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Time:Eater  作者: タングステン
最終話 『Se』
177/223

第05部

 湖晴が計三十回の過去改変作業を終了した後でも、何時かまた再び俺の元に帰って来てくれる、と俺と約束してくれた夜の次の日の朝。今日もまた、平和で平凡な一日が始まる。


 ここ最近(須貝と飴山の過去改変以来)はテレビや新聞等を見る限りでは、過去改変が必要なレベルの重犯罪事件は起きていないみたいに思えるし、俺の周囲にいる知り合いの女の子達も特に変わった所は無いので、過去改変前の状態に逆戻りする様な異常事態は発生しないのだと考えて構わないのだろう。


 一応、念には念を押して、俺は学校にて俺の数少ない知り合いである音穏、阿燕、栄長、須貝、飴山、杉野目の動向をチェックしている。過去改変前の音穏の時の様に、その子が過去改変対象者である事を俺が知る以前から少しだけ異変があるかもしれない。だから、その六人の事を見ていないふりをしつつも実は見ているのだ。


 ちなみに、まだ高校生ではない珠洲の事は自宅にてチェックしている。又、流石に、過去改変作業を行っているタイムトラベラーである俺や湖晴が過去改変対称者に選ばれてしまう事は無いと思うので、今の所、自宅では珠洲のみをチェックしている。


 まあ、そうだとしても今さっきも言った通り、全員が全員、特におかしな所はない。俺の知り合いばかりに過去改変対象者がいるのは少し不可解な気分もするのだが、以前湖晴が『偶然ですよ』みたいな事を言ってくれたので、その通り、偶然なのだろう。


 それに、現状では過去改変作業をしている俺や湖晴を除けば、杉野目がまだ過去改変対象者には選ばれていないからな。もし次の過去改変対象者に選ばれるのなら、これまでの法則的に俺の数少ない知り合いの一人である杉野目なのだと思うが、日頃の杉野目の様子を見ている限りでは到底そんな風には見えない。


 教室では俺の隣の席なのだが、特にその間で会話が起きる事は無い。杉野目は何時も一人で分厚い、難しそうな、辞書みたいな本を読み続けている。杉野目は阿燕の過去改変が成功した次の日に突然引っ越して来て、栄長とは何故か元から不仲であり、ある科学結社のトップだ。


 おまけに、飴山の過去改変の時に俺と湖晴が『過去』へ行った時には既に俺の事を知っており、意味の分からない台詞を幾つも残している。その普段の様子、及びそれ以外の行動からは何がしたいのか全く分からない。


 珠洲と須貝と飴山の過去改変直前の事を思い出してみると、過去改変対象者には杉野目の存在や台詞が少なからず関わっている事も分かる。だが、その目的が分からないし、それを厳密にどの様に行ったのかすら明らかになった訳ではない。考えても答えが出ないのは重々承知だが、それでも考えてしまう。杉野目施廉と言う少女は一体、何を目的をしていて、何者なのか。


「それじゃあ、行って来る」

「うん。いってらっしゃい」


 毎朝恒例になっている音穏からの『一緒に学校に行こう!』のお誘いから二分程度の時間が経過した今、俺は自宅の玄関ドア手前にて珠洲にそんな台詞を発しながら、靴を履こうとしていた。


 珠洲は左手を背中側にまわし、右手で俺に手を振っている。しかも、それはそれは嬉しそうな表情で。それもそのはず、昨晩は湖晴が初めて作った料理であるオムライスが予想以上に上手く行っていたので、その湖晴に料理を教えた珠洲は機嫌が良くなっていたのだ。


 それに、昨日は予定よりも受験勉強を随分と進める事が出来たみたいで、普段は勉強の事に関しては良過ぎる成績にも関わらずあまり喜ばない珠洲が、わざわざテスト勉強真っ最中の俺と湖晴がいる部屋に報告しに来る程だった。


 俺の知り合いの女の子に対してあんなにも敵対意識を剥き出しにしていた珠洲がこれ程まで更正したのは言うまでもなく、湖晴の存在と、過去改変が成功したからに他ならない。不安も苦しみも無い平凡な毎日を過ごせる事程、幸せな事は無いのだ。


「そう言えば、湖晴は?」

「ん? ああ、湖晴さんなら……」


 今になってふと思い出した事だが、今朝は俺が目覚めた時から湖晴の姿を見掛けていない。最近は夜中に俺の布団に潜り込んでいて、朝になって気付く事が多かったのだが、今日はそんな事は無く朝食の席にも姿を見せていなかった。


