表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
181/223

第09部

 夕方、湖晴が俺に『絶対に次元さんに満足して頂ける様な料理を作ってみせます!』と、やけに意気込みながら宣言した後、俺は今日一日中ずっと幻覚を見たせいか随分と疲れていたので、テスト勉強をする事無く自室にてすぐにベッドに倒れ込み睡眠活動に徹した……と言いたい所だが、その時の俺にはそうする事なんてとてもではないが出来なかった。


 もし俺が自室で寝ていれば、湖晴は何かおかしいと気が付くはずだ。勿論、湖晴は俺がロングスリーパーである事を知っている。しかし、俺が帰宅直後に玄関前廊下で倒れていた事と、今週はテスト前で俺が睡眠時間を削っていると言う事を考えると、俺が夕方から自室で寝ていると言う事に少しばかり違和感を感じても何らおかしくはない。


 それに、湖晴は必ず予定通りの時間に俺の部屋に勉強を教えに来る。だから、湖晴の親切心を大切にし、そして、余計な心配を掛けない為に俺は自室にてテスト勉強をしていた。かなり眠かったが、一応、経過は順調だ。これまではずっと、宿題すら基本的に一度もまともにしていなかった俺にしては、それなりに各教科とも理解が深まっていると思う。


 湖晴は夕食を作る為に、俺のテスト勉強開始と終了のそれぞれ三十分くらいの間は席を外していたが、それ以外は普段通りの、学校の先生以上に分かり易い解説をして俺に勉強を教えてくれていた。


 その時の休憩時間に湖晴から聞いた話によると、どうやら珠洲は週末だからと言う理由で、学校が終わった後そのまま二つ隣にある音穏の家に泊まりに行く事になっていたらしい。珠洲が自ら音穏の家に行きたいだなんて世界が引っ繰り返ったとしても言う訳が無いので、おそらくそれは、音穏からのお誘いなのだろう。


 まあ、音穏の事だから受験生である珠洲の(あるかどうか分からない)緊張をほぐすとか、年上として一度経験した高校受験のアドバイスを、とかそう言う考えなのだろうが、果たしてそれらはあの珠洲に必要なのだろうか。そもそも、本当は音穏はそう言う考えは持っておらず、ただ単純に珠洲を抱き枕にして寝たかっただけなのかもしれないが、どちらにせよ、珠洲がそれを承諾したのなら特に問題は無いだろう。


 ちなみに、何故湖晴がその事を知っていたかと言うと、実は昨日の夜、俺が寝た後、珠洲が湖晴に『ワタシ、明日から月曜日の朝まで家にいないので、お兄ちゃんのご飯作ってあげて貰えますか?』と頼んでいたらしい。お泊り会の期間が一日二日ではなく、やけに長い様な気もするが、それはさておきそう言う話になっていたらしい。


 それで、今朝湖晴はこの三日間の食事の買い物の為にかなり早い時間帯から家を出ており、何かとばたばた忙しかった俺はそれに気付かず、家を出る直前に珠洲の幻覚を見て、登校中には音穏の幻覚を見て、学校でもずっと寝ていた為、珠洲と音穏からそれらの事を聞かされる事が無かったと言う訳だ。まあ、暫くすれば珠洲と音穏の二人の内のどちらかからその件についての電話が掛かって来るとは思うが、連絡を受け付けられなかったのは俺のせいであるとも言えるだろう。


 そして、今。


「じ、次元さん……ど、どうでしょうか……?」

「お、おお……」


 時刻は午後七時三十分の少し前の頃、俺は一階リビングにて、その中心にある食卓に整然と並べられている大量の物に度肝を抜かれていた。この『度肝を抜かれる』と言う言葉は、この場面では悪い意味ではなく、むしろ良い意味の事を指す。


 俺の目の前にある大量の物。それらは、湖晴が作ってくれた夜ご飯だ。だが、昨日とは大きく違う点が幾つもある。いや、当然の事ながら、二日連続オムライスだったり、コンビニで買って来た物だったりなんて言う事は無く、勿論メニューは違うのだが……俺が言いたいのはそう言う意味ではない。


