フロートヴィレッジの未来
フリードと呼ばれた若い男が、食い入るように俺を見ている。
それも仕方のない事か。同盟関係に入り込めれば、フロートヴィレッジは間違いなく発展するだろう。
「フロートヴィレッジの戦力は?」
「私兵が12だよ」
ジャスティスマンがすかさず答える。
「人口は?」
「200」
「確認するぞ。庇護を求めてるんじゃなく、同盟関係になりてえんだよな?」
ジャスティスマンが頷く。
フリードの眉間には、深いシワが刻まれていた。
「恥を忍んで、頭を下げに来ました・・・」
「なんだってそんな事を考えたんだ?」
「夢です」
「夢?」
「はい、幼い頃からの夢です。フロートヴィレッジは安全な街。ですが住民は貧しい。飢える事はありませんが、それでいいとは思えないのです」
握りしめた拳を睨みながら、フリードが絞り出すように言う。
後ろで直立不動になっている男を見ると、信じていいとでも言うように頷かれた。
「アンタが、情に流されそうになってるなんてな」
ジャスティスマンが苦笑する。
コーヒーを飲むのを黙って見ながら待つと、諦めたように長い息を吐いた。
「秘書のロミーの弟でね。15までは私の下で、学問を学んでいた」
「俺は姉の前で弟の拳を砕いたのか。悪い事をしたな」
「姉は兄を蛇蝎の如く嫌っていました。死んだと伝えた時も、眉1つ動かしませんでしたよ」
「そうかい。まあ、この件は俺が口出しする事はなさそうだな。ジャスティスマンの好きにするといい」
「なるほど。ではフリード、今すぐヒヤマくんに謝罪して部屋を出て行きなさい。対価もなしに安全を贖おうなどとは、恥知らずにも程がある。街としての付き合いも、これからは一切なしだ」
「おいおい、なんでそうなるってんだよ・・・」
ジャスティスマンの表情は真剣だ。
「当然だろう。身内の情に期待して、自分だけに得をさせろと言われたんだ。縁を切るしかないさ」
「あー、アンタが生真面目で自分にも他人にも厳しいのはわかってる。でも元教え子が頭を下げてるんだから、一緒に考えてやったらどうだ?」
「・・・フリード、考える気はあるのかい?」
「考えに考えました。しかしフロートヴィレッジは、死んだ父と兄の思うままに長年搾取され続けていた街です。学校すらない人口200人の街では、マトモな労働力すら出せません・・・」
兄は誓約スキルとやらで死んだのかもしれないが、父はなぜ死んだというのか。
「親父さんはなぜ?」
「過去の誓約スキルだと思います。2人共、酒を飲んでいる最中に心臓が止まったようですから」
ジャスティスマンは表情を変えない。
俺のように殺し慣れている訳でもないだろうに、大した男だ。
「フロートヴィレッジに、発展の余地は?」
「・・・ありません」
ジャスティスマンを見る。
この男は、正解をすでに導き出しているのかもしれない。それでも教え子に、自分で考えさせる。ありそうな事だ。
「フロートヴィレッジを一言で言うと?」
「・・・貧しい漁村、でしょうか」
「さっき発展の余地はないと言ったな。なぜだ?」
「先祖が作り上げたフロートシステムは、老朽化で10年も保たず沈みます。我が家の蓄えは来たるべきその日に住民を避難させて、とりあえずの生活を立ち行かせるために使うので、手を付けられません」
「そのシステムを修理できる技術者がいるとしたら?」
「・・・対価にもよりますが、払える金額なら土地を広げて、・・・ダメだ。土地があっても、人は増えない。やはりフロートヴィレッジは、おしまいのようですね」
溜息を吐いたのはフリードではなく、ジャスティスマンだった。
「相変わらず、気分が落ちている時は頭が働かないようだね。そんな事では、街を守るなんて出来やしないぞ」
「はあ、しかし・・・」
タバコを吸いながら、師弟の会話する姿を眺める。
ヨハンに無線を繋いで今話せるかと聞くと、大丈夫だと返事が来た。
(悪いな、忙しいのに)
(いいさ。話しながらでも、作業は出来る。どうしたんだい?)
