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タンゴ




 タンゴは大陸の遙か南、アポカリプス教国から逃げ出してきたらしい。

 かの国は職業持ちを神の使いと称し、兵士として徴用しているのだという。

 その扱いは悪くなく、複数の異性を充てがっていい思いをさせているようだ。そして生まれた子供が職業持ちなら、その親は一生安泰に暮らせる。


「そりゃ逃げ出すわな・・・」

「ああ、俺にとっては異性は恐怖の対象でしかないからな。そしてこの世界で剣聖以外に、そういった心の持ち主に出会った事はない」

「なんだ、もうカップル成立か?」

「おい、運び屋・・・」

「なに、剣聖のパートナーなら、身内同然だろ」

「それでもまだ会ったばかりなんだから、どうなるかはわかんねえだろ。タンゴ、良かったらここで暮らすといい。剣聖の隣の部屋は空いてるだろ」

「そりゃいい。歓迎するぜ」


 タンゴが悩むような仕草を見せる。

 俺達と同じ存在ならクリーチャーも怖くはないし、流浪の旅が気に入っていたのかもしれない。

 俺だってもしウイがいなければ、ブロックタウンに家など持たず、気ままな旅を続けていたはずだ。


「・・・しばらく世話になるかな。出来る事があれば言ってくれ。力を貸す」

「よし、歓迎会だな」

「やっぱそうなるんか」

「あったりめえよ」


 運び屋が嬉しそうに酒を出すと、姐さんを筆頭に女達が厨房に消えた。


「なんか、宴会に慣れ過ぎてるよなあ・・・」

「苦労も多いんだ。酒ぐれえ飲まなきゃやってらんねえさ。タンゴはどんな世界から来たんだ?」

「ラケニだが、2人は違うのか?」

「おう。地球って星だ」

「異世界、か。まるでムービーだな・・・」

「タンゴは歩兵職だよな。ここまで歩いてきたのか?」

「そうだ。ずっと歩きだから、空が恋しいよ」


 タンゴが、見えるはずのない空を見上げる。

 その瞳が見ているのは、ここではないラケニという世界の空なのかもしれない。

 運び屋がニヤリと笑ったので、ルーデルに無線と映像が繋がりっぱなしなのを確認した。


「パイロットだったのか?」

「こっちで言うヘリコプターのな。動くヘリなんて発見するには余程の幸運が必要だし、個人で所有して運用するのは厳しいって説明だったから、生き残りやすそうなこの職業にしたんだ」


 タンゴの職業は、闇夜の生還者。

 夜に移動して昼間は安全な場所でじっとしているなら、生き残る確率は飛躍的に上がる。そうやって、ここまで海岸沿いを旅してきたのかもしれない。


「オッケーだとさ。ルーデルが使わねえ時は、好きに使えってよ」

「何がだ?」

「ヘリだよ。死神、ヘリは今ウイ嬢ちゃんか?」

「いや、格納庫のはずだ」

「そうか。まあ今日は飲んで寝て旅の疲れを癒して、明日にでも空を楽しめばいい」


 タンゴは絶句して、運び屋をじっと見ている。

 無理もない。もし俺がヘリを操縦できるとして、初めて会った人間にヘリを好きに使えと言われたら、まずソイツが正気かどうかを疑う。


「なぜ・・・」

「こんな世界に飛ばされて、それでも腐らず真っ当に生きてんだ。そんな人間は、つまらねえ悪さなんかしねえさ」

「やはり、運び屋も苦労したのかな?」

「俺は娘がいたからな。キチンと育てなきゃいけねえってんで、そんなに苦労とは思わなかった。この死神なんかはまだ17だってのに、死ぬ事に慣れちまうような生き方をしてる。まあ、目指す場所が場所だから、仕方ねえんだろうがよ」

「目指す場所?」

「ガキや老人が、安心して暮らせるようにしてえんだとさ。イカれてるだろ?」


 タンゴの目が俺に向く。

 動かない鋭い視線が、俺の本心を見透かそうとしているかのようだ。

 黙って睨み返す。

 誰がなんと言おうと、成し遂げてみせる。


「本気、なんだな・・・」

「バカだからな。本気なんだよ」

「・・・この世界に来て6年。やっと、働き場所を得た気分だよ」

「手伝うってのか、こんなガキの夢を?」

「運び屋もそうなんだろ?」

「娘を嫁に出したからな。まあ、仕方ねえだろ」

「ちょっと待てって、意味がわかんねえ」


 本当にわからない。

 タンゴは職業持ちだ。剣聖と組んで探索をしているだけで、何不自由なく暮らしていける。

 わざわざ初対面のガキの夢物語実現に手を貸すなど、そんな面倒な事をする意味がわからない。


「わからんか。うん、わからんだろうな・・・」

「まあ、この感覚はわからんだろうな。死神は、まだ若え」

「なんと言えばいいのだろうな。俺は今年で34。ヒヤマのちょうど倍の年齢な訳だ。17の頃はまだ学生で、人を殺した事もなかった。いや、人殺しになるなんて、想像もしてなかったな。徴兵されたのは、20の時分だし」


 そこでタンゴは、缶ビールをゴクリと飲んだ。


「戦争が始まって、こっちで言う戦闘ヘリのパイロットになった。右も左も、敵ばかりの戦場。この世界に来るまでに、何人の戦友を見送ったか。ヒヤマより少し年上の少年達が、お母さん、そう叫んで死んでいくのを、ずっと無線で聞きながら戦ってたんだ」

