表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/239

フロートヴィレッジの未来



 フリードと呼ばれた若い男が、食い入るように俺を見ている。

 それも仕方のない事か。同盟関係に入り込めれば、フロートヴィレッジは間違いなく発展するだろう。


「フロートヴィレッジの戦力は?」

「私兵が12だよ」


 ジャスティスマンがすかさず答える。


「人口は?」

「200」

「確認するぞ。庇護を求めてるんじゃなく、同盟関係になりてえんだよな?」


 ジャスティスマンが頷く。

 フリードの眉間には、深いシワが刻まれていた。


「恥を忍んで、頭を下げに来ました・・・」

「なんだってそんな事を考えたんだ?」

「夢です」

「夢?」

「はい、幼い頃からの夢です。フロートヴィレッジは安全な街。ですが住民は貧しい。飢える事はありませんが、それでいいとは思えないのです」


 握りしめた拳を睨みながら、フリードが絞り出すように言う。

 後ろで直立不動になっている男を見ると、信じていいとでも言うように頷かれた。


「アンタが、情に流されそうになってるなんてな」


 ジャスティスマンが苦笑する。

 コーヒーを飲むのを黙って見ながら待つと、諦めたように長い息を吐いた。


「秘書のロミーの弟でね。15までは私の下で、学問を学んでいた」

「俺は姉の前で弟の拳を砕いたのか。悪い事をしたな」

「姉は兄を蛇蝎の如く嫌っていました。死んだと伝えた時も、眉1つ動かしませんでしたよ」

「そうかい。まあ、この件は俺が口出しする事はなさそうだな。ジャスティスマンの好きにするといい」

「なるほど。ではフリード、今すぐヒヤマくんに謝罪して部屋を出て行きなさい。対価もなしに安全を贖おうなどとは、恥知らずにも程がある。街としての付き合いも、これからは一切なしだ」

「おいおい、なんでそうなるってんだよ・・・」


 ジャスティスマンの表情は真剣だ。


「当然だろう。身内の情に期待して、自分だけに得をさせろと言われたんだ。縁を切るしかないさ」

「あー、アンタが生真面目で自分にも他人にも厳しいのはわかってる。でも元教え子が頭を下げてるんだから、一緒に考えてやったらどうだ?」

「・・・フリード、考える気はあるのかい?」

「考えに考えました。しかしフロートヴィレッジは、死んだ父と兄の思うままに長年搾取され続けていた街です。学校すらない人口200人の街では、マトモな労働力すら出せません・・・」


 兄は誓約スキルとやらで死んだのかもしれないが、父はなぜ死んだというのか。


「親父さんはなぜ?」

「過去の誓約スキルだと思います。2人共、酒を飲んでいる最中に心臓が止まったようですから」


 ジャスティスマンは表情を変えない。

 俺のように殺し慣れている訳でもないだろうに、大した男だ。


「フロートヴィレッジに、発展の余地は?」

「・・・ありません」


 ジャスティスマンを見る。

 この男は、正解をすでに導き出しているのかもしれない。それでも教え子に、自分で考えさせる。ありそうな事だ。


「フロートヴィレッジを一言で言うと?」

「・・・貧しい漁村、でしょうか」

「さっき発展の余地はないと言ったな。なぜだ?」

「先祖が作り上げたフロートシステムは、老朽化で10年も保たず沈みます。我が家の蓄えは来たるべきその日に住民を避難させて、とりあえずの生活を立ち行かせるために使うので、手を付けられません」

「そのシステムを修理できる技術者がいるとしたら?」

「・・・対価にもよりますが、払える金額なら土地を広げて、・・・ダメだ。土地があっても、人は増えない。やはりフロートヴィレッジは、おしまいのようですね」


 溜息を吐いたのはフリードではなく、ジャスティスマンだった。


「相変わらず、気分が落ちている時は頭が働かないようだね。そんな事では、街を守るなんて出来やしないぞ」

「はあ、しかし・・・」


 タバコを吸いながら、師弟の会話する姿を眺める。

 ヨハンに無線を繋いで今話せるかと聞くと、大丈夫だと返事が来た。


(悪いな、忙しいのに)

(いいさ。話しながらでも、作業は出来る。どうしたんだい?)

