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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
179/223

第07部

 俺の悪夢の様な幻覚症状は終わらない。何時になっても、何処に行っても、それはひしひし確実に俺の後に付いて来る。そして、俺にこの世界で嘗て起きた、もしくは、起きていたかもしれない幻覚を見せる。俺の表面的な意識上では解決されたと思われた事柄が、実際にはまだ続いている。そんな風にすら錯覚してしまう様な酷い幻覚だ。


 今朝自宅を出る際には珠洲、登校中のグラヴィティ公園内では音穏、そして挙句の果てに学校の教室内では栄長だ。三人とも、過去改変前の状態に戻るか、それ以上に酷い状態になっている様に思えた。しかし、それらは全て俺の脳内で勝手に作り出された幻覚であり、実際に現実世界で起きている事ではない。自分の心の中ではそうだと分かっていて、割り切る事が出来ていても、いざ目の前でその様な場面になるとどうにも上手く対応出来ない。


 それに、これは本当に俺の幻覚なのか。そこから既に確証が無い為、真実が否かが怪しい。現実でも夢でもないと言う事は、俺の幻覚症状終了後の三人の反応や俺の(端から見れば)意味不明な行動を分析すれば何と無くだが分かる。


 しかしながら、そうだからと言って、この事を『俺の幻覚症状』と言う奇妙なカテゴリーに分類してしまっても良い物なのだろうか。過去改変が続いた事による疲労や寝不足が少なからず影響しているとは言え、それでもあんなおかしな幻覚を短時間で連続で見続けるのは、どう考えても異常だ。


 しかも、その三回の全ては九月二十九日金曜日の今日に集中して発生している。昨日までは何とも無かったのに、そんな予兆すら無かったのに、それなのに、何故こんなにも急にあんな残酷な幻覚を見せられなければならないのか。


 俺の中で何か早めに解決しなければならない異変が訪れている事を察しながらも、俺はどうする事も出来ずにいた。そもそも、それが何なのかすら分からないし、分かったとしても、更にその解決方法を見つけ出して実行する必要があるからな。


「はぁ……」


 ただでさえ疲労困憊寝不足気味な俺に追撃、いや、とどめとばかりに襲って来る幻覚症状。そんな悪夢に心が折れそうになっていた俺は昼休み、それによって傷付けられた自分の心を癒す為に適当なジュースを買いに、食堂近くの自動販売機前に来た。そして、何を買おうか選んでいる時、そんな気の抜けた溜め息が俺の口から漏れた。


 教室を出る直前、音穏や栄長に少し心配をされたが特に理由は言わずに一人で来た。あんな幻覚を見せられた後では、本来ならば何とも無い二人に多少の恐怖を覚えても仕方が無いだろう。当然、そんな事を本人達に言えるはずもなく、俺はジュースを買った後、午後の授業は全てサボって屋上で寝る事にしたのだった。


 結局、午前中の授業もほとんど寝ていたのだが、その度に、今朝から見せられていた幻覚程ではないが嫌な夢を見てしまい、教室中に響き渡る叫び声を発して目覚めるのだった。当然、静かに授業を受けていたクラスメイト全員からは冷ややかな視線を浴びせられ、教卓付近に立つ教師には叱られ、その休み時間には音穏と栄長に慰められると言う一連の流れが二度もあった。


 だからこそ、誰にも迷惑を掛けない為に、そして、俺自身の不安定な精神状態を少しでも落ち着ける為に、俺は一人孤独に午後の授業を全てサボって屋上で寝るのだ。誰が何と咎めようが、決意を固めた俺の意思を曲げる事など出来はしない。


「あ、じっくーん。やっはー」

「……ん?」


 二枚の硬貨を入れた後、自動販売機から吐き出された五百ミリリットル台のスポーツ飲料水のペットボトルを取った俺が、『さあ、屋上に行こう』と思ったその時、俺の事を珍しくあだ名で呼ぶそんな声が聞こえて来た。