 それは、肉じゃがや焼き魚を始めとした和食で、日本古来から存在する日本独特な家庭的な料理の数々だった。食卓に並べられているそれらの料理はどれもボリュームとバリエーションにおいては、昨晩のオムライスの数倍上を行っていると言えるだろう。


 それに、オムライスは比較的簡単に作る事が出来る料理の一つだと、以前珠洲から教わった事があるが、こう言う家庭的な料理ではその一つ一つに合う味を作る側が見付け出して組み合わせる必要性がある。それに、少なくとも、料理を始めて数日の人間が作る事が出来る代物だとは到底思えない。


 しかし、俺の目の前に広がるこれらの家庭的な料理は、どれも見た目(主に形や色)が良く、とても美味しそうだった。それに、それらから漂って来る食欲をそそる良い匂いもして、それだけでご飯を何杯でも食べる事が出来てしまいそうにすら思えた。


 遠目にも、こんな美味しそうな料理を料理を始めてまだ数日の湖晴が作ったとは思えなかった。即ち、それ程までに完全完璧な料理に見えたのだ。それに、昨晩のオムライスの事もある。きっと今日も、美味しく頂く事が出来るだろう。


 もしかすると、昨日辺りから少しだけ思っていた事ではあるが、湖晴ってこれまでずっと一人暮らしで料理をする重要性が無かっただけで、実は物凄く家庭的な女の子なのではないだろうか。ほんの少しだけ珠洲から指導を受け、数日間練習しただけでこの腕前。そもそもの才能がある事も理由として挙げられるかもしれないが、それ以上に、湖晴の料理の上手さに俺は心底驚いていた。


 今になって思い出してみれば、湖晴は俺の家に居候し始めた時には特に何もしない居候天然ニート少女だった訳だが、珠洲に指摘され、湖晴自身も自ら率先して行動する様になってからはそれなりに家事をしていた様な気もする。


 俺が見る限りでは皿洗いとか買出しとかそう言う類の簡単な家事しかしていない様に思えたが、俺が見ていない所で何か別の家事をしていたのかもしれない。俺が寝ている間とか、学校に行っている間とか。そう考えると、改めて湖晴の能力の高さには頭が下がるばかりだった。


 今だに驚きを隠せず、同時に湖晴の事を尊敬しながら、俺は湖晴に言った。


「昨日より、随分とボリュームがあるな」

「え!? もしかして、多かったですか!?」

「いやいや、そう言う意味じゃなくて、よくこんなに沢山の美味しそうな料理を作れたなって事」

「それは、次元さんに……喜んで貰いたかったから……」

「俺に?」

「……はい」


 白衣ではなく、エプロンと私服を着ていた湖晴はそう言った後、顔を少し赤らめたと思えば、すぐにその顔を俯けてしまった。その後、自身の体の手前で少しだけもじもじと指遊びをしているのを俺は見て、湖晴が恥ずかしがっていると言う事を察した。その様子に何だかそこはかとない可愛らしさを覚えた俺は、そのまま湖晴の元に歩み寄り、そっと湖晴の頭を押さえて自分の身に寄せた。


「ありがとな。こんな俺の為にそこまで……」

「『こんな』なんて言わないで下さい。私はただ、次元さんに喜んで貰いたかったのと……これからもまた、料理を作って欲しいと言って頂たかったから、したまでです」


 俺に軽く抱き寄せられていた湖晴は、自身の両手を軽く俺の胸辺りに当てて、小さくそう呟いた。


 俺は……幸せ者だな。この俺、上垣外次元と言う人間はこれまでずっと何に頑張る事も無く生きて来た。それは、何時の頃からか俺の心に宿っていた平凡主義者と言う理念を遂行する為でもあり、俺が過度なロングスリーパーだった為でもある。


 そんな俺はこの少女、湖晴に出会ってから少しだけ頑張る事が出来た。音穏を始めとして、六人の少女達の辛くて悲しい人生を救済し、この世界を破滅の未来から救った。当然ながら、それは俺一人だけの力ではなく、大半は湖晴のお陰だ。俺は、過去改変作業によってこの世界を幾度と無く救って来たタイムトラベラーである湖晴の、ほんの少しの手伝いをしていたにすぎない。


