第08部
【2023年09月11日19時40分53秒】
「音穏!」
俺と湖晴は丘を登って来た。その頂上にいたのは、俺がよく見知った幼馴染の野依音穏だった。
音穏も俺の声に気付いたらしく、かなり慌てた様子でこっちを見た。音穏は足元に置かれている三つの筒状の何かを拾っていた途中らしく、その1つを右手に持ったまま唖然としていた。
「音穏! 何で……!」
「じ……げん? どうして……?どうして次元がここに……?」
音穏は動揺を隠せないでいた。遠目でも分かるくらいに震えていたからだ。おそらく、俺に事件の真相を知られてしまったと分かったからだろう。
しかし、俺はせめて事情だけでも聞いておこうと思い、音穏に歩み寄った。
「音穏。今はとやかく言うつもりは無い。だから、何であんな事をしたのか、理由だけでも話してくれ」
「……あ、あああ……ああ」
音穏は言葉にもならない声を上げていた。
俺があと五メートルの所まで来た時に、さっきまで後ろの木に隠れてずっと静かだった湖晴が唐突に大声を出した。
「次元さんっ! 逃げてくださいっ!」
「!?」
湖晴の方を一瞬振り返った後、音穏の方を見ると音穏がさっきまで手に持っていた何かが手から滑り落ちていた。そう。筒状の何かが。
そして、辺りに強烈な衝撃波が伝わった。その衝撃波で俺と音穏は勢いよく後方に飛ばされた。
「ぐ……うぐ、わああああああああ!!!!」
「きゃあああっ!」
「次元さん!」
飛ばされた俺は背中を強く打ってしまった。幸い打ち所がまだ良かったのか、痛かったが怪我はしていない様だった。
すると、湖晴が俺の元に走ってきた。
「次元さん! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。ったく……何が起きたんだ?」
「はい。おそらく音穏さんが持っていた水素爆弾が地面に落ちた時の衝撃で爆発してしまったのだと思います」
すると結局、音穏が研究所爆破事件の犯人と言う事になる。分かってはいた事だが、改めて考えると精神的に少し辛い。
俺は湖晴に支えられながら、体を起こした。そこで俺はふと気付いた。
「……音穏! 音穏は!? 音穏はどうなった!?」
「じ、次元さん!?」
驚く湖晴に返事を聞く前に俺は音穏が飛ばされたと思われる方向に走った。音穏は俺よりも間近で爆発に巻き込まれたのだ。無事であるはずがなかった。
二十メートルくらい走るとそこにはぐったりと倒れている音穏の姿があった。
「音穏!」
俺は倒れている音穏を抱えて、声を掛けた。音穏はさっきの爆発の衝撃で打ったのか、頭や腕などから相当な量の血が流れていた。
「おい! 音穏! しっかりしろ!」
「……じ……げん……。ごめん……ごめんね……。……巻き込んじゃって……」
「何があってこんな……!」
「……八年前の事故」
「もう喋らなくて良い! 今手当てするから……」
俺はポケットに念の為入れておいた小型の救急セットを取り出そうとした。しかし、音穏は俺のその手を取って拒んだ。
「……もう良いの。良いんだよ……次元……」
「何が! 何が良いんだよ!」
「私はね、次元……。……お父さんと……お母さんの仇を取れたら……それでよかったんだよ……?」
「!? 何を……言ってるんだ……?」
「……でも、後少しでそれも叶ったのに……。だけど……最後に次元に会えて……良かった……」
意識が途切れたのか音穏はそう言って完全に力が抜けた様だった。
『仇』って、『それで良い』って、『最後』って……、
「何なんだよぉぉぉぉぉ!!!!!」
八年前の研究所爆破事故は事件だった。そして、音穏は両親の仇を取る為に、水素爆弾を使って犯人がいそうな疑わしい研究所を爆破して行った。そして、最後の研究所に行く手前に俺に出会ってしまい、水素爆弾が爆発した。おそらくこの研究所連続爆破事件の真相はこんな所だろう。
だが、俺は認めない。『こんな結末』を!
