第03部
【2023年09月11日18時51分24秒】
音穏は八年前、研究員だった両親を事故で亡くしている。八年前と言うのは、俺と音穏が初めて会った、小学三年生の時期だ。
両親の死で養われる事が出来なくなった音穏とその妹は祖父に引き取られ、俺の家の二つ隣に引っ越してきた。
その頃の音穏は今の様に活発な少女ではなかった。おそらく、両親の死が辛かったのだろう。でもその後色々とあり、今の様な活発少女となったのであった。それから、音穏はこんなどうしようもない俺と仲良くしてくれる様になった。
しかし無意識とは言え、そんな暗い過去を持つ音穏を傷つけてしまったのは不味かった。俺は今まで特に音穏と約束している訳ではないが、お互いに暗黙の了解の的な感じで、注意して話題にはしない様にしてきた。
さっき、音穏は気づいていないふりをしていたつもりだと思うが、俺にはバレバレだった。俺にはそんな事は通用しないし、音穏はそもそもそう言う方面の演技は下手だ。
じゃあ、今度の休日に音穏がよく友達と行くらしい喫茶店にでも行って、何か奢ってやろう。それで誤魔化せれば良いが。
あ、俺は実力テストの時寝てたから補習があるかもしれないんだった……。いや、これは実力テストの補習よりも大事な事だ。『補習<ネトゲ<音穏』だもんな。
余談だが、ついさっき音穏と別れる直前に音穏が言っていた『燐ちゃん』と言うのは、一年くらい前に交通事故で大怪我を負った栄長燐と言う、学園のアイドルと呼ぶに相応しい様な容姿でファンクラブも出来ていると噂の、同じクラスの女の子の事だ。
俺はよく覚えていないが、中学生の頃に同じクラスになった事もあるらしい。音穏はその時に知り合い友達になった様で、今回はそのお見舞いだろう。
俺はそんな事を考えながら音穏が走って行った道を歩いていた。
「あ、そうだ」
明日は珠洲がいないから朝食用の飯を買って帰らないといけないんだった。
本来帰り道であるグラヴィティ公園の一直線の道を途中で左に曲がり近所のコンビニ、つまり公園の東出口に向かって歩いて行った。
その時、俺の足に何かが当たった。俺は足元を見下ろした。足元に何かが転がっている。円柱の形をした金属製の筒だった。
「誰かの落し物だろうか」
俺はその筒を公園に来た子供の水筒だと思い拾い上げた。交番にでも届ければ持ち主が取りに来るだろう、そう思ったからだ。
「……!? 重っ!」
しかし、それは水筒などではなかった。持ち上げてみてよく分かった。子供用の水筒にしたら重過ぎたからだ。一般用にしても、だ。五、六キログラムは裕にあったかもしれない。
振って見ると中から何か液体が移動する様な音が聞こえた。何が入っているのだろうか。
「何だこれ?」
俺は不思議に思いその筒の表面を眺めた。蓋らしき物が無い事が分かり、これは水筒ではないと思った。それに、一枚の分厚い金属で出来ている様に思えたからだ。よく見てみると、下の方に小さな文字で何かが書かれていた。
「Hydrogen/Sin……?」
英単語の様な物が2つ書かれており、その1つ目の単語『Hydrogen』は高校の化学の授業で習った事がある様な気がする。水素だっただろうか?
