戦闘開始
朝の日差しを浴びて、ドルフィン号はダークブルーの船体を輝かせている。
今日は女達を頼む、そう願いながら隅々まで丁寧に洗った。
「いい心がけだな。乗り物は大切にしてやらねえと、イザって時に助けちゃくんねえ」
「そう教わった。親父が、単車乗りでね」
「俺と同年代か。心配してるだろうな」
「考えない事にしてる。誰がどう見たって、俺は家族よりウイを取ったんだ・・・」
「何かを失わなきゃ、手に入らねえモンもあるのさ」
真水で泡を流せないのを心の中で詫びながら、バケツで海水を汲んではかけ続けているのを、何が楽しいのか運び屋はずっと見ている。
集合時間にはまだ時間があるので、暇潰しなのだろうか。
「・・・娘を助けたいと願って、この世界に来た。最初の5年は、必死で生き抜いただけだ。そこからの5年は惰性でな。たまにはいいかと遠出する依頼を受けて、お前さんに会った。娘がすっかりまいっちまったし、面白えガキだから少し見てようって軽い気持ちだったが、ガキが男の目をしてギルドなんて夢を語りやがる」
黙って運び屋の話を聞きながら、ドルフィン号を洗い終えてタバコに火を点けた。
「そして、このザマだ。嫁と2人目が出来て、なんだか妙な具合だよ・・・」
そこまで聞くと、笑いが込み上げてきた。
ルーデルの映画化とコミック化を聞いた時よりも、大きな声で笑っている。
「なんでえ、バカ笑いしやがって」
「強面の義理の親父が、マリッジブルーで愚痴をこぼしてんだ。面白くねえはずがあるかよ!」
「マリッジブルーって、花嫁がなるもんだろうがよ」
「男もなるんだよ。自由を失う不安とかで」
「そういや娘を嫁に出したから、後は余生だって思ってたな」
「それがいきなり、嫁と赤ん坊を抱えたんだ。不安にもなるさ」
「なんかそんな気もしてきたぞ、こっ恥ずかしい。ルーデルには言うんじゃねえぞ?」
「了解了解。そろそろ集合時間だ、今日も勉強させてもらうよ」
船体を撫でて、機関部を開ける。
スキルのおかげで、点検程度なら出来るのだ。
ベルトはゴムのようでも鉄の輝きを持つ見た事もない素材だし、恐ろしく長持ちするオイルの匂いも独特だ。なにもかもが、地球の機械とは違う。
それでも、エンジンがついた乗り物が好きだった。
「おはよう、ヒヤマ、運び屋」
「ルーデル、おはよう。って、全員集合か」
ルーデルの後ろには、ジュモやウイ達もいる。
ついにはじまるぞ、ヘタを打つんじゃねえ。心の中で、そう自分に活を入れた。
「さっさと行って、終わらせようぜ」
「ヒヤマ、お願いですから無茶はしないでください。運び屋さんとルーデルさんの戦いぶりを見れば、それは心も騒ぐでしょうが・・・」
「もちろんだよ。授業を受けに行く感じだから、心配しねえで待っててくれ」
手を繋いだニーニャとヒナからドルフィン号に乗り込んでいくが、ジュモだけは狙撃時の俺のように屋根に飛び乗った。
「何してんだ、ジュモ?」
「砲撃に備え、屋根で待機するデス」
「砲撃をどうにか出来るってのか。そりゃありがたい。ドルフィン号を、みんなを頼むよ」
「任せておきやがれデス!」
見えそうなパンツを見ないようにして、操縦席に入った。
「ヒヤマ、操縦はあたしでいいんだよね?」
「ああ。俺はリビングだからな。いいか、俺達が飛び出したら、すぐに安全な距離を取るんだぞ?」
「わかってるって。昨日から何回目だよ、それ」
「愛されてる証拠だろ。ミツカ嬢ちゃん、上陸地点は頭に入ってるな?」
「もちろん。一瞬だって本営の見張りに船体を晒さず、しっかり上陸させますよ」
「そうか。よろしく頼むな」
「了解です、魔王様!」
「・・・死神に似てきたな」
「先にリビング行ってるぞ、魔王様」
飛んできた運び屋の裏拳を躱して、リビングに下りる。
ソファーに座ってタバコに火を点け、深く吸って煙を吐いた。
屋根にいる見張りの掃除は俺の仕事だ。ルーデルの偵察時には、5匹が配置されていた。そのうちの何匹がスナイパーライフルを持っていても、それをすべて倒さなければならない。
突入時からは、常に殿で警戒。室内戦の経験が足りないので、運び屋とルーデルの邪魔だけはすまいと心に決めている。
「気楽に行こう、ヒヤマ。俺も運び屋も、出来る限りのバックアップを約束する」
「そうだぞ。子ガモよろしく、後をついてくりゃいいんだ」
「わかってる。よろしく頼むよ」
缶コーヒーを3つ出して、飲みながら打ち合わせをする。
野外では運び屋とルーデルが並び、その後ろに俺の逆3角形。室内や廊下では、運び屋が先頭。部屋数がどれだけ多くても、バラける事はしないそうだ。
「怖いのは誤射だよな。テンパらねえようにしねえと」
「俺は大丈夫だぞ。死神との友好度は、50を超えてっからな」
「俺も100だから大丈夫だ」
「友好度? そのパラメータで、ダメージなくなるんか?」
「オマエは、まさか【銃弾ダメージ軽減】を取ってねえのかよ?」
「ない。スキルは勉強してるけど、はじめて聞いた」
「それでパーティーの壁役をしてるんだから、ヒヤマ達はやはり腕がいいなあ」
運び屋は呆れ、ルーデルは感心している。
【銃弾ダメージ軽減】を検索すると、パッシブで友好度に関係なく最大10%、レベル依存で銃弾ダメージを軽減するとある。
「この世界に来て銃で撃たれたら、真っ先に検索するだろ、普通」
「考えた事もなかった・・・」
「いいスキルだから、早めの取得を心がけろ。んで、ツリーの左の最上スキルだ」
網膜ディスプレイを操作する。
「【フレンドリーファイア無効】・パッシブ。友好度50以上の他者が撃つ銃弾のダメージを、どんな場合も無効とする。って、凄いスキルだな・・・」
「軍隊じゃ新兵に必ず取らせて、最初に取得する最上スキルだったよ」
「友好度が関連するスキルがなきゃ、HPバーの横に友好度が表示されねえからな」
「フレンドリーファイア無効効果のスキルはあるから、1段階目だけ取ろうかなあ。死んでも生き返るけど、出来れば死にたくねえし」
(もうすぐ砂を噛む。ハッチ開放、すぐ行くよ!)