 声がした方向を確認し、顔を上げてその声の主の姿を見る。そこには、金髪で短めのツインテールの髪型をした無愛想な表情の少女が一人と、その隣に鮮やかで明るい髪色をしていて二つの可愛らしいヘアピンを付けており大きなリボンで結わえたポニーテールの髪型をしている満面の笑みの表情をしている少女が一人いた。


 言うまでも無い。前者は俺にとっての二人目の過去改変対象者だった阿燕であり、後者は阿燕の実の姉である須貝だ。過去改変後の二人は、俺が見る限りでは何時でも何処でも仲良く一緒に行動している。おそらく、普段はアイドル活動で忙しい須貝の事もあり、中々姉妹揃う事が出来ないから学校にいる間だけは、と言う考えなのだろう。


 と、その時。俺は不意にとても嫌な考えが自分の脳内に過ぎった事を感じ取った。


「? 上垣外? 何震えているの?」

「あれあれ~? じっくん寒がり~? でもまだそんなに震える程寒くは無……あ、そうか! なっちゃんの無愛想な顔のせいで……」

「お・ね・え・ちゃ~ん? 何を言ってるのかなぁ~?」


 今何気無く阿燕が指摘した通り、俺は二人の姿を見た瞬間に全身ががくがくと震えてしまっていた。それに、脱水症状になってしまうのではないかと思えるくらいに、滝の様に大量の汗が吹き出ていた。しかも、背筋が凍る様な寒気がする。血液が上手く通っていないのではないかと感じるくらいに、自分の顔が青ざめて行くのが鏡を見るまでも無く分かる。


 目の前で繰り広げられる、仲良し豊岡姉妹の百合百合としたガールズトーク。しかし、俺はそんな平和で幸せで平凡な光景を直視する事が出来なかった。


 また珠洲や音穏や栄長の時みたいに幻覚症状が発動されるのではないか。またこれまでに起きた事の無い、これから一生起こるはずも無い残酷で悲惨な光景が俺の目の前に繰り広げられるのではないか。そんな抑え付ける事の出来ない恐怖に、俺は心の底から怯えていた。


「あの……上垣外先輩……?」


 そして、そんな風に精神が不安定になっている俺に、阿燕と須貝とは別の一人の少女が不意に声を掛けて来た。俺は呼び掛けられた際に背中をポンッと叩かれた程度の事にすら驚き、勢い良くその少女の方を振り向いた。


「……! な、何だ……飴山か……」


 俺の背後にいた、黒髪で腰近くまである長さのツインテールの髪型をしたその少女は、俺にとっては六人目の過去改変対称者であり、軽音楽部で音穏の後輩である飴山だった。何の用事かは分からないが、それでも何か用があったらしく、飴山は少し驚いた様な表情をしながら俺の背中に手を当てていた。


「どうしたんですか? そんなに驚いて。逆にこっちまで驚いてしまいましたよ」

「あ、ああ。悪い」


 何時また幻覚症状が現れるか分からず、その事に対して恐怖心を抱いていた俺は怯えていた。だから、飴山がふと何気無く話し掛けて来ただけで驚いてしまったのだ。


「あ、うーちゃんだー!」

「!? え、ちょっ……!」


 飴山が俺に用件を言おうと口を開いたその直前、阿燕とキャッキャウフフなガールズトークを繰り広げていた須貝が飴山の体に抱き付いた。そして、髪を撫でたり、頬を軽く引っ張ったり、その他にも色々と、その様子はまるで珠洲に対する音穏の扱いの様にも思えた。


 飴山の悲鳴と須貝の嬉しそうな声が聞こえるその光景を、阿燕は目を細めながら極めて呆れた様子で見ていた。俺もそんな阿燕の隣に立って、二人のじゃれ合う光景を、内心少しだけびくびくしながら眺めていた。


