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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
197/223

第25部

 義理の両親やクラスメイト、そして他の大人達から心身共にボロボロになる様な虐待・虐めを受けていた当時の照沼湖晴が小学六年生の初め頃に知った、ある一つの学園。それこそが、『英理親和学園』と言う偏差値八十程度の化け物達が通っている天才学校だった。


 まあ、もしかすると上垣外も既に湖晴から聞かされているかもしれないが、この学園は飛び級制度が認められている中高一貫校であり、ここに通うおよそ四割程度の生徒は学園側が指定してある寮に入る事も出来る。又、この学園でも他の学校の様に当然学力も重要視されるが、それ以外の潜在的な力の育成にも力を入れていた、と言う事を前提に次の話を聞いて貰いたい。


 さて、その時の湖晴はこの学園の事を知った際に、『ここに通えば、自分の人生が変わるかもしれない』と直感した。この事は、また後々に説明するが私が湖晴本人から直接聞いた事なので間違いはないと思って貰って構わない。


 ところで、何故湖晴はそう思ったのか。自分がいくら勉強に励んで成績を伸ばしても、自分がいくら努力して運動が出来る様になっても、誰も自分の事を認めてはくれない。そんな自分の事を虐待する義理の両親、陰湿な虐めを仕掛けて来るクラスメイト、それらを見て見ぬふりをする他の大人。


 そんな腐りきった奴等を見返してやろう、自分の能力が高い事をこの学園に入って社会的に証明して、自分が大人になったらこのおかしな世界を変えよう、そう考えた訳だ。最早、虐待や虐めを受け過ぎて気が狂ってしまったかの様にポジティブなこの意見、私個人としては大いに良き事だとは思うが、ここでも湖晴に人生の大きな分岐点と成り得る不幸は降り注ぐ。


 そう考えた湖晴が自分の事を虐待し続けて来た義理の両親に心の底から入学を希望し、そして、寮に入らせて欲しいと頼んだ。学園の寮に入ったら、学費も生活費も自分で働いて出すから、と。


 しかし、湖晴の義理の両親はそれを断った。と言うよりはむしろ、湖晴の話に全く耳を傾けなかったと言う方が正しいかもしれない。湖晴がいくら頼み込んでも、どれ程頭を下げても、湖晴の義理の両親は一向に承諾せず、それどころか逆に湖晴にこう言って来た。


『お前はこれから、俺達の為に働け。お前みたいなゴミ同然の女を育ててやったのだから、自分の体でも何でも使って金を返せ』


 つまり、湖晴の義理の両親は湖晴が小学校を卒業したとしても中学校に通わせる気など元から無く、湖晴のまだ幼い体を売り物として、売春や援助交際をさせて金を貢がせようと考えていたと言う訳だ。


 いくら十年程度もの間湖晴の事を育てて来たとは言え、その間に湖晴の義理の両親が湖晴にして来た事は卑劣極まりない行為だ。自分の両親に金を返すと言う形で恩を返すと言う道理は個人としてもまだ賛同出来る。しかし、それまでの湖晴の義理の両親の行いと、金を貢がせる為の方法がまだ小学校を卒業したばかりの少女にさせるべきではない事をさせると言う事に関しては賛同出来ない。


 当然ながら、湖晴はその事を聞かされて全て理解した後、湖晴の義理の両親に食らい付くかの様に反抗した。だが、その結果はお前にも既に予想出来ているだろう。湖晴の義理の両親は自分達の意見に反抗して来た湖晴に更に過激な暴行を加える様になり、何日間も食事を与えず、外に出さず、暗くて息苦しい部屋に監禁したりし始めたのだ。


 そして、湖晴の事を拾った女性、つまり、既に事故で他界している湖晴にとっての唯一の理解者である女性が残していたと言う形見とも言うべき品々を片っ端から全て処分した。おそらく、湖晴の義理の両親はそれらの行為により、湖晴の感情を破壊して、自分達の言いなりにしようとしたのだろう。


