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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
184/223

第12部

「え……?」


 俺がこれから中間テストの為に学校に行こうとした時、湖晴は俺と離れたくないからなのか、学校にまで一緒に付いて来ると言って来た。俺自身も出来る事ならば湖晴と離れ離れにはなりたくなかったのだが、それには色々と問題があったので、結局湖晴と相談し、校門の所までなら来ても良いと言う事になった。


 そして、その登校中、俺と珠洲と音穏は湖晴が発したその台詞にこれ以上無く驚いていた。それもそのはずだ。何故ならば湖晴は、俺達に後ろから話し掛けて来た珠洲と音穏の事を『貴女方は誰ですか?』と言ったのだから。


「ちょ、ちょっと待て、湖晴。まさか、忘れた……訳じゃないよな? ほら、左が俺の妹の珠洲で、右が幼馴染みの音穏だって。覚えてるよな……?」


 今だに驚きの表情を隠せないでいる珠洲と音穏の事を交互に指差し、俺は湖晴にその事を伝えた。しかし、それに対して湖晴はムスッとした様な、不機嫌そうな表情を維持していた。


 これは一体……何が起きていると言うんだ? 湖晴は自身の意識外ではない事を全て記憶する、所謂、完全記憶能力者だ。なので、当然の事ながら湖晴の意識外で起きた事は何一つとして覚えていない。これまでにも何度かそう言う事があったからな。


 だが、湖晴は珠洲と音穏の事を知っているはずだ。二人共過去改変対象者だったから、その直前には何度か話したと思うし、それ以前に二人共他の俺の知り合いの子達に比べると比較的俺の近くにいる子達だ。基本的に珠洲とは家の中で会うし、音穏とは何度か出掛けているからな。


 だから、あれらが全て湖晴の意識外で、二人の事を忘れてしまったと仮定すると、湖晴は物凄く集中力が良くないと言う事になる。しかし、それは日頃の湖晴の生活や過去改変作業時の様子をよく思い出せば、可能性から省く事が出来る。


 つまり、湖晴は二人とのやり取り等を覚えているはずなのだ。いや、そうでないとおかしい。と言うか、身近にいる人達の事を覚えておくくらいなら、そんな完全記憶能力なんて身に着けていなかったとしても、充分に容易い事だ。今の所、俺にだって出来ている。


 だとすれば、湖晴の今の台詞は一体……?


「貴方方は誰なんですか! 次元さんは私だけの者です! 近寄らないで下さい!」


 突如、俺の腕に抱き付いたままの湖晴がそんな台詞を如何にも怒り心頭と言った表情をしながら大声で二人に放った。その様子はとてもではないが何かの演技の様には見えず、心の底からそう思ったが故にその様に行動していると思えてしまう程の物だった。


 湖晴は何かが原因で、珠洲と音穏の事を忘れた。一先ず、それが何なのか、何で珠洲と音穏の事を忘れたのかはさておき、この状況をいち早く整理する為にも俺はそう仮定付けた。とは言っても、幾ら仮定を述べた所で、目の前にある大きな問題の解決にはならない。


「こ、湖晴ちゃん!? どうしちゃったの!? 取り合えず、落ち着いて!?」

「何ですか! 次元さん! さっさと行きましょう!」

「え? ちょ、ちょっと、湖晴!」


 唖然としている珠洲の隣に立つ音穏が必死に湖晴に呼び掛けるが、その声が湖晴の心に届く事は無かった。それどころか、余計に湖晴の怒りに触れてしまったらしく、湖晴はツカツカと俺の腕を力強く引っ張ってその場から去ろうとした。俺は音穏同様にもう一度だけ湖晴に呼び掛ける為にそれを必死に抵抗したが、湖晴の力は俺では到底敵わないくらいに強く、どれだけ頑張って力を込めても湖晴の歩き進むスピードを少し遅める程度にしかならなかった。


「湖晴! 待てって!」

「どうされましたか? 次元さん」

「『どうされましたか?』じゃないって! 何だってんだよ! 本当に、珠洲と音穏の事を忘れたのか?」

「私が知っているのは、私の命の恩人である玉虫先生と、恋人の次元さんだけです! 他の人なんて知りません! 女性なんて持っての他です!」


 何だか、湖晴の様子がいつもと比べて随分とおかしい。普段の湖晴なら、ここまで俺に対して意地を張ったり、反抗したりはしないはず。それに、この世界で知っている人物が湖晴自身を除くとたった二人だけだなんてそんな事はまずありえない。ありえるはずがない。


 湖晴は俺の腕を力強く引っ張り、俺はそれを必死に拒む。そして、その後ろ数メートルの地点には湖晴の先程からの幾つもの台詞に驚き、唖然とした様子になってしまった珠洲と音穏が立ち竦んでいた。


 多くの一軒家やマンションが立ち並ぶ街路上には俺達四人以外の人がいなかったから、まだ話はそこまでややこしくはならなかったものの、湖晴の先程の大声はご近所さんには響き渡ってしまっていた事だろう。


「悪い! 珠洲、音穏! 事情はまた後で話すから、今はそっとしておいてやってくれ! 俺達は先に学校に行くから!」

「お、お兄ちゃん……」


 湖晴にずるずると地面を引き摺られながらも、俺は辛うじてそんな台詞を二人に言う事が出来た。しかし、逆に言えばその一言しか言う事が出来ず、その後には悲しそうな表情をして立ち竦む制服姿の女の子二人の姿があった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 登校中、グラヴィティ公園内隅。より正確にはそのすぐ近くにある建物と建物の間の薄暗い空間。俺は湖晴のその壁にもたれ掛からせる様な状態で、湖晴の頭の隣の壁に両手を付いていた。


