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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
188/223

第16部

 結局の所、俺はあの後、湖晴と仲直りする事が出来なかった。俺は、湖晴の責任ではないのにも関わらず俺があんな事を言ってしまったり、恋人として充分に湖晴の気持ちを考えられていなかった。湖晴との口喧嘩の後、暫くして頭が冷えた時にようやくそれを理解する事が出来た。


 だから、湖晴には申し訳無い事をしたと言う事を頭では理解していたつもりだったのだが、それでもやはり、俺の中では何処か湖晴に対して意地を張ってしまい、最終的には時間切れで謝る事が出来なかった。


 一応、謝りに行こうとはした。だが、湖晴の部屋のドアは鍵が閉まっているらしく、外からでは絶対に開けられない用に閉ざされており、何度かノックをしたものの返事が帰って来る事は無かった。ドアの向こう側から聞こえて来るのは、泣いているらしい湖晴の微かな声のみ。やはり、俺にあそこまで当たられた事が辛かったのだろう。本当に申し訳無い事をしたと思う。


 その後、俺は自身の無力さ、そして、湖晴に対する気持ちの浅さを思い知った。何で湖晴にあんな事を言ってしまったのだろう。何で湖晴に素直に『好き』と言えなかったのだろう。俺は、そんな自分の事が心の底から嫌になった。


 朝食は食べなかった。と言うか、何と言うか、本音を言うと昨晩はよく体を動かしたのでかなり腹が減っており、少しだけでも良かったので何か食べたかったのだが、どうやら湖晴は朝食がほぼ出来上がっている時に一時的に俺を呼びに来たらしく、俺が一階に下りた時には火にかけられたままで調理途中らしいスクランブルエッグがあり、それを見てみると長時間火にかけられて放置されていたからなのか、とてもではないが食べられそうな物にはなっていなかった。


 なので、俺は一先ずキッチンの火を消し、キッチンに篭った煙を外に出す換気の為に窓を開けて、湖晴に謝れないまま、朝食を食べずに学校へと向かったのであった。湖晴に謝る方法はこれから考えるとして、まあ、一食くらいなら食べなくても問題無いだろう。前までにも何度かそう言う事はあったし。


 登校中、俺みたいな平凡を具現化したかの様な存在である男子高校生が言うべき台詞ではないのかもしれないが、この世界は至って普通だった。音穏と珠洲やその他の知り合いの子達に会わなかった事を除けば、同じ日付の『今日』が二度以上も訪れていると言う違和感を感じているのがあたかも俺だけなのだと言う事を身をもって実感させられる程に、至って平和で平凡だった。


 この世界で一体、何が起きていると言うんだ。俺の身に一体、何が起きていると言うんだ。分からない。どれ程考えても、幾ら悩んでも、その答えは一向に俺の脳内で浮かんで来る気配を見せない。こんな時、湖晴がいてくれたら……はぁ。何で、こんな事になったんだろうか。


 湖晴は俺の事を嫌いになってしまったかもしれない。先程口喧嘩の最後の別れ際に、『大っ嫌い!』と言われたが、実際には湖晴はそんな事を思っておらず、その本心は違うのかもしれない。いや、でも、俺は湖晴は何も悪くないのにあんな事までまで言ってしまった。


 『湖晴は何も分かっていない』だとか『放っておいてくれ』だとか『もっと人の気持ちを考えろ』だとか。湖晴も俺に対して不平不満が山程あったはずなのに、俺はただ一方的に湖晴の身も心もを傷付け、遂には、普段ならば感情の上下移動が少ない湖晴の事を怒らせてしまった。もし、俺が湖晴の立場ならば、俺の事を嫌いになっていてもおかしくはない。


 俺は本当に心の底から湖晴の事をこれから一生、この世界の誰よりも大切に大事にするつもりだった。何時でも何処でも何があっても、守ってあげたいと思えた。それ程までに、俺は湖晴の事が好きだったから。湖晴は何か辛い過去を持っているらしく、触れてはならない部分も多い。普段は冷静に見えるが、実際にはかなり繊細だ。時折暴走したりする事もあるが、それも全て必要な事だった。


 それなのに、何で俺はあんな事を言ってしまったのだろう。本当はあんな事を言うつもりではなかったのに。本当は湖晴にもっと真剣に話を聞いて貰いたくて、俺の悩みを相談したかっただけなのに。もう、俺の頭が何時狂ってしまうか分からなかったから、助けて欲しかっただけなのに。


 それなのに、俺は湖晴の言葉には耳を貸す事無く湖晴を怒鳴り付けた。それなら、湖晴が逆に怒っても仕方が無いじゃないか。湖晴が俺の事を『大っ嫌い!』と言ったとしても、引き篭もっても、泣いてしまっても……俺の事が嫌いになっても、仕方が無いじゃないか。


 全部……俺のせいだ……。俺がもっと湖晴の事を理解していなかったから、今回の事は起きてしまった。俺が湖晴に対するその想いをきっちり伝えていなかったから、恥ずかしがっていたから駄目だったのだ。


 今日、学校から帰って来たら、絶対にすぐに湖晴に謝ろう。直接会えなくても、ドア越しでも構わない。湖晴が耳を傾けてくれなくても構わない。許してくれるかどうかなんて分からない。もしかすると、許してくれない可能性もあるし、これまでの様な彼氏彼女の関係やそれ以上の関係に戻れないかもしれない。


 でも、せめて、これからもずっと俺に湖晴を守らせて欲しい。それが、俺が出来る、湖晴に対するこの想いを伝えられる唯一無二の方法だから。そして……この俺上垣外次元がここにいる事の意味だから。