「全く、お姉ちゃんってば、ほんっとうに年下の可愛い女の子が大好きなんだから」

「あはは……」

「お姉ちゃーん。あんまりやり過ぎない様にねー」

「はいはーい。あー、うーちゃん可愛いー」


 もはやどちらが姉でどちらが妹なのかが分からなくなってしまう様な関係にあった阿燕と須貝のやり取りを、俺は少しホッとした思いの中ぼんやりと聞いていた。


 どうやら、この三人に関しては幻覚症状は起きないらしい。まあ、それもそうかもしれない。今日幻覚症状が起きた珠洲、音穏、栄長の時はそれぞれ俺と二人のみでいる時だったからな。だが、ここには今、嘗て俺の過去改変対象者だった子が三人もいる。だから、きっと大丈夫に違いない。


「上垣外」

「……阿燕? どうかしたのか?」


 俺が何の根拠も確証も無い理論を展開し、勝手に自己完結して安心したその時、再び悪夢は訪れた。それも、一度に、これまでの三倍で。


『私は、私のお姉ちゃんを利用した奴等を許さない。だから、絶対に殺す。それで、今日もその調査に行きたいんだけど……勿論、付いて来てくれるわよね?』

「……!?」


 何処から取り出したのか、手に黒光りしている拳銃を構え、微かにクスっと笑いながら阿燕はそう言った。その様子はつい十数秒前とは大きく異なり、さながら過去改変前の状態の様にも思えた。


 大丈夫。これは俺だけに見えている、幻覚だから。


『そうね。私も、私やなっちゃんの事を傷付けたあいつ等を何時までも放って置くつもりは無いわ。出来る事ならば、今日中にでも殺っちゃうべきかもね。一応、大体の居場所は掴んでいるし』


 何時の間にか飴山とじゃれ合っていたはずの須貝は飴山の体から離れており、そんな台詞を俺に放った。須貝の両手には何本ものナイフが握り締められており、須貝が着ている制服のありとあらゆるポケットからは無数の光り輝くナイフが見え隠れしていた。


 大丈夫。これは俺だけに見えている、幻覚……、


『そうそう。上垣外先輩、そろそろ本題に入りたいのですが、良いですかね? 実は昨晩、第三発目の原子力爆弾が完成しました。なので今夜、その打ち上げを実行したいと考えているのですが、場所は何処が良いですかね? ああ、あの下衆共がいる拠点は何度が試し撃ちしてからですよ。最後は盛大にやりたいですからね』


 飴山は満面の笑みでそう言った。しかし、飴山の放った台詞の内容と、飴山の表情は何一つとして噛み合っておらず、むしろ俺に余計な恐怖を覚えさせた。台詞の内容は一見後輩から先輩への遊びの誘いにしか聞こえないが、その節々に存在する単語がそれを拒み、実に狂気染みていた。


 大丈夫。これは俺だけに見えている……、


 大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……あは、あはは……何だよ、これ……。


『アハハハハハハハハ!!!!』


 今俺の目の前にあるこの三人の状態は全て俺の幻想だと分かっているにも関わらず、俺は恐怖し、怯え、苦しんだ。全員を覆う酷い寒気、抑え付ける事も次第に辛くなってくる吐き気、そして、頭痛。気が狂ってしまいそうになる様な状態の俺に対して、三人は揃って笑った。歪んだ笑顔で、狂った様に。


「わああああああああ!!!!」


 どうしようも出来なくなった俺は、すぐさま狂ってしまった三人の前から離れた。三人は俺の事を付けて来る事は無かったものの、俺は一向に不信感を拭う事が出来なかった。結局、俺はその後、校内を大声で叫び走りながら随分と遠回りをして屋上へと着いた。


 一応、音穏に『体調が悪いから、午後の授業は休む』と一文だけメールを送っておいたのでその辺の心配はいらないとは思うが、問題はそこではない。


 一体、俺の身に何が起きているって言うんだ。俺が何をしたって言うんだ。俺はただ、平凡を理想として生きて来ただけで、それで……湖晴の為に過去改変の手伝いが出来ればそれで良いと思っていただけなのに。


 それから放課後まで、わざわざ俺の事を探しに来てくれた音穏と栄長の声が聞こえるまで、俺はずっと学校の屋上で大の字になって眠っていた。その時に見た夢もまた、不快極まりない悪夢だった。

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