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Time:Eater  作者: タングステン
第一話 『Ne』
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第02部

【2023年09月11日18時33分44秒】


 俺と音穏は学校からの帰り道のグラヴィティ公園の中を歩いていた。この公園は学校から家までの近道だからだ。


 このグラヴィティ公園と言う変わった名前の大きな公園は昔、周辺よりも何故か重力が大きいとして有名になった事がある。例えば『公園の中と外では時間の流れが違う』等の謎の怪奇現象が時々発生したとか。俺は詳しい事は知らないが重力が変われば時間の流れも変わるから……らしい。なので、調子に乗った前の市長がグラヴィティ(=重力)公園と思い付きで名付けたと聞いた事がある。


 しかし命名から一年後、興味を持ったとある科学結社(?)が詳しく調査をした結果、重力値は周辺と大して変わらないと言う事が判明した。重力が高かった、と言う何らかの怪奇現象があったのは何かの勘違いであったと結論付けられた。その後、今の市長によって名前が変えられる事が無く今に至るらしい。


 こんな俺でも飽きれてしまう位適当過ぎる話で、大概にして欲しいと思ってしまう。


 そんなグラヴィティ公園の中心にある命名の記念(黒歴史)として建てられた金属製の時計塔の時計の針は、既に六時三十分を少し過ぎた所を指し示していた。


「本っ当に信じらんないっ!」


 俺の隣にはさっきからずっとこんな調子の音穏がいる。一応謝ってはいるが、なかなか許してくれる気配は無い。これは困った。


「何回起こしたと思ってんの!」

「悪かったって」


 音穏は軽音部に入っている。なので普段俺は一人で学校から家に帰るが、時々こんな日がある。でも、ここ一週間位はそんな日が続いて、音穏と一緒に帰っていた様な気もする。


 おかしいな。何だか記憶があやふやだ。変な目覚め方をしたからかもしれないな。


「いつも言ってるけど、せめて私が起こしに行った時くらいは起きてよね?」

「分かったよ」


 俺は軽く謝ったが、音穏はぷいっとそっぽを向いてしまった。音穏はいつもその少しの仕草が可愛い。これは俺個人の考えではなく大抵の男子はそう思うだろう。


 またそれとは別に、その大きめの胸を強調するかの様に可愛らしく腕を組みながら音穏は呟いた。


「……こんなに可愛い幼馴染みが起こしてあげてるんだから」

「……」


 あー。それ自分で言うんですか、言っちゃいますか。この俺の感想は別に音穏が可愛くないと言う訳ではない。今しているポーズも含めて。


 どちらかと言うと音穏の容姿は良い方のグループに入ると思う。背は中くらいだが、同学年よりもスタイルは良い方だと思う。


 それに以前聞いた話だが、何度か告白された事もあるらしい。でも今は彼氏はいない様だ。ちなみに、悲しい事に俺は一度もそんな経験は無い。


 しかし、自分の事を『可愛い』と言うのは人としてどうなのだろうか。自分が『可愛い』と言う事を自覚してなのか、無意識なのかは知らないが。


 そんな事を考えて俺は意図的に惚けて言ってみた。


「ほー。俺にそんな幼馴染みがいたなんて知らなかっゴフッ!」


 俺は自分の腹に、音穏から『力強いエルボー』と言うプレゼントをもらった。しかも、さっき横腹を蹴られた時よりもかなり痛い。


 思わずその場に腹を抑え、痛みをこらえようとしてうずくまってしまう男子高校生と、それを見下ろす満面の笑顔の少女の姿がそこにはあった。


「何か、言った?」


 普段よりかなり低い声で問いかけられた。顔は笑ってるけど、絶対怒ってる……。


 どうやら余計に機嫌を悪くさせてしまったらしい。さて、どうしたら良いものだろうか。


 そんな時に、何やら遠くの方から声が聞こえた。


「おっにぃーちゃーん!」


 それは聞き覚えのある声だった。と同時に五十メートルくらい先からそのサイドポニーテールを揺らしながらこっちに向かって走って来る人影が見えた。


「おっにぃーちゃーん! おーい」


 右手を振りながらこちらに向かって来ていたその人影は、俺の妹の上垣外珠洲(かみがいとすず)だった。珠洲は俺の二歳下、つまり中学三年生だ。


 そんな珠洲は世間一般の評判では品行方正・才色兼備・文武両道らしい。高校も推薦で原子大学付属高等学校よりも偏差値が高い所に行ける、と聞いているが本人にそのつもりは無い様だ。何処に行くつもりなんだか。