(フロートヴィレッジって知ってるか?)

(ああ、湖に浮く街だろう)

(どうも老朽化が進んでるらしい。空母の内装工事が終わったら、修理の見積もりだけでも出してやってくれねえか?)

(いいよ。その名の通り、足場をフロートで浮かせて板を張った街だと思う。材料費は安く済むんじゃないかな)

(それは朗報だ。その時は一緒に行くから、湖面を渡る風に吹かれながら優雅に酒でも飲もうぜ)

(楽しみにしてるよ)

(ああ。じゃあな)


 ジャスティスマンとフリードは、問答のような話し合いをしている。

 フロートヴィレッジにある物。フロートヴィレッジにない物。フロートヴィレッジだから出来る事。フロートヴィレッジだから出来ない事。


「空母の内装工事が終わったら、ヨハンを連れてフロートヴィレッジを訪ねる。材料費だけでも見積もりを提示するから、どうするか考えておくといい」

「すまないね。手間を掛ける」


 ジャスティスマンが頭を下げる。


「材料費、何のですか?」

「フロートシステムの修理だ。一気に別の浮島を作るか部分的に修理するかは、ヨハンって技術者の判断になる」

「あの孤高の天才を仲間として迎えた。さすがはヒヤマくんだと思ったものだよ」

「先生がそこまで言う程の方なのですか?」

「大陸一の技術者かもしれないよ。それも武器や戦闘車両専門の技術者ではないから、さらに貴重な人材だ」


 フリードの瞳が輝いている。


「その方なら、直せるんですね!?」

「多分な。で、決められたルートでのみ使用するなら、警備ロボットをどのくらい出す?」


 ジャスティスマンが腕組みをして目を閉じる。

 警備ロボットはシティーの戦力。

 劣化や損傷を考えれば、1体も出したくないというのが本音だろう。


「・・・50。それ以上は無理だね」

「そんなにはいらねえさ。30もあればローテーションで、整備しながら回せると思う」

「何をするつもりなんだい?」

「フロートシステムを修理するついでに、高級ホテルでも作っちまえばいい。この暑さで風呂の代わりに湖の水に入れるスイートルームなんて、いかにも金持ちが好みそうじゃねえか?」