 今朝は何かと忙しかったのでそこまで気が回らなかったのだが、もしかして、昨日無理をしたから風邪でもひいてしまったのだろうか。それなら、一言だけでもお見舞いの言葉を言ってから学校へ行きたいものなのだが。


 しかし、そんな俺の考えとは異なり、珠洲は自身の背中側にまわしていた左手を前に持ち出して、これ以上無いくらいの満面の笑顔で言った。その左手には、『真っ赤なドロッとした液体が滴り落ちている、赤い包丁が握り締められていた』。


『青髪白衣なら大丈夫♡ 今朝、ワタシが殺しておいたから♡』

「……え?」


 ……珠洲は今、何と言った? 


 それに、珠洲の様子がついさっきと比べると色々とおかしい。左手には真っ赤なナイフを持ち、先程までは特に汚れている様子は無かった珠洲が着ているその制服は、今改めて見てみると所々赤く汚れている所がある。それに、珠洲が俺に見せている笑みを含む顔にも赤い液体が付着している。いや、違うな。あれは赤い液体だが、正確には『血』だ。


 何が起きたのか、何を言われたのか、全く理解が追い付かない俺に珠洲は続けて残酷な言葉を一つずつ並べて行く。


『だってね、おにぃちゃん? ぜーんぶ、おにぃちゃんが悪いんだよ? おにぃちゃんがワタシ以外の女とイチャつくから』

「何を……言ってるんだ……珠洲……?」

『何って……このワタシが、おにぃちゃんの近くにいるワタシ以外の女を全員ぶっ殺したってだけの事だよ? 青髪白衣を始め、茶髪リボンも金髪ツインテールも赤毛ポニーテールも。それが、何かおかしい? あ、もしかして、他にもまだいたの? それじゃあ、今すぐにでも殺さないとね♡』


 え……? 待て、それじゃあ、もしかして、湖晴は本当に珠洲に殺されたと言うのか……? それに珠洲の今の台詞。それはつまり、湖晴以外の音穏や阿燕達も全員……、


「おかしいだろ! そんなの! 何で……何でそんな事を……! 湖晴達が一体何をしたって言うんだ!」

『? 何で……? 何で喜んでくれないの? おにぃちゃん……? ワタシは……おにぃちゃんの為を思って……』

「俺はそんな事は望んでない! やっと見付けた平和で平凡な世界だったのに……それをまた、何で……」


 何で……何で何で……何で何で何で……何で何で何で何でだああああああああ!!!!


 俺は須貝と飴山の過去改変を終えてから、基本的に学校でしか会えない六人をマークしていた。それと同時に、自宅では珠洲の事もマークしていた。珠洲も以前に過去改変対象者に選ばれた事があったから。


 だが、何時見ても珠洲はおかしな所は無かった。それ所か、昨晩の事を思い返してみれば分かる様に、珠洲は湖晴や他の女の子に敵対意識を抱いてはいなかった。むしろ、俺の数少ない知り合いである彼女達と友好的に振舞おうとしていた。


 それなのに、何でまたこんな事になるんだ! 過去改変か……? いや、タイム・イーターによる時空転移の際に起こせる過去改変では人の生死を変える事は出来ない。この世界にタイム・イーター以外の方法で過去改変を起こせる方法があるのなら出来るかもしれないが、少なくとも俺はその方法を知らない。それはつまり……、


 『湖晴やその他の子達は、何がどう起きても生き返らない』と言う事になるのではないだろうか?


『アハハハハハハハハ!!!!』

「……何が……おかしい……」


 急に訪れた目の前の辛い現実に、思わず挫折してしまいそうになった俺に対して、珠洲は狂気とも呼べてしまいそうな歪みきった笑い声を上げた。


『アハハハハ!!!! そっか、やっぱりそっかー!』

「何が……」

『やっぱり、おにぃちゃんはもう、あいつらのウイルスに感染しちゃってたんだね♡』

「ウイルス……?」

『そう! 「ワタシの事が見えなくなる」ウイルス! でもね、おにぃちゃん。心配しなくて良いんだよ?』

「え……?」


 そう言って、珠洲は高い声で狂った様に笑いながら、静かに一歩ずつ俺の方へと歩み寄って来た。そんな珠洲に恐怖を覚えた俺も同様に後ろに下がるが、それも何時までも続ける事は出来ず、最終的には玄関ドアによって逃げる事が出来なくなってしまった。俺は全身が抑え切れない程震えている事を実感した。


