冒険者
「開門を希望する。2人だ」
「・・・見ない顔だな。どこから来た?」
「遥か南。危険地帯を越えてきた」
「なっ。南だと。クズ野郎達に襲われなかったか?」
「ヒャッハー3人なら倒した。ヤワな連中だったぜ」
「そんなバカな。銃まで持ってるはずだぞ!」
右脇のホルスターを指で示すと、ダンさんの顔色が変わった。僕は慣れない口調で心臓がバクバクだ。ウイに言われた通り、若いけど腕利きの冒険者を演じる。
冒険者とは、遺跡漁りをするのが1流。クリーチャーを狩るのが2流。ヒャッハー狩りが3流。そういった感じの職業らしい。
「本当に倒したんだな、ありがとう。町を代表して礼を言うよ。すまんが門をくぐるには、初回だけ自警団団長の許可が必要なんだ。ちょっとだけ待ってくれ」
「ああ。待たせてもらう」
「入町希望は2人でいいんだよな?」
「そうだ」
無線機らしい物を操作しはじめたダンさんが、マイクに向かって報告をしている。
「団長、お疲れ様です。こちらが入町希望の2名です」
「ようこそ旅人さん。私はミツカ。この街の自警団の団長です。見たところかなりの軽装ですが、アイテムボックスをお持ちなのですか?」
綺麗な女の人だなあ。ウイには劣るけど。
「ええ。2人とも所持しています。はじめまして。私は冒険者のウイ。こっちはヒヤマです」
おお。ウイがよそ行きモードになるとこんな口調なのか。新鮮でいいね。メガネをくいっ、も出来る女っぽくていい。
「それは素晴らしい。この町には定住を希望ですか?」
「いえいえ。北への旅路の途中です。店を覗いて、宿がなければ午後には街を出ますよ」
「そうですか。アイテムボックスを持つ冒険者がお2人も定住してくれたらと、淡い期待を持ってしまいました。宿は酒場の2階で、普段は女を買う場所です。清潔でもありませんし、気に入ってもらえるとは思えませんね。長期滞在なら、空き家を紹介できるのですが」
「今のところは考えてません。ここからさらに北には、大きな街があると聞きました。そこが気に入らなかったら、その時はお世話になるかもしれませんが」
「ああ。シティーを目指してらっしゃるのですか。あの街の猥雑さが肌に合わなければ、ぜひこの町にお越しください。歓迎しますよ」
「ありがとうございます」
「では、お入りください。町を出る時も、この門からお願いします」
「わかりました。では失礼します。ヒヤマ、行きましょう」
「ああ」
会釈もせずに踵を返す。僕の冒険者のイメージは、ぶっきらぼうでちょっとだけ粗暴。ありきたりで悪くないと、ウイも言っていた。
開いた門。貨物船に積みこむようなコンテナがたくさん見える。初めての町。期待と恐れが半々だ。
「ちょっといいですか、ウイ殿」
団長さんはウイを呼び止めると、2人だけでひそひそ話し始めた。
けっこうな長話なので、タバコをダンさんにも勧めてから吸う。態度には出さないけど、喜んでもらえたようで良かった。
「お待たせしました。ヒヤマ、相談があります」
「なんだ?」
ウイが出してくれた灰皿を受け取って、タバコを消す。ダンさんは根元ギリギリまで吸う人みたいなので、灰皿は置きっぱなしだ。
「この町、ブロックタウンと言うらしいのですが、冒険者が立ち寄らない街なのだそうです。なのでブロックタウンを拠点にし、なおかつ街の非常事態には助力をするなら、空き家を無料で提供してくれるそうです。どうしますか?」
「シティーには行く。それは変更なしだ。それに冒険者が定住ってのもな。遺跡が漁れねえ生活なんて、まっぴらごめんだぜ?」
「違うのですヒヤマ殿。ブロックタウンが望むのは、たまにでも帰ってくる場所としてここを選んでもらう事です。縛るつもりなど欠片もありません」
「へえ。で、たまにある戦闘じゃアンタの指揮下に入れってのかい?」
「戦闘などほとんどありません。それに遺跡探索をするほどの冒険者に、私が指示などありえません。好きに戦ってもらえば充分です。お礼は弾薬代程度しかお渡しできませんが、どうか許してください」
「そうかい。この街の法は?」
「盗むな。犯すな。殺すな。運営費として月に硬貨を5枚徴収。これは町長も破れません」
「まあ、生活してれば金も落とすし、面倒だからとここでクリーチャーや遺跡品を売る事もあるだろうからな。ブロックタウンにゃ損はねえのか」
「ええ。恥ずかしながらその通りです。空き家は最上の物件を提供させてもらいます。どうでしょうか、お願いできませんか?」
「戦闘以外の事は相棒に任せてる。ウイ、おめえが決めろ」
「悪くはない話ですから、住んでみてヒヤマが誰かにブチ切れないうちは、ここを拠点にしましょうか」
「わかった。団長さん、俺は理不尽を我慢する性格じゃねえ。世話にはなるが、でかい口を叩くだけの奴なんかとは関わらねえぜ」
「もちろんです。恩に着ますよ。では、ブロックタウンを案内しながら町長の所に行きましょう」
長い会話は緊張する。ちゃんと冒険者っぽく言えたかな。
思いついて、アイテムボックスから封を切っていないタバコを1箱出す。団長さんとダンさんは驚いている。本当にアイテムボックスだ、なんて呟いたのは聞かなかった事にして、そのタバコをダンさんに放った。
