騎士語り・白き覇道3
爆炎は小さな村を飲み込み、そこかしこで火災を発生させている。
数年前に住民が皆殺しにされ、賊軍の基地となっていた村だ。
「サーチ開始、完了。生き残りはいません」
「よ-し、移動を開始する。派手にやったから、敵もわんさか集まるだろうさ」
アクセルを開け、ホバーを進ませる。
小型の3人乗りだが暖房も付いているし、最高速度は100キロ超。強襲用なので、取り回しがいいのも気に入っていた。
森に入り、直近の基地の方向に向かう。
「見張りが寝てて気付かなかった、なんて無様は晒してくれるなよ」
「寝てても起きますって、あんな砲撃があったら」
「でも、雪は音を吸収するのよ。50キロは離れてる基地だから、音が届いたかは怪しいかも」
「すぐに分かるさ。このまま森の中で待つよ。早く来やがれ、賊ヤロウ」
外に出て雪を口に入れる誘惑と闘いながら、イグニスと姫様のお喋りを聞いて時間を潰す。
生まれも育ちも暑い地帯のアタシにとって、雪は今でも何よりのごちそうだ。
「来た。箱が3、それに乗ってるのが30程度だね」
「思ったより早かったですね。皆殺しですか?」
「当然。それが戦争だよ」
遠くを、3台のトラックが通り過ぎてゆく。
幌だけの荷台の中に、兵隊が乗っているのだろう。この寒さで、よくもそんな運用をするものだ。
「だからこそ賊軍か。ケツがガラ空きだ。主砲は外すんじゃないよ、イグニス」
「お任せください。この名に恥じぬ戦いをご覧に入れます」
「よく言った。ネズミ狩りの時間だ、全速前進!」
神よ、そんな姫の呟きを聞きながら、アクセルを開ける。
素晴らしい速度で走る純白のホバーの最大の武器は、その静音性だ。音もなく忍び寄り、主砲で先制攻撃をかける事が可能なのは大きい。
みるみるうちに大きくなる最後尾のトラック。
「主砲、撃ちます!」
「ぶちかませっ!」
トラックが火を吐きながら吹っ飛ぶ。
「2射目っ!」
いい腕だ。
2台目のトラックも、兵隊を撒き散らしながら雪原を転がる。
「これで最後ですっ!」
2台目から落ちた兵隊を轢き殺しながら、最後のトラックが沈むのを見守る。
後は、アタシの仕事だ。
「よくやったね、イグニス」
「マスターの従者ですから。・・・外れなくてよかったあ」
「明日の朝にはレベル100になるんだ。あの頃みたいに、外しはしないさ」
言いながら、立ち上がった兵隊を前部機銃で撃ち抜く。
対戦車機銃で撃たれた兵隊は、原型を留めない骸となって湯気を上げた。
「うっ・・・」
「見なくていいんだよ、姫様。虐殺なんて、普通の人間が見ていいものじゃない」
「い、いいえ。私のために、フェイレイが殺しているのです。これを虐殺と呼ぶのなら、虐殺者は私なのです。目を閉じてなどいられません」
「そうかい。吐きたかったら、吐いてもいいからね」
轢き殺す、撃ち殺す、ターン。それを繰り返して、なんの感慨もなく兵隊の数を減らす。
これで終わりか。そう思ってアクセルを緩めた途端、イグニスが生き残りのいる方向を告げる。
クイックターンでホバーの頭を向けると、ガリガリの少年が血を吐きながら立ち上がろうとしていた。怯えるくらいなら、兵隊なんかになるな。声が届くなら、そう怒鳴りつけてやるところだ。
「あばよ、ボウヤ」
湯気を上げるだけの肉塊になった少年の脇を抜け、先程まで潜んでいた森に戻る。
「・・・あんな少年まで、殺さなければならないのですか?」
「殺すなって言うなら殺さないよ。その代わり、アタシはこの戦争から抜けるけどね」
「なぜです?」
「賊軍がクソにも劣るゴミクズだからさ。昨日の夜、姫様が寝てからあの村に忍び込んだんだよ。どんなだったと思う?」
