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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
194/223

第22部

 俺と湖晴と杉野目が待ち合わせ場所のグラヴィティ公園から玉虫先生がいるとされている街外れの研究所へと行く為に歩き始めてからおよそ一時間……いや、二時間くらいだろうか。ようやく、その研究所が他の建物に隠れる様な形ではあるものの見えて来た。


 俺の予想、と言うか予定ではせいぜい三十分くらいで着くだろうと思っていたのだが、まさかこんなにも時間が掛かるとは思っていなかった。電車とかバスとかで行けばもう少し早く行けた様な気もするが、多分行き道の近くには駅もバス停も無かった。街外れである事が関係しているのか、それとも『重要な研究所が多い』から『簡単に行き来出来ない』様にしているのか。


 まあ、それはともかくとして、俺達三人は歩き続ける。俺と湖晴は行く最中ずっと話していた為、体感的には大した時間は経過していないが、そんな俺と湖晴の後方にいるはずの杉野目は何をしていたのだろうか。


 俺としては少し話し辛い相手ではあるし、聞きたい事はあってもそれを教えてくれるのは杉野目を玉虫先生に会わせてからだし、かと言って他に話題がある訳でもない。そんな訳で、俺は特に杉野目の事を気にする事無くただただ湖晴と話しながら研究所へと向かって行ったのであった。


 そうこうしている内に、俺達三人はその研究所の手前にまで辿り着いた。周囲に建物は幾つか存在するものの、人気が無い。それどころか、ここまで来る最中にも途中から人の姿を見ていない気すらする。それは、元からこの近くに人なんていないのではないかと思ってしまう程に人気が無かったのだ。


 その研究所は特別特殊な所は無く、これまでに見て来た一般の研究所や科学結社の研究所と大差無かった。唯一、少し変わった所があったとすれば前述した通り、人がいない様に思えるくらいか。


 妙な雰囲気に包まれている周囲の空気に呑まれない様に注意しながら、俺はその研究所の最上部を眺める様にしながら、俺に抱き付いて来ている湖晴に対して話し掛けた。


「……湖晴。ここで良いんだよな?」

「はい。ここが玉虫先生がいる研究所です」

「人気が無い様に思えるのは気のせいか?」

「いえ、それは少なくとも次元さんだけが感じている事ではありません。ここは元々人通りの少ない場所で、近くに家が無ければ、わざわざここまで勤めに来る人も少ないですので」

「そうか」


 湖晴が言った『人通りの少ない場所』と言うよりはむしろ『誰もいない場所』の方が適切な表現なのではないだろうか、とすら思ってしまう様な辺り一帯の静けさの中、不意に俺と湖晴の後方に立っていた杉野目が俺達に対して話し掛けて来た。


「そう。それじゃあ、早く玉虫の所まで案内してくれるかしら?」

「その前に一つ良いか? 杉野目」

「何かしら?」


 どれだけ玉虫先生と早く会いたいんだよ、と杉野目に聞いてしまいたくなる衝動を抑えながら俺は、明らかにそわそわとして急いでいる……と言うよりはむしろ、焦っている様な状態の杉野目に対してある一つの質問を投げ掛けた。


「杉野目は、玉虫先生と会って『何をする』つもりなんだ?」

「……別に。貴方は知らなくて良い事よ」

「そうか。まあ、答えたくないのならそれで構わない」


 杉野目がこの質問に対して答える訳がないと言う事は分かっていた。これまでの杉野目の言動、そして、突然の『玉虫に会わせろ』と言う台詞。明らかに不自然だ。


 杉野目施廉と言う一人の少女の存在の大半が謎に包まれているとは言え、この事は更に不可解だ。別に、科学結社のトップとしての何らかの情報収集とかならそれはそれで構わない。


 だとしたら、その事を俺に隠す理由は何だ? 俺は杉野目がある科学結社のトップである事を知っている。だったら、杉野目が玉虫先生から何らかの科学技術について聞きたい程度の事、俺に言っても構わないはずだ。


 つまり、杉野目の目的はそうではないと言う事になる。もっと他の、少なくとも俺が想像出来る予想の範囲を超えた何かをしようとしている。もしかすると、杉野目が言う通りその事は俺が知らなくても問題の無い事なのかもしれない。でも、やはり、何か嫌な予感がする。


「ドアが開きました」

「……ん? ああ。じゃあ、行こうか」

「……」


 暫し軽く睨み合っていた俺と杉野目のぴりぴりとした雰囲気を解除するかの様に、湖晴のそんな台詞が聞こえて来る。その拍子に俺と杉野目は互いに相手から視線を外し、湖晴の方を見た。すると、そこにはつい先程までには見られなかったドアがあり、開かれた状態でその内部を俺達三人に曝け出していた。


 その研究所には元から『ドアの様な物』はあった。しかし、湖晴が開いていたのはその『ドアの様な物』ではなく、それとは別のドアだった。簡単に言うと、ドラマとか時代劇とかによく出て来る隠し扉の進化タイプみたいな物だろうか。


「……!?」


 そして、杉野目から視線を離した俺が開いたドアの横に立っていた湖晴の元へと歩み寄ろうとしたその時、不意に一つの影が俺達の間を遮った……かと思えば、それは一目散に研究所の内部へと入って行った。それは、杉野目だった。


