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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
189/223

第17部

 それが厳密に何時なのかまでは分からないが、『この世界は何もかもが全て狂っている』。唐突に、突然に、何の脈絡も無い意見なのは重々承知だが、俺はそう結論付けた。


 『俺を含めた、この世界に住んでいる人々に訪れたはずの時間が、それとは掛け離れた別の日にもう一度訪れる』。今回の場合では、既に終わったはずの九月二十九日金曜日から十月二日月曜日までの時間が何処かへと消え、ふと気が付けばこの世界は再び九月二十八日木曜日へと戻っていたのだ。


 この出来事は、俺の体感時間では昨日の出来事であるが、何やら複雑な出来事が多過ぎたせいで、その体感時間すらもあやふやになっていると言う事については触れないでおこう。。


 しかし、この世界が九月二十八日木曜日に対して何の執着心を持っているのかまでは知らないが、『今日』もまた、九月二十八日木曜日だった。その事は、今朝スマートフォン内の日付を見た事や、それの検索機能を使用して幾つかのネット上のサイトを閲覧した事によって証明されていると言えるだろう。


 そして、つい先程、俺は音穏と栄長の三人で会話をしていたのだが、栄長との会話が何故か噛み合っていなかったと言う風に感じた。話題的には『俺と湖晴が付き合っている事』に近い感じなのだが、その時の俺と会話していた栄長はそもそも『俺と湖晴が付き合っている事』について何も知らなかった。


 話を少しだけ進めてみると、俺と湖晴がこの間の金曜日の晩から付き合い始めた事も、キスをした事も、一線越えた事も、何もかも全て栄長は知らなかった。それは、日付が一日戻っている(と言うよりはむしろ、進んでいないと表現すべきか)のだから、この世界に住んでいる人々に限らず全ての物事は一日分だけ戻っているはずなのだ。


 そう考えると確かに、昨日の登校直後の音穏が落ち込んでいた時点では、栄長は『俺と湖晴が付き合っている事』についてやその他もろもろの事について何も知らなかった。まあ、栄長の事だから、俺が教えなかったとしても知らなかったとしても何かに勘付く可能性はあったかもしれないが、それはそうと、知らなかった事には変わりは無い。


 だから、つい先程、俺はその時点の栄長にあんな余計な事を話してしまったと言う事になるのだ。それはそれは、社会的に抹殺されそうな間接的に卑猥な台詞を少々。


 俺がその事に気が付き、栄長に余計な事を言ってしまった後、栄長に一瞬だけ汚物を見るかの様な目付きをされて、物理的に僅かながらの距離を開けられた。そして、暫しその事について質問攻めを受けた訳だが、俺はサラッと適当に返答しておいた。俺としては既に一度話した事だったし、何よりもそんなに何度も言う事ではないと言う事も理解できていたし。


 まあ、実際の所は、この世界の異常についてもっと深く考えられるだけの時間が欲しかったのだ。


 だが、ちょっと待てよ? ここでよく、思い出して頂きたい。昨日も今日も九月二十八日木曜日であるのならば、一つだけ、大きなおかしい現象が起きているではないだろうか?


 ……そう。『音穏の家に泊まっているはずの珠洲』の件だ。


 この間の金曜日(この世界でも実際にあったはずの日だが、この世界ではまだ来ていない扱いになっている)に俺は湖晴から、『珠洲が音穏の家に日曜日まで泊まる』と言う事を聞かされた。そして、その晩に俺と湖晴は恋人になった。ここまでは大丈夫だ。何の問題も無い。問題は次だ。


 とは言っても、今日は紛れも無く偽る事も出来ず、九月二十八日木曜日と言う事になっている。と言う事は、あえてここまで言うまでもないかもしれないが、『まだ、九月二十九日金曜日は訪れていない』のだ。つまり、『珠洲が音穏の家に泊まりに行った日はまだ訪れていない』のだ。実際には、『珠洲は自宅にはおらず、音穏の家にいるはず』なのに。即ち、矛盾が生じているのだ。


 珠洲は金曜日に音穏の家に泊まったが、その金曜日はまだこの世界では訪れていない。しかし、珠洲は家を空けて何日も帰って来ず、昨日の朝は見掛けたものの今朝は見掛けなかった。一応、授業と授業の合間の時間を利用して音穏に聞こうとしたものの、『次の授業、体育だから』や『提出するプリント、先生に渡すの忘れた!』等の言い訳が俺の元へと帰って来るばかりだった。


