実弾訓練
エビやカニがたっぷりの食事を終え、アーサとフーサを連れて詰所を出る。
着いて来たのは、ミツカだけだ。
アイテムボックスの中に、『ドクターX』があるのを確認する。
「ドラム缶を立てて、さっき飲んだコーヒーの空き缶を置けばいいか」
「料理に使った缶詰の空き缶も、あるだけ貰ってきたよ」
ドラム缶はそれなりの数がある。何で出来ているのかは知らないが、腐食は進んでいないようだ。
それを立てて空き缶を並べ、アーサとフーサの隣に戻る。
「どっちから試す?」
「アーサ!」
「拳銃からだ。音と反動が凄いからな。持ち方が甘くて銃が後ろに飛んで、撃った本人が拳銃に頭を割られて死んだって話もある。気は抜くなよ?」
「はいっ!」
アーサの構えを、ミツカが直していく。
OKが出ても、アーサはすぐには撃たない。
祈るように胸の前で腕を組むフーサが生唾を飲み込んだ瞬間、アーサはベレッタに似た自動拳銃を撃った。
夏空に銃声が溶けてゆく。
「アーサ、大丈夫っ!?」
フーサが駆け寄ると、アーサは振り向いてニコリと笑った。
「スッゴイ気持ちよかった!」
「怪我はないのね?」
「もちろんっ」
「良かった・・・」
仲の良い2人を目を細めて見ていると、アーサがもっと撃ちたいと言い出した。
「少し休憩だ。その後で筋肉や腱にダメージがないか確認して、また撃つのはそれからだな」
「なんともないよ、ほら?」
アーサは銃をホルスターに納め、プラプラと両手を振って見せる。
「興奮状態じゃ、人間は痛みを感じにくいんだよ。次はフーサだから、応援しとけ」
「そうなんだ。ヒヤマさんが言うなら、そうなんだろなー。頑張れ、フーサ」
「う、うん・・・」
「気を楽にな。レベルアップで筋力が上がってるから、拳銃を撃つくらい楽なもんだ」
頭を撫でながら言うと、フーサは花が綻ぶように微笑んだ。
「はいっ」
「って、何してんだアーサ?」
空いている俺の左手を取って、アーサは自分の頭に持っていく。
「いや、フーサだけズルいなあって」
「なんだそりゃ」
それでもついでに、2人の頭を撫でておく。
「ヒヤマ、あんまり気軽に触れてると、責任取れって爺様が怒鳴り込んで来るよ?」
「そりゃ勘弁だ。フーサ、撃ち方はわかるな?」
「はいっ」
なかなかのスタンスを見せたフーサを、ミツカが直す。特に保持が不安なのか、何度かグリップを握る手を開かせたりもしているようだ。
「いけるか?」
「はいっ!」
「スライドを忘れてるぞ」
「あ。こう、ですね・・・」
「そうだ。撃て」
銃声。
上体を柔らかく使って衝撃を逃し、銃口がゆっくりと戻される。
才能がある、そう口に出そうと思った瞬間、フーサは腰を抜かしたように座り込んだ。
「フーサ!?」
アーサとミツカが駆け寄る。
「だ、大丈夫。なんて言うか、武器を使った自分が信じられなかった感じ・・・」
「フーサ。お前が持っているのは、他人と自分を容易く殺せる道具だ」
「は、はい」
「道具は使う人間次第で、誰でも殺してしまう。銃を持ったまま腰を抜かして、暴発でもしたらどうする」
「ご、ごめんなさい・・・」
俯いてしまったフーサの手を取って立たせ、また頭を撫でる。
「でも、才能は抜群だぞ。柔らかく上体を使って、衝撃を逃してた。ありゃ、誰にでも出来る事じゃねえ。フーサなら銃を悪い事に使ったりしねえだろうから、胸を張っていい」
「あ、ありがとうございますっ」
「アーサ、手はどうだ?」
「んー、なんともないっ!」
「ミツカ、見てやってくれ。フーサは、銃に弾を補充して休憩。マガジン交換だろうがなんだろうがどんな時も、銃口を人には向けないようにな」
「はいっ」
覚束ない手つきで22口径の自動拳銃を持つフーサを見守る。
1発だけの補充を終えて俺を見たので、黙って頷いた。
