ミイネ
戻ってきたミイネは、なぜか黒いヒラヒラのドレスのような服を着ていた。
モジモジして隠れようとするが、ウイが肩を掴んでそれを許さない。
「どうです、かわいいでしょう?」
「ああ、かわいいな。でも、なんでそんな格好させたんだ?」
「服をあれしか持っていないって言うんですよ。こんなにかわいいのに、そんな事が許せますか?」
「まあ、服はたくさんあるからお裾分けすればいい。ミイネ、こっち座りな」
「う、うん・・・」
甘いミルクティーを出して渡す。
「こ、こんな高い物っ!」
「たくさんあるんだって。ほら、ウイが全員分を出してるだろ。約1名はビールがいいって、ワガママ言ってるけど」
「うっせーな。飲まなきゃやってられっか」
「わかってはいても、現場を見るのは辛いですよね。運び屋さん、たくさん出しますので好きに飲んでください」
「ありがとよ、ウイ嬢ちゃんは出来た嫁だなあ」
クーラーが動いているので熱いコーヒーを飲みながら、両手で缶を持ってミルクティーを飲むミイネを観察する。
ボマーと言う職業は、アイテムボックスと相性が良いだろう。爆発物がどれだけ大きくても携行可能だし、なにもない所から爆発物を取り出せるのは強みだ。
「え、えっと、なにか付いてるかな?」
「すまん。じっと見過ぎだな。ミイネはソロなのか?」
「うん。隠密特化だし、冒険者はガラが悪いからね」
「ガラが悪いだけじゃなく、犯罪者も多いからなあ。1人じゃ大変だろ?」
「うん。正直、襲われて撃退したらそれで赤字さ」
「そうか。手榴弾は銃弾よりずっと高い・・・」
運び屋とルーデルを見る。
「待ってな。砲台島にはなかった特殊な爆発物が、ヒナのアイテムボックスにあるはずだ」
「俺は特殊なのは持ってないから、砲台島の装備を一式渡してあげてくれ。手榴弾と地雷は多めにな」
「ありがとうございます。ミイネ、こっちにいらっしゃい」
「え、え?」
戸惑うミイネをウイが立たせ、空いているテーブルに向かう。
気になって孤島の爺さんと婆さんを見ると、ウイとミイネをニコニコしながら眺めていた。
「ちょっと待って、意味がわからない!」
ウイが出したらしい銃や爆発物を前に、ミイネが大声を出した。
「おおきいこえ、おなかのあかちゃんがびっくりする」
「ご、ごめんなさい・・・」
「大丈夫さ。それより、ここにいるのはお人好しばかりだから、遠慮するだけ無駄だよ?」
「死神と一緒にすんなって。ミイネ嬢ちゃん、これが特殊な爆発物な」
「時限式に動体センサー、生体センサーまで・・・」
「さすが本職だな」
「な、なんでこんな高い物をくれるって言うのさ!」
「そりゃおまえさん、アイテムボックスに入れて死ぬまで使わねえより、使える人間に渡した方がいいだろうよ」
「売ればいいだけじゃないか!」
「残念ながらシティー中の硬貨をかき集めたって、俺達の所持品の半分も買えねえのさ」
そう言われて、ミイネは言葉もないようだ。
ウイが壊れ物でも扱うようにそっと、ミイネの小ぶりな手を取る。
「私もヒヤマも、故郷を捨ててここに来ました。当時のレベルは1。硬貨の1枚だって持っていませんでした。それでも2人で生きようと頑張って、いつの間にか仲間も出来た。そしてこの運び屋さんとルーデルさん達に、返しきれないほどの恩を受けました。お2人は、お礼を受け取ってはくれませんからね。その代わりに、昔の自分達のように頑張っているミイネを応援したいのです。それではダメですか?」
「そんな風に言われたら、受け取るしかないじゃないのさ・・・」
ミイネは泣いているようだ。
ウイが抱き寄せると、泣き声を大きくする。
(このままお持ち帰りしましょうか)
(いい雰囲気が台無しだよ!)
(だって小さくてかわいいんですもの。ニーニャちゃんとヒナもかわいいですけど、ミツカと同い年でこのかわいさは反則です)
(悪かったね、かわいくなくて)
(ミツカはかわいいってより、美人だからなあ)
(な、なにを言うんだ、ヒヤマ!)