俺はそんな音穏をゆっくりと地面に寝かせた。そして、後ろを振り返り湖晴に言った。
「湖晴」
「はい」
「お前さっき言ったよな? その『タイム・イーター』で過去改変が出来るって」
「行動しだいでは、出来なくはないですね」
俺は考えた。この短時間で考えられる事を考えつくした。
もし、このまま時間がたってしまったらどうなってしまうのか。普通に考えると、今の音穏は研究所連続爆破事件の犯人、重犯罪者だ。しかも、今までにどのくらいの研究所を爆破して行ったのか俺には分からない。でも、その罪は相当重い物だろう。
つまり、このままだと野依音穏の人生は完全に『終わる』。
俺のたった一人の幼馴染の人生が。もし、幼馴染みとかそんな関係を無くしたとしても、人一人の人生が終わるを見過ごす事は出来ない。
即ちこの場合どうすれば良いのか。それは『過去を変える』以外に他無い。過去を変えて事件その物を存在しない世界にする。起こってしまった事を変えられないのなら、起こらなくすれば良い。
そして、今この場所には都合の良い事に時空転移装置『タイム・イーター』がある。これを使わない手は無い。
でも、一つ問題点あった。
「湖晴。俺をタイムトラベルさせてくれるのか?」
そうこれだ。湖晴がタイム・イーターを持っている限り、湖晴側にメリットが無ければタイムトラベルなどさせてくれる筈も無い。ましてや俺は平凡な高校生だ。明らかに社会の暗部と関わっているであろう湖晴が簡単に許可してくれる訳もない。
俺はどうやって湖晴を説得しようかと考えていると、湖晴が先に声を発した。
「勿論です。次元さんの考えている事くらい分かっています。音穏さんを助けたいんでしょう?」
予想外の答えが返ってきた。
「え、でもお前には何のメリットも……」
「次元さん私ここに来る前に言ってましたよね? 次の過去改変作業の対象は『野依音穏』さんです、と」
「あ……」
そういえば、そうだった。元々湖晴は音穏の過去を変えるつもりだったのだ。俺は自分の杞憂が何だか恥ずかしくなって来た。
「二人の方が効率が良いですし」
「それは、確かにな……」
「つまり、次元さんが行かないと言っていても、最初から私は一人で行くつもりだったんです」
「そうだったのか……。でも、何でだ? 何で音穏を助ける?」
「別に音穏さん、個人を助ける訳ではありません。このままだとこの世界全体に不都合が生じるからです」
「不都合?」
「はい。爆破されては困る研究所があるんですよ。最後に音穏さんが爆破する予定の研究所です。そこには、焼失しても流出してもいけない資料があるそうです」
「そう言う訳か……」
なるほど。湖晴側のメリットとはその事だったのか。しかし、よくその研究所が最後まで残ったな。
「じゃあ、今すぐ俺を過去に連れて行ってくれるんだな?」
「はい。でも……」
湖晴は何かを言いかけて途中で止めた。しかし、俺がそれを待っていると再び続きを話し始めた。
「……タイム・イーターによる過去改変の際に次元さんに守って頂かなければいけない事が三つあります。それでも良いですか?」
「音穏を救えるのなら、構わない」
湖晴の問いに俺は即答した。それもそうだ。俺の決心は既に固まっているからな。
「まず、一つ目です。それは『人の死を回避させてはいけない』です」
「どういう意味だ?」
「人の生死が『過去』で変わると過去改変の影響が大きくなり、『現在』の世界が大きく変わってしまうからです」
過去に行っても人の死はキャンセル出来ない。
「次二つ目です。これは一つ目のルールと似ていますが『過去を大きく変動させてはいけない』と言う事です。理由は一つ目とほぼ同じなのですが、要は過去に長い時間いてはいけないと言う事です」
「人と接触する確立が高まるからだろ?」
「理解が早くて助かります。その通りです。もし何処かに隠れていても、人と接触する可能性はありますから」
タイムリミットが存在する。