「次元ー。おはよー」


 原子大学付属高等学校北館二階二年二組の教室内、窓際最後列でうつ伏せで眠りながら椅子に座る俺に、至って軽い調子で音穏が話し掛けて来た。音穏はどうやら、既に自身の学生鞄を席に置いて来たらしく、手には特に何も持っていなかった。


 そう言えば、音穏には珠洲を金・土・日、そして昨晩も留めて貰ったから礼を言っておかないとな……って、あれ? 確か昨日の今朝、音穏は湖晴と衝突したせい(湖晴が音穏の事を忘れていたせいとも言う)でかなり気分が落ち込んでいたと思うのだが、もう直ったのだろうか。それとも、嫌な事は寝たら忘れる様なタイプだったか? 俺の見解では、それなりに根に持ち易いタイプだと思っていたのだが。


「音穏ちゃーん、次元くーん。おはよー」

「あ、燐ちゃん。おはよー」


 音穏に続いて、栄長が教室に入って来た後、俺と音穏に対してそんな簡単な挨拶を済ます。そして、栄長は俺の席の一つ前の席に座り、音穏からの話し掛けに適当に応じた後、何かに気付いたかの様子で、くるりと俺の方へと顔を向けて来た。


「どうしたの? 次元君。何だか、少し顔色が優れていないみたいだけど」

「え? あ、ああ、そうか? 何でも無いが……」

「そう? それなら良いんだけど……もしかして、湖晴ちゃんと喧嘩でもしちゃった?」

「……」


 栄長は俺の事を心配してなのか、それともただ単純にからかっただけなのか、そんな台詞を至って平然に軽い調子で俺に言って来た。ふと栄長の表情を見てみると、明らかに本心からはその言葉を発していない事が伺えた。栄長のその台詞に俺は特に返事はしなかったが、それが逆に違和感を気付かせるきっかけとなってしまったのか、栄長は何かに納得した様子で数回だけ頷いていた。


 何で毎度毎度、栄長はそうやって簡単に俺や他の人達の心の中を見透かしたかの様にど真ん中な台詞が言えるんだよ。と言うか、『見透かしたかの様に』と言うか、『完全に見透かしている』だろ。栄長が科学結社に入っていて、何やら研究していると言う事は知っているが、心理学でも研究してるのだろうか。


「と言うか、栄長。俺としては、俺と湖晴の事を知っているのなら、わざわざそんな風に回りくどい言い方をして弄る事無く、普通に弄ってくれた方がまだマシなんだが」

「……? 次元君と湖晴ちゃんの事って?」


 湖晴と喧嘩してから一時間と少ししか経っていない今なら、栄長の俺弄りも何かの励みになりそうだと思った俺は言う必要も無かったかもしれないが、そんな台詞を栄長に言った(後々になって思えば、この時の俺は完全にMだな)。


 しかし、一方の栄長は俺が何を言っているのかを理解している様子が無く、少しばかり眉を顰めて、俺の次の台詞を待っていた。音穏はまだ俺が湖晴と進む所まで進んだ事を知らないはずだから、俺は余計な事を聞かせまいと栄長を音穏から離れた所まで呼び、俺はこそこそと話し掛けた。


「あれ? 栄長は俺が湖晴と一線越えた事を知ってるだろ? 何でそんな風に惚けて音穏に聞かせようとするんだ? 音穏が聞いたらまた落ち込むだろ」

「いやいや、音穏ちゃんが前に落ち込んでいたのかどうなのかは後で聞くとして、さっきから次元君が何を言っているのか、イマイチ理解に苦しむんだけど……『湖晴ちゃんと一線を越えた』って、どう言う意味?」


 おかしい。さっきから栄長と話が噛み合っていない様に思える。普段の栄長なら、俺を言葉で弄る時にはここまで事を引っ張ったりはしない。せいぜいそれが俺にばれる所までは引っ張って、俺が気が付いたのなら種明かしをして話を終わらせるはずだ。


 だったら、『栄長が、俺と湖晴が一線を越えた事について弄ろうとしている』と言う事に俺が気が付いた今なら、栄長はこの話を終わらせるはず。いや。これまでは大体そうだった。だが、栄長は今だにそれをしない。それどころか、その事について更に詳しく聞こうとして来る。これまでには無かったパターンだ。


 音穏は俺と栄長が何をこそこそと会話しているのかを少しばかり伺っているみたいだったが、俺は構わず栄長に話し掛ける。対する栄長は、やはり何か俺の言っている事が理解出来ていないみたいだった。


「本当に知らないのか?」

「何を?」

「俺と湖晴が恋人になって、それ以上の事もしたって事を」

「へ?」

「……ん?」

「ええええええええ!!??」

「ど、どうした!?」


 栄長は演技とかそう言う物ではなく素の栄長のままで、教室中に響き渡る程の大声でそんな風に驚いた。教室内にいた生徒達十数人に視線を向けられながら、栄長の大声に対して逆に俺も驚いてしまった。音穏がそんな俺と栄長の会話に割り込むその直前、栄長は俺の胸倉を掴む勢いで、その件について問い質して来た。


「ちょ、ちょっと! どう言う事か説明しなさい! 次元君!」

「だから、何が……」

「湖晴ちゃんと……」


 そして、次の栄長の台詞は俺の中のこの世界の異変を気付かせる一つの大きな要因となり、その事について知っているであろう、ある人物に相談を持ち掛けるきっかけとなった。


「湖晴ちゃんと、何時から付き合い始めたの!?」

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