 まあ、俺も海外出張が多い親の代わりの家事はほとんど珠洲に任せっきりな訳で、自身を持って自慢の妹であると言えるだろう。


「音穏。珠洲がいるぞ」

「え? 珠洲ちゃん? 何処何処?」


 走って来る珠洲を指差し音穏に伝えると音穏はさっきまでのピリピリしていたオーラを解除して探し始めた。


 そう、昔から音穏は珠洲の事をかなり気に入っているのだ。サンキュー珠洲! 流石、我が妹!


 そう言えば何でここに珠洲がいるんだろうか? 何やら左手に大きなバッグも持っているし。今日はもう六時半を回っているから、クラブも終わって家に帰って夕食を作り始めていてもおかしくない時間帯だと思うが。


 珠洲は確か『射撃部』とか言う珍しいクラブに入っていたはずだ。その時の入部動機は『ストレス発散』か何かだった様な気がする。まあ、クラブで日頃のストレスが解消されるのなら俺としては全く構わない訳だが、どんな活動内容なのか少し気になったりもする。


「おにぃーちゃーんお帰り……ゲッ!」


 残り十数メートルくらいになった時に珠洲が何かに気付いた様だった。


「すっずちゃ~ん!」


 多分その対称は音穏だろう。


 音穏も珠洲に向かって両手を広げながら満面の笑みで走っていた。その音穏を確認した珠洲はこちらに向かっていた足を人外的な早さで瞬時に逆方向にし、全力で遠ざかろうとしていた。


 しかし、音穏に後ろから力強く抱き付かれ、必死の抵抗も無駄に終わった。


「きゃー! 珠洲ちゃーん! かわいいかわいいかわいい! もみもみ、ふにふに~」

「ギャーギャーギャー! や、やめろー! やめろ、この茶髪リボン! おにぃちゃん助け……ギャー!」


 音穏が珠洲の体の至る所を触ったり、揉んだりしていた。詳しい所は省略しておく。


 さっきも言った通り、昔から音穏は珠洲の事が気に入っている様で、会う度にこんな感じで珠洲に抱き付いては一方的に遊ぼうとする、と言うかオモチャにしている。


 対する珠洲は毎回何をされるのか分かったもんじゃないので逃げようとするが、大抵は年上で活発少女の音穏がすぐに追い付き、今の様な結果になってしまっている。


 それにしても本当に仲が良いなこの二人。実の姉妹みたいだ。


 でも、流石にこれ以上放って置くと兄としての存在意義が不味い事になりそうだったし、珠洲が既に魂の抜け殻みたいになってしまっていたので一応音穏に注意だけはしておく事にした。


