表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Time:Eater  作者: タングステン
第六話 『U』
167/223

第25部

【2023年09月26日16時56分36秒】


「私は・・・・・私は・・・・・」


 俺に『本当の真実を思い出せ』と言われた飴山は、必死にそれが何なのかを思い出そうとしている様子だった。その証拠に、飴山は両手で頭を抱え、その額には汗が滲み出ていた。


 本当記憶を思い出す事は飴山にとってはきっと、とても辛い事なのだと思う。自分が信じていた記憶が偽りの作られた物であると指摘された上に、それでは今まで自分がして来た事は何だったのか、と言う自問自答にすら入ってしまう様な辛い事なのだ。


「う・・・うぅ・・・・・」

「飴山・・・・・」


 俺は見るからに辛そうな飴山の姿をそれ以上見ている事は出来なかった。元はと言えば、俺が余計な事を飴山に言ったから飴山はこうして苦しんでいるのだが。しかし、俺は今にも崩れ落ちてしまいそうに不安定になった飴山の肩を握って、言葉を発しようとした。だがその直前に、逆に飴山が俺に対して言葉を発して来た。


「私の記憶は・・・今あるのが真実・・・・・それ以外なんて知らない!」


 そう言うとほぼ同時に飴山は自身の肩を握っていた俺の両手を払い除けた。ついに、飴山は本当の記憶を思い出す事が出来なかった。俺自身、薄々は気付いていたので、それもそうかもしれない。


 珠洲の過去改変の際は蒲生が珠洲に言い寄る事で珠洲の記憶は戻った。しかし、それは珠洲の記憶の一部が失われた原因が『交通事故』にあったからだ。飴山の場合は何かの事故に会った訳ではなく、何者かによって記憶を改変されたから、飴山にとって都合の悪い事しか思い出す事が出来ないのだ。


 本当の記憶を思い出そうとしたせいで頭痛でも発生したのか、飴山は右手で頭を抑えながら、よろよろと近くにあったモニターへと歩いて行った。そして、俺と湖晴が見ている目の前で、キーボードを操作し始めた。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!こんな世界なんて滅びれば良いんだあああああ!!!!!」


 飴山は右手で頭を抑え、左手でキーボードを操作しながら、そんな悲痛な叫び声を上げた。飴山の本当の記憶にあたる、実際にこの世界で起きた事実を俺と湖晴は知っている。その過去においては、飴山はまともな人生を送れていなかったとは思うが、少なくともこの世界は破滅させるレベルに悲惨な物ではなかった様に思える。


 両親に捨てられ、拾われた先の組織の仲間を大量に殺害し、一人孤独な世界に放り出された。それでも、飴山は組織にいる間は楽しかっただろうし、今だって、原子市で原子力爆弾を起動させようとさえしなければ充分な人生を送れていたはずなのだ。


 それなのに飴山は、おそらく飴山の記憶を消した人物とは別の人物に偽りの記憶を植え付けられ、俺からの台詞と現実世界と自分の記憶のずれに苦しんでいる。どれが正解なのか、どれが間違いなのか。飴山の脳内では既に、その区別が付かなくなっているのだ。


 しかも、その偽りの記憶の一部が相当酷い物だったからなのか、区別の付かなくなった三つの事実をまっさらな状態にしたいからなのかは分からないが、飴山はこの世界を破滅させようとしている。


 原子力爆弾を原子市の隅にあるこの研究施設で起動させ、それが原因で日本が核爆弾を所有している国だと世界中の国が誤認し、核戦争が始まる。第三次世界大戦と言ってしまっても過言ではない、戦争が起きる。大勢の人が苦しみ、嘆き、死ぬ。そして、最終的に放射能に汚染された地球は破滅する。


 たった一つの出来事だけで、ここまでの大事になる可能性さえある。だからこそ、慎重に物事を進める必要があるのだ。だからこそ、飴山に原子力爆弾を起動させる訳にはいかない。