「基地ですから、兵隊がたくさんいたのでしょう」
「それと、クスリ漬けにされた女達がいたよ。兵隊が楽しんだ後で牢屋越しに声をかけたけど、誰もが言葉すら忘れちまってた」
「そんな・・・」
姫様には想像も出来ない世界だろうが、戦場なんてそんなもんだ。アタシの世界もそうで、ああはなりたくなかったから死を選んだ。それで気がついたらこの世界にいて、また戦争に参加している。
「世の中なんて、そんなもんだよ。さっきのガキだって女は抱きたいだろうし、戦闘の恐怖から逃れるためにクスリもやってたはずさ。イグニス、来ると思うかい?」
「微妙なところですね。敵のほとんどは歩兵。この先の基地の規模はあまり大きくないらしいですから、あの3台のトラックが虎の子だった可能性もあります」
「来たくても来れないのか。2時間待って、来ないならこちらから挨拶に行こう。イグニス、1時間の仮眠を」
「了解。お先に失礼しますね」
「姫様も、寝られなくても目を閉じてな。人間、それだけで気力と体力が回復するんだ」
「わかりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
ホバーを接地させ、網膜ディスプレイの地図を開いて、【広域センサー】を発動する。
この愛機に出会ったのは、初めて本格的な探索をした陸上戦艦の格納庫だった。
あの場所にいたクリーチャー対策に【初級隠密看破】を取得して、苦労しながらもなんとか辿り着いた格納庫に、純白のこの機体が佇んでいた。
まるでアタシを待っていたみたいだと呟いて、イグニスに笑われたのを今でも覚えている。腹いせにその場で押し倒したら、イグニスはとても喜んでくれた。
「もう、マスターったら・・・」
「・・・寝言か。タイミングが良いから、びっくりするって」
お気に入りのキャンディを出して、口の中で転がす。
故郷ではこんな菓子は、余程の大戦果を上げないと配給されなかった。
それが今では、いつでも好きな時に口に出来る。なんなら、雪に突っ込んで冷やしたミルクティーを開けたっていい。それくらいには、この1年間の探索で蓄えを増やした。
いろいろな街を渡り歩いて思ったのは、アタシは異邦人でイグニスしか信用できる人間がいないって事。
姫様やその家臣の職業持ちはまだ信用できるが、一般兵になると途端に人格が悪くなる。
そしてアタシはその姫様や家臣よりも、ガンナーズネストのセミーとその相棒の方をずっと信用していた。
(フェイレイ、ちょっといい?)
(セミーか、構わないよ。ちょうど、かわいいセミーを想っていたところさ)
(はいはい。故郷の友人から連絡が来たんだけど、稀人とグールになった大戦時の英雄が仲間になったらしいの)
(へえ、アタシと同類か。それで?)
(ブラザーオブザヘッドと、1戦やらかした後なんだって。それであっちは落ち着いてるから、援軍を出せるってさ)
(条件は?)
(特にない)
お人好しのセミーじゃあるまいし、そんな話があるのだろうか。
どちらにせよ、即答は出来ない。
(姫様は仮眠中だ。起きたら訊いておくよ)
(お姫様はどうでもいい。戦ってるのは、フェイレイとイグニスじゃない。援軍は欲しい?)
(今の所は必要ないね。大体、どの程度の戦力なんだい?)
(すぐに向かえるのは私達が乗ってる強化外骨格パワードスーツ1と、ヘリか戦闘機が1だろうって話)
(こっちの航空機は輸送機が1機だけだから、戦闘機はありがたいね。南を手伝ってもらったらどうだい?)
(空母はもう沈めたから、今の所は必要ないんだよね)
(じゃあ、保留だね。どっちかがヤバイ状況になったら、お願いすればいいさ)
(わかった。怪我しないで帰っておいでよ?)