 でも、湖晴はそんな俺の事をある程度は大切に思ってくれている。それくらいは、たとえ単なる俺の勘違いだとしても、今さっきの湖晴の台詞から分かる様な気がした。


 俺自身は湖晴の事を想っている。湖晴に美味しい料理を作って貰える今も当然ながら嬉しいが、これから先、出来るだけ長い期間、湖晴と一緒にいたい。そして、料理を作って欲しい。それに、それ以外にも……、


「そ、それじゃあ、そろそろ食べさせて貰うとするか!」


 余計な事を考えていたからなのか、何の躊躇いも無く同世代の美少女を抱き寄せていたからなのかは分からないが、突然自分の存在とその行動が恥ずかしくなった俺は湖晴の体を少しだけ離して、そして、やや焦りながら俺用の椅子に座った。


 そして、一通り再度食卓に並べられているいかにも美味しそうな料理の数々を眺め、まずはどれから食べようかと悩んでいる時、俺は自分の太股の辺りに何か重みを感じた。その重みは数秒後にはもう少しだけ重くなっており、ふと気付くと俺の目の前には真っ赤になった湖晴の顔があった。


「こ、湖晴さん!? な、何をしていらっしゃるのございますですますか!?」


 湖晴が俺の膝太股の上に乗り、軽くお姫様だっこみたいな状態になっている事に対して戸惑いを隠し切れなかった俺は、敬語なのか謙譲語なのかそもそも日本語なのか、よく分からないそんな台詞を発した。


 一方の湖晴は、俺の首に両腕をまわして、あと数センチ近付くだけでキスしてしまいそうな所にまで顔を持って来て、俺の顔面に可愛らしい小さな吐息を当てながら恥ずかしそうに言った。


「え、えっと……私が、次元さんのご飯を食べるお手伝いをします!」

「……はえ?」


 I’m sorry,say that again.

 (訳:すみません、もう一回言って下さい。)


「私が次元さんに、このままの状態でご飯を食べさせてあげます!」

「……え、ええええ!?」


 湖晴が体勢を崩して転げ落ちない様に注意しながら、俺は湖晴のほっそりとした暖かい体を両手で支えていた。対する湖晴は左腕を俺の体の手前側に置き、右手にはお箸を持っていた。


「え、で、でも……え!?」

「ではまずは、肉じゃがの……じゃが芋あたりからどうでしょうか?」

「いやいやいやいや! 『どうでしょうか?』じゃなくて!」


 焦り、驚き続ける俺に対して平然と、しかし今だに顔は真っ赤なままで湖晴は右手で持っていた箸を使って、食卓に置かれていた肉じゃがの入った容器の中から、適当な大きさのじゃが芋を一つ取り、左手でそれをこぼさない様に器を作りながら俺の口元へと運ぼうとして来た。


 だがしかし、本当に良いのだろうか。そりゃあ勿論、長髪巨乳美少女が俺の為を思って手料理を振舞ってくれた上に、俺に身を寄せながら(胸が当たるくらいに密着しながら)、その料理を食べさせようとしてくれていると言うシチュエーションは嬉しくない訳がない。むしろ、健全なる男子高校生としては、非常に嬉しい。


 とは言っても、湖晴が俺の事をどう思っているかはさておき、俺はここまで湖晴に良くして貰える様な事をした覚えは無い。俺としては、過去改変作業を数回手伝っただけなのに、膝枕やらキスやら、何かと湖晴からそれ以上の事をして貰っている。補足しておくと、俺はそう言う事が目当てで過去改変を手伝っていた訳ではない。


 それはそうと、湖晴もやはり女の子だ。いくら『過去改変作業を手伝って貰っているお礼』と言う名目でも、ここまでする必要は無いのでは……。いや、でも、希少性と言う観点においては今の状況よりもキスの方が格段に上だよな……。どうしよう。


