休日の空母とシティー
「うーん、暇だよう・・・」
「ニーニャちゃん。昨日、明日はゆっくりおやすみするからって格納庫に行ったでしょう?」
「うん。あ、ルーデルさんの改造を見学に行くのはいい?」
「どう思います、ヒヤマ?」
「見学だけならいいだろ。何なら俺と行くか、ニーニャ?」
「行くっ!」
俺が寝そべるソファーに、ニーニャがダイブする。
「とは言っても、立つのもダリいな・・・」
「ニーニャちゃんは働き過ぎで、ヒヤマはだらけ過ぎです」
「昨日っから、缶ビールより重い物を持ってねえってどうよ?」
言いながら、ニーニャの脇を持って高い高いしてみる。
「かっるいなあ、ニーニャ」
「ヒヤマの腕力なら、天井まで軽く飛ばせます。気をつけて下さいよ」
「たっのしー!」
「はいはい。じゃあ、行くか」
そのままニーニャを抱き上げ、お姫様抱っこで部屋を出る。
ルーデルがヘリをイジっている格納庫には、ジュモはもちろんタンゴまでいた。
「おつかれさん。冷えたミルクの差し入れだ」
「わあっ、エンジンにまで手を入れてるんだねっ!」
「それはありがたいな。ちょうど、休憩にしようと思ってたんだ」
「タンゴはコーヒーでいいか?」
「ああ、ありがとう」
テーブルに座ってタバコを吸いながら、ヘリをどう改造するのか話すルーデルとニーニャの会話に耳を傾ける。
どうやら重量物を運んでいなければレシプロ戦闘機ぐらい余裕で落とせる、とんでもないヘリが出来上がる予定らしい。
「ヨハンの作る秘密兵器ってのが、不安で仕方ねえな・・・」
「彼は航空力学も学んでいる。そう心配しなくてもいいさ」
「ヨハンさんなら、スッゴイの作りそうだよねっ」
戦闘ヘリと言うと俺の中では、歩兵や戦車を蹂躙するが敵航空機にバタバタ落とされるイメージだ。
それをレシプロといえど逆に余裕で落とせるヘリなど、簡単に作れるのだろうか。
「てかそこにある戦闘機も、前に俺が落としたのじゃねえような・・・」
「ああ、これはヒナちゃんがアイテムボックスに入れてたのを、ウイちゃんが見つけてくれたんだ。レシプロじゃ1番の性能だよ」
「当時はジェット機もあったのか?」
「あったよ。ただスキル取得に、色々と条件があってな。その条件がまったくわからないから、ほとんど機体は生産されなかったんだ」
そういえば、タリエもそんなスキルを持っていると言っていた。
「専用機みてえな扱いか。敵に回したら厄介そうだな」
「まあ、修理や改造も特殊スキルでしか出来ない。パイロットと整備士が揃うなんて事は、まずないと思っていていいさ」
「ルーデルはあるのか、そのスキル?」
「操縦系だけはあるよ。だが俺の機体は、戦艦型の機械兵に爆弾を積んでぶつけたからもうないんだ」
「ニーニャのスキル欄にもないや、ジェット機系のスキル」
ルーデルにジェット機。
もうそのまま、新しい諺にでもなりそうな雰囲気だ。
「ヘリも戦闘機も最高の物がある。また攻められても、なんとかなるかな」
「それに強化外骨格パワードスーツもな。北への援軍を出すにしても、戦力は増えてる。心配はいらないさ」
「学徒動員から、ずっと最前線だ。戦争なら力になれるぞ」
「タンゴ。ここじゃ好きに生きていいんだ。なにも嫌いな人殺しを、わざわざする事はねえって」
不敵な笑みを浮かべていたタンゴが、呆気に取られたように硬直し、それから大声で笑い出した。
「いやはや、兵隊に好きに生きろと言う大将がいるとは思わなかった」
「俺は3等兵だっての」
「いや、ヒヤマがいなければギルドなんて作れやしない。間違いなく、大将だよ」
「ガラじゃねえっての。ニーニャ、そろそろ帰るぞ。あまり長居すると、ウイが怒る」
「はーい。ルーデルさん、タンゴさん、ジュモお姉ちゃん、またねー!」
手を振るニーニャと格納庫を出る。
まだ昼にもなっていないが、どうにか満足してくれたようだ。
部屋に戻るなりニーニャは紙とペンを出し、うーうー唸りながら何かを書いている。
「おかえりなさい。何してるんでしょうね、ニーニャちゃん」
「ルーデルがヘリのエンジンまでバラしてたからな。改造案でも練ってんじゃねえか」
「なるほど。まあ体を動かす訳ではないので、よしとしますか」
テーブルにある雑誌を流し読みしながら、たーくんの流すラジオを聞く。今日はクラッシックの日だ。
湯気を上げるマグカップ。
香りを楽しみながら、ゆっくりと飲んだ。
ふと思いつき、コルトをバラす。
手入れの道具は、常にアイテムボックスに入れてある。戦闘した日の夜には使った銃を必ず手入れするが、思いついた時にもするようにしていた。
「そういえば、私達の拳銃は結局出番がありませんでしたね」
「最後の遺跡に不発弾だからな。まあ、近いうちに試せばいいさ」
「目的なんて、生き残るためのレベル上げしかなかった。それが今では、ギルドに街に戦争に。不思議なものですね・・・」
「平和な人生が望みなら、ブロックタウンか砲台島にずっといてもいいんだぞ?」
「ヒヤマの帰りを待ちながらですか? そんな人生はいりません。私の人生は、ヒヤマの隣で過ごして、その胸で終えるのです」
「縁起でもねえ・・・」
ウイは微笑んでいる。