銃をホルスターに納めてから、フーサはゆっくりと腰を下ろす。おっかなびっくり座る必要はないと言うと、照れたように微笑んだ。
アイテムボックスから、スポーツドリンクを出して渡す。
「ありがとうございます」
「水分補給はこまめにな。飲んだらフタを閉めてアイテムボックスに入れれば、温くもならねえ」
「はいっ」
「アーサもスポーツドリンク飲んでからな。どうだ、ミツカ?」
「問題ないね。この年頃の女の子にしては、筋肉の付きもいいよ」
「期待の新人ってやつだな。アーサ、銃の扱いをしっかり学んでおけば、イザって時に体が勝手に動いてくれる。大切なのは、訓練だぞ?」
「はいっ! 運び屋のおっちゃん、空母で訓練手伝ってくれるかなあ」
運び屋なら、手が空いていれば手伝うだろう。
だが、弟子入りする相手は選べと、声を大にして言いたい。
アーサが2マガジン、フーサが1マガジンを撃って、アサルトライフルと猟銃も試してみる事にする。
アサルトライフルはセミオートでの単発射撃と、3点バーストの連射まで試した。アーサは拳銃よりも、アサルトライフルの方が向いているようだ。それを伝えると、嬉しそうに破顔する。
フーサの猟銃も試したが、几帳面に狙いをつけるので精度が悪くない。とても、素人とは思えないほどだ。
そこまでやるとフーサが肩で息をするほど疲れ果てたので、初の実弾訓練はお開きにした。
「ただいまー」
「遅かったですね。建物内のアイテムは、すべて回収しておきましたよ」
「ありがてえ。今日はここに泊まるぞ。訓練で、フーサがヘロヘロだ」
「無茶をさせたんじゃないでしょうね?」
「そりゃねえさ。武器庫にでもビニールプールを出して、水浴びさせてやってくれ」
「わかりました。寝室はどうしましょうか」
「俺は毛布にくるまって、事務所で寝るさ」
時刻は午後3時。
こんな場所で酔っ払うほどお気楽ではないので、缶コーヒーを出してテーブルで網膜ディスプレイを開く。レベルは70に上がっている。スキルポイントは7。
「新規取得か、あるのを伸ばすか・・・」
「スキルかい。ヒヤマはバンバン使うよねえ、スキルポイント」
「余裕がねえからな。司令部か神の目か、銃で撃たれた時のダメージを減らすか。悩むなあ・・・」
網膜ディスプレイの詳細を読む。
【司令部無線】はリストに名前のある人間のすべてが、攻撃力防御力大幅アップ。しかも、部隊図とやらに表示される状態なら、声が聞こえない状態でも効果はあるらしい。
「決めた。【司令部無線】まで伸ばす」
「他人のために、貴重なスキルポイントを消費するなんてね・・・」
ミツカの呆れたような声を聞きながら、スキルポイントをすべて使って【司令部無線】を取得する。
そのまますぐ、すべてのリストにコールと念じた。
(こちらヒヤマ。リストに名前がある全員に無線を飛ばしてる。【司令部無線】ってスキルを取得した。この無線を聞いてるメンバーには居場所がバレる事になるが、「部隊図に自身のマーカーを表示しますか」ってトコでイエスを押せば、常時攻撃力防御力大幅アップになる。保険代わりに使ってくれ。以上、通信終わり)
(バカが、本当に取得しやがった・・・)
(まあ、ヒヤマらしくていいじゃないか)
次々に部隊図に表示されるメンバーを見ているが、うんざりしたように言う運び屋とそれを宥めるルーデルも、1番目と2番目に表示されたはずだ。
(嫌なら戦闘時だけでいいって)
(それを許してくれるならな・・・)
(タリエです。ここで、奥様方に朗報。網膜ディスプレイの部隊図は、ズームも自由自在。なので夜遊びをする旦那さんが、飲み屋にいるのか宿屋にいるのか一目瞭然。是非、ご活用下さい)
(うわあ・・・)
(そこまで考えてなかっただろ、死神?)