(フロートヴィレッジって知ってるか?)
(ああ、湖に浮く街だろう)
(どうも老朽化が進んでるらしい。空母の内装工事が終わったら、修理の見積もりだけでも出してやってくれねえか?)
(いいよ。その名の通り、足場をフロートで浮かせて板を張った街だと思う。材料費は安く済むんじゃないかな)
(それは朗報だ。その時は一緒に行くから、湖面を渡る風に吹かれながら優雅に酒でも飲もうぜ)
(楽しみにしてるよ)
(ああ。じゃあな)
ジャスティスマンとフリードは、問答のような話し合いをしている。
フロートヴィレッジにある物。フロートヴィレッジにない物。フロートヴィレッジだから出来る事。フロートヴィレッジだから出来ない事。
「空母の内装工事が終わったら、ヨハンを連れてフロートヴィレッジを訪ねる。材料費だけでも見積もりを提示するから、どうするか考えておくといい」
「すまないね。手間を掛ける」
ジャスティスマンが頭を下げる。
「材料費、何のですか?」
「フロートシステムの修理だ。一気に別の浮島を作るか部分的に修理するかは、ヨハンって技術者の判断になる」
「あの孤高の天才を仲間として迎えた。さすがはヒヤマくんだと思ったものだよ」
「先生がそこまで言う程の方なのですか?」
「大陸一の技術者かもしれないよ。それも武器や戦闘車両専門の技術者ではないから、さらに貴重な人材だ」
フリードの瞳が輝いている。
「その方なら、直せるんですね!?」
「多分な。で、決められたルートでのみ使用するなら、警備ロボットをどのくらい出す?」
ジャスティスマンが腕組みをして目を閉じる。
警備ロボットはシティーの戦力。
劣化や損傷を考えれば、1体も出したくないというのが本音だろう。
「・・・50。それ以上は無理だね」
「そんなにはいらねえさ。30もあればローテーションで、整備しながら回せると思う」
「何をするつもりなんだい?」
「フロートシステムを修理するついでに、高級ホテルでも作っちまえばいい。この暑さで風呂の代わりに湖の水に入れるスイートルームなんて、いかにも金持ちが好みそうじゃねえか?」
「警備ロボットが護衛をして、金持ちに小旅行をさせるのか・・・」
俺の読みでは、それなりに希望者は出るはずだ。
「警備ロボットだけじゃ心配なら、警備の兵かギルドの冒険者を随行させりゃいい。それとフロートヴィレッジに体を売る女が少ないなら、それもこっちで何とか出来ると思う」
「それなら外貨を稼ぎつつ、人口の増加を待てるか。悪くないね。どうだい、フリード?」
「あ、いや、その・・・」
フリードが言い淀んでいる。
気に食わない事でもあったか。
体を売る女を街に入れたくないというのであれば、それは妥協できる。逆に高級リゾート地として、人気も出るかもしれない。
「あのっ、そこまでヒヤマさんに頼っていいのでしょうかっ!?」
予想外の言葉に、呆れてカップを落としそうになった。
フリードの背後に立つ男が、堪え切れず笑みを浮かべている。
「いや、恥を忍んで頭を下げに来たって、自分で言ってたじゃねえかよ・・・」
「ですがこれでは、あまりに・・・」
フリードは、どう見ても20を超えている。
それが17のガキに敬称を付けて話すだけでも面倒だろうに。
「これでシティーと空母の街にも、フロートヴィレッジと組むメリットが出来たな?」
「まあ、微々たるものだがね。街中用に警備ロボットを5と、岸辺に船着場が必要だろうからそこに警備ロボットを1かな。それでいいかい、フリード?」
「心から、感謝します。船着場の近くで農耕が可能なら、フロートヴィレッジは豊かになれる・・・」
