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夢追い人語り・飛べない鳥1




 ガンシップのスロットルレバーを握り込む。

 ハンドル。取舵一杯。

 波を切り裂きながら、艇は敵駆逐艦の横っ腹に砲口を向けた。


「外すんじゃないよ、セミー!」

「視界に敵艦しかないのに、どうやって外せってのよ!」


 待つ。

 セミーなら、喫水線ギリギリに機関砲の連射を叩き込めるだろう。

 頬の筋肉がピクピクと動いているのを感じる。

 いつもの事だ。

 自分では止められないし、止めようとも思わない。

 会話をしていて突然動く頬は気味が悪いと思う男も多いらしく、セミーのように無駄に口説かれなくて便利だ。


「プッ!」


 咥えタバコを吹いて捨てる。

 海を汚すなとセミーは怒るが、こんな世界に汚れていない物などない。海底の難破船をサルベージしてみようと潜った事があるが、数人の生き残りがいたと思われる空気が残った部屋の壁一面には、世界を呪う言葉と男達に犯された回数の正の字が10以上も書かれていた。

 轟音。

 ゆっくりと10数える。

 急ハンドル。


「うっそ、まだ撃つってー!」

「敵艦にキスしたいなら、オレのいない時にやっておくれ」


 敵駆逐艦の船尾に向かう。

 離れれば、集中砲火を食らうのだ。


「オラオラーッ!」

「元気なこって。引き波を越えるよっ!」


 対艦戦闘での引き波は、艦砲射撃なんかよりずっと怖い。

 なにしろ、向こうがクジラならこっちはイワシだ。

 スピードが落ちて機関砲の射角まで離されれば終わり。それでなくとも、引き波が大きいので何も出来ずに転覆する危険もある。


「ウラーッ!」


 セミーは射撃を止めるつもりはないようだ。

 引き波。

 艇が浮く。派手なジャンプだ。

 やせっぽちのこの体がどれだけ役に立つかはわからないが、ハンドルに覆いかぶさるようにして、前方に重心を思いっきりかけた。


「ジャンピングアターック!」

「無駄弾を撃ってんじゃないよ!」

「ちゃんと当たってるでしょーが!?」

「浸水させらんないなら無駄弾だよ!」


 パッシブスキルの【構造看破】で船体を見ながらガンシップを操る。

 燃料タンクの位置はわかっているのに、そこまでの装甲がさすがに厚い。

 下がってスクリューを破壊しようかと思ったその時、人1人がやっと通れるほどの通路を見つけた。


「あったよ!」


 ペイントガンを取り出す。

 機関砲の銃撃が止んだ。


「【針の穴を通す一撃】。行けっ!」


 船体の思い通りの場所に、赤いペンキがぶち撒けられる。


「何射必要!?」

「6!」

「全弾じゃないの! ええいっ、【ミサイル乱撃】!」


 ミサイルランチャーの、気の抜ける発射音。

 爆発音が連続する。

 これでは、声など聞こえるはずもない。


(誘爆、来るよ!)

(わかってるって。【ワンミニッツフォートレス】っと)