【パーティー無線】でばかり話していても仕方ない。
泣き止まないミイネを、ウイがトイレかどこかに連れて行った。
「これだけあれば、生活も楽になるよな」
「銃のスキルも、まるっきりねえ訳じゃねえだろうしな。レニー嬢ちゃん、スラムの宿屋ってのは安全なのか?」
「んなわきゃねえだろ。鍵付きの部屋は高えし、あんなネンネが鍵なしの部屋にいたら、夜這いの列が朝まで出来らあ」
「艦橋の個室は余ってるから、今日から住めばいいさ。いいな、死神?」
「はいはい。ほんっと、子供には甘いよなあ」
「こどものものごいいると、なぜかさいふをおとすはこびや」
「わざわざ落とす財布まで用意してんじゃねえよ・・・」
「アンタらしいねえ・・・」
「ほっとけ。ヒナも、余計な事を言うんじゃねえっての」
気分がいいので、運び屋の隣に移ってビールを開ける。
ルーデルとレニーにも缶を投げると、笑顔で受け取ってくれた。
「子供好きの魔王に乾杯!」
「優しい魔王か、絵本に出来るな」
「人相は悪いのにねえ」
「喧嘩売ってんなら買うぞ?」
そんな命知らずではないので、ブロックタウンから南の様子をレニーに聞きながら飲む。
アリシアとカリーネが来たのでビールを渡すと、いつの間にか飲める全員が飲みはじめて、食堂は宴会場になっていた。
「なんで宴会してるんですか?」
「さあね。バカな旦那のする事をいちいち気にしてたら、とてもじゃないが身が保たないよ」
「金言ですね、姐さん」
「聞こえてるぞ、アンナ」
「聞こえるように言ってんだよ。まったく、こっちは1年以上も禁酒だってのに」
「私達はお茶で乾杯しましょう。ミイネは飲めるのですか?」
「お酒なんて、飲んだ事ないさ。食べるだけでギリギリだもの」
「よし、ミイネ嬢ちゃんはこっち来い。いくらでも飲ませてやるぞ」
怯えるような仕草を見せたミイネだが、少し哀しそうな運び屋とウイの微笑みを見て、迷いながらも俺達のテーブルに来てくれた。
「あ、あの、さっきは泣いちゃったりして・・・」
「気にすんなって。さあ、座ってくれ」
乾杯をやり直し、苦いと呟くミイネを皆が微笑んで見守る。
極端に酒に弱い感じでもないので、空母の説明とそのオーナーが運び屋である事、そして艦橋の個室をミイネに提供する事を告げた。
また涙ぐむミイネを宥め、ギルドの説明もする。
夢のような街、夢のような組織だと、ミイネは言ってくれた。そしてギルドにも、出来る限り協力してくれるらしい。
宴会は夜まで続き気がつけば見知らぬ部屋のベッドで、何かを抱きしめて寝てしまっていたようだ。
「んっ、苦しいってヒヤマ!」
「んあー、悪い悪い。大丈夫か、ミイネ、ってミイネ!?」
俺が抱きしめて寝ていたのは、全裸のミイネだったらしい。
恥ずかしそうに体を隠そうとするが布団はベッドから落ちていて、それをなんとか取ろうとするので小さなおしりが丸見えだ。
シーツの染みは破瓜の血だろう。
どうやら、やらかしてしまったらしい。
「あー、なんだその、体は平気か?」
「え、うん。これでも鍛えてるからね。それよりその、ヒヤマは後悔とかしてたりする、かな?」
「いんや。ウイの差し金だろ?」
「う、うん・・・」
ミイネを抱き寄せる。
イヤイヤとでも言うような仕草を見せたが、唇をキスで塞ぐと力を抜いた。
「ズルい・・・」
「ごちそうさまでした。お、シャワーがあるのか。行こうぜ」
2人でシャワーを浴び、着替えを済ませて部屋を出る。朝8時。ウイ達はもう食堂らしい。
ギルドの関係者しかいないがマナーとして施錠はしろと言われたそうで、しっかりと確認してから階段を下りた。
ミイネの部屋は5階で、俺達と花園とタリエもそうらしい。
食堂に入ると、パンを焼くいい香りに包まれた。
おどけて口笛を吹く運び屋に立てた指を見せ、朝の挨拶を交わしながらウイ達のいるテーブルに座る。
「はいっ、朝定食2丁!」
「おお、ありがとうティコ。もう仕事してんのか?」
「うんっ。みんな今日から仕事だよっ」
朝メシを食いながら、今日の予定を聞く。
タリエがシティーで店を従業員に任せる準備をする以外は、特に予定はないらしい。
「じゃあ、タリエをシティーまで送って、買い物でもするか」
「いいですね。新しい部屋には、ベッドしかありませんから。ミイネも行きましょう」
「無理かなあ。この朝食代を払ったら、たぶん昼ごはんも食べられない」
「朝食代はいらんが、手持ちがないのも不安だな。パーティー入って狩りでも行くか」
「拳銃の試射だねっ」
「そういや王族シリーズ、撃ってなかったな。アーサとフーサのレベル上げもあるし、ドルフィン号で海まで出るか」
「では買い物は、またにしましょう」
パンとスープ、それとサラダと焼き魚の朝メシを食っていると、タリエにメモを渡された。
缶詰工場跡、沿岸警備隊詰所、アクティブモーターズ跡と書いてある。
「なんだこりゃ?」
「網膜ディスプレイの地図に書き写した遺跡で、沿岸にあって稼げそうな場所。良かったら行ってみて」
「そりゃ助かる。順番に回るか」
「あら、本当に地図が更新されてますね。コピーしていいですか、タリエさん?」
「もちろん。アクティブモーターズって、車両を売ってた場所でしょ。セミー達が探したけど可動品は発見できなかったらしいから、あまり期待はしないでね」
「いいさ。アーサとフーサは何を見ても珍しいだろうし、ジャンクでもニーニャにしてみりゃ宝の山だ。ごちそうさん。美味かったなあ」
「そりゃありがとよ」
その声に振り向くと、エプロンをした姐さんがいい笑顔で立っていた。
「これ、姐さんが?」
「そうだよ。パンも焼きたてさ」
「さすがというかなんというか、ごちそうさまでした」
「お粗末さん。食器は下げさせてもらうよ」
姐さんが食器を持つと、片方をヒナが持って厨房に持っていく。
灰皿を引き寄せてタバコを吸いながら、タールさんとアーサとフーサに無線を繋いだ。
(ヒヤマです。ちょっといいですか?)
(おう。どうしたボウズ)
(これからシティーに行って、それから探索に向かうんですよ。一緒にどうですか?)
(ワシはヨハンと内装工事がある。アーサとフーサは行ってくればいい)
(泊まりになる予定なんで、出来れば・・・)
(さすがにそっちの心配はしておらん。何日でも行って来い)
(はあ、そうですか。アーサ、フーサ、行くか?)
(行くっ!)
(行きたいです)
(なら、食堂に集合な。急がなくていいぞ)
元気な返事を聞いて、タバコを灰皿で消す。
久しぶりの探索は、騒がしいものになりそうだ。