「杉野目!? どうしたんだ!?」


 俺の焦りと驚きの感情から無意識に発せられたそんな呼び掛けに対して、杉野目は答えなかった。いや、そもそも聞こえてすらいないのかもしれない。急いで俺と湖晴も研究所の内部に入ってみるが、そこには既に杉野目の姿は無かった。中にはただただ広くて白くて、やけに清潔感に溢れるホールがあるだけだった。


 直後、研究所内の何処からか大きな爆発音が聞こえると共に、研究所全体が大きく揺れた。


「今度は何だ!?」

「次元さん! これはもしかして、施廉さんが……!?」

「玉虫先生ってのは、爆発物とかは研究してないんだよな!? だったら、そうとしか考えられないだろ!」


 俺と同じ様に今の爆発音と振動について動揺していた湖晴に対してそう言うと、俺はまず、ホールの中心部分に行き、そこから内部全体を見回した。


 取り合えず、俺が今見た範囲内では何処から今の爆発音がしたのかは分からない。だが、この研究所のどこからか音がした事は分かる。そして、それを引き起こした犯人が杉野目である事も、何と無く想像がつく。


 杉野目は玉虫先生に会って何をしようとしていたのか、その目的はこれなのではないだろうか。杉野目は玉虫先生に対して何らかの恨みを持っており、その復讐をする為に玉虫先生本人に会おうとした。しかし、その研究所の入り口がどこにあるのか分からず、これまではそれを断念していた。


 だが、その入り口のありかを知っている湖晴と近い関係にある俺と情報交換と言う条件を出す事によってそれを達成しようとした。おそらく、こんな感じだろう。確証も何も無い様な状況だが、今ある情報だけではそれくらいしか思い浮かばない。


 そして俺は、近くに見付けた階段の方へと走りながら湖晴に玉虫先生の居場所について聞こうとした。だが、俺のその行動は俺の服の袖を軽く握る一人の少女によって中断された。


「湖晴……?」

「私も……行きます」

「いや、湖晴はここに残っておいた方が良い! これから杉野目が何をしでかすかは分からない! だから、湖晴は安全な研究所の外に……」

「次元さんは私の事を守ってくれる、と言って下さいましたよね……?」

「……!」


 俯いていた湖晴の顔が上がり、その透き通る様に綺麗な瞳に俺の姿が映る。そして、湖晴はそんな台詞を言った後、俺に対して微笑んだ。


 その湖晴の笑みは何を意味していたのか。何で湖晴はわざわざ俺を引き止めてまでその台詞を言ったのか。緊急事態でありながらも、俺はすぐにその意味を理解した。湖晴は、俺に信じて欲しいのだ。


「ああ、分かった。湖晴は絶対に俺が守ってやる」

「はい。ありがとうございます」


 そして、湖晴は再び俺に可愛らしい笑顔を見せた。その笑顔はこれまで見て来た湖晴のどの笑顔よりもずっと無邪気で可愛らしく、愛くるしく、いつまでもどこまでも何があっても失ってはならないと思える物だった。しかし、この時の俺はこの笑顔を見る事が出来るのがこれが最後になろうとは思いもしていなかった。


 適当な階段を上り、廊下を駆けながら俺は湖晴に聞いた。


「湖晴! 玉虫先生はこの研究所のどこにいるんだ!」

「分かりません!」

「……は!?」

「私がここにいた頃、私は玉虫先生の部屋に行った事は無いんです! 大抵の事は私の部屋やそれ以外の部屋で何かをしていましたから!」


 そうだったのか。何か大きな掟があったりとかしたのだろう、なんて言う推測をするのは後だ。とにかく、今の状況でそれは非常に不味い。明らかに杉野目が玉虫先生を狙っていると言う状況下で当の玉虫先生の居場所が分からなければそれを伝える事も出来ない。


 それに、つい先程湖晴に聞いた事によると、今朝湖晴は玉虫先生に『今日これから研究所に行っても構いませんか? ご報告したい事があります』みたいな内容のメールを送ったらしい。だが、玉虫先生から返って来たのは『YES』とだけ書かれたメール一通のみ。


 つまり、メールでのやり取りはおろか、基本的に他人とあまりコミュニケーションを取ろうとしないのが玉虫先生なのだと言う。だから、こんな緊急時にもおそらくそれは適応される。と言う事は、『メールや電話等によっては、玉虫先生を杉野目の脅威から退ける事は出来ない』と言う事に他ならない。まあ、流石に先程の爆発音で気付いているとは思うが……。


「取りあえず! 一つ一つの部屋を回って行くぞ!」

「はい!」


 研究所内の遠くの方から爆発音が聞こえて来る中、俺と湖晴は手分けして玉虫先生を探すのではなく、手を繋ぎながら二人一緒に玉虫先生を探し始めた。手分けして探した方が早く見付かると言う事は重々承知だ。だが、そうだとしてもこの手は絶対に離さない。それは、湖晴と誓った事の一つだから。


 それからどれくらいの時間が過ぎただろうか。耳に聞こえて来る爆発音とそれに伴って発生する大きな揺れにより、俺の心拍数が次第に上がって行く事が良く分かった。俺は焦っていた。焦っている……何に?

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