 ここまでの出来事はどれも些細でありながら充分に異常であり、おかしな事であり、完全に狂っているのだが、俺としてはそんな事よりもむしろ、おかし過ぎる事があった。それは、『何で、俺だけがこの異常現象を認識出来ているんだ』と言う事だ。


 この世界に異常が起きていると言う事を誰一人として気が付かなければ、それは異常として見なされる事無く平常となる。逆に、この世界に異常が起きていると言う事に誰かが気が付けば、それは異常と見なされる。つまり、誰かが異常を観測する事でそれは初めて異常と扱われるのだが……何で、よりにもよって、俺がその観測者の立場なんだ。


 以前会話した時には湖晴も一部分だけ俺同様にそれらの記憶があるみたいに思えたが、もしかすると、ただ単純に俺に話を合わせただけかもしれないし、この世界に異常が発生していると言う事を音穏も栄長も認識出来ていないとなるとやはり、これ以上におかしな事は無いだろう。


 過去改変対象者と湖晴の幻覚症状から始まり、時間が巻き戻される異常現象。どちらも、又、それ以外の些細な事も充分に異常だった。だが俺は、俺()()がその事を認識出来ている事に違和感を感じざるを得ない。


 湖晴の過去改変作業を数回手伝っただけで、俺は本質的には平凡・普通・平均を理想とする平凡主義者なのにも関わらず、この世界の異常に関する観測者だなんて、真っ平ごめんだ。そんな役割、誰もなりたい訳が無い。少なくとも俺は嫌だ。


 つまり、俺は本心から、一刻でも早くそんな役割から解放されたいと願っているのだ。それに加えて、俺には今日学校から帰ったらすぐに湖晴に対して謝る義務がある。だから、俺はこの世界の異常を解決し、俺が観測者だなんてそんなたいそうな役割から外れる為に、何かキーになる事を知っていると思われる人物に声を掛けた。


「杉野目。少し、良いか?」

「……」


 昼休み。生徒達の、クラブの昼練やら他クラスや食堂への移動やらでざわついている教室の隅で、俺は椅子に座っている一人の長髪の少女に声を掛けた。少女は特に何も返事をする事無く、読んでいた如何にも書かれている文字が小さそうでかなり分厚い本をパタンと閉じ、俺の方を見たりする事もなく、何処か分からない適当な方向を眺めていた。


 俺はその様子を『離し掛けてもOK!』と言う合図として受け取り、続けてその少女、杉野目施廉に話し掛ける。杉野目は科学結社『Time Technology』のリーダーであり、何度も謎言動を残したりしている、普段は物静かな少女だ。


 俺には記憶が無いのに杉野目はずっと前から俺の事を知っているらしく、過去改変対象者だった珠洲・須貝・飴山の過去に少なからず影響しているかもしれず、自らを予知能力者(?)と名乗ったりもしていた。


 学校では通路を挟んで俺の隣の席であるが、その普段の様子を少し見る限りでは、頭は良い(と言うか、教科書丸暗記しているらしい)が、仲の良い友達は一人もおらず、クラブにも入っていないみたいだった。そんな杉野目なら、もしかすると、この世界の異常、そして、俺の身に突然起きた幻覚異常の謎を解決してくれるかもしれない。そう考えた俺は杉野目に話し掛けたのだった。


 当然ながら、責任転嫁だとかそう言うつもりは全然無い。俺の問題は何があっても俺が解決したいし、この世界の異常だって出来る所までは解決に努めるつもりだ。だが、俺はそのきっかけが欲しかったのだ。そう言う方面に全くの知識が無い俺からすると、今の状態は既に詰みであると言える。だから、杉野目ならそのきっかけを何かくれるだろうと思った訳だ。


「杉野目は何か知ってるんだろ?」

「『何か』とは、何の事かしら?」

「惚けなくても良い。『何度も何度も同じ日が来ている』と言う事を杉野目も、もう気が付いているんだろ?」

「……上垣外君。少し、場所を移しましょうか。あまり、一般人に聞かれても良い内容でもないから」

「分かった」


 やはり、俺の予想通り、杉野目は既に気が付いていたらしい。相変わらず、始めは俺の質問を表情を変えずに惚けた風に答えた杉野目だったが、俺が少しばかり話を掘り下げると、つい先程まで読んでいた本をそのまま机に置き、すたすたと何処かへと歩いて行った。そして、そんな杉野目を見た俺はその後に続いた。