「……嫌、なのですか……?」

「え? い、嫌とかではなく、だな……」


 湖晴は箸でじゃが芋を掴んだまま、少し涙ぐんだ目付きで俺の事をじっと見ていた。その様子を見た俺はどうしようも出来なくなり、これ以上湖晴を泣かせない為にただひたすらに考え、十数秒後、その結論を出した。


 そうだ。湖晴が俺の事をどう思っているかはさておきとしても、湖晴はこうして頑張っているではないか。俺のこの想いが一方的な叶う事の無い物だとしても、それが一時的にでも叶っていると言っても過言ではない今みたいな状況を楽しまなくてどうする。


 それに、湖晴に余計な心配を掛けたくないと夕方に改めて誓った所じゃないか。それが表面的だけな物だとしても、俺が湖晴からのせめてもの好意を受け取らなくてどうする! 吹っ切れろ! そして、楽しめよ! 俺!


「次元さん。はい、あーん」

「あ……あーん」


 端から見れば『リア充爆発しろ!』と言われてしまいそうな、ラブラブカップルみたいな、新婚夫婦みたいなやり取り(?)を交わし、俺が口を開けると湖晴がその中にじゃが芋を丁寧に放り込んだ。そのじゃが芋は、俺と湖晴の数分間の会話の為か空気に触れたせいで少し冷たくなってしまっていたものの、本体には充分に味が染み込んでおり、これまで食べた肉じゃがのどれよりも上出来だと感じた。


「う、美味い!」

「本当ですか!? そ、それでは次は……」


 俺がそう言うと湖晴はパアッと顔を明るくして、次に俺に何を食べさせるかを選び始めた。俺は今の、ある意味では非日常な体験に喜びと嬉しさを感じながらも、湖晴が俺の事をどう思っているかについて少し不安を抱いていた。


 結局それから、俺は湖晴の体を支え、湖晴はただひたすらに俺に料理を食べさせると言う状態が続いていた。どの料理もお袋の味と言うべきなのか(少し違うか)、濃過ぎず薄過ぎずと言った感じで、素晴らしく美味しい味に仕上がっていた。


 湖晴自身は俺に料理を食べさせるばかりで、俺としては湖晴は食べなくても大丈夫なのだろうか、と少しばかり心配していたが、そもそも最初から食卓には俺の分の料理しか置かれていなかった事を思い出し、この状況を作り出したかったから先に食べたのか、後から食べるのかと勝手に解釈した。


 そして、そんな幸せな時は風の様に去って行き、料理を完食した時には、既に時刻は八時半近くになっていた。俺は他人と比べると比較的食事に掛かる時間は長い方だと思うのだが、流石に、外食でもないのに一時間は掛かり過ぎだ。


「あ、次元さん」

「ん?」


 数分前に料理を完食し、湖晴がその後片付けを始めようとした時、湖晴は何かに気が付いたらしく、一言だけ俺に声を掛けた。そして、俺が湖晴の声の方向を見たすぐ後、湖晴はペロッと俺の口元付近を舐めた。


「!?」

「……ご飯粒、付いてましたよ?」


 俺の口元に付いていたらしいご飯粒を舐めた湖晴はもぐもぐと口を動かした後、満面の笑みで俺にそう言った。続けて、ふと思い出したかの様な調子で湖晴は俺に言った。


「次元さん。今日はもう、先にお風呂に入っちゃって下さい」

「……? 構わないが……何でわざわざそんな事を?」

「え!? い、いえ、その、別に……深い意味とか疚しい意味とかは一切合切何もありませんけど……あ、そうですよ! 今晩は珠洲さんが家にいらっしゃらないので、明日の為にも、早めにお風呂を洗っておきたいんですよ!」

「そうか。それなら分かった。じゃあ、今から行って来るよ」

「は、はい! 宜しくお願いします!」


 やけに急にテンションが高くなり、何やら意味深な言葉を幾つも発していた湖晴だったが、俺はそんな湖晴に対して特に不審に思う理由も無く、美味しい湖晴の手料理を完食した事に喜びを感じつつ、そのまま風呂場へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