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Time:Eater  作者: タングステン
第六・五話 いつかあったかもしれないシリーズ四
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小春日和

 私があの日、次元さんと出会ってから約二週間。その間に達成する事が出来た過去改変は全部で六回。次元さんの幼馴染みである音穏さんを始め、阿燕さん、燐さん、珠洲さん、輝瑠さん、有藍さん。過去改変後のこの世界では、どの方もとても幸せそうです。



 新たな過去改変対称者が出現するスピードも、それを解決するスピードも私が一人で行動していた時よりも随分と早いです。やはり、次元さんのお力は大きいですね。


 そして、今日もまたいつも通りの、いや次元さんの言う所の“平凡”な一日が始まりました。


 次元さんと初めて出会い、私と次元さんが音穏さんの過去改変をし終えて“現在”に帰って来た二日後の朝、私はここ上垣外家に勝手にお邪魔しました。ドアや窓の鍵が開いているか否かについては運だったのですが、一応次元さんのお部屋の窓が開いていたので。


 それから、次元さんに頼み込み、過去改変前の珠洲さんとの交渉にも成功し、次元さんに助けて貰っただけの立場である私が更に居候させて頂く事になりました。生活費に関しては私が所有する銀行口座から自動的に振り込まれる様になっているとは言え、それでもお二人にはご迷惑を掛けているはずです。


 次元さんと珠洲さんは実は本当の兄妹ではない(それが原因で過去改変をした事もありました)上に、ご両親が有名なお医者さんらしく、お二人が夏休みの期間以外は基本的には海外にいるとの事。


 居候をさせて頂く立場である私にとってはそれなりに都合の良い話ではありましたが、少々気が引ける思いもありました。過去改変前の珠洲さんは『部屋は余ってるから』と仰っていましたが、そうだとしてもこの家の主の方に一言ぐらいご挨拶をしておきたかったものです。


 私の上垣外家での居候生活が始まってからは、毎日がとても充実している様な気がしました。次元さんと言う変わった趣味思考の持ち主である過去改変活動のパートナーと、珠洲さんと言う次元さんの優秀な妹さんと、他にも音穏さん達みたいな心の優しい人達。


 私はこれまでずっと、正確には玉虫先生に救われるまでずっと、孤独でした。私の周りには私の味方になってくれる人なんておらず、何時でも何処でも蔑まれた様な目で見られるばかり。ヒーローも救世主も一度だって現れる事はありませんでした。


 そんな私が人生をリセットしようとした時に玉虫先生が現れ、救ってくれました。他人が出来ない事を当たり前の様に出来て、他人が当たり前の様に出来る事を出来ない、こんな私にもこの世界で生きて行ける意味があると言う事を教えてくれました。


 それが“過去改変”だったのです。それは、人としての道を外れそうになった、もしくは外れたが故に重犯罪事件を引き起こしてしまった過去改変対象者の方々を助けると言う物。それを三十回達成するまでは玉虫先生には会えない。言い換えれば、三十回達成すれば再び玉虫先生に会える。私は玉虫先生とそう言う約束をしたのでした。


 その瞬間から私の過去改変人生は始まり、二十三回の過去改変が終了した後、グラヴィティ公園で偶然通り掛った次元さんに助けられ、二人で力を合わせて六回の過去改変をして、それからは今に至ると言う訳です。


 何度も言うようですが、私は次元さんと会ってからはまだ二週間と少しだけです。過去改変の為に何度も時空転移をしているので実際の時間ではもっと長いかもしれませんが、ロングスリーパーである次元さんはお家では大抵寝ているので、他の人と大差ないと考えても良いでしょう。


 自称平凡主義者であり、ロングスリーパーな次元さん。最初、私は次元さんの過去改変に対する技能が何故か高い男性だと思っていました。居候させて頂くとは言え、基本的には過去改変為のお付き合い。そう考えていました。


 でも、今は……。


 次元さんは優しいお方です。それは勿論私にだけでなく、困っている人助けを求めている人全員にだと思うのですが。でも、誰だって優しくされれば嬉しいものです。これまでの人生で“優しさ”と言う感情、又、それに類似している感情を向けられた事が一切記憶に無い私からすれば尚更です。


 一応、両親はいました。ただ、あの人達が両親と呼べるのなら、の事ですが。それと、あの人達は私と血の繋がった両親ではありません。色々と事情があって最終的にあの形に落ち着いたのですが、それはもう最悪と言っても過言ではない状況でした。当時の私はそんな事を思う余裕すら無かったと思いますが。


 そして、両親が死に、私は自由になった……そう思っていました。でも、実際には……これ以降は先程お話しした通りの流れで玉虫先生に救われ、タイムトラベラーになり、次元さんに助けられ、居候を始めたと言う感じになります。


 何故今私は“これ以降”の部分を省いたのか。その理由は簡単です。“思い出したくない”からです。自分が自由の身になったと思っていた、しかし、それはただの幻想だった。それを身をもって、言葉通り身をもって味合わされたあの時の事は思い出すだけで気分が悪くなって来ます。