「音穏、そろそろやめておけよ? 珠洲も嫌がっているし、な?」

「……! ほら! おにぃちゃんも言ってるしさっさとやめろやー! フギャー!」

「やーだー! 珠洲ちゃんは私の抱き枕になるのー! このふにふに感が……もみもみ、ふにふに~」

「ギャー! ギャー! ギャー!」


 音穏は全く聞く耳を持っていない様だった。


 それにしても抱き枕って……。そんなにふにふにだったのか、珠洲って。俺は別に変な性癖等は持ち合わせてはいないので、そんな事は全く気にならない訳だが。


 もし珠洲が抱き枕になってしまったら、俺は今海外にいる両親に何て言えば良いのだろうか。『珠洲は抱き枕になりました』とか言う訳にもいかないしな。


 俺が余計な事を考えているとその状況に動きがあった。


「ギャー! そろそろ本気でやめろやー! こ、このっ!」

「かわいいかわいいかわ……い……? ちょっ、珠洲ちゃんちょっ……待っ!」


 不意に音穏の動きが止まり珠洲から離れた。


 それもそのはず。珠洲が何処から取り出したのか、手に小型拳銃を持っていた。


「ま、待てっ! 珠洲! そんな物どこから取り出した!」

「フッフッフ、ワタシは射撃部のエースだよ? このくらい標準装備だよ!」


 小型拳銃を中学三年生の女の子が標準装備とは……。世の中物騒になったもんだ。流石に実弾は入って無いとは思うが。


 それ以前に、銃刀法違反とか大丈夫なのだろうか?『クラブで使うから』と言う理由で許される事なのだろうか。


 実際には見た事がある訳では無いが、珠洲は暗殺者の様な目をしながら音穏に銃を向けている。いくらなんでも危険過ぎる。


「だから、それ仕舞えって! 警察来たどうするつもりだ! 流石に俺では庇えないぞ!?」

「駅前交番の警官は今の時間帯はここには来ないけど、これで痴漢問題も万事解決だねっ! おにぃちゃん? さて、ではそこの変態を……」

「ス、ストップ! 珠洲ちゃんストーップ!」


 何で珠洲は地元の警察のシフトまで知ってんだよ。それにその台詞だと痴漢問題どころか周りの人全員がいなくなりそうだな、おい。


 珠洲が今言っていた『変態』と言うのはおそらくこの場合、音穏の事だろう、これまでの経緯を見ていればよく分かる。しかし、このままでは本当に危ないと思い俺は珠洲を止めようとし、言葉を発した。


 妹を殺人未遂犯にしたくないし、俺にとってのたった1人の幼馴染も失いたくないしな。


「ちょっと待て珠洲」

「何? おにぃーちゃん? ワタシは今、そこの変態をこの世から抹消する為に忙しいんだよ?」


 俺の言葉も聞かずに珠洲は銃の引き金を引こうとしている。いくら本気でするつもりが無いと雰囲気で分かっていても、やはり放ってはおけない。


「よく考えてみろ、珠洲。そんな事をしても何も変わらないぞ? まずは俺の話をだな……」

「分かった! じゃあ、おにぃちゃんを……」


 俺の方に拳銃を向けてきた。


 何故か思考が早い! しかも間違っている! てか、俺!?


「違う違う! よく聞け!」

「そっか~。頑張ってね~次元」


 『もう私の出番は終わったよ?』と言う様な、のほほんとした表情と雰囲気で音穏が俺に無駄な声援を送った。音穏も俺と同じく珠洲が本気ではないと分かっているはずだが、それでも少し酷いと思った。


「おにぃちゃんを抹消した後は私も逝くから、ね?」

「だから違うって! 『私も逝くから、ね?』じゃないし! こら! 音穏も『やっちゃえー!』とか言うんじゃない! 俺が言いたいのはだな、ここは公共の場であると言う事だ!」

「コウキョウって?」


 天才少女の珠洲で無くても絶対知っている単語だが、珠洲は惚けて言った様だ。しかし、俺は兄としての威厳を見せ付ける為、諦めずに説明をする。


「公の場だと言う事だ。こんな『名前は変だがそれ以外はごく普通の公園』で傷害事件でも起きてみろ、ちょっとした大事件になるぞ? ほら、今も周りの子供連れのお母さん方が見て……」

「ほー。私達三人以外に何処に人がいるって?おにぃーちゃん?」

「ん?」


 珠洲が中学生三年生にしては発育の良い胸を張って自信ありげにしているのを、俺は不思議に思い周りを見渡した。


 俺の想像通りそこには沢山の人がいるはずだ。……だが、実際には誰もいなかった。


「……あれ?」

「おにぃちゃん。まずその左腕に付けてある腕時計を見てみようか?」

「うん?」


 珠洲に支持された通り俺は腕時計を見た。時計の針は既に六時五十分近くを指していた。


 夕飯前の時間帯。子供連れのお母さん方が家に帰っていても別に変ではない時間帯だ。


 さっきも言った様な気がするが、珠洲がこんな時間にここにいるのは何故だったのか、その疑問が今改めて分かった気がした。そう……珠洲は学校もクラブもとっくに終わっている様な時間帯だったのだ。


「……さて」

「『……さて』じゃない! ま、待て! 他の人がいなければ良いと言う訳じゃない! 取り合えず落ち着け! そして銃を下ろせ! そう言えば、何で俺が狙われているんだ!?」