ふとした瞬間に、この世界に来たばかりの頃を思い出したのだろう。
いつも、必死だった。
そして、ずっと一緒だった。
「これからも、一緒だ・・・」
「ええ。みんなで頑張りましょう。私達はまだまだ未熟者ですが、全員で力を合わせればやれるはずです」
手持ちの銃の手入れを終えると、昼メシの時間になった。
ミツカにヒナ、ミイネがやっと起きてきて全員でメシを食う。
「メシを食ったら、シティーまで出かけてくる」
「お婆さんに会いにですか?」
「ああ。ダヅさんを抱き込んでたからな。何をする気なのか聞いてくる。ついでに、掘り出し物でも探すかな」
「フル装備で動いてくださいよ?」
「わかってるさ。いつギャングが襲ってくるか、こっちにはわかんねえからな」
俺はまだ顔が売れていない。
そのうち住民の受け入れが始まればその護衛に付く事もあるだろうから、襲われるとすればその後だろう。だが、油断して怪我をしたいとは思わない。シティーに入るまでは、パワードスーツを着てヘルメットも装備するつもりだ。
「美味かった、ごちそうさん」
「はい。たまには、部屋で食べるご飯もいいものです。お金は持ってますよね?」
「指輪のお釣りがたんまりある。足りねえ家具とかあるなら、買ってくるぞ」
「いえ。この家具を売りに来た剣聖さんの知り合いが言うには、シティーにもこれ以上の家具はないそうです」
「なるほど。じゃあ、行ってくる」
全員に無茶だけはするなと口々に言われ、うんざりしながら部屋を出る。
探索に行くのではないと返すと、それでもなにかしでかすのが俺だとニーニャにまで言われてしまったのだ。
「おーっす」
「ヒヤマさん、こんにちはっ! 日替わりランチでいい?」
「あー、メシじゃねえんだ。昇降機を、誰かに頼みたくてな」
「なーんだ。姐さーん、ちょっと昇降機を動かしてくるねーっ!」
「あいよ。人様の命を預かるんだ、気をつけるんだよ?」
「はーい」
ティコと外に出ると同時に、パワードスーツを装備する。もちろん、ヘルメットまでだ。
「ヒヤマさんが強いのは知ってるけど、スラムは気をつけてね?」
「ああ。ありがとな。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃーい!」
昇降機が接地してすぐに降りる。
戻る昇降機を見届けて歩き出そうとすると、ティコが手を振っていた。
手を振り返し、ローザを出して跨る。始動。
機嫌は悪くない。俺も、ローザもだ。
シティーの入り口でローザを収納してドアに近づくと、すぐにそれは開いた。
「ヒヤマ様ですね。ジャスティスマン様から、出来れば部屋に寄って欲しいと内線が来ました」
受話器を持ったまま言う男を見ながら、ヘルメットを収納する。
「なら、このまま向かうと伝えてくれ」
「わかりました」
シティーの中は、どこにいても警備ロボットが見える。
ジャスティスマンの部屋への道を歩いていると、いつかバカ息子に絡まれた喫茶店が目に入った。
カウンターに居る少女が、俺の顔を見て慌てて頭を下げる。
「その節は迷惑をかけた。これから人と会うんでドングリ茶は飲めないが、また寄らせてもらうよ」
「お待ちしています」
微笑み。
ドアのない作りだからこそのやり取り。こんな風にして、常連を増やすためなのかもしれない。
ジャスティスマンの部屋の前の受付には、いつもの美人秘書がいた。
それとは別に、何人かの武装した男達が壁際のベンチでマグカップを傾けている。
「ヒヤマ様。わざわざお越しいただいて申し訳ありません」
「いえいえ、今日は暇でしたんでね」
「それはありがたいですね。どうぞ、お入りになって下さい」
ジャスティスマンの部屋には本人以外に若い男と、中年の男がいた。
中年の男は、フロートヴィレッジのバカ息子の護衛だった色男だ。新品のアサルトライフルを背負っている。
「ヒヤマくん、よく来てくれたね。さあ、かけてくれ」
「お邪魔しますよ。護衛さんは久しぶりだな。いいアサルトライフルじゃねえか」
「はっ。ありがとうございます」
中年の男は、敬礼でもしそうな硬い声で返事をした。
「おいおい、俺には普通の言葉遣いでいい。2回会ったら知り合い、だろ?」
「・・・まいったな。でもお前さんの言葉で、店主が値引きをしてくれたんだ。それでこれが買えたんだよ。ありがとう」
「いいさ。マジメな人間は得をしてもいいって言ったろ」
そこで会話が終わったと判断したのか、若い男が立ち上がった。
顔の見栄えもいいし長身で、いかにも切れ者ですといった風情だ。
「まずは謝罪を。私はフリードリッヒ、フロートヴィレッジの長になった者です」
「ああ、バカ息子の弟か。謝罪も感謝もいらんよ」
フリードリッヒは苦笑したが、それでも表情を引き締めて深々と頭を下げた。
目が合う。
謝罪を受け入れる、その意味を込めて頷くと、安心したように腰を下ろす。
コーヒーを持ってきた秘書さんに礼を言い、唇を湿らせる。
「さて、来てもらったのは、このフリードに関する事でね。シティー、ブロックタウン、空母の街、その3つの街の同盟関係に、フロートヴィレッジも加わりたいとの事だ」