 だが、これまで多くの者達から与えられてきたストレスと、自分の自由を否定された屈辱と、恐怖と不安に支配された長い監禁生活、それに加えて自分の心の支えとなっていた湖晴の事を拾った女性の形見が紛失した事。これら全ての要因が重なり、固まり、膨張し、遂に湖晴の怒りが爆発した。


 湖晴の義理の両親による湖晴の四度目の監禁生活が終わってから約一週間後、定期的に行われている、湖晴の義理の両親が湖晴にこれからどうするのかを聞く時間がやって来た。当然、湖晴は自分の意見を押し通そうとする。湖晴の義理の両親はそんな湖晴に更なる怒りを覚え、暴力を加えた上で再び監禁しようとした。


 しかし、そこで湖晴は予め服の中に隠し持っていた包丁で自分に暴力を振るおうとした義理の父親を刺殺し、その現場を見て逃げようとした義理の母親を続けて殺害した。返り血を浴びて自分の全身を真っ赤に染めながら湖晴はその瞬間、自分がやっと自由の身になった事を確信し、これから先は自分の好きな様に生きて行けると喜んだ。


 だが、その数分後、湖晴はある幾つかの問題点に気付く事になる。自分の義理の両親を殺害したまでは計画通りなので良いとして、自分はこれから先自由の身になったとして、そこからどうすれば良いのか。言い換えると、『この義理の両親の死体の処理とこれからの生活の為の金をどうするのか』と言う問題が大きく残った訳だ。


 人二人が突如として行方不明となり、その二人がその子供に虐待をしていたと言う情報が警察に流れれば、まず警察はその子供やその子供と親しい人物の犯行を疑うはずだ。人が殺される時の大きな原因は偶発的な事故、もしくは意図的な復讐殺人のどちらかが大半を占めるからだ。


 それに、金銭的な面もある。これまでは辛うじて死なない程度に飯を食わせて貰っていたとは言え、それを与えてくれていた人間が死んだのだから数週間は家にある金を使って生き長らえる事は出来るかもしれない。


 だが、それから先はどうするのか。死体を隠した上で、金を稼いで、自分の夢を叶える。そんな事が出来るのか。湖晴は自分がしてしまった『殺人』と言う行為に酷く後悔しながらも、その賢い頭でただひたすらに解決方法を考えた。実質的な時間はものの数分だったと後に本人は言うが、その時間は体感的にはもっと長い物だっただろう。


 そして、ある一つの案が湖晴の脳裏を過ぎった。人二人の死体を処理して、自分の方に警察の目が向かない様に出来て、これから数年間(上手く行けば十年近く)は金に困る事も無い方法。


 それは、『湖晴の義理の両親の体のパーツ及び内臓を売却する』と言う手段だった。酷く残酷で非人道的な発想だが、湖晴がこの様な発想を出来たのには幾つかの理由があった。


 人体のパーツや内臓を売却したり移植したりする際にはなるべく新鮮な物が必要とされるが、その時湖晴が義理の両親を殺害してから経った時間はものの十分にも満たない。


 そして、その保存方法を小学六年生の少女が知る訳も無いと思うかもしれないが、将来的に研究者や医学者になろうと思い、英理親和学園に行く為の受験勉強も兼ねてそれらを独学で勉強していた湖晴は偶然にもその知識を獲得していた。


 更に、たとえその二つを満たしていたとしても、その人体のパーツや内臓を買い取ってくれる闇社会の知り合いがいなければ話にならないと言う事は言うまでもないが、湖晴の義理の父親が経営していた中規模の会社の裏ではその様な事も僅かながらではあるが実際に行われており、湖晴は多少その事を知っていた。


 つまり、湖晴はこの状況において自分の不利益に成り得る全ての可能性を、自分の利益に変換する為の発想をしたのだった。何度も言う様だがその方法は非人道的であり、許される事ではない。だが、それまでにずっと辛い思いをして来た湖晴にとっての唯一無二の救済方法であり、それ以外の案は浮かばなかった。


