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Time:Eater  作者: タングステン
第六話 『U』
168/223

第26部

【2008年02月17日14時56分32秒】


 空は灰色の分厚い雲に覆われており、そこからは多くの大粒の雨が降り注いでいた。辺りは見渡す限り暗い重苦しい雰囲気に包まれており、聞こえて来るのは雨粒が湿った地面や金属に当たる際に発生するあの音のみ。


 そして、『現在-数分』から時空転移をしてここに来た俺と湖晴の目の前には、一般人ならば一生拝む事は無いであろう原子力発電所があった。まあ、目の前とは言っても、原子力発電所の本体自体は鉄柵の先の先にあるので、厳密にはそうではないのかもしれない。


 ここは飴山の『過去』。飴山がまだ赤ん坊の頃にその本当の両親に捨てられたと言う日の、原子力発電所の近くなのだ。俺と湖晴は『Nuclear Technology』の統率者の男性から話を聞いた後や、杉野目との交渉に失敗した後に、実は念の為に飴山について調べていた。だから、今日この日と言う『過去』を特定出来たのだ。


 飴山同様に、俺も自分の本当の両親の顔は知らない。だから、余計に言える事なのかもしれないが、俺は自分の子供を捨てる親の事を許せない。それも、こんな土砂降りの雨の日に。『Nuclear Technology』の人が偶然発見する事が無ければ、赤ん坊の飴山がどうなってしまっていたのかなんて、簡単に予想がついてしまう。


 だから、俺は飴山の『過去』を根本から全てひっくり返す。飴山が本当の両親に捨てられ『Nuclear Technology』に拾われた事が全ての発端ならば、その一番最初の部分を無かった事にするまでだ。飴山が本当の両親に捨てられる事無く、普通の女の子として平凡な人生を歩むだけで全てが丸く収まる。


 飴山は科学結社の存在を知る必要が無くなり、本当の両親と一緒に幸せな日々を送れる。余計な心配や不安を抱える事も無く、原子力爆弾を開発したり、大事故を起こしたりする事も無くなる。そして、この世界を破滅させる為に自身を犠牲にする必要も無くなる。


 だが、それは同時に飴山の人生が大きく、全く別の物に変わると言う事も意味する。飴山が組織で暮らしていた時の楽しい思い出、又、組織の統率者の男性の様な組織の人達の思い出、それに、音穏や俺と出会った事すらも無かった事になる。


 俺は飴山が救われるのならば、なんだって良い。でも、俺だけが知っていて、他の子達が知らないと言う歯痒い現象が再び起こると思うと、何だかもどかしい気持ちにもなる。そう言えば、こんな気持ちを音穏の過去改変から始まり、阿燕、珠洲、須貝の時にも味わった様な気がする。


「・・・・・行くぞ」

「はい」


 俺と湖晴は特に傘を差したりレインコートを着たりする事も無く、それぞれが着ている白衣を現在進行形で振り続ける雨粒で濡らしていた。もしかすると、また風邪をひいてしまう可能性があるが、その時はその時だ。俺は体は丈夫な方だから問題無い。だが、やはり冷えると須貝の過去改変の際に撃たれた横腹が少し痛むな。帰ったらもう一度自分で手当てするか。


 そう考えた後、俺はびしょびしょに濡れた白衣を一旦脱いだ。そして、その内側に着ていた原子大学付属高等学校の青っぽい色の制服(学ラン)も脱ぎ、それを俺同様に大雨によってびしょびしょになってしまっていた湖晴の背中にそっと掛けた。


「・・・・・?」

「学ランはまだ濡れてないから、着とけ」

「・・・・・ありがとうございます」


 湖晴は何で俺がこんな事をするのかをあまり理解出来ていない様子だったが、一応お礼を言って来た。まあ、俺が風邪をひくのなら、湖晴にだけはひかないで貰いたいからな。


 片方は元気な方が急な過去改変に対応出来るし、何よりも女の子が体を冷やしたり、その綺麗な髪を雨に濡らして痛ませるのは俺としては耐え難いからな。とは言っても、学ランだって防水性な訳無いので、時間が経てば白衣同様にびしょびしょに濡れてしまう訳だが。


 その後、俺と湖晴は飴山が拾われたと思われる地点まで移動した。幸いな事にもその近くには大きな木が何本か立っていたので、雨に当たる事無く飴山の本当の両親が来るのを待つ事が出来そうだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 俺と湖晴が飴山が捨てられたと思われる地点で飴山の本当の親が来るまで待ち続けて約2時間が経過した。


 多くの葉っぱが生い茂っている木の根元でその幹に背を預ける様な形で俺と湖晴は湿っている地面に座っていた。上部からは木の葉のお陰でほとんど雨粒は落ちて来ないが、それでも多少は来るので相変わらず俺達は全身びしょ濡れになっていた。湖晴に預けた学ランが役に立ってくれていれば良いのだが、この雨では大して役に立っていないかもしれない。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 この二時間もの長時間の中、俺と湖晴の間で会話は無かった。俺は須貝や飴山の過去改変について考えており、おそらく湖晴は俺に話し掛け辛い雰囲気だったので無理に話そうとはしなかったのだろう。話に集中し過ぎて、本題を忘れては元も子も無いからな。


