ミイネ登場
ジョン達は、朝早くブロックタウンへ出発したらしい。
何度も礼を言っていたと、婆さんは苦笑していた。
「ヒヤマ、空母からなにか下りてきてるんだがね?」
「昇降機だ。あれに乗って、船はウイが収納する。空母、見ていくだろ?」
「それじゃ、見学させてもらうとするかね」
ちょうどいい位置の昇降機に乗り込み、ウイが船を収納するとそれは動き出した。
やけに手際がいい。
昇降機の操作盤を見ると、朝食の時に無線で頼んだ孤島の爺さんではなくルーデルがいた。ヘルメットはしておらず、くわえタバコで昇降機を操作している。
「うおー、すっげえ鎧!」
「あれはパワードスーツって言うんだって、ルーデルのおっさんが教えてくれただろ」
「面倒くせえって。鎧でいいじゃんか!」
「あの女の人、キレー」
「っていうか、美人ばっかり」
ワイワイガヤガヤ、まるで小学校の休み時間だ。
何十人もの子供達が、昇降機から降りる俺達を見て騒いでいる。
「ヒヤマ?」
「たぶん、空母で働くスラムのガキだとは思うが・・・」
「こりゃっ、静かにせんかっ!」
孤島の爺さんの一喝で、子供達が静まり返る。
その横で運び屋が笑っていた。
「もうガキを入れたのか、運び屋」
「ああ。レニー嬢ちゃんがもう待てねえってんで、今朝早くにな。爺さんは【嘘看破】も【犯罪者察知】もあるから、その辺は大丈夫だ」
「サーニャ、本当にサーニャなのか・・・」
「エコー・・・」
孤島の爺さんとサーニャ婆さんが見つめ合う。
不安を感じたのか、ニーニャが俺の手を強く握った。
「あ、すまぬ。サーニャとは、古い知り合いでの。子供達は、エルビンの授業の時間だ。早く行きなさい」
子供達が散っても、婆さんは動かない。
しばらくして、ため息をつかながらニーニャの頭に手を置いた。
「一応は紹介しておこうか。この子はニーニャ。アンタの孫になる」
「ふえっ、お、おじいちゃんーっ!」
叫びながら孤島の爺さんを指さしたニーニャも驚いているが、孤島の爺さんはそれ以上に驚いているようだ。
「い、いつ産んだんだ、サーニャ!?」
「孫を産むなんて器用なマネ、出来やしないさね」
「そうじゃなくて、孫がいるなら子供がいるんだろうっ!?」
「ああ、最後の航海の後すぐさね。職業持ちじゃないが、どっちもいい子だよ」
「双子か?」
「ああ。シティーで肉屋と武器屋をやってるよ」
孤島の爺さんが天を仰いで、何かに祈るような仕草を見せた。
「あっれー、なにしてんの皆でー」
「おう、ティコ。いやちょっとな。なあ、積もる話は中でしねえか?」
「そうだねえ。じゃあお邪魔しようか。ほれ、エコー。さっさと案内をせんかい」
「あ、ああ。こっちだ」
艦橋へ向かうメンバーの殿に付く。
運び屋とルーデルが、俺の隣に並んだ。
「まさか孤島の爺さんが、ニーニャ嬢ちゃんの祖父だったとはな。おもいっきり親戚じゃねえか」
「驚いたなあ。まるで映画の恋物語だ。ヒヤマも知らなかったんだろう?」
「当然、初耳。知らずに祖父と孫に戦争させてたなんてな。ところで、なんで全員が空母に?」
「レニー嬢ちゃんがうるせえからよ、ルーデルにヘリを出してくれって頼んだ。そしたらタリエ嬢ちゃんから無線が来て、牧畜家も連れて来て欲しいって話だったから、3人を連れて来たぞ。食堂でうちのと、茶でも飲んでるはずだ」
「情報屋スキルか・・・」
「俺も驚いたぜ。これじゃ浮気も出来ねえな」
艦橋に入ってすぐの食堂には、牧畜家のタール爺さんと狩人のアーサに羊飼いのフーサがいた。