「危なっかしくて、見てらんねえか・・・」


 死なせたくない。

 そう思いながら、タンゴは何も出来ずに少年兵が死んでいくのを見てきたのだろう。

 その無力感と理不尽な世界に対する憤りなら、俺にもわかる。


「ふふっ。ヒヤマは優しいなあ。剣聖や運び屋が、気に入る訳だ」

「ああもう、湿っぽくなったじゃねえか。死神のせいだぞ。バツとしてその缶を空けちまえ!」

「飲むけど、なんで俺のせいなんだよ。・・・っかあ、うめえ。早くルーデルも来ねえかなあ」

「ルーデルという人も仲間なのか?」

「ああ。飛行機乗りだ。きっと、タンゴと気が合うよ」

「それは楽しみだな」


 食堂のドアが開くと、嬉しそうなニーニャが顔だけを中に入れた。


「あーっ、また昼間から飲んでるっ。花園の強化外骨格パワードスーツが仕上がったから、甲板に上がってくるよっ!」

「そうですか。姐さん、兵員輸送車は私のアイテムボックスなので、ちょっと行ってきますね」

「見物に行こうぜ、タンゴ。死神も行くだろ?」

「もちろんだ。って、なんで準備体操してんだよ、剣聖は」

「レニーだからな。ホプリテスを出して俺と戦えとか言いかねん」

「ありそうだけど、すんなって。明日はニーニャを休まして、明後日には俺達は市場の護衛なんだからよ」


 缶ビールを片手に食堂を出ると、すでにウイが兵員輸送車を甲板に出していた。

 強化外骨格パワードスーツが出来上がれば、兵員輸送車は艦橋の横に停めておく事になっていた。昇降機で下に降りられるのは確認済みなので、花園はこれからいつでもこの戦力で探索に行ける。


「車両もあるのか。凄いな・・・」

「エレベーターが上がるぞ、タンゴ」


 運び屋が言うと、すぐに強化外骨格パワードスーツの頭部が見えた。

 まずは大きな金色の機体だ。

 そして、オレンジと藤色の兜を被ったような頭部も見えてくる。


「なんだこれは・・・」

「剣聖も1機、持ってるぞ。ヘリでも運べるから、パーティー組んでレベル上げにでも行くといい。ヘリなしでここまで来たんだから、ヘリに乗った時のスキルは持ってねえだろう」

「ホプリテスを支援するヘリか。ここいらのクリーチャーじゃ、ホプリテスに傷もつけらんねえな」

「だなあ。まあ、怪我するよりゃいいさ」

「スキルポイントは余裕があるが。しかし何だ、この戦力は。世界征服でもするつもりか・・・」

「やれって言ってんだが、死神が嫌がってんだよ。平和に暮らせるなら、統一国家もいいと思うんだがなあ」

「そんでいつか、いや、何百年も経ったら、アポカリプス教国みてえになるんだろ。そんなのゴメンだね」


 話しているうちにエレベーターは上がり切って止まっている。

 背中の給弾箱から伸びる帯状の弾を揺らしながら、金色の機体は身軽そうに歩いてみせた。


「でっけえガトリングガンだなあ」

「あれ、弾がもったいなくね?」

「レニー嬢ちゃんだってバカじゃねえ。ここぞって時にしか、使わねえだろうさ」


 言った途端、金色の機体はシティーの反対側の空に向って、ガトリングガンを連射した。


「バカだったみてえだな」

「・・・試射だろ。まあ、バカだとは思うがよ」

「人がいたらどうすんだ、レニー!?」

「弾は道路を越えてる。固い事を言うんじゃないよ」


 外部スピーカーの声に指を立てて見せると、3機の強化外骨格パワードスーツはそれぞれに動作チェックを始めた。


「お兄ちゃん、どう?」

「おう。さすがニーニャだ。いい出来だな」

「えへへ。ねっ、カリーネさんの機体の背中を見てっ!」


 カリーネのは、白に藤色のラインが入ったスマートな機体だ。

 その背中には、ランドセルのようなものが付けられている。


「あれは、獲物を入れる箱じゃねえよな。なんだろ」

「ヨハンさんが設計したレーダー探知機っ!」

「マジか・・・」

「範囲はどのぐらいなんだ、ニーニャ嬢ちゃん?」

「強化外骨格パワードスーツとか車両なら、20キロくらい先でも反応あるかなー」

「戦争になりゃ、活躍しそうだな」

「不思議科学なんだろうな、やっぱり」


 レニー達が兵員輸送車に入ったので、ビールを呷りながら食堂に戻る。


「いやあ、良い物を見せてもらった。こちらの技術も、凄いものだなあ」

「ニーニャ嬢ちゃんとヨハン、天才が2人もいるからな。普通じゃ、銃の修理すらままならねえさ」

「なるほどな。故郷の諺に、才を集める才に勝るものなしというのがあるが」

「死神は、まさにそれだ」

「周りの人間がいなきゃ、俺なんかもう野垂れ死にしてるからなあ・・・」


 ウイがいなければ、ブロックタウンに辿り着く前に死んでいた。

 ミツカとニーニャがいなくても、運び屋とルーデルに出会うまでに死んでいただろう。

 そんな風に俺は他人に助けられ、なんとか生き残っている。


「誇っていいさ。人徳ってやつだ」

「だから俺も、誰かのために頑張らなきゃな」


 夜までああだこうだ言いながら飲み続け、ルーデルとジュモが合流してからは空の男同士の会話を聞きながらまた盛り上がった。

 その席でルーデルとニーニャ、ヨハンはヘリを戦闘ヘリに改造すると言い出し、タンゴを大いに慌てさせていたのが印象的だ。



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