 そう言えば、音穏と栄長は何処へ行ったのかと言うと、昼休みが始まるなり早々に『今日は燐ちゃんと一緒に屋上でお昼ご飯を食べるけど、次元はどうする?』と音穏に聞かれたのだが、生憎俺は昼休みに杉野目と話したい事が沢山あった為、それを断った。


 音穏自身も栄長から、今朝から俺の様子が何かおかしいと言う事を聞かされていたからなのか、わざわざそんな事を聞いて来たのだろう。普段ならば『一緒に来る?』と言う所を『一緒に行こう』と言う台詞に変えているあたり、そう言う事なのだろう。


 さて、音穏と栄長の事はさておき、俺は一度も後ろを振り返らない杉野目の背中を眺めながらその後ろに付いて行った。そして、時間的には五分と少しくらいだろうか、が経った頃、ようやく杉野目は歩く事を止めた。着いた場所は人気の少ない、南館校舎一階の奥だった。以前にも似た様な場所に連れて行かれた気がするが、その時とは少しだけ位置と雰囲気が違う。


「それで、貴方はもう、この世界がどんな事になっているのか、分かったのかしら?」


 歩き続ける足が止まったかと思えば、杉野目はすぐに背後に立っていた俺の方に振り返り、その直後、特に沈黙の為の間合いも無くそんな事を俺に聞いて来た。


「俺は九月二十九日金曜日から十月二日日曜日までを過ごしたはずなんだ。だが、この世界はまだ九月二十八日木曜日と言う事になっている。この件について、杉野目が知っている事を教えてくれ」

「……その前に、貴方は今、『九月二十九日金曜日から十月二日日曜日までを過ごしたはず』と言ったけれど、正確にはそれは間違いよ」

「え?」


 珍しく杉野目が俺との会話に真剣に答えていると言う事について少し関心しつつも、俺は杉野目の今の台詞を不審に思った。俺が『九月二十九日金曜日から十月二日日曜日までを過ごした』と言う事は、まず確実に間違いではないはずなのに、真っ向から杉野目はそれを否定した。


 そして、少しばかり驚いていた俺に対して、杉野目は今だに表情一つ帰る事無く続けた。


「確かに貴方が言う様に、この世界は九月二十九日金曜日を向かえ、九月三十日土曜日までは訪れた。でも、その後は何も起きていない」

「ど、どう言う意味だ……?」

「この世界は、『九月三十日土曜日の二十四時までしか訪れない』」

「……はい?」


 何ですかね、それは? この世界が九月三十日土曜日の二十四時を超えたらどうなるんだ? その場合。と言うか、その設定は一体何のB級SF映画なんだよ。そんな風に良く分からない考えをしながら、待っていると、続けて杉野目は語り始める。


「つまり、この世界の寿命が『九月三十日土曜日の24時まで』と言う事になるわ。より詳しく言うと、この世界は『九月三十日土曜日の24時』を過ぎると同時にこの世界全体の時間が別の掛け離れた時間に戻る、もしくは止まる、と言う事よ」

「何で……そんな事が分かるんだ……?」

「知りたいの?」

「教えてくれ。杉野目は一体何者で、何でそんな事まで知っているのか。包み隠さず、全部」

「……本当は言うつもりではなかったのだけれど……」


 人気の無い薄暗い校舎奥の廊下で、杉野目は俺の顔から少し視線をずらしながら、そう言った。その時の杉野目の表情は、杉野目も杉野目で、過去改変対象者の六人程ではないにしても何らかの辛い過去を持っているのかもしれない。そんな考えすらも浮かんでしまいそうになる、表情だった。


「分かったわ」


 杉野目が考え、俺がそれを待つ。そうして十数秒間の沈黙が訪れた時、不意に杉野目がやや俯けていたその顔を俺の方へと向けて、今度は目と目が合ってしまいそうなくらいに凝視して来た。


「これまでに私がして来た事、そして、この世界の異常について説明してあげるわ」

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