 そうと決まったとほぼ同時に湖晴はすぐに行動に出た。闇業者に人体のパーツや内臓を買い取って欲しいと言う事を伝え、包丁や鋸で次々に義理の両親の身体を切断、解剖、保存して行った。その後、それらの物は闇業者によって買収され、湖晴は莫大な資金を得た。


 この事件の後、湖晴はあたかも『自分が家に帰って来たら両親が殺されていた』と言う事を装いながら、『自分が両親に虐待されていた事』を隠して警察に通報し、自分が作り出した惨状を見せた。流石の警察も、湖晴の心から嘆き悲しんでいるらしい演技に気付く事が出来ず、それ以前にこの様な残酷で悲惨な現場を小学六年生の少女が作り出せる訳がないと決め付けてこの事件は何者かによる計画的な強盗殺人であるとして処理された。


 最終的に、湖晴は二人も人を殺害したにも関わらず何の罪も負う事無く、それまで自分を縛り付けていた全てから解放され、これから先の自分の人生に必要な莫大な資金を得たと言う事になる。湖晴は自分の復讐が成功した事と自分の計画が全て上手く行った事に対して、これ以上無いくらいに喜んだ。


 そして、そんな湖晴の事を咎める物は誰一人としていなかった。当然と言えば当然だ。事件の真相を知っているのは湖晴だけであり、闇業者がわざわざ自分の首を絞める様な事はしないし、それ以前に湖晴に知り合いと呼べる知り合いはいなかったのだから。


 それからおよそ半年後。義理の両親からの虐待が無くなったお陰で表面的にも内面的にも前程は陰鬱な雰囲気ではなくなった湖晴だったが、クラスメイトや他の大人からの心身にダメージを与える行動は続いた。


 しかし、やはり湖晴にとっては義理の両親からの虐待が湖晴の心の不安度のウエイトを大きく占めていたらしく、それらに関しては特に気にならず、結果、偏差値八十程度の天才学校である英理親和学園に成績断トツ一位で合格した。


 それから湖晴の人生は一変し、新しい環境で自分の能力を磨き、自分の夢を達成出来る様な状態になった……と思われた。しかし、その初めの暫くの間は何もかもが上手く行っていた湖晴だったが、ここに来てもその不幸は続いた。


 この学園は元々各地方各地域各学校でトップだった者ばかりが集まる日本が誇る天才学校だ。倍率は二桁に行く事も珍しくはなく、入るだけでその九割以上の生徒が有名大学や有名企業に就職する事を保障される程の信頼厚い学園だ。


 そんな厳しい環境においても湖晴は常にトップだった。勉強、運動、その他実習等。何をしても何をやらせても完全無欠の成績を取っていた。そんな非の打ち所の無い湖晴に対して同級生や上級生は、湖晴が小学生の頃に体験したよりももっと陰湿でその事を誰にも悟らせない様な高度で過激な虐めを繰り返した。


 湖晴は絶望した。この学園に来れば何かが変わるかもしれないと思っていたのに、能力が高くて優秀な自分の事を周りが認めてくれると思っていたのに、それなのに、何も変わらないこの世界に対して。


 又、それらの虐めは教師達に知れ渡る事はなく、逆に教師達には湖晴の義理の両親の良くない噂やその二人が不可解な死に方をした事等、実際にあった事無い事が入り乱れて伝わっており、湖晴はここに来ても誰にも頼る事が出来なかった。


 こんな状況になると分かっていれば、自分の保身の為とは言え、殺人なんてするんじゃなかった、と湖晴はあの事件から一年近く経ったその時にも再び後悔した。そして、自分がしてしまった大きな過ちとこの非情な世界に対する絶望感により、自らの命を絶とうとした。


 湖晴が自宅の自室にて包丁で首を掻き切って自殺を図ろうとしたその時、ある一人の少年が湖晴のその手を止めた。その少年こそが、お前、上垣外次元だったんだ。」

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