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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
182/223

第10部

 俺は、昨日のオムライスに引き続き今日も湖晴の美味しい手料理を完食した。昨日から既に湖晴の料理の美味さ、上達の早さはよく理解していたつもりだったのだが、実際には湖晴はそんな俺の予想を遥かに上回るスペックの持ち主だった。


 昨日はオムライス一品のみだったのに対し、今日は肉じゃが等の家庭的な和食のイメージを受ける多種多様な料理が置かれていた。しかも、どれも見た目も味も良かった。更に、湖晴の手料理である事も関係してなのか、俺はこれ以上の幸福をこれまで嘗て味わった事が無いとすら思えてしまう程嬉しかった。


 今日は珠洲が音穏の家に泊まって勉強会をしているらしく家にいないからなのか、湖晴は普段とはまるで様子が異なり、俺に密着したまま料理を食べさせる等、妙に積極的な一面を見せた。少しだけ、いつもと比べた時の変わり様が気になる所でもあったのだが、夕食後、俺はそんな湖晴に『先に風呂に入る様に』促されたので言われるがままに風呂に入った後、次の月曜日からある中間テストの為に勉強を教えて貰っていた。


「え、えっと、次元さん……」

「……ん? どうかしたのか?」


 今日は数学ではなく、古文や化学等の別の科目の勉強を主にしている。やはり湖晴は頭が良く、数学以外の科目もそこ等辺にいる教師より遥かに上手な教え方をしてくれた。しかし、そんな順調に勉強が進んでいるにも関わらず、開始から十分程度しか経っていない時、不意に湖晴が少し体をもじもじとさせながら俺に話し掛けて来た。


「お、お風呂に入って来ます……」

「え? あ、ああ。分かった」


 女の子が男に『トイレに行く』や『風呂に入って来る』なんて言う事は恥ずかしい事なのだと言う事くらい俺には分かっていた。なので、正直にその事を言う必要は無かったし、わざわざ俺に言わずに黙って行っても良かったのだが、そこはやはり俺に勉強を教えていると言う立場だからなのか、親しき仲にも礼儀ありと言った所なのか、おそらく湖晴なりの気遣いなのだろう。


 その事を察した俺は、特に止める理由も無いのでそのまま湖晴の台詞に了承し、湖晴が歩いて行くその後ろ姿をじっと眺めていた。


 湖晴が階段を下りて行くその足音を聞き届けながら、俺は素直に思った。湖晴が俺の隣からいなくなると何だか寂しい、と。ただ単純に、テスト勉強を分かり易く教えて貰っているからとか、湖晴が長髪巨乳美少女だからとか言う理由だけでなく、その存在その物が俺にとってはかけがえの無い物になっているからなのだと思う。


 湖晴と俺が出遭った、いや、出会ってから『現在』までの時間は、今日この時の時点で今だに二週間と五日間程度と言うとても短い時間だ。だが、過去改変作業の為に幾度と無く『過去』へ時空転移をしているので、俺達二人の体感時間はもっと長いと思われる。それでも、珠洲や音穏との付き合いを考えれば、微々たる物に過ぎない。


 湖晴は最初、感情の一部が欠損しているのではないかとすら思えてしまう程、人の気持ちを考える事が出来てはいなかった。しかし、過去改変や平凡な日常を通じて時が経つにつれて次第にそれも解消されて行き、今では俺や珠洲の事を気遣って手料理を振舞ってくれる程にもなった。しかも、その料理はどちらもプロ並みで、非常に美味しかった。


 時々暴走したり、よく分からない言動も多々あったが、それでも大抵湖晴は何時でも何処でも冷静で、様々な方向性において優秀な女の子だった。その『優秀』とは、完全記憶能力があるとか、怪我が異常な早さで治るとか、そう言う意味の範疇のみに収まる事は無く、それ以外の事柄も全て含めた上での事だ。


 優秀で、真面目で、可愛くて……完璧じゃないか。少なくとも、俺が思うには。それに、湖晴が最近、俺にして来ている事を思い出すと、どうも恥ずかしくなってしまう。そして、自分の頬が熱く火照って来る感覚が分かる。