「警備ロボットが護衛をして、金持ちに小旅行をさせるのか・・・」


 俺の読みでは、それなりに希望者は出るはずだ。


「警備ロボットだけじゃ心配なら、警備の兵かギルドの冒険者を随行させりゃいい。それとフロートヴィレッジに体を売る女が少ないなら、それもこっちで何とか出来ると思う」

「それなら外貨を稼ぎつつ、人口の増加を待てるか。悪くないね。どうだい、フリード?」

「あ、いや、その・・・」


 フリードが言い淀んでいる。

 気に食わない事でもあったか。

 体を売る女を街に入れたくないというのであれば、それは妥協できる。逆に高級リゾート地として、人気も出るかもしれない。


「あのっ、そこまでヒヤマさんに頼っていいのでしょうかっ!?」


 予想外の言葉に、呆れてカップを落としそうになった。

 フリードの背後に立つ男が、堪え切れず笑みを浮かべている。


「いや、恥を忍んで頭を下げに来たって、自分で言ってたじゃねえかよ・・・」

「ですがこれでは、あまりに・・・」


 フリードは、どう見ても20を超えている。

 それが17のガキに敬称を付けて話すだけでも面倒だろうに。


「これでシティーと空母の街にも、フロートヴィレッジと組むメリットが出来たな?」

「まあ、微々たるものだがね。街中用に警備ロボットを5と、岸辺に船着場が必要だろうからそこに警備ロボットを1かな。それでいいかい、フリード?」

「心から、感謝します。船着場の近くで農耕が可能なら、フロートヴィレッジは豊かになれる・・・」


 フリードが涙ぐんで天井を見上げる。護衛の男も、嬉しそうだ。

 コーヒーを飲み干し、ソファーから腰を上げた。


「そんじゃ、細かい計画はそっちで詰めてくれ。俺はもう行くよ」

「時間を取らせてすまなかった。ありがとう」

「ありがとうございました!」


 手を振って部屋を出る。

 カウンターで秘書さんが、深々と頭を下げていた。


「ありがとうございます」

「いい弟だな」

「身内ですから、よくわかりません」

「なら、俺が太鼓判を押しておこう。コーヒー、ごちそうさま。またな」

「ありがとうございました」


 建物を出て、カチューシャ商店まで歩く。

 ドアを開けると同時に、いらっしゃいと威勢のいいイワンさんの声が飛んできた。


「おっ、婿殿じゃねえか。どうした?」

「婆さんに話を聞きに来ました。ダヅさんと何かしてるみてえなんで」

「あれか。どっちも上にいる。上がってくんな」

「じゃ、お邪魔します」

「他人行儀な。ただいまでいいんだよ。職業もねえ武器屋の親父だが、これでも婿殿の父親なんだからよ」

「俺を喜ばせても、缶ビールくらいしか出ませんよ?」


 よく冷えている缶ビールをすれ違いざまに渡す。

 はっきりと父親なんて言われて少し頬が熱いので、イワンさんを見ずに階段に向かった。


「ありがてえ。カカアには内緒だぜ?」

「りょーかい、親父さん」


 2階のリビングでは、婆さんとダヅさんが眉根を寄せて話し合っていた。


「よう、婆さん。ダヅさんはお久しぶりです」

「・・・アンタは、困ってる人間の匂いを嗅ぎ分けるスキルでも持ってるのかい?」

「英雄とは、そのようなものなのかもしれませんなあ」

「困り事? 2人に貸せる知恵なんぞ、俺みてえな若造にはねえぞ?」

「いいから座りな。今、茶を淹れてやるから」


 空いている椅子に座ると、立ち上がった婆さんが棚からブリキの灰皿を取って投げた。

 ダヅさんにもタバコを勧めるが、元からやらないらしい。

 風で煙が行かない位置に椅子をずらして火を点けると、婆さんが湯気の上がるカップを俺の前に置く。

 色と香りからして、ドングリ茶だ。

 帰りに喫茶店で飲んでいくつもりだったので、少し嬉しい。


「冒険者ギルド、だったね」

「ああ。それがどうした?」

「簡単に言うと、商人ギルドってのを作りたい。知恵を貸しな」


 いきなりで面食らったが、そんな事ならお安いご用だ。


「設立目的と活動内容は?」

「貧乏暮らしを強いられている商人達を援助したい。だが、商才のある人間だけさね。やる事は初期投資の貸付や、ギルドの商人の紹介だね。コネがなくて潰れていく商人は多い」

「婆さんとダヅさんなら、商才があるか見る目はあるだろ。何が問題なんだ?」

「冒険者ギルドのように、職業持ちを揃えられない。だから、嘘を見抜いたり出来ないのさ」

「なら、冒険者ギルドと一緒にしちまえばいいじゃんか。艦橋の2階は空いてるし、貧乏な商人相手ならシティーより空母にある方が便利だろ」


 気楽に煙を吐きながら言うと、婆さんとダヅさんは顔を見合わせた。


「仕事が増えるんだよ?」

「入居時に宣誓はさせるからな。マトモな人間しか住めねえ空母だから、大した手間じゃねえさ。冒険者ギルドの説得は、俺がするよ」

「まったく。知恵を貸せとは言ったが、こうも簡単に話が終わるとはね・・・」

「・・・いやはや、悩んでいたのがバカらしいですな」

「バカなのはヒヤマさね。無条件で力を貸すと言うだけじゃなく、仲間の説得は任せろと来た」

「器が大きいですなあ」

「大き過ぎる器は、バカの証さね・・・」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