 セミーが最上スキルでバリアを張る。

 次は、オレの番だ。


「【ワンミニッツインヴィンシブル】、【足跡なき猟兵】・・・」


 駆逐艦が、船体の真ん中から折れて沈んでゆく。

 ガンシップの姿と航跡をスキルで消し、即座に離脱する。

 相手が単艦なのは、戦闘前からわかっているのだ。

 敵兵を救助するつもりなんてこれっぽっちもないので、後は港に帰るだけ。お人好しのセミーのせいで大した報酬は出ないが、敵は真性のクズなので悪くはない仕事だ。


「おつかれー。楽勝だったねえ」

「単艦だからね。敵の指揮官は、どんだけアタマが悪いんだか」

「総攻撃、来るのかな・・・」

「いつかはね。緑の残るこの大陸は、何としてでも手に入れたいだろうさ」

「そうなったら、どうする?」

「どうもこうもないさ。戦うだけだ」


 セミーが銃座から下りて、オレの隣りに座る。

 肩に預けられた、頭の重さが心地いい。


「そうなったら、援軍を頼むしかないかな・・・」

「ニーニャの旦那なら、まあそこらの兵隊よりは頼りになるさ。フェイレイが強化外骨格パワードスーツに乗って、飛行機を連れて援軍に来るようなモンなんだろ?」

「うん。ニーニャ、元気だって・・・」

「いつか、会いに行こう」

「うん・・・」


 スロットルレバーを離して、桃色の艶やかな髪を撫でる。

 人差し指で顎を持ち上げるようにすると、セミーは美しい瞳を閉じた。


「おかえりなさい。どうでした、セミーさん?」

「敵艦撃沈。これで、しばらくは休めると思うよ。お偉いさんへの報告はよろしくねー」

「了解です。お疲れ様でしたっ」


 騎士団の下っ端が頭を下げて駆け去る。

 専用機であるガンシップをアイテムボックスに収納して、タバコに火を点けた。


「まだお昼かあ。ね、これからどうする?」

「オレは探索。半径50キロの半分以上が手付かずだからね。セミーは好きにしな」

「意地悪なんだー。私も行くに決まってるじゃん。ね、早く車出してよ。寒いって!」

「はいはい」


 この大陸で見つけた4WDを出し、運転席に乗り込む。

 ガンシップと違って暖房があるので、泊まりになっても構わない。

 この港は残っている建物も多く、物資もそれなりに残されていた。過去の大戦での激戦地ではないのなら、この辺りに手付かずの遺跡が残っている可能性は高い。


「よいしょっと。ね、今度こそ飛行機があるといいね」

「空軍の基地があるなら、レーダーや管制塔なんかがここからも見えてるはずだからね。それはないさ」

「夢がないなあ、チックは・・・」


 エンジンをかけ、ギアをローに叩き込む。

 金属と金属が音もなく吸い付くイメージでクラッチを繋ぎ、4WDを発車させた。

 夢ならある。

 届いたと思った夢。

 オレが修理して稼働させたロケットは、この大陸まで飛んで爆散した。

 ロケット機を作ったつもりが、ただ爆弾を飛ばしただけだ。

 自嘲の笑みに、頬が引き攣る。


「もう、灰が落ちるよ」


 タバコが取られる。

 それはオレの唇に戻らず、灰皿でひしゃげて哀しげに最後の煙を上げた。


「ご苦労様です、傭兵殿」

「開門を願う。探索目的だ。帰還時刻は未定」


 門番が嫌な顔をする。

 だが契約では、敵が見えていない場合の外出は自由となっている。つべこべ抜かすなら、違約金をがっぽりいただいて、フェイレイの援護にでも向かえばいい。


「・・・わかりました。ですが摂政様から無線があれば、すみやかにお戻り下さい。それから、港から半径50キロ以上離れるのは禁止されています」

「契約内容は頭に入っている。それをわざわざ話して聞かせるとは、上官にでもなったつもりか?」

「それは・・・」

「2度とは言わんぞ。無駄な話を聞かせてこちらの機嫌を損ねるのが目的なら、今すぐに違約金をぶん取ってここを出て行く。いいな?」

「し、失礼しました。いってらっしゃいませ・・・」


 気合負けした門番に一瞥もくれず、窓を閉めて走り出す。


「もう、怒りっぽいんだから・・・」

「人に指図をするなら、自分の仕事だけでもきちんとしてから言うべきだ。それだけだよ」


 門を出ると、正面に原生林。

 T字路の右はもう探索済みなので、迷う事なく左にハンドルを切った。

 荒れてところどころに雑草が生えているが、アスファルトの上を走るのは気持ちが良い。