 そして、珠洲は今だに血がボトボトと滴り落ちている、左手に持っているその包丁を俺の方へと向けて来た。


『大丈夫♡ 少し痛いかもしれないけど、今ワタシがおにぃちゃんのお腹を裂いて、そこからウイルスを取り除いてあげるから♡』

「わああああああああ!!!!」


 珠洲が包丁を持った左手を振り上げ、俺に向かってそれを振り下ろす。逃げる事も出来る、応戦する事も出来なかった俺は、ただただ無様に頭を抱えて泣き叫ぶしかなかった。


 そして、包丁の刃によって肉が裂ける悲痛な音が聞こえる直前に、俺は意識を失った……のだと思う。


「……ん! ……ちゃん!」


 何処か遠くの方で声が聞こえる。いや、俺の想像よりは遥かに近い場所なのかもしれない。何故か耳が遠いし、音が曇って聞こえる。音だけでは遠近感が全く分からない。


 ここは何処だ。何が起きた。それとも、何が起きている。分からない。知らない。知りたくない。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 俺は自分の頭を抱えていた両手をゆっくりと離し、俺の事を呼ぶ声の方向を見た。そこは俺の自宅の玄関ドア手前である事がすぐに分かり、俺の目の前には俺の義理の妹である珠洲がいた。


「あ、あれ……? す、珠洲……?」

「もう、どうしちゃったの? 急に変な事言い始めたと思ったら、大声まで出して……」


 珠洲は不思議そうにな表情をしてそう言った。だが、少しは俺の事を心配してくれていたらしく、やや眉をひそませていた。


 ちょっと待て。何かがおかしくないだろうか。つい先程、俺は過去改変前同様に俺の事しか見えなくなってしまった珠洲と暫く会話した後、珠洲に包丁で刺されて死んだはず。いや、痛みも何も感じていないので、刺されたかどうかは分からないのだが、それでもあれは現実に起きた出来事のはずだ。


 俺は、何の前触れも無く突然訪れたあの恐怖を思い出し、それによって震え上がっていた。そんな中、先程の出来事が俺のただの夢なのか現実の事なのかを確かめる為に、俯いていた俺の顔を覗き込んでいる珠洲の方を見た。


「あれ……?」


 今俺の目の前にいる珠洲は血で真っ赤に染まったあの包丁を持っていない。又、その類の物が俺や珠洲の周囲に落ちている様子も無い。それ所か、血で真っ赤に汚れていた制服や顔もありのままの綺麗なままだった。珠洲が通っている私学の制服は少し胸の膨らみが目立つ薄緑っぽい色の物で、珠洲の顔もいつも通りの綺麗な顔だ。血が付着している様子なんてこれっぽっちも無い。


「どう言う……事だ……?」

「それはこっちが説明して貰いたい所だよー」


 頬をプクーっ膨らませて、両腕を組みながら珠洲は少し怒った調子でそう言った。


 俺の目の前に起きた現象を纏めると、これはつまり、先程の珠洲の再覚醒現象は俺の夢だったと言う事になるのか? いや、それだと珠洲が俺の事を不思議そうにしている事や、状況説明を要求している事に辻褄が合わない。それに、俺自身も、自分が現実での行動と夢の中での行動を同じ物として考えてしまう程頭が悪いとは思いたくない。


 だったら、一体……?


「じゃ、じゃあ、行って来ます!」

「あ、お兄ちゃん……」


 俺の事を心配して呼び止めようとした珠洲のそんな声すらも無視して、俺は家を飛び出した。何が起きたのかが分からないまま、これ以上の恐怖を味わいたくないと思ったからこそのこの行動だった。一刻も早くここを出なければ、またさっきみたいな事が起きる。そんな風にすらも思えた。


 多分、最近は過去改変が連続したいたから、そのせいで少し疲れていたから、変な事が起きたみたいに思えてしまったのだ。多分、さっきのは俺の中で勝手に作り出された幻覚だ。現実でも夢でもないのなら、それくらいしかないだろう。


 さっさと音穏と一緒に学校に行って、今日は一日中ゆっくりと寝よう。そう強く決心した俺だった。しかし、そんな俺に降りかかる悪夢は、これがまだ始まりの一つに過ぎなかったと言う事をこの時の俺は知る由も無かった。

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