 さて、そんな私の事を思って大事にして下さる次元さん。何時も助けて頂いてばかりなのに、更に助けて下さる次元さん。


 私は怪我が非常に治り易い体質なのですが、そんな私が大量出血の大怪我をした時は包帯を巻いて下さったり、傍にいて下さったりしてくれます。私が暴走し、昔と同じ過ちを繰り返しそうになった時も、自分自身が怪我をしているにも関わらず、私の事を必死に止めようとして下さいました。


 過去改変作業を手伝って頂いているだけで、私の傍にいて頂けるだけで私は嬉しいのに、次元さんはそんな私の事を大切にして下さいます。こんなに他人から優しい感情を向けられたのは、私の十七年間の人生で始めてかもしれません。


 私の様子がおかしな時は私の事を気遣って下さり、私が不審者に絡まれた時も私の前に立って守ろうとして下さいました。私の突拍子も無いわがままにも笑顔で対応し、私の勝手で一方通行な想いも受け止めて下さいました。


 だから、私はそんな次元さんが……。


 でも、私のその気持ちは表に出すべきではありません。それを表に出してしまう事でこれまでの良好な関係が崩れてしまう可能性がありますし、珠洲さんが再覚醒する可能性もありますし、何よりも、私のこの想いが砕け散って終わる可能性も低くはないのですから。


 なので、私はその自分自身の次元さんに対する想いを言葉ではない別の形で表現しました。それが、次元さんが私のせいで風邪をひいて寝込んでらっしゃる時にした、私からの一方的で不意打ちの口付けでした。


 次元さんにはあれはどう伝わったのでしょうか。私の本当の気持ちが伝わったのならそれで良いのですが、もし次元さんが私に嫌悪感を抱いてしまったのなら、どうにかして訂正しないとなりません。少なくとも、あの瞬間よりも前の、平凡で良好な関係に。


 私はそれから暫くの間、次元さんとまともに顔を合わせる事が出来ませんでした。時間的には一日も経過していないと思いますが、あの時の私にとっての一秒は一年間に相当していたと表現しても差し支えないくらいに、私は不安でした。次元さんに嫌われていたらどうしよう、と言う不安があったのです。


 ですが、どうやらその心配はいらなかったみたいでした。


 有藍さんの過去改変の際、私が背後から忍び寄って来ていた不審者を撃退する為にその人物を差した時、次元さんは私の頬を叩いて怒りました。あの時、最初は次元さんが何で怒っているのかが分かりませんでしたが、次元さんが私にどうなって欲しいのか、どういて欲しいのかを理解した私は改めて次元さんの優しさを実感しました。


 そして、二度目の口付け。幸せでした。何時までもこんな幸せな時間が続けば良いのに、と思っていました。次元さんと互いの唇を合わせる度、次元さんに抱き締められて身を寄せ合う度、次元さんに私の頭や髪を撫でられる度、自分の心拍数が高鳴って行くのがよく分かりました。


 私にとって次元さんがどんな存在なのか、どれ程大切な存在なのか。その全てが分かった気がしました。あの後も暫くその余韻を引きずっていた私は、有藍さんの過去改変の際に何度か次元さんにこの想いを伝えようとしましたが、実際にはそれを達成する事は出来ませんでした。


 別の、少し変わった方向から話しに行っても、鈍感な次元さんは気付いてくれない。耳が遠くないだけまだましかもしれませんが、少しくらい気が付いてくれても良いのに。


 でも、それは言い換えると、次元さんが私からのその台詞を待って下っていると言う事にもなります。勿論、これは私の単なる妄想であり、まるで現実味の無い、可能性の一部である事には変わりありませんが、それでも私はその可能性に掛けようと思う事が出来ました。


 だから、今度の金曜日、私は次元さんに全てを委ねてみようと思います。私が自分の気持ちを伝えた上で、次元さんが私の事をどう思っているのか、私の事を他の誰よりも大切にして下さるのか、それを確かめようと思うのです。


 当然、成功する可能性も失敗する可能性も、それぞれがどれくらいの比率なのかは検討も付きません。ですが、その時はその時です。私はもう、この感情を押さえ付ける事が出来ないのです。


 まずは、珠洲さんのお手伝いの意味も込めて何か料理でもしようかと思っています。私が上垣外家に来てからはずっと珠洲さんがお料理を作っていました。私はその隣で、見習い料理人かの様にお皿を洗ったり、足りない物を買いに行ったりと、大した役には立てていませんでした。


 だからこそ、料理をするのです。次元さんは確か、素材の味を大事にするタイプの人だったので、味付けには困らないとは思いますが、問題はそこではないのです。私は、次元さんが好きな食べ物を知りません。と言うよりは、次元さんに好きな食べ物なんてあるのでしょうか。いや、私の推測では多分無いでしょう。その理由は言うまでも無いでしょう。


 今日から練習を進めれば、何とかなるはず。早ければ今日中には食べられる程度の物は出来上がるはずです。珠洲さんにはもう許可を取ってあるので、台所も自由に使って構わないはずですし。


 私は、私の次元さんに対するこの想いを伝える為、そして、次元さんに振り向いて貰う為に準備を始めたのでした。それが伝わったかどうかは別として。

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