引っ越し
「じゃあ行くか、ジュモ」
「準備はOKデス」
ルーデルとジュモが、食堂のテーブルを立つ。
空母を出るには昇降機を使うしかないので、俺も立ち上がった。
「俺達が行くってのに」
「花園の次は、俺とジュモって決めたじゃないか」
「そして、明日は俺な。死神達は、その次だ」
「まったく・・・」
昨日まで探索に出ていたから気を使っているのだと思うが、自分達よりこっちがどれだけ若いかを考えて欲しい。現に今日は休日だとパーティーで話し合って決めたが、ニーニャは暇だと言ってすでに格納庫だ。
夏の陽射しを浴びながら、昇降機の操作盤の前に座る。
「それじゃ、気をつけてな」
「ああ。ゆっくり休むんだぞ。休養も、兵士の仕事だ」
「了解、大佐。下ろすぞ」
降りた2人が充分に離れたのを確認して、昇降機を元に戻す。
暇になったのでどうしようかと思っていると、ルーデルとジュモに手を振るジョン達が見えた。
急いでギルドの受付になる予定のホールまで走る。ヨハンが取り付けてくれた外向けのスピーカー用マイクのスイッチを入れた。
「ジョン、時間があるなら空母に寄ってけ。ダヅさんがいねえなら狩りかなんかだろ、後で狩場までハンキーかドルフィン号で送ってくからよ」
言うだけ言って、外に戻る。
操作盤の椅子に座ると、空母に向かって歩くジョン達が見えた。
昇降機を下ろしたら、そこに向かえばいいと理解したようだ。
「しっかり真ん中に乗れよー!」
「わかったー」
昇降機までなら、大声を出せばなんとか声は届く。
テストでは緊急停止をしなければそれほど揺れなかったし、俺の胸くらいまでの柵もあるので初めてのジョン達でも大丈夫だろう。
「ヒヤマ、久し振りだね」
「元気そうで何よりだ。歓迎するぜ」
ジョンと握手をして、スミスとジェーンにも挨拶をする。
お揃いの砲台島装備で身を固めた3人は、冒険者として中堅以上に見えた。肩から下げているアサルトライフルが頼もしい。これなら拳銃程度の武装で、3人を襲おうなんて思いはしないだろう。
食堂に入ると、コーヒーのいい香りに包まれる。
席に着くとすぐに、ウイがコーヒーを運んできた。
「お元気そうですね。狩りですか?」
「あ、はい。ダヅさんがカチューシャ商店に用事があるらしくて、ただ休むよりはサハギンでも狩りに行こうかと」
「なるほど。コーヒーをどうぞ。今、ケーキも来ます」
「この涼しい部屋で湯気を上げる飲み物なんて、夢のようですね・・・」
「スラムにゃクーラーはねえんか?」
「ある所にはあるよ。ただ、ギャングの経営する店か、その溜まり場にしかないんだ」
正直者を絵に描いたようなジョンが、ギャングの溜まり場に自分から顔を出すとは思えない。それに下手に豪華な装備で目立って難癖をつけられる前に、空母に引っ越した方がいいのかもしれない。
ティコが3人分のケーキを運んできたが、その口の横にはクリームが付いている。苦笑しながらウイが、ハンカチでそれを拭った。
「運び屋、市場の商人の部屋はもう出来てんのかな?」
「出来てるぞ。希望者が増えるのを見越して、風呂の近くの部屋から今もヨハンが区切ったりしてるはずだ」
「ジョン達も引っ越していいか? たしか人がいるフロアは、クーラーがついてるだろ」
「ちょうど増設してるのは家族向けの部屋だ。セントラルヒーティングみてえなクーラーもあるし、男女別の大浴場も近い。住み心地はいいはずだぞ」
「ありがてえ。ジョン、毎晩宿屋に泊まるより空母の方がいいだろ。スラムでそんな装備を身に付けてたら、ギャングの襲撃もあるかもだしよ」
「ちなみに街として住民の受け入れが始まるまでは、家賃もいらんぞ」
ジョンはまた固まっている。
対面に座っているから背中を叩けないので再起動を待つと、スミスがその背中を勢い良く叩いた。
「痛っ!」
「ほら、もうヒヤマさんに迷惑かけないって決めたでしょ」
「あ、ああ。そうだね。クーラー付きの個室なんて、借りられる訳ないよ」
「ジョンつったよな。スラムの鍵付きの部屋は、1晩いくらだ?」
「運び屋さん、でしたよね。宿にもよりますが10から20枚。僕らの定宿は、15枚ですよ」
「なら、空母の方が安い。まだ本決まりじゃねえが、家賃は毎月50枚くれえになると思うぞ」
「たった50・・・」
ジョンが大口を開けている。
ニーニャとヨハンがいればメンテナンスに金はかからないし、適正な値段だと思っているんだが、外から見れば安すぎるのか。
「荷物は預けてんのか?」
「いや、この背嚢に全財産が入ってるよ」
「ならコーヒーを飲んだら、部屋を見に行こうか。ヨハンに入居していい部屋を訊いてよ」
「歓迎するぜ、プチハーレム。メシも、朝昼晩とこの食堂で出してる。格安でな」
「今日の朝定食も美味かったよなあ。パン3つに馬肉スープ。サラダとサハギンの焼き物で、いくらだった?」
「硬貨5枚ですね」
「馬肉とは、朝から豪勢だね。そんなんで、儲けが出るのかい?」
「メシで儲ける気はねえんだ。特にこの食堂は、ギルドの関係者かギルドに登録した冒険者にしか使わせねえからな。原価割れしなきゃそれでいい。酒なんかはタダで拾った遺跡品でも料金を取るが、それもここで働く職員の給料が出せればそれでいいって感じだな」
いつ死ぬかもわからないのが冒険者だ。メシくらい、財布を気にせず好きなだけ食わせてやりたい。
「まだ、ギルドってのは動いてないんだよね?」
「もう少しかかるなあ。街として、空母が住民を受け入れるまでにはと思っちゃいるが」
「動き出したら、ぜひとも登録させて欲しいんだ」
「それはありがてえ。ジョン達なら、大歓迎だ」
3人がコーヒーとケーキを平らげるのを待って、ヨハンに無線を繋ぐ。
(ヨハン、今どこだ?)