「おにぃちゃん?」

「何でしょうか……?」

「通り魔の人達は捕まってから『殺せるなら誰でも良かった』って言うらしいよ?」

「で?」

「つまり! 今私がしている行動に特別な理由なんて無いんだよ!」

「お前は通り魔じゃないだろっ!」


 そんなこんなで取り合えず無傷(精神的ダメージを除く)で珠洲との壮絶なトークが終わった。補足しておくと、珠洲の持っていた小型拳銃は空で実弾は入っていなかった。


 実は珠洲は既に夕飯は作り終えており、明日は創立記念日で学校が休みの為、今日は友達の家に泊まりに行く予定だったらしくその行き道で俺達に会った様だ。通りで大きなバッグを持っていた訳だ。あらかじめ俺に言っておいてくれても良かったものを。


 珠洲との別れ際『そう言えば受験勉強は大丈夫なのか?』と聞いた所『偏差値的には十三超えてるから、大丈夫!』とか言っていたので大丈夫なのだろう。


 しかしながら、偏差値十三超えって本当に何処を目指してんだ、珠洲は。俺は道連れにされた他のお泊り会のメンバーに対してかなり申し訳なく思ってしまった。どうせ珠洲の事だから頭の良い友達としか遊ばないとは思うが。


「じゃあまた明日ねっ! おにぃーちゃん。夕飯の作り置きはテーブルの上にあるからねー! あと、明日の朝ごはんとお昼は適当に済ましといてねー! もちろん栄養重視で!」

「ああ、分かった。いつもサンキューな」

「うん!」

「また会おうねー、珠洲ちゃーん! ふにふに~」

「ヤダー!」


 とか言う会話の流れで珠洲はやや逃げながら走り去って行った。


 珠洲は俺の妹とは思えないくらい、俺と要領の良さが違う。勉強でも、運動でも、人間関係でも。


 実際の所、今言った事の一つは間違っているのだが。今はその深い所は話す必要が無いので言わないでおいておく。珠洲自身はこの事を知らないはずだしな。それに、今はそんな事はどうでも良い。


「ところで話は変わるが音穏。俺どのくらい寝てた?」

「ん~? いつもより少し長かった位じゃない?」


 すっかりいつもの調子に戻った音穏。珠洲のカウンセリング(生け贄)のお陰だな。


「俺っていつも何時間くらい寝てたっけ?」


 そう言えば俺はいつも自分がどのくらい寝ていたかを把握していなかった。


「普段の話? 大抵は、朝一緒に登校してから、私が放課後になって起こすまで寝てるから……」


 午前八時半前には学校に来て、普段授業が終わるのが四時半だから……、


「八時間くらいじゃない?」

「は、八時間!?」

「でも、今日は六時までだったから十時間でしょ」

「……」


 そんなに寝てたのか、俺は。いくらなんでも寝すぎだろ。


「もっと酷い時もあったじゃない」

「え?」


 もっと酷いとはそれ以上寝ていた時があった、と言う事だろうか。俺はクラブには入っていないので、クラブ終了時刻まで寝ていたなんて事は無いだろう。だとしたら一体どう言う事だ?


「ほら、私が軽音部のコンサートの練習で忙しくて放課後に起こしに行ってあげられなかった時の事。覚えてない? 次の日、次元の家に迎えに行っても出て来ないからおかしいなーって思いつつ学校に行ったら……」

「……行ったら?」

「既に学校で寝てたじゃない」

「は?」


 ……つまり俺は一晩家に帰る事無く寝ていた、と言う事か?


 寝過ぎだろ。よく生きていたな。我ながらそう思う。


「それに、面白そうだったからその日の放課後もそのまま放置してみた」

「起こせや!」

「いやー、だって私も軽音部のコンサートの練習で忙しかったしー? このまま放置したら次元はどうなっちゃうのかなーとか興味があったし?」


 つまり、俺は丸二日も家に帰る事無く学校で寝ていたと言う事か。


 その時の俺は飲み食いはともかく、トイレとかはどうしたのだろうか。寝ながら無意識に行っていたのだろう。そうであったと願いたい。そうでない場合は……想像したくもない。


