。戦争で敵陣に撃ち込むには最適だね」
「戦争になっても、前線に出て欲しくねえんだがなあ・・・」
それは、偽らざる本音だ。
どれだけレベルを上げようと、女子供を前線に出すなどしたくはない。本人達が、どれだけ望んでもだ。
「それは無理かな。僕がいなかった時、戦争でヒヤマは死にかけたんだろ。ウイは今でも涙を堪えながら、その話をするくらいだからね」
「今から憂鬱だよ・・・」
空母から湖までは、ローザで2時間ほどだ。
夕方までには帰ると言ってあるので、余裕を持たせてそのまま帰途についた。