(正直、すまんかった・・・)
(良くやったのデス!)
(ハサミを研いでおかないと。ねえ、アンタ?)
嬉しそうなジュモと、物騒な事を言う姐さんの声は笑ってはいない。
心の中でもう1度、運び屋とルーデルに本気で謝った。
「【司令部無線】ですか。まあ、ヒヤマの攻撃力と防御力も上がりますので、悪くはないスキルですよね」
「だろ。それに、みんなの防御力アップは嬉しい」
「アーサちゃんとフーサちゃんにも、効果は出ますものね」
明日はハンキーで自動車販売店か何かの遺跡まで行く予定だが、アーサとフーサが望むなら店内に踏み込む時にも、そばで見学をさせた方がいいかもしれない。
あの独特の緊張感は、その場にいなくては本当に理解する事は出来ないだろう。
「明日はアーサ達も連れて、店内に踏み込むか」
「危険じゃありませんか?」
「どんな遺跡かもわからねえからな。まあ、見てから決めるさ」
「出来たーッ!」
叫んだのはニーニャだ。
その頭をヒナが、無表情ながらどこか嬉しそうに撫でている。
「かなり手間を掛けさせたんだな、相棒も喜んでやがる」
「レベル70で、ギリギリHPが減らないチューニングだよっ。75までは、これで大丈夫だと思うのっ!」
「そんな精密な調整をしてくれたのか。ありがとうな」
対物ライフルを持ち上げて肩に担ぎ、ニーニャの頭を撫でる。
「えへへ。色は黒のままでいい?」
「こっちじゃ黒がいいな。北の大陸じゃ、変更してもらうと思う。ハルトマンもな」
「はーいっ」
「ウイ、陽が落ちる前には帰るから、施錠を頼む」
「試射なら、詰所前の広場でいいじゃないですか?」
「明日の下見もするんだよ」
「あまり遠くには行かないで下さいね」
「無線と映像を繋いどくよ」
ローザを出して乗り込む。対物ライフルは背負った。
エンジンをかけ、モーターズ跡とやらのマーカーがある方角に走り出す。
(へえっ。海沿いの直線道路か。ガレキなんかもないし、ハンキーを走らせたら気持ち良さそうだね)
(明日の運転はミツカに任せる。楽しむといいさ)
ところどころガードレールが残る道は、至極走りやすい。
禿山の外周を抱くようなカーブを越えると、たくさんの車の残骸がある建物が見えてきた。
(うーん。あれじゃスクラップしかないよう)
(店内展示の高級車に期待だな。駐車場でUターンして戻る)
ここまで走って、黄マーカーは1つもない。
建物内にもマーカーが見えなければ、駐車場で対物ライフルの試射だけして帰るつもりだ。
(到着っと。しかし、クリーチャーがいねえなあ)
(隠密状態の敵もいません。運河からだいぶ離れているので、水場がないんでしょうね)
(なるほど。さて、あの標識の残骸を撃ったら戻るよ)
対物ライフルを構え、即座にトリガーを絞る。
衝撃。
銃口に見えない車両でも突っ込んで来たように、大きく姿勢を崩した。
標識は、当然のように中程から千切れ飛んだようだ。
(うっはー。まるで出会った頃みてえな衝撃だ。火薬の量は同じだよな、ニーニャ?)
(もっちろん。その子は常人じゃ撃てないから、威力を犠牲にして衝撃を減らす機構が組み込んであったの。それを今のお兄ちゃんなら、ギリギリ使えるってくらいまで調整したんだよ。だから火薬の量は同じでも、威力は上がってるの!)
(余力は?)
(機構なしなら、レベル300で狙撃手系の職業の人が使えるか使えないかくらい)
(最高だ、ニーニャも相棒も。ありがとうな)
アイテムボックスには入れず、対物ライフルを背負ってローザに跨る。
今夜は事務所の床で見張りをしながら休むつもりなので、その時に隅々まで磨き上げよう。