 と言うか、音穏って放置プレイが……いえ、何でもありません。


「でも流石に次の日は死んじゃうかなーって思ったから、起こしたけど。私も何故か先生にも注意されたし」

「流石にな」

「でも、その日家に帰ったら珠洲ちゃんにめっちゃ怒られたんじゃなかったっけ?」

「あー。確かにそんな事もあった様な気がする」


 そうだった。記憶力が低い俺だが、あの日の事は今でもよく覚えている。


 俺にはついさっき会った様に、珠洲という妹が一人いて二人で一緒に暮らしている。両親は海外出張がかなり多い為、夏休みの期間以外は日本にはいないからだ。


 そんな中で兄が丸二日も家に帰って来なかったら心配もするだろう。だからこそ珠洲はあの日、俺に物凄く怒っていたのだろう。


 俺はその時は何故怒られていたのかは分からなかったが。主に音穏のせいで。


 次の日、一日中正座もさせられました。学校は普通にあったのに。いや、割とマジな話で。主に音穏のせいで。


 あれ?そう言えば今日って九月十一日だったような……ってまさか!


「きょ、今日って実力テストだったよな?」

「うん」

「もしかして、俺はテスト中も……」

「もしかしなくても、思いっきり寝てたよ?」

「……」


 終わった……。次の土日は補修確定だ……。


 てか、起こせよ!


 うちの学校、授業の時は緩い癖に補修になるといきなり厳しくなるんだよな……。理不尽だ。別に俺が補修常連者、と言う訳ではない。俺は平凡なのだ。そんな事があってたまるか。


 急病って事にしてサボって、今ハマっているネトゲでもしてようかな。


 俺がしているそのネットゲームと言うのは『SFADVサイエンスフィクション・アドベンチャー』と言って、化学兵器を使って主人公が敵を薙ぎ倒すと言うアドベンチャーゲームだ。


 あまり有名なゲームではなかったが、一年くらい前からネトゲユーザー内で少し名が知れる様になった。


 ゲームタイトルは至って単純な物だが、その内容は良く出来ていると思う。扱う事の出来る化学兵器、アイテム等はどれも千種類を超えていて、敵キャラも同じくらいあり現在も増え続けている。


 結局の所、ネトゲなので課金勢が圧倒的に有利な訳だが、ネトゲの利点として世界中のプレイヤーと戦ったりする事が出来る。


 プレイヤーIDを知っているなら、チームを組んだりする事も出来る。でも俺は他人のプレイヤーIDを知っていないので、チームを組む事は出来ないがダンジョン探検やランダム対戦などを楽しむ事は出来ている。


 断じて俺に友達がいない訳ではない! いるとも言っていない!


 だが、俺はまだ始めたばかりでしかも無課金の為レベルが低くて、ネット対戦をしたらカモにされる、と言うかされている。


 特に現在勝ち星ダントツトップで二位と二倍以上の差を広げている『Phosphorus』とか言う奴(名前からして多分外人)にカモにされている疑いがかけられている程に。毎日毎日、俺に強制対戦を仕掛けて来ては平均二秒で瞬殺して去って行くと言う恐ろしい程の手際の良さだ。お陰様で、俺のアバターの経験値は全く溜まりそうもない。


 土日で一日中プレイしたらそこそこレベルが上がると思うのだがなー。よし、やっぱり土・日は急病だな。


 ここに予言しよう、俺は次の土曜日に風邪になる。俺は次の土曜日に風邪に……、


「ゲームがしたいのは分かったから。それに、急病は前に使ったでしょ?」

「どこから聞こえてた!?」

「『今ハマっているネトゲでもしてようかな』くらいからかな~?」

「最初っから!?」


 まさか、俺の心の声が漏れていたとは。


 そう言えば、何で音穏は以前俺が補修の際に急病になった(断じて仮病などではない)事を知っているのだろうか。きっと過去の俺が話したのだろうな。


 そんな事を考えていると、暗闇に変わりかけている夕焼け空に浮かんでいる、ここ数年で急増した飛行船に目が行った。


 取り付けられているモニターから流れて来る『今日のニュース』のニュースキャスターを担当している須貝輝瑠(すがいてるる)がニュースを読み上げる声が公園内とその周辺に響き渡る。


『それでは、次のニュースです。ここ1週間で頻繁に発生している研究所の連続爆破事件についてです。市の警察が調査を進めた結果、使用された爆発物は水素爆弾である事が判明しました。しかし、この水素爆弾は軍等で使用されている水素の同位体により放射能が発生するタイプの物ではなく、アルミニウムの缶に濃縮された水素を内蔵し時限式によって着火させる事により水素爆発反応を起こさせると言う単純な構造の物でした。しかし、今現在犯人は分かっていない為、市の警察はこれからも捜査を続ける模様です。次は明日のお天気……』