 その始まりは膝枕だったと思う。過去改変の為に『過去』に時空転移する度に気絶をしてしまう俺の事を思って、湖晴は自身の膝が痛くなるのも我慢して何度も俺に膝枕をしてくれた。又、この間の日曜日、俺が風邪をひいた時に不意打ちの如く突然されたキスだ。キスはその一件から始まり、飴山の過去改変中に一回、そして、昨日も湖晴の方から二回。


 おまけに、昨日と今日では胸元がばっくりと開いた肌の露出が多い私服を着ていて、柔らかそうで真っ白な太股の露出が素晴らしい具合に丈が短いスカートを履いている。俺が以前プレゼントした『◇』みたいな形のネックレスも付けてくれているみたいだし。


 ここまで考えると、男の俺としては少しばかり勘違いしてしまうものだ。湖晴が俺の事をどう想っているのか、について。俺が湖晴の事をどう想っているのかは言うまでもなく自分では理解出来ているつもりなのだが、結局の所、湖晴はどうなのだろうか。


 その事について聞く勇気は今の俺には無い。だが、少なくとも嫌われていないと言う事は何と無く分かる。でも、それ以上の、俺が想っている様な事を湖晴が想ってくれているとは限らない。


 湖晴の容姿は思い出す度に、俺の中の何かを奮い立たせる。


 純粋無垢と言う言葉を思い出させる透き通る様に青い瞳。その瞳に映る物は、当然綺麗で美しい物だけだったとは限らないだろう。しかし、湖晴のその瞳は何時までも輝きを失う様には思えない程に、美術的な綺麗さ可憐さ儚さがあった。


 鮮やかな青色の、綺麗でさらさらの長い髪。湖晴が歩く度、それ以外の何かをする度にその美しい髪は揺れ、辺りに良い香りが撒かれる。その香りは、心地良くなる様な、(匂いに使う表現としては適切ではないかもしれないが)きらきらしている様な感じがする。


 真っ白ですべすべの柔らかい肌。不健康な意味合いでの白さではなく、至って健康そうなのに、何故あの純粋なる白さを保っていられるのかが不思議に思えてしまうくらいの、純白さだ。しかも、太股等の柔らかい質感が重要視される部分になるとその威力はより一層増し、それだけでノックアウトされてしまいそうにもなる。


 そして最後に、あの豊満で大きな胸だ。俺がこれまでに知り合って来た女の子の誰よりも大きく、その活用の仕方がまた上手い。白衣姿の時は、白衣その物の服の構成上表面的にはそこまで目立たないものの、私服を着ると一気に強調される。女の子の胸に触れてはならないのは分かっているのだが、それでも、男の俺としては一度くらいは……とか言う疚しい感情も無い訳ではない。


 少し触れるだけで壊れてしまいそうな、美しい湖晴の容姿。すぐ近くにいてくれるだけで幸せな気持ちにさえなれる、湖晴の存在。何時しか、俺は俺の事を平凡な日常から連れ出し、現実味の無い残酷な非日常に連れ出した原因でもある湖晴の全てに惚れ込んでしまっていた。


 その後、俺は抑え切れない様なもどかしい気持ちになる。湖晴と知り合えた事を嬉しく思う反面、何時かは別れなくてはならない運命に嫌悪感すら覚える。何時までも俺だけの隣で笑っていて欲しいと思う。過去改変作業なら何度だってするから、またあの美味しい料理を作って欲しい。テスト前でなくてもテスト勉強と偽ってでも近くにいて貰いたい。


 やはり、分かっていた事ではあったが、俺は心の底から湖晴の事を想っているらしい。出会った最初はこんな事は無かったのに、何時からこうなったのか、それは俺にも分からない。


 そして、どうしようも出来なくなった俺は一言だけ呟いて、一人虚しくテスト勉強を再開しようとした。


「……湖晴……」

「……ふぇ!?」


 俺が一言呟いた直後、何処からともなく、そんな間の抜けた女の子の声が聞こえて来た。聞き間違える訳も無い。その声は、ついさっきまで俺が考えていた湖晴の透き通る様に綺麗な声だった。ふと机に置いてあった時計を見てみると、時刻は既に十時過ぎ。湖晴が俺に宣言して風呂に行ってから、三十分以上も経過している。流石、男とは違って、女の子の風呂は長いな。