「どう言う事だ」

「それはこっちの台詞です。誰ですか? あの娘達は?」


 真剣な表情で湖晴に問い質そうとする俺に対して、何処からどう見ても不機嫌そうな湖晴は静かに低い声で、逆に俺に問い質して来た。その様子は俺の中の何かに酷く恐怖心を与えて来た。


「次元さんの彼女は私なんですよ? そして、私は次元さんがいないと生きていけない、次元さんが全てとなった存在なんですよ? それなのに、他の女の子ともいちゃいちゃしてるんですか?」

「いやいや、そうじゃないって。珠洲は俺の義理の妹で、音穏は近所に住む幼馴染みだろ? いちゃいちゃなんてしないし、何がどうあってもよく話すだろ」

「でも、今は次元さんにとっての全ては私ですよね? 次元さん、金曜日の夜に私以外の誰とも付き合わず、ずっと私の事を守って下さるって仰いましたよね? あれは全部、嘘だったんですか? ただ単純に女の子としたかったから言っただけの、口から出任せだったんですか?」

「違うって! そんな訳無い!」


 これは不味い。湖晴の中の何かおかしな部分にスイッチが入ってしまっている。俺が一つずつこの状況について問い質すつもりだったのに、気が付けば、逆に俺が問い詰められそうになってしまっている。


 状況を整理しろ。まずはそこからだ。


 まず、湖晴が珠洲と音穏の事を本当に忘れたのか、と言う事だ。俺の知っている湖晴なら、冗談でも嘘でもあんな台詞は言わないだろうし、そもそも、あの台詞を発した時の湖晴の様子は迫力があり、とてもではないが演技には見えなかった。


 それに、俺とくっ付いて登校していた事に関して恥ずかしかったり、珠洲と音穏に俺達の関係を知られたくないだけならば、今こうして俺達二人だけでいる時にまでそんな嘘を吐く必要は無い。と言うか、たとえそうだとしても、俺達が彼氏彼女の関係になった事について、何れはあの二人の耳に入るはずだ。そうなれば、結果は同じなのだ。


 と言う事はつまり、湖晴が珠洲と音穏の事を忘れたのは、事実として結論付けて良いのだろうか。他に何か考えられる要因は無いし、これ以外でこの状況を説明出来る訳が無い。


「あ、もしかして……」


 するとその時、俺に対して敵を見るかの様な鋭い目付きをしていた湖晴の様子が一変した。具体的には、ほんのりと頬を赤らめ、うつろな目付きをして、少し恥らいつつ身に纏っていた上着をするすると脱ぎ始めたのだ。


「もしかして、次元さんは、『朝、些細な事で喧嘩をした恋人がその誤解を解くべく、登校中の路地裏で……』なんて言うシチュエーションをしたかったのですかぁ? もぉ。私としたいなら、素直にしたいって言って下さいよぉ~。えへヘ~」

「……」


 駄目だ。話が噛み合っていないならその誤解を解く事が出来るのだが、湖晴の脳内での俺の先程からの台詞は全く別の物へと変化し、俺の予定していた話は上手く進みそうにはない。


 そして、そんな事を考えていると、湖晴は薄いシャツ一枚で体のラインが遠目にもよく見える様なほぼ半裸の状態で俺にそっと抱き付いて来た。その拍子に湖晴の豊満な胸が俺の体に押し潰され、湖晴の可愛らしい吐息が制服を通過して僅かに俺の肌に触れる。


「こんな屋外で、しかも誰かが通るかもしれない場所でするのは少し恥ずかしいですけど、次元さんが望むのなら……良いですよ? 私は次元さんになら……」


 しかし、完全に淫乱モードに入った湖晴に対して俺は理性を保ち、至って冷静に静かに湖晴の体を離した。湖晴は予想外の行動をとった俺に驚いたのか、少しだけ眉をひそめて何が起きたのか理解が追い付いていない表情をして俺の顔を見上げていた。


「次元さん……?」

「行こう。そろそろ行かないと遅れる」

「うぅぅ……次元さんが留年されてしまうと、これからが何かと大変ですからね……まあ、次元さんがそう言うなら、仕方無いですね……本当は少ししてみたかったのですけど」


 俺は湖晴の事を大事で大切にしたいと想っている。その想いは、この世界のどんな人よりも強く、それを向ける対象も何があろうと湖晴以外にはありえない。だが、今の湖晴は俺が好きな湖晴の人物像とは少し掛け離れていた。さて、俺の知っている湖晴の人物像とは、一体どんな物だっただろうか。


 この世界の実質的な時間としては二日程度しか経っていないはずなのに、俺達のこの関係が始まったあの金曜日の晩が随分と懐かしく感じる事が出来る。


 俺は……俺達は、本当に二日しか一緒に過ごしていないのか? 本当はもっと長く、数ヶ月間以上も過ごしていたのではないだろうか?


 湖晴の異変と何かもどかしい気持ちになっていた俺はそんな風な、ありえる訳も無い事を考えながら、湖晴に腕を抱き付かれつつ、学校へと向かった。

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