「お、おいこれ・・・」
「ヒヤマはぶっきらぼうですが、悪い男ではありません。自分と同じ愛煙家に会って嬉しいのでしょう。挨拶代わりだと思ってもらってあげてください。では行きましょうか、団長さん」
「はい。ダン、ちゃんとお礼を言っておけ」
お礼の言葉を背中で聞いて、振り返らずに右手の親指を立てて見せる。うん、僕ってハードボイルドが似合うかも。
「人口100人ほどの小さな町ですが、この界隈では治安と住人の人柄は1番です。ようこそ、ブロックタウンへ」
コンテナが並べられ、その1つ1つにドアが付いている。2つ3つと積み重ねてあるのは、2階建て3階建てなのだろう。チラホラと普通の家も見えるが、ほとんどはコンテナだ。ブロックタウンとは、こういう意味か。
「町の中央が広場になっていて、町役場はそこにあります。商店もそこに集中してますよ」
5分も歩くと、人通りの多い広場に着いた。コンテナの面積が広い面を切り取った、カウンターの立ち食い店も見える。雨の時どうすんのさ。
「ここです。どうぞ」
導かれたのは、コンクリートの大きな建物だ。集積所の事務所だったのかな。どんどん進む団長さんについて行くと、ドアをノックして返事を聞いてから中に通された。
「町長、以前から探していたブロックタウンに拠点を置いてくれる冒険者の方をお連れしました」
「おお。それはありがたい。お2人もか。どうぞ、そちらのソファーにお掛けください。お茶の用意をします」
黙ってソファーに座ると、ウイがアイテムボックスから2リットルのペットボトルと4つのグラス、それに灰皿を出した。お近づきの印に、ってやつだろう。僕もタバコを1カートン出して、対面に押した。
「遺跡帰りなので、ごちそうしますよ。私はウイ。こちらがヒヤマ。タバコはヒヤマからのプレゼントですね」
「このような高価な物をいただけません。遺跡品ならシティーで高く売れますよ。お仕舞いください」
無欲な演技じゃなく、本当に慌ててるみたいだ。正直者の町長さんって大丈夫なのかなあ。
「ふふっ。父上、ヒヤマ殿が驚いてますよ。すいませんね。ご覧の通りの正直者で、なかなか町も大きく出来ません」
「住人にとっちゃ、いい町長さんなんだろ。それで充分じゃねえか」
「そう言ってもらえたら、娘として鼻が高いですね」
コポコポ注がれたアイスコーヒーに、1番先に手を伸ばす。慣れない口調で緊張して、喉が乾ききっていたんだ。ふう。
「町長さんも団長さんもどうぞ。ぬるいですが、コーヒーですので問題ないでしょう」
「ありがとう。いただくよ。それで父上、門に近い上等の空き家があるでしょう。使用可能な冷蔵庫もバスルームもあるやつ。あれをお2人に提供したいんですよ」
「わかった。鍵は、と・・・」
あっさりと承諾して執務机の引き出しを探す町長さん。そんないい家にタダで住んでいいのかなと思ってウイを見ると、余計な事は言うなとでもいうように睨まれた。怖いので黙ってタバコを吸う。
「これだな。では、こちらをどうぞ」
小さな音を立ててテーブルに置かれた鍵を、ウイが無造作に掴んで胸ポケットに入れた。用が済んだなら早く立ち去りたい。言葉も思考も、冒険者モードは疲れるだけだ。
「じゃあ、今日から世話になりますよ。まあ3日もすれば、シティーに出発しますがね」
「では失礼します」
「歓迎しますよ。ミツカ、粗相のないように案内を頼むよ」
「もちろんです。さあ、行きましょう。商店の説明をしたら、お2人の自宅に案内します」
もうちょっとだ、頑張れ僕。そう自分を励ましながら、商店の説明を聞き流して団長さんについて行く。
「コンテナじゃねえんだな」
「悪くない家ですね」
案内された門近くの空き家は、1階だけ防犯のためか窓に木の板を打ち付けた2階建ての家だった。どことなく日本の建売住宅みたいな感じもする。
「1流冒険者の自宅にしては粗末かもしれませんが、ブロックタウンでは1番の物件です。ウイ殿、鍵をお願いします」
ウイがポケットから出した鍵を使って開けていく。まずは大きな南京錠。ショットガンでもなければ壊せないやつだ。次に上下のシリンダー錠。それでやっと玄関のドアが開いた。
「設備の説明は必要ですか?」
「一般的な物だけなら大丈夫です」
「なら私はここで失礼します。ゆっくり旅の疲れを癒してください」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「ありがとう。よろしく」
団長さんを見送って、玄関に入った。南京錠は、在宅中も内側から施錠するらしい。シリンダー錠もしっかりかける。
「何度見ても、靴を脱ぐ場所のない玄関って不思議」
「冷蔵庫があるなら、電源があるのでしょう。その箱に靴のまま乗ってくださいなのです」
ウイが指差したのは、底の厚い水槽のような箱だった。おっかなびっくりそれに乗ると、駆動音がして振動が伝わってきた。
「もう降りていいのです。ああ、ドアの反対側に降りるのです」
僕が降りると、ウイもそれに乗った。
「なにこれ?」
「靴洗浄機なのです。さあ、今日はゆっくり休みましょうなのです」