「ああ、湖晴か……早いな……って、え!?」


 湖晴の声がした方向を向いた時、俺は思わず自分の目を疑った。今日は幻覚現象が幾度と無くあったが、それとは違う、現実味の無い光景がそこにはあった。


「え、えっと、湖晴……さん?」

「わ、私は……」


 湖晴は風呂に行く前は胸元がばっくりと開いた肌の露出が多めな私服を着ていたのだが、今はそうではなかった。湖晴は体に真っ白なバスタオルを一枚巻いていた。ただ、それだけだ。しかし、逆に言えば、湖晴はバスタオル一枚だけしか身に着けていなかったのだ。


「服は!?」

「違うんです!」


 俺が湖晴に『何が違うんだ!?』と心の中で聞き返したとほぼ同時のタイミングで、湖晴はゆっくりと俺に歩み寄って来た。そして、その豊満な柔らかい胸をむにゅっと俺に押し付けるかの様にバスタオル一枚のままの姿で抱き付きながら、続けて言った。湖晴の胸から微かに伝わってくるとても早い心拍数と、風呂上りの女の子特有のシャンプーらしき良い香りに、俺は冷静を保ってはいられなかった。


「私……次元さんの事が好きです」

「……はい?」


 え? 何これ? もしかして、また幻覚現象が再発した? それとも、やっぱり夢? 最近はやりの夢オチパターンですか?


 そして、湖晴は俺の体に顔を埋め、胸を押し当てながら、語り始める。


「次元さんはこれまで、私の事を助けたり手を貸したりして、大切に思って下さいました。私の勝手なお願いである、過去改変作業についても文句の一つを言う事無く、私の事を助けて下さいました。何が起きても、何が起き掛けても、何時でも何処でも次元さんは誰かの為に頑張っていました。次元さんご自身がそう感じていなかったとしても、私にはそんな次元さんのお姿がとても素敵に見えました」

「……」

「そして、何時からなのか、私はそんな次元さんの事を想ってしまっていました。次元さんと話す度、触れる度、キスをしたりする度に胸がどきどきして、色々な抑え切れない感情が芽生えていました。だから、次元さんにはこれからは誰でもない、私だけを見ていて欲しいのです。これからは何時までも私の傍にいて欲しいのです。私は次元さんの事が好きです。この世の誰よりもずっとずっと大好きです。次元さんはどうなんですか……?」

「お、俺は……」


 湖晴はその両手を俺の背中にまわしたまま、しかし抱き付いていた格好を少しだけ離して、互いに相手の顔が見える様な位置に自身の顔を持って来た。その時の湖晴の顔は風呂上りのせいもあるのか、普段俺の目の前で照れている時よりもより一層赤く染まっており、少しだけ吐息が荒い様にも思えた。体が熱いからなのか発汗もあるみたいで、俺の体に触れている湖晴の体から伝わって来るその体温は心地良い物だった。


 風呂上りの美少女がバスタオル一枚の姿で俺に抱き着いている。そんな状況が現在進行形で起きているのならば、俺の様な健全な男子高校生はどうする事も出来なくなる。止まらない汗と心拍数の高鳴りを抑える事が出来ないのだ。


 少し待て、冷静に考えろ、俺。一つずつ状況を整理して行くんだ。


 今の湖晴は風呂上りで、バスタオル一枚と言う完全無防備な格好だ。うん。そう言えば、夕食後何故か俺は湖晴に『先に風呂に入るように』と促された。うん。特に断る理由も無かったので、俺は湖晴に言われるがままに夕食後すぐに風呂に入った。うん。でもって、湖晴は俺に勉強を教え始めてまだ十分程度しか経っていないのに風呂に入りに行った。うん。そして、湖晴は今さっき、俺の事を『好き』だと言った。うん。


 あれ? これはもしや……。


 俺の事を誘惑して来ているかの様な湖晴の格好と行動。そして、これまでの状況。その全てを整理した上で、俺は抑え切れない様な緊張感の元、何一つ冷静な判断も出来ていないまま、湖晴の質問に答えた。湖晴はそんな俺の様子を真剣そうに見つめていた。