 見える景色が深い森と、崩れた廃墟だけだとしてもだ。


「うーん。廃墟ばっかりだねー」

「そう簡単に、遺跡なんて発見できないさ」


 だが、あるところにはあるのが遺跡だ。

 それを発見するためには、自らの足で長く険しい距離を歩くしかない。あの子でもなければ、それはみな同じだろう。

 タリエ。

 大切な幼なじみ。

 1杯の酒と引き換えに売られたあの子を助けようとギャングの溜まり場に銃を握って踏み込んだのは、たしか8つの時だったか。あそこでオレとセミーは、初めて人を殺した。

 そして助けたタリエが父親にすぐまた売られた事を知ったのは、10になった頃だ。


「クソッタレの世界に、爆弾でも落としてやりたい。そんな風にして、大戦は始まったのかもね・・・」

「どうなんだろね。空の英雄に聞いてみればいいよ。憧れの人にさ」

「本人がグールになって生きているなんて、どう考えても眉唾だろう。彼はありったけの爆弾を抱いて、敵の戦艦に突っ込んだんだ。生きているはずがないさ」


 生きているなら、聞いてみたい。

 ロケット機で空を飛ぶ気分はどうかと。

 人は、月に行けると思うかと。


「本当に、尋ねてみたいね・・・」


 森が途切れ、十字路に差し掛かった。

 停車して周囲を見回す。

 左は海への道。目立った建物は見当たらない。直進も、右もそうだ。

 だが、オレの勘は右に曲がれと言っている。


「右、なんか臭わないかい?」

「悪い感じはしないね。いいんじゃないかな」

「了解」


 幼い頃からオレ達は、勘に従って生き残ってきた。

 信じていい大人、シティーから離れて良い距離、戦っていい敵に、助けてもいい人間。

 勘で動いて痛い目も見たが、それで今の用心深さが身についたのだから、それでよかったと思っている。


「わあっ、ビンゴ!」

「小さな建物だけど、食料品くらいはありそうだね」


 駐車場に乗り入れ、エンジンを切る。

 素早くセミーが助手席を降り、建物の正面に立ってマーカーがないか確認を始めた。

 ホットパンツの尻が眩しい。

 オレと同じジーンズをナイフで切っただけなのに、セミーが履くとああも扇情的に見えるのはなぜだろう。単に肉付きの差だとは思えない。

 まあ、硬貨を積んで頼まれても、小雪舞うこの大陸でホットパンツ姿なんてゴメンだ。


「さあて、行きますか」

「おっさけー、おっさけが欲しいよー」


 変な鼻歌を聞き流し、4WDを収納してライフルを出す。

 チューンにチューンを重ねた愛銃は、シティーの東の荒野で発見した思い出の銃だ。セミオートで精度が良く、威力にも満足している。

 セミーも左手の拳にアイアンナックルを嵌め、右手にバールをぶら下げた。

 頷き合い、入口に向かう。


(マーカーなし)

(施錠されてるね。やるよ?)

(お願い)

(【金庫破り】、おうりゃ!)


 金具が弾け飛んだドアを蹴り開けて飛び込む。

 受け身を取りながら立ち上がったが、マーカーは見えない。


(クリア)

(当たりみたいだね、この遺跡)

(隠密持ちがいないとは限らないさ。気は抜かずに行こう)


 結局クリーチャーの1匹もおらず、オレは換金可能で高そうな物からアイテムボックスに詰め込んだ。


「おっさけー、おっさけー、おっさけがたっくさーんっ」

「お願いだから、換金用の物も持って欲しいんだけどね。4WDのトランクにも入りきらない食料品なんだよ?」

「騎士団に売りつけて、また来ればいいだけじゃない。これは自分用なのっ!」

「はいはい。そんじゃ、つまらない往復を始めますか・・・」

「今日はパーティーだねー。フェイレイ達もいたら、楽しかったのになあ」

「アレと飲んでると、最後は必ず乱交パーティーになってるからね。いなくていいさ」

「もうっ、チックはヤキモチ妬きさんだなあ。あ、姫タラ発見。ストーブの上で炙って食べようねっ」


 楽しそうにツマミを自分の背嚢に放り込むセミーを見ながら、タバコに火を点けて煙を吐いた。

 積める分の荷物をトランクに運び終え、なんとなく空を見上げる。

 灰色に淀んだ北の空でも、飛べるなら天国だろう。

 そう思いながら、捨てたタバコをブーツで踏み躙った。



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