「では、最後のルールです。一,二つ目と違って、これだけは絶対に守らなければいけません。それは『同じ過去に行く事は出来ない』です」
「2回目が無いって事か? 何故だ?」
「何故なら、同じ過去に行けば、(時間的に)過去の自分達と遭遇し深刻なタイムパラドックスが生じるからです」
チャンスは一回。
「以上の三つを守って頂く事が大前提となります。宜しいですか?」
「構わない。俺は現在の音穏を救えれば、何でも良い」
「……では、行きましょう……」
そう言って、湖晴は首から提げていた金属性の円盤『タイム・イーター』を持ち上げ、何やらダイヤルをセットし始めた。
「あ、次元さん。肝心な事を聞き忘れていました」
「ん? 何だ?」
「音穏さんの過去のどの辺を変えるつもりでしたか?」
「あ……」
俺はここに来てようやく大事な事を考え忘れていた事に気が付いた。
俺は『てっきり過去に行くだけで何とかなると思っていた』と湖晴に言えないまま、黙り込んでしまった。
「やっぱり……。私は一応八年前に飛ぶ予定でしたが、他に何か心当たりはありますか?」
「八年前……?」
八年前と言えば、音穏が俺のいた小学校に転校して来た頃だか? いや、違う。音穏の両親が亡くなった日だ。
「そうか……! そう言う事か!」
俺の中でここまでの全てが繋がった。
つまり、『現在』の音穏を救うには……、
「ようやく全てが繋がった様ですね」
「ああ。俺達は八年前に行って、音穏の両親の死をキャンセルする! そうすれば……」
「だから、それは出来ませんって。さっき言いましたよね? 過去改変の時は『人の死を回避させてはいけない』んですよ?」
「そ、そうだったな……。え? じゃあどうするんだ?」
「音穏さんの持っていた水素爆弾はおそらく、音穏さんのご両親の資料か何かに載っていた物であると思います。さっき少し調べてみたらあの型は珍しい種類の物だと分かったので。なので、その資料を事件前後に回収します。そうすれば、今回の事件は起きないはずです」
「資料か……。分かった。何としてでも見付け出そう」
「チャンスは一回です。それでは行きましょう。タイム・イーターが過去にアクセスしたのは八年前の五月七日午後四時四十九分三十六秒、爆破事件まで三十分くらいの地点です」
「三十分!? そんな短い間に資料のありかを見つけ出せと!? てか、もう少し前には出来ないのか?」
「残念ながら出来ません。タイム・イーターは表向きは時空転移装置ですが、実際には時空間の掛け離れた二点を結ぶだけなので、『現在』と過去にある『時空の歪み』が必要なんです」
「良く分からんが分かった。つまり、事件に一番近いのは30分前と言う事になるのか」
「ちなみに、それよりも前の地点は3ヶ月前にしか『時空の歪み』無かったので、これは『過去を大きく変動させてはいけない』に違反しますので、結局選択肢は1つだけとなります。次元さん準備は良いですか」
「心構えはな」
再び湖晴はタイム・イーターのダイヤル(?)を調節し始めた。
その間に俺は自身の決心を確かめた。
俺は音穏を救う。音穏がこんな事をしなくても済む様な世界にする。そう、俺の目的はそれだけだ。
「次元さん。それでは行きましょう。時空転移の際に強力な重力が発生するので、少し注意していて下さい。それでは行きます!」
湖晴がそう言ったのとほぼ同時に、辺り一面が眩い閃光に包まれた。湖晴と最初に出会った時と同じ光だ。
次の瞬間、俺の体に何か重い物が乗っかった様な感じがした。おそらく、湖晴がさっき言っていたように強力な重力が発生したのだろう。
「ぐっ……」
俺は自分の意識が遠のくのが分かった。そして、意識が途切れる直前誰かの声が聞こえた。いや、脳内に直接響いた、と表現した方が正しいかもしれない。
『今ならまだ引き返せる。もう繰り返してはならない……』
そして、俺の意識は完全に闇の中に堕ちた。