もう一つの単語は掠れていてよく見えない。シン……なんだろうか。
まぁ別にこれを調べても大して得する訳ではないだろうし、早くコンビニに行って明日の飯を買って家に帰りたかったので、さっさと交番に届けてしまおうと俺は考え、再び歩き出そうとした。
しかし次の瞬間、辺り一面が眩い閃光に包まれた。ついさっきまで暗くなりかけていた辺りが真昼以上に明るくなったので、俺は咄嗟に今拾った金属の筒を自身の学生鞄にしまい、空いた両腕で目を覆った。
「ぐっ! な、何が起きた……?」
あまりに突然の出来事だったので、俺は全く状況が掴めていなかった。
数秒後その光が収まってきたので俺は目を覆っていた両腕を徐々に離し、すぐに目の前を見た。
すると、つい数秒前の道には無かった何かがそこには浮いていた。浮いていたと言う表現は正しいのかは分からないが、とにかくその空間はそこにあった。今まで実際に見た事は無いがまるで宇宙空間の様な薄暗い空間に、ちらほらと神秘的な光が紛れている空間が。
更に数秒後、その中から白衣を着ていて、円盤型のアクセサリーの様な物を首から提げている、青髪碧眼の女の子が飛び出して来た。
そして、俺の頬を何かが通過し一瞬痛みが走った。
「いってぇ……!」
さらにその直後、俺の顔面に何か生暖かい液体が飛び散っていた。それを指で軽く取って見てみると血の様に赤い液体だった。と言うか、それは血だった。
俺は周りを見渡すとそこは血の海になっていた。それに俺は頭の先から靴の先端まで、真っ赤に染まっていた。しかし、俺は何処も怪我をしていない。今さっき何かが顔の横を通過したが、それは少し頬をかすっただけのはずだからだ。
となると……と俺は思考を続けようとしたが、その前にさっきの白衣の女の子が俺に倒れ掛かっている事が分かった。だが、その姿はつい数秒前に見た姿とは大きく異なっていた。
「……うわっ!」
さっきまではおそらく純白だったであろう白衣は真っ赤に染まっていた。そして、その女の子の腹部には外から見ても分かるくらいの拳銃で撃たれた様な大きな穴があり、今もそこから血が出続けている。俺が浴びた血はその白衣の女の子の血だったらしい。
「な、何がどうなってんだよ……!」
次から次へと起こる意味不明な出来事に俺は混乱していた。
その白衣の女の子は息はしているもののその息は荒く、乱れていたので急を要する状態だとすぐに分かった。
どうすれば良いんだ! 取り合えず早く救急車を呼ばなければ!
「誰か! 早く救急車を! 怪我人がいるんで……す……?」
俺は不特定多数の人物達に向けて、公園全体に響き渡る様な大声で叫ぼうとした。
しかし、その声は公園内の誰にも届かなかった。いや、そもそも誰もいなかったと言う表現が正しかっただろう。そう、ついさっきの珠洲との会話の時に知っていた事ではあったが、今は俺とその白衣の女の子以外誰もいなかったのだ。時間は既に七時近くだったので当然と言えば当然だった。俺とした事が迂闊だった。
「クソッ! どうすれば……!」
俺は血塗れの白衣の女の子を抱きしめながら考えた。
その時、不意に俺の肘が学生服のポケットに入れていた何かに当たった。それは、スマートフォンだった。
「そうだ! これで救急車を!」
普通は真っ先に思い付きそうな、病院との最も簡単で早急な連絡方法を今更思い付き、その電源を入れる為に電源スイッチを押した。
あれ……?
しかし、何度押しても携帯電話には電源が入らない。
何故だ!
普段はあまり使う事は無いが、中学生の頃に珠洲に注意されてから充電だけは毎日欠かさずしていたのに。こんな時に故障しているなんて。運が悪過ぎるにも程がある。
俺は焦っていた。こんな状況、初めてでも、初めてではなくても誰だって焦るだろう。人一人の命がかかっているかもしれないのだから。この時、俺は初めて医師と看護師である両親の気持ちが分かった気がした。
「そうだ……」
そして、俺は代案を思いついた。
この時の俺は血塗れになりながら、血迷っていたのだろう。別に上手い事を言いたかったのではない。単なる事実だったからだ。
ここから一番近い病院までは少なくとも一時間くらいかかるが、今から行こうとしている場所は十分くらいで到着出来る。それに、そこならば安全に応急処置位は出来ると思ったからだ。
そして、俺は誰もいない公園で一人呟いた。
「俺の家に運ぼう」