「俺も……同じだ……」

「本当……ですか……?」

「ああ」

「嘘、じゃないですよね……?」

「当然だ。そんな嘘、吐く訳無いだろ?」


 心配だからなのか、何度も何度も聞き直して来る湖晴に俺は優しく囁く様に答え続けた。湖晴は俺に想いを伝えた。それなら、俺も俺の想いを伝えるべきなのだ。俺は湖晴の髪を静かに撫でた後、そっと湖晴の唇にキスをした。湖晴はその俺の行動を拒む事無く、そのまま受け入れた。


「……ん……っ……」


 それから一体、何分間キスをしていたのだろう。まさかこんな形で、こんな時に実るとは思ってもいなかった俺の湖晴に対する想い。いや、それは湖晴も同じだと思う。そんな二人は互いに相手の事を、より確かめる為にキスをした。又、キスの最中、湖晴が俺の口の中に舌を絡ませて来たので、俺もそれに応えた。


 そして、互いに唇を離した俺と湖晴の間に一本の唾液の糸が引きながら、二人共うつろな表情で互いの顔を見つめていた。


「良かった……次元さんに、想っていて貰えて……」

「お、おい。そんな、泣く事じゃないだろ……」


 完全に二人だけの世界に包まれながら、恥ずかしさと嬉しさに包まれている中、突然湖晴が泣き出してしまった。よほど心配だったのだろう。俺は指で湖晴の目から溢れ出ていた涙をそっと拭った。その後暫くしてから、泣き止んだ湖晴は俺の手を引き、勉強机のすぐとなりに設置されている俺のベッドへと俺を座らせた。


「湖晴……?」

「私、次元さんの事をもっと知りたいです。それに……次元さんになら、何をされても構いません」

「そ、それって……」

「だから……」


 そして湖晴は強引に俺の右手を引いて、自身が持つその豊満な胸へと触れさせた。触れた瞬間、湖晴の口から『……ん……』とも聞こえる色っぽい声が漏れた。また、俺の右手が触れているその胸の大きさと弾力はバスタオル越しでも充分に分かる程の物であり、このまま自分の指を折って、湖晴の事をより確かめてみたいとも思えた。


 だが、その一歩手前の所で、俺は立ち止まった。


「え!? いやいやいや、ちょっと……」

「嫌、なんですか……」

「そ、そう言う訳じゃなくて……だな……」


 俺が無理矢理触れさせられている湖晴の胸から手を離そうとしても、湖晴は力づくで俺の手の動きを拒んだ。そして、そんな力強さとは逆に、再び泣き出してしまいそうなとても可愛らしい少女の顔をして俺に何かを訴えかけていた。


「良いのか……?」

「え……?」


 おそらく、湖晴は本気だ。だが、それが俺の単なる妄想に過ぎない可能性も否定出来ない。だから、確認しておく必要がある。『湖晴は本当に俺で良いのか』と。


「その……俺も男だからな……やる時はやるし……それ以上進んだら、止められないぞ……?」

「……はい。それに、先程言った通り、私は『次元さんになら、何をされても構わない』んです」


 湖晴は満面の笑みをこぼしながらで俺にそう言った。そして、その湖晴の台詞がきっかけとなり、俺の中の何か(多分理性)は何処かへと吹っ切れてしまった。せっかく湖晴が向けてくれたその想いを大切にしたい。俺の想いをもっと湖晴に伝えたい。もっと湖晴の事を知りたい。興味本意とかそう言う事とは少し違う、人として、異性としての何かを伝えたい。心の底からそう思った。


 そして、俺はそのまま湖晴の体をベッドへ押し倒して、その体に跨る様にしながら両手を軽く押さえ付けた。


「もう……何を言っても、遅いからな……?」

「その……えっと、私、初めてですから……優しく……して下さいね……?」

「ああ」


 そう答えた後、俺はベッドの上で俺に軽く押さえ付けられている湖晴に優しくそっとキスをした。


 そして、俺と湖晴は次の日の朝まで一晩中ずっと、互いに互いの愛を確かめ合った。自分がどれ程相手の事を想っているのかを伝える為に、相手がどれ程まで自分の事を思っているのかを理解為に、これからもずっと何時までも一緒になっていたかったから。


 今晩、平凡主義者のこの俺上垣外次元に、人生初の彼女が出来た。

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