フリードが涙ぐんで天井を見上げる。護衛の男も、嬉しそうだ。
コーヒーを飲み干し、ソファーから腰を上げた。
「そんじゃ、細かい計画はそっちで詰めてくれ。俺はもう行くよ」
「時間を取らせてすまなかった。ありがとう」
「ありがとうございました!」
手を振って部屋を出る。
カウンターで秘書さんが、深々と頭を下げていた。
「ありがとうございます」
「いい弟だな」
「身内ですから、よくわかりません」
「なら、俺が太鼓判を押しておこう。コーヒー、ごちそうさま。またな」
「ありがとうございました」
建物を出て、カチューシャ商店まで歩く。
ドアを開けると同時に、いらっしゃいと威勢のいいイワンさんの声が飛んできた。
「おっ、婿殿じゃねえか。どうした?」
「婆さんに話を聞きに来ました。ダヅさんと何かしてるみてえなんで」
「あれか。どっちも上にいる。上がってくんな」
「じゃ、お邪魔します」
「他人行儀な。ただいまでいいんだよ。職業もねえ武器屋の親父だが、これでも婿殿の父親なんだからよ」
「俺を喜ばせても、缶ビールくらいしか出ませんよ?」
よく冷えている缶ビールをすれ違いざまに渡す。
はっきりと父親なんて言われて少し頬が熱いので、イワンさんを見ずに階段に向かった。
「ありがてえ。カカアには内緒だぜ?」
「りょーかい、親父さん」
2階のリビングでは、婆さんとダヅさんが眉根を寄せて話し合っていた。
「よう、婆さん。ダヅさんはお久しぶりです」
「・・・アンタは、困ってる人間の匂いを嗅ぎ分けるスキルでも持ってるのかい?」
「英雄とは、そのようなものなのかもしれませんなあ」
「困り事? 2人に貸せる知恵なんぞ、俺みてえな若造にはねえぞ?」
「いいから座りな。今、茶を淹れてやるから」
空いている椅子に座ると、立ち上がった婆さんが棚からブリキの灰皿を取って投げた。
ダヅさんにもタバコを勧めるが、元からやらないらしい。
風で煙が行かない位置に椅子をずらして火を点けると、婆さんが湯気の上がるカップを俺の前に置く。
色と香りからして、ドングリ茶だ。
帰りに喫茶店で飲んでいくつもりだったので、少し嬉しい。
「冒険者ギルド、だったね」
「ああ。それがどうした?」
「簡単に言うと、商人ギルドってのを作りたい。知恵を貸しな」
いきなりで面食らったが、そんな事ならお安いご用だ。
「設立目的と活動内容は?」
「貧乏暮らしを強いられている商人達を援助したい。だが、商才のある人間だけさね。やる事は初期投資の貸付や、ギルドの商人の紹介だね。コネがなくて潰れていく商人は多い」
「婆さんとダヅさんなら、商才があるか見る目はあるだろ。何が問題なんだ?」
「冒険者ギルドのように、職業持ちを揃えられない。だから、嘘を見抜いたり出来ないのさ」
「なら、冒険者ギルドと一緒にしちまえばいいじゃんか。艦橋の2階は空いてるし、貧乏な商人相手ならシティーより空母にある方が便利だろ」
気楽に煙を吐きながら言うと、婆さんとダヅさんは顔を見合わせた。
「仕事が増えるんだよ?」
「入居時に宣誓はさせるからな。マトモな人間しか住めねえ空母だから、大した手間じゃねえさ。冒険者ギルドの説得は、俺がするよ」
「まったく。知恵を貸せとは言ったが、こうも簡単に話が終わるとはね・・・」
「・・・いやはや、悩んでいたのがバカらしいですな」
「バカなのはヒヤマさね。無条件で力を貸すと言うだけじゃなく、仲間の説得は任せろと来た」
「器が大きいですなあ」
「大き過ぎる器は、バカの証さね・・・」