 俺は正直な所、不安だった。飴山の過去改変がこれで終わる、いや、終わらせないとは言っても、本当にこれが正しい過去改変なのかは知らない。その答えは誰も知らない。


 俺が飴山の本当の両親に『飴山を捨てるな』と忠告した所で、向こう側もそうしなければならない事情があるのなら俺の言葉を無視するだろうし、表向きは俺の忠告を受け入れたとしても俺達が消えた後に同じ事を繰り返すかもしれない。


 俺の忠告が受け入れられ、飴山が捨てられる事が無くなったとしても、何かこの世の決まりの様な力が発生して似た様な結果に落ち着いてしまうかもしれない。分からない。俺の技量でどうにかなる問題ではないが、少なくとも俺が忠告を受け入れさせる所まで話を進めなければ何も解決はしない。だから、考えた。


 その時だった。


「・・・・・来た!」


 大きな木の根元で座る俺と湖晴の前方十数メートルの地点に一人の女性が傘を差しながら、大きな段ボール箱を抱えて歩いて来たのだ。俺は湖晴に合図する事無く、そこへと走った。


「待て!」

「だ、誰!?何なんですか!?」


 その女性は突然現れた白衣の男(俺)に驚きを隠せない様子だった。まあ、当然と言えば当然だろう。誰だって、誰もいないと思っていた山奥の発電所の近くでいきなり白衣の男が出て来たらびっくりするに決まっている。


 そして、俺は過去改変を開始した。飴山の人生を全て変える為、飴山を酷く辛い未来から救う為。


「あんた、今何をしようとしていたんだ?」

「・・・・・!そんな事、貴方には関係ありません!それ以上近付いたら警察を呼ぶますよ!」

「あんたに警察は呼べない。呼んでしまうと、あんたがこれからしようとしていた事が罪に問われるから」

「!?」

「その段ボール箱にはまだ一歳にもなっていない赤ん坊が入っているはずだ。そして、あんたはそれを捨てに来た。そうだろう?」


 俺はその女性が持っていた段ボール箱を指差しながらそう言った。すると、女性はその箱を自身の背後に隠しながら知らないふりをしようとした。


「な、何の話ですか!?私に子供なんていません!早く何処かへ行って下さい!」

「・・・・・はぁ、やっぱりそうか。あんた、旦那さんがいないんだろ?」

「!」


 俺は女性の今の台詞を聞いてそう確信した。この女性には飴山有藍と言う(この時点ではまだ名付けられていないが)赤ん坊がいる。しかし、その父親に当たる男性がいない。その原因は多々考えられるが、今は特に指摘はしない。


 現代日本に限らず昔から世界中でこんなケースはよくある。子供を孕んだ女性の元から、男性が消える事が。それが男性の急死だったり、行方不明なのかはさておき、そうなってしまうと女性側は大変困った事になる。


 子供を育てるには金がいる。しかし、その金を稼ぐ旦那はいない。だから、効率の良い人以外はどちらかしか実行出来ない。いや、前者だけと言うのはまず不可能と言っても過言ではないかもしれないが。


 それに、夫のいない子持ちの女性となると、それからの人生が非常に辛い物になる事は容易に予想出来る。稼ぎ頭の夫を作る為に結婚しようにも、子持ちと言うだけで近寄る人は少なくなる。つまり、新たな出会いが無くなる。


 ここから先は男である俺には深くは分からず、想像の世界になるのだが、そうなってしまえば女性はどうするのかと言う話になって来る。金と時間が掛かる自分の子供がいるにも関わらずその父親はおらず、稼ぎ頭もいない、新たな出会いも無い。


 それらの原因を作っているのは何か。当然、子供だ。だから捨てる。今俺の目の前で飴山が捨てられそうになっている様に、俺がそうであったかもしれない様に。自分の事だけを考えて、捨てられた子供がどうなるかを考えもせず、いとも簡単に子供を捨てるのだ。


 俺は飴山と自分の境遇を重ね合わせた際に生まれた怒りの感情を押さえ付けながら、今だに驚きを隠せないでいるその女性に言った。


「あんたは、本当に自分の事しか考えられない人間なのか?」

「な、何を言って・・・」

「あんたがこれから捨てようとしているその子がここに放置されたままどうなるか知っているか?」

「そんな事・・・知らない・・・」


 今だに自分がしようとした事を認めない女性に、俺は好い加減腹が立って来ていた。


「そうだなぁ・・・・・まあ、こんな山奥だ。あんた、ここに来る時一回くらい出会わなかったのか?」

「な、何に?」

「獣。熊でも猪でもなんでも」

「あ、会ってない・・・・・」

「それじゃあ、もしその段ボール箱に入っている子がここに放置されて、誰もそれを見付けてくれなかったらどうなるか。分かるよな?」

「・・・・・!」


 俺は不本意ではあったが、今回ばかりは悪役を演じ切る事にした。どうせもう二度と会う事は無いんだ。俺に対する悪印象がどれ程募ろうが、関係無い。だから、俺は女性の恐怖の感情を支配する事にした。


「その子はこの山にいる動物達の餌になるんだ。雨が止んで晴れて来たら、人の肉が腐った臭いを嗅ぎ付けて鳥達も来る事だろう。そして、人知れず、抵抗する事も出来ず、あんたの子供はこの世から原型を留める事は無くなる」

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