(2層。大浴場の近くだよ)
(お前さんと同じ、嫁さんを2人も貰った男を入居させてえんだ。いい部屋あるか?)
(子供が産まれてもいいように、広目の部屋がいいだろう。階段まで迎えに行くよ)
(悪いな、忙しいのに)
(気にしないでくれ。じゃあ、向かうよ)
艦橋はギルドが使う事に決めたので、住民用の階段が艦橋の横に設置されている。
その階段を2階分下りると、白衣姿のヨハンが待っていた。
「よう、紹介するよ。この人の良さそうな男がジョン。ショートカットがスミス。髪の長いのがジェーンだ」
「はじめまして、ヨハンです。子供部屋は2つでいいかな?」
「まだそんな予定は・・・」
「戦争さえなければ、予定数以上に入居希望者が近隣から押し寄せるかもしれない。今のうちに、いい部屋を確保しておくべきだよ。ヒヤマが連れて来たんだから、それぐらいの優遇はいいだろ」
そう言ってヨハンは笑い、返事も聞かずに歩き出した。
ニーニャとルーデルが修理や改造に使う格納庫のある1層はまだしも、この2層にはほとんど足を踏み入れていない。
少し歩くと、ヨハンは立ち止まった。
「これが大浴場。ノレンというのに男と女って書いてあるから、わかりやすいはず」
「銭湯じゃねえか・・・」
「そう、セントー。運び屋さんの指示で、壁に絵まで描かされたよ。そしてここがトイレ。でもジョンくん達の部屋は、シャワーとトイレが付いてるからあまり使わないかな」
言いながらヨハンは進む。
すぐに、笑いながら走る子供と警備ロボットとすれ違った。
「ありゃ商人の子供か?」
「そうだね。市場に連れて行くよりも安全だからって、置いていく親が多いらしい。警備ロボットが子守もしてくれるから、そのへんも安心だよ」
「先に行っててくれ。おーい、飴玉やるからちょっと来いー!」
走っていた子供が立ち止まり、顔を見合わせている。
少し迷ったようだが警備ロボットも止まって自分達を見てくれているのを知り、勢い良く走り出した。
「兄ちゃん、飴玉ってなんだ?」
「これだよ。口に入れて、舐めて溶かすお菓子だ。ただし、これを舐めながら走ったりしたらダメだ。約束できるか?」
5才くらいの男の子が頷いたので、その口に飴玉を放り込む。
次は、3才くらいの女の子だ。
「警備ロボット、音声認識は可能だよな?」
胸の部分の、イエスというパネルが点灯する。
「飴玉を喉に詰まらせた場合の、対処法はわかるか?」
またイエスが点灯。
「そんじゃ頼んだぞ。どうだ、美味いか?」
「甘くてしあわしぇ・・・」
「おいちーねえ!」
「食べてる間は、走ったりするんじゃねえぞ。守れたらまた飴玉をやるからな」
頷いた2人の頭を撫で、ヨハン達の歩いて行った方に向かう。
行き止まりの左、ドアが空いているその中を覗くと、姿は見えないがヨハン達の声が聞こえてきた。
ひと声かけてから中に入る。
「いい部屋じゃんか。角部屋だし」
「ヒヤマ。こんないい部屋じゃなくていいと言ってるのに、ヨハンさんが聞いてくれなくてね」
「もうここ決定でいいじゃんか。ヨハン、ベッドはあるんだよな?」
「ああ。ベッドだけは、どの部屋にも置いてるよ」
「決定だな。ジョン、今日は休んだらどうだ?」
「しばらく暮らせる蓄えはあるけど、どうしようか」
「涼しい部屋で昼寝ができると思うと、そうしたいよね」
「こんないい部屋、泊まった事ないからねー」
新婚でもあるし、いつでも使えるシャワーとベッドさえあれば時間は潰せるだろう。
「よし。じゃあ、今日は休みにしよう」
「はい、これが鍵。あ、3つ必要か。【コピー】、【コピー】どうぞ」
「凄えスキル持ってんなあ、ヨハン」
「これがなきゃ、内装工事なんてやってられないさ」
「あ、ありがとうございます」
「俺からは、持ってる酒と缶詰、それとジュースに菓子だな。ここに置いとくぞ」
「ヒヤマ、またそんな高価な物を・・・」
「空母にはまだ店がねえんだ。メシや飲み物は食堂で出せるが、いちいち上がったり下りたりじゃめんどくせえだろ。そんじゃ、ゆっくり休んでくれ。ダヅさんがカチューシャ商店なら、婆さんに伝言してもらうからよ」
「ありがとう、本当に」
手を振って、ヨハンと一緒に部屋を出る。
「ありがとな、ヨハン」
「いいさ。ヒヤマの友人なら、僕の友人みたいなものだ」
「内装工事はいいが、無理せずにな」
「わかってるよ。向かいの部屋がもうすぐ終わるんだ。じゃあ、また夕飯時にでも会おう」
「おう。頑張ってな」