(もちろんさ。帰ったら、また皆でバカ騒ぎしよう)
楽しみにしてる、そう言って切られた無線の相手は、姫様がいた首都にあったガンナーズネストというジャンク屋のセミーだ。
とある遺跡の前で鉢合わせになり、2機の強化外骨格パワードスーツとホバーで睨み合いになった。
牢獄のようなコックピットからセミーが顔を出したので、こちらもキャノピーを開けて話し合ったのを思い出す。
(マスター、1時間です。代わりますよ)
(もうそんな時間か。それじゃあ、お願いするかな)
(はい。おやすみなさい)
(おやすみ)
地図を消し、センサーをオフにして目を閉じる。
どこでもすぐに眠れなければ、兵隊なんてやってられない。
すぐに、心地良い睡魔が襲って来た。
(フェイレイ、セミーだよ。今、どこにいるの? 首都が反乱軍に襲われてる!)
ああ、夢だな。
そう思ったが夢の中の自分は、セミーに現在位置を伝えてホバーを急発進させた。
(くそっ、数が多い。道端で女を犯してる兵の頭を潰しながら城に向かってるけど、数が多くて追いつかないよ!)
(本隊は城だね。正門かい?)
(そうだと思う。数はわからない)
(もうすぐ街だ。大通りを抜けて、反乱軍に突っ込むよ)
(お願い。こんな小さな女の子まで・・・ ぶち殺すっ!)
そう、そのまま反乱軍の本隊に突っ込んで、アタシとイグニスは大幅にレベルを上げたんだ。
(飛行機!)
(大きいねえ。ま、あれで王族は逃げ出したんだろうさ)
(王だけが逃げたっての!?)
(なんで王様だけってわかるんだい?)
(城門の前に、姫様と騎士団がいるじゃないのよ!)
(ズームっと。へえ、かわいい姫様じゃないか。恩を売って、やらせてもらおうかな)
(この変態女はっ、いいから敵を殺しなさい!)
(やってるじゃんか。見ればわかるだろう)
(なんでそんなに、平然と殺しまくれるのよっ!)
(なんでって、これがアタシの日常だからさ)
(ああもう、これだから稀人はっ!)
アタシ達が本隊だと思っていたのは、敵の先遣隊に過ぎなかった。
姫様と騎士団を乗せたトラックを護衛して、飛び去った飛行機を追う。
やっと合流したと思ったら飛行機は墜落していて、王や王妃は死んでいた。
「マスター、1時間です。姫様も起きてください」
「ん。夢を観てたよ。おはよう、イグニス」
「むー、おはようです」
「おはよう。飲み物を飲んで目が覚めたら、基地に殴り込みだよ。出発前にトイレは済ませておこう」
「寒いけど、仕方ないですものね」
「おトイレ、行きたいです」
「なら、先に済ませようか」
賑やかな歌が録音された機械を作動させ、キャノピーを開ける。
誰もが機敏な動きで3方向に散り、雪に足でまた雪をかけてコックピットに戻った。
「さっむー。閉めるよ?」
「はいっ」
「マスター、早く閉めてっ!」
キャノピーを閉めて、全員分の飲み物を出す。
2、3回ほど缶を傾けて、やっとミルクティーの熱さを感じた。
「いやー、やっぱ外は寒い」
「いいから音楽を止めてください。何ですか、マツゲ抜いたら3センチって」
「不思議な歌詞ですよねえ」
「グールに会えたら、訊いてみるとしよう」
音楽を止めて、ミルクティーを飲み干す。
全員が飲み終わったら、敵の基地に正面から突撃だ。
「基地へは西から突入する。イグニス、機銃の位置は頭に入ってるね?」
「はい。射程内で、直進を50メートル下さい。それで、沈めてみせます」
「言うじゃないか。上手くやれたらご褒美だ」
姫様が小さく笑う。
イグニスは、頬を染めて怒ったふりをしているだろう。
単機での基地突入。このくらいリラックス出来るからこそ、そんな無茶が無茶でなくなる。