お茶のおかわりなのか、ポットを持った姐さんが厨房から出てくる。
「おかあさん、ひながやる」
「大丈夫だよ。激しく動いたりしなけりゃね。でも、ありがとう」
「ん。きをつけてね」
頭を下げて、タール爺さんの向かいに座る。
「わざわざどうも。どうですか、空母は?」
「ただでさえ侵入しづらい構造に、ロボットでの厳重な警備。まあ合格点かの」
「どうしてもブロックタウンには劣りますが、安全な街にするつもりですよ」
「なんと言ったか、飛行機を修理する場所が3つあって、その1つをヨハンという若者が牧畜用に改造するそうじゃ」
「上手くいきそうですか?」
「意地でもやってみせる。これでも、牧畜家じゃからのう」
思わず渡されたばかりのカップを落としそうになった。
タールさんは、空母に住み着くつもりなのか。
「どういう事ですか?」
「ブロックタウンは息子と跡継ぎに任せて、2人を一人前にしてから死のうと思っての。迷惑か?」
「とんでもない、歓迎しますよ。ああ、安心した・・・」
「なにを大げさな」
「いえいえ。この街にとって、牧畜は最大の収入源になるんですよ。タールさんが来てくれりゃ、それは成功したも同じだ」
「おだておって。それより、孫達はギルドで働きたいらしい。せいぜい鍛えてやってくれ」
こちらとしては大歓迎だが、タールさんがいるならわざわざギルドの職員になる必要はない。
「タールさんの仕事を手伝って、いつかそれを継ぐ方がいいんじゃないか?」
「ううん。それだと、ブロックタウンの実家と同じになっちゃう。家を継ぐとかそうじゃないとか、そんな話のない家庭を持ちたいって、ずっとフーサと話してたんだっ」
「あ、あの、頑張って働くので、雇っていただけないでしょうか?」
「大歓迎だよ。これからよろしく、アーサ、フーサ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
ウイとニーニャとミツカが、格納庫に行くと言って食堂を出てゆく。
なぜだろうと思って孤島の爺さんと婆さんを見ると、火花が幻視できるほど睨み合っていた。
「うっわ。誰か何とかしろよ・・・」
「よし、死神3等兵の出番だ」
「ムリムリ。あの火線を潜り抜けるのは、英雄しかいねえって」
「俺じゃ落とされる。ここは魔王様にお出まし願おう」
「ねえねえ、爺ちゃん婆ちゃん。なんでそんなに睨み合ってるのー?」
(ティコスゲー!)
(一切、空気を読んでねえな)
(ある種の才能だな・・・)
(瞬時に無線を起動してこんな会話をするあなた達も、いらない才能を発揮してるわね)
(タリエだって同じじゃんか)
孤島の爺さんが苦笑して、ティコの頭を撫でる。
そこですかさず姐さんが冷めた茶を交換し、ヒナが茶菓子を置いた。
「なんというか、子供がいたのも知らずに何十年も過ごしていたのでね。混乱していたんだよ」
「謝ったんだからもういいさね。おお、茶菓子が美味い」
「おまえは・・・」
「ま、まああれだ。シティーにはいつでも行けるし、婆さんだって空母は訪ねやすい。せっかくの再会なんだから、仲良くやってくれ」
「ヒヤマ! 下で女の子が、犯罪者に追われて逃げてますっ!」
ウイが食堂に飛び込んでくる。ただし、ドアの開け方だけは丁寧だった。
「ったく、タイミングが悪いな!」
走って外に出ると、身長より大きなスナイパーライフルを支えているニーニャが、ミツカのいる方向を指差していた。
トロッグ兵が使っていたそのスナイパーライフルを受け取って、ミツカの元に走る。
ついでに運び屋とルーデルとタリエに映像を送った。