(了解。映像は死神のを見てるといい)
映像をオンにして立ち上がる。
(ハッチ開放!)
飛び出した運び屋とルーデルに続き、水際を走った。
砂浜に上陸しても2人は止まらない。この速さで走りながら、索敵をしているのか。
感知力には自信があったが、それすらも数段劣っているらしい。
(予定通り、北の岩場を狙撃地点とする)
(了解)
(配置に変更はなさそうだな。これなら揚陸艇も、何事もなく離脱しただろう)
(はい。まだ離脱途中ですが、砲撃はありません)
北の岩場が見えてきた。
俺達が上陸した東側の岩は背が高く、徐々に背が低くなっていく。そこを進みながら、狙撃地点を決定する予定だ。
(岩場に入ったら、死神は狙撃地点を決めろ。両脇は俺とルーデルが固めるから、なんの心配もいらねえぞ)
(了解。すぐにやるよ)
俺の筋力に合わせたスピードとはいえ、一般人からしてみれば嘘のようなスピードである。話しているうちに、岩場に駆け込んだ。
屈み込みながら移動し、本営の屋根が見える場所を探す。
(ここだな。この岩から右の隙間。そこからなら、屋上の5匹すべてを狙える)
言いながら、対物ライフルを取り出す。
(そのゴツイので狙撃するんかよ)
(1発で殺れねえと困るからな。今じゃもうコイツを使っても、HPが減らねえんだ)
(要求値が高すぎて、それを満たしてねえと使用者にダメージが来るタイプか)
(そうだよ。『狙撃手殺しの対物ライフル』、俺の相棒だ。次に顔を出して5匹がそのままなら、狙撃を開始する)
(ああ、頼んだぞ)
岩から顔を出し、5匹の頭部を確認した。
(【ワンマガジンタイムストップ】。考えてみりゃ、この間もこれをとっさに使えてればな)
誰にも聞こえない無線で呟き、トロッグ兵の頭部を刈り取っていく。
1匹目でレベルアップ。
【武神の目】を取得するつもりだったが、【銃弾ダメージ軽減】を先に取ってそのツリーを伸ばした方がいいのかもしれない。
狙撃を終えて岩の陰に引っ込み、マガジンを交換した。
(やらねえのか?)
(あ、終わったよ。時間を止めるスキルなんだ)
(タイムストップ系の最上スキルか。厄介なんだよなあ、あれ)
対物ライフルを持ったまま、2人の後ろに回る。
本営を守る敵を片付けるにも、俺と2人の腕の差では狙撃ぐらいしか出来ないだろう。
(さーて、後は本営だけか)
(外はまだいいけど、中がなあ)
(なあに、魔王様の後ろで、俺達は楽をしてればいいさ)
本営の入り口を守るトロッグ兵が見える手前で、ルーデルが運び屋を止めた。
(遮蔽物は必要か?)
(あるならありがてえな。遮蔽物スキルか)
(ああ。コンクリート製でサイズも設定できる。高さ1メートル50の横3メートルでどうだ?)
(任せる。死神は狙撃か?)
(林から狙撃かな。機銃もあったから、ソイツから倒すよ)
(よし、やってくれ)
ルーデルが走り、それに運び屋が続いた。
俺は木々を縫って進み、運び屋とルーデルが身を隠すコンクリートと敵がどちらも見られる、少し後ろ目のポジションを確保する。
分厚いコンクリート製の遮蔽物を削る機銃手を狙い、撃ってすぐ伏せて身を隠した。
匍匐前進でポジションを少し変える。
(良くやった。また機銃にトロッグ兵が取り付いたら頼む)
(了解。狙撃を継続する)
銃声が増えている。
あの特徴的な音は運び屋のソードオフショットガンと、ルーデルのレーザーライフルだ。
目から上だけ出して、こちらに銃を向けているトロッグ兵がいないのを確認する。機銃もまだ空のままだった。
本営の前にはいくつもの遮蔽物があるが、1番奥に銃を撃っていないトロッグ兵がいた。
立ち上がり、ソイツを撃ち抜いてまた伏せる。
(いいぞ。今のが指揮官だったはずだ)
(移動しながらの狙撃だから、あんま役に立たなくて悪い)
(いいさ。運び屋のスラッグ弾もさすがの命中率だし、もうすぐ終わりだろう)
(さっきの狙撃時で残り20位だったよ)
(これで19だ。死神、機銃に1匹走った。森を狙うトロッグ兵はなし!)
すでに移動を終えているが、機銃の位置は頭に叩き込んである。
立ち上がりざま、機銃に取り付いたトロッグ兵を撃ち殺した。
(良い腕してやがる。敵が死神を警戒。次からは注意しろ!)
(了解。ポジションを変えて、狙撃を継続する)