 研究施設の多い、ここ原子市で研究所爆破事件とは物騒な事件もあるもんだな。そう言えば、先週からそんな事件が新聞に載っていたり、ニュースになっていたりしていた様な気がする。


 でも、こんな時間に放送する様な内容でもないと思うが。夕飯前の時間帯ではあるが、この公園には普段からそれなりに子供やその親が多いからな。


 それにしても、あのニュースキャスターの須貝輝瑠、やっぱり可愛いな。明るくて鮮やかな色の綺麗な髪に2つのヘアピンを付け、しかもポニーテールだ。更にかなりスタイルも良い。それに今は季節的には少し寒いのではないかと言う様なミニスカートを履いていた。


 別に俺はファンと言う訳ではないが普通にアイドルとしてのスペックは十分持っていると思う。


 半年前までは同じ高校の生徒だったとは思えない程だ。いや、今でも一応同じ学校だが校内では会った事が無い。そう言えば彼女は剣道部の主将だったはずだ。


 アイドルと剣道部の主将の両立……。凄過ぎる。超人にも程度ってもんがあるだろうに。


 同じ高校の生徒だった頃はどんな感じだったのだろうか。俺は話した事が無いので分からないのだが。


「なぁ、音穏はどう思う?」


 俺は音穏には聞こえているはずのない俺の心の声に対してただなんとなく意見を求めてみた。


「……」


 あれ?ついさっきまで隣にいたはずの音穏が何故か俺の後方5メートルくらいの所で突っ立っている。俺が歩くのが速かったか?


 いや違う。突っ立っている、と言うよりは歩いてすらいない、と言う表現の方が正しかったかもしれない。


 どうしたんだろうか。もう一度呼んでみる事にする。


「おーい。ねーおーんー」

「……」


 やはり返事は無い。何か妙な感じがする。


 まだ音穏はさっきと全く同じ場所で俯きながら突っ立ている。前髪で隠れてその表情は見えない。


 そして、何やら独り言を言っている様だったが、小さ過ぎて全く聞こえなかった。音穏が独り言とは珍しい。


 こんな所で長時間過ごしても時間の無駄なので、もう一度俺は音穏の元に歩み寄り声を掛けた。


「音穏ー。帰らないなら俺は帰るぞー」

「うへぁ!?」


 俺が人差し指で音穏の頬を突っついてみたからだろうか、音穏はそんな声を上げた。


 それにしても、いくら驚いたからと言っても花の女子高生が『うへぁ!?』は無いと思う。


「どうしたんだ? さっきから」

「な、何でもないっ!」

「ゴフッ!」


 気付くと何故か俺は腹に本日2度目のエルボーを喰らっていた。これは、さっきよりも痛い……。


 音穏はいつもこんな風に『俺に対してに怒っている時』や『何か知られたくない事が知られそうになった時』に暴力的になる傾向がある。


 そのお陰で、俺は他の同学年の男子よりも体が丈夫になってしまった。具体的には、校舎の屋上から落ちても掠り傷だけとか。自分でもゾッとするような話だが実際にそうなのだから仕方が無い。何時屋上から落ちたんだっけ。まあ良いか。


 しばらく沈黙が続いていたがそこで音穏がようやく話し出した。


「じゃ、じゃあ私、帰りに燐ちゃんのお見舞いに行って来るから、また明日っ!」

「あ、いや、ちょ……」


 俺が『ちょっと待て』と言う前に音穏は勢い良く走り去ってしまった。本当に何があったのだろうか。


 俺は自分なりに考えながら音穏が走り去った、グラヴィティ公園の中を黙々と歩いて行った。


 そこで俺は重大なミスに気が付いた。それはさっき飛行船のモニターからで流れて来ていたニュースだった。


 俺は己の注意力の低さを恨んだ。こんな些細なミスをしてしまうなんて。今まではそんな事は無かったはずなのに。


 しかし、この時の俺はそれとは別の事実に気付いてしまったと言う事になど、まだ気付いてはいなかった。

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