「あそこだよ!」
「試射もしてねえってのによ!」
スナイパーライフルを構える。
スコープも外してあるし、名前も前に見た時と違った気がした。
小柄な女の子に手を伸ばす男。
その腕を狙って、トリガーを引いた。
轟音、衝撃。
思わずHPを確認したが、1も減ってはいない。
犯罪者は5人。
「そこの女。今、昇降機を下ろしている。それに乗り込むつもりで逃げろ」
空母のスピーカーから、運び屋の声が響いた。
女が、昇降機に向かって走る。
それを止めようとした犯罪者の眉間を撃ち抜く。盾にする気だったのか、ただの女好きかは知らない。たしかなのは、人を不幸にするだけのクズが1人死んだって事だけだ。
爆ぜたスイカのようになった仲間を見て逃げ出した犯罪者を、トリガーを引くだけの連射で残らず殺した。
「なんだ、鉄壁の連中じゃないか。よく殺してくれたね、ヒヤマ」
「レニー、いたんだな。片腕になった男も殺していいのか?」
「殺っちまえばいい。裏で女を攫って、ギャングに売るような連中さ」
「了解」
最後の男を殺すと、昇降機が上がり切って女が甲板に現れた。
ウイが駆け寄り、水を渡している。
「お兄ちゃん、新しいスナイパーライフルはどう?」
「最高だな。セミオートだし、威力も申し分ない。ニーニャがイジったのか?」
「うんっ。ウイお姉ちゃんからお兄ちゃんの筋力を聞いて、ギリギリ撃てるくらいにねっ」
「ありがとな」
「後で対物ライフルも改造する?」
「暇があれば頼む。強化外骨格パワードスーツで、忙しいだろうからな」
ウイと女がこちらに歩いてくる。
小柄なウイよりさらに小さな女は、職業持ち。それもこの間タリエが言っていた、噂の冒険者だ。
水色のショートの髪を揺らし、虐殺ボマーという物騒な職業のミイネ・ワルツが頭を下げる。
「助かったよ。僕はミイネ。最近シティーに来た冒険者さ」
「俺はヒヤマ。怪我はないか?」
「うん。歩いてたら、有り金を出して服を脱いで、四つん這いになれなんて言われてね。思わずパイナップルをプレゼントしたら、仲間に追われてしまった」
「怪我がないなら何よりだ。食堂に来るといい。飲み物くらいは出るぞ」
「そこまで甘えられないさ」
「いいえ、行きますよ。せっかくこんなにかわいいのに、転んで汚れた服ではもったいないです」
そう言って、ウイはミイネの手を引いて艦橋に向かった。
「珍しいね、ウイがあんなに気に入るなんて」
「ちっちゃくてかわいい物は、ウイお姉ちゃんのストライクだからかなっ」
「それに同年代かウイより上で、ウイより小柄なのも珍しいからな」
「なるほどなあ」
スナイパーライフルを収納して食堂に戻ったが、ウイ達の姿はなかった。
運び屋がニヤニヤしながら、自分の隣の椅子を叩く。
「ウイ嬢ちゃん達は、着替えに行ったぞ」
「なるほどね。で、なんでそんなに楽しそうなんだよ」
隣に座ると、運び屋は俺の腕を2本指で抓った。
「いでででで! HP、HPがヤバイって!」
「いやー、相変わらずの種馬っぷりだなあ。あのミイネって嬢ちゃん、入ってきてすぐに顔を真っ赤にして、死神の事を聞いてたぜ」
「欲しくて取ったスキルじゃねえっての!」
運び屋の手を振り払う。
あれだけの激痛だったというのに、HPは1たりとも減っていない。
「器用なマネを・・・」
「で、どうすんだ?」
「知らんって。ウイが気に入ったようだからギルドに所属しないかって誘って、答えがイエスでもノーでも同じ冒険者としての付き合いだ」
「なんでえ、つまんねえな」