 その時、俺は脳裏に一筋の光が走った。もしかすると、飴山に本当の記憶を思い出させる事が出来るかもしれない、たった一つの方法を思い付いたのだ。


「飴山!この世界を破滅させた所で何も変わりはしない!それどころか、飴山がそれを起動させる事によって、大勢の人が苦しむんだ!それでも良いのか!」

「うるさいうるさいうるさい!誰かが苦しむ様な世界なんて滅びれば良い!辛い思いをしなければならない世界なんて滅びれば良い!」


 飴山は俺の言葉にまるで耳を貸すつもりがないみたいだった。飴山はそんな風に、自分の理念を大声で唱えながらも、今だにキーボードを叩く手を止める事は無かった。それに、既に頭痛は治ったのか、右手と左手の両方でキーボードを操作していた。


 俺と飴山の目の前には、俺にとってはまるで意味が分からない数字やアルファベットが延々と並んでいるモニターが幾つもあった。それは、以前俺が湖晴のロボット製作を手伝った時とは比べ物にならないくらいの膨大な量だった。


 その膨大な文字列から、今飴山がしている作業が如何に精密で、如何に大変な事なのかがすぐに分かった。だが、俺はそれを止める事はなかった。たとえ俺が飴山を力づくで止めようとした所で、事の全ては良い方向へとは進まない。せいぜい、この世界の滅亡までのカウントダウンが極端に短くなるだけだ。


 その間に俺は湖晴からある物を受け取った。湖晴は最初、それの活用方法を理解出来ていなかったみたいだが、俺が一言だけ説明すると理解出来たらしくすんなりと手渡してくれた。


「飴山!これを見ろ!」

「・・・・・!?」


 俺はそれを手に持ったまま、飴山の後方に立ち、大声でそう言った。飴山はまだ作業を続けているみたいで、最初の数秒間は見向きもしなかったが、何も表示されていないモニターに映った俺の姿を見て不可解に思ったのか、不意に俺の方向へ振り向いた。


 その時の飴山の表情はまるで信じられない、とでも思っている様な物だった。


「それは・・・・・」

「飴山なら、見覚えがあるはずだ!これを誰から貰い、何の為に呼んだのか。飴山になら、これが本当の記憶のピースの一つであると分かるはずだ!」


 俺が飴山に見せていたのは、以前二度目にこの研究施設に来た際に偶然拾った表紙に『班長マニュアル』裏側に『Nuclear Technology』と書かれている、妙な資料だった。


 俺は飴山が嘗て所属していた『Nuclear Technology』の統率者の男性から聞いた事しか、飴山の過去については知らない。だが、この妙な資料は飴山の過去に繋がる何かである事は分かっていた。


「何で・・・それを・・・・・」


 俺がこの資料を見せ付けた事により、飴山の中で何かが劇的に変わって行った。その事は、つい先程までは何があっても途中で止める事などなかった、キーボードを叩いていた飴山の両手の動きが完全に静止していた事からよく分かった。


 飴山は言葉通り目を真ん丸くし、驚きに驚いていた。そして、原子力爆弾の(多分発射コードの)入力を中途半端な地点で止め、俺の方に体を向けてゆっくりと歩み寄って来た。しかし、その視線は俺にはなく、俺が手に持っていたその資料しか見ていなかった。


 飴山にとって、この資料がどれ程懐かしい物なのか。そして、どれ程大切な物なのかを俺は知らない。知る由も無い。だが、飴山のこの様子を見る限りでは、飴山は偽りの記憶とは別の本当の記憶を思い出し、それによってこの資料を求めているのだと思った。


 そして、ゆっくりと俺の元へと辿り着いた飴山は力無く、ただその資料を得る事だけが生きる意味の屍の様に、俺が手で持っていたその資料へと手を伸ばした。俺は特に抵抗する事無く、むしろ手渡す様な形でその資料を飴山の方へと差し出した。


 飴山はその資料を受け取ると、再び魂が宿ったかの様に優しく微笑みながら、その資料を両手で抱えた。数秒間の沈黙が訪れた後、飴山は口を開いた。


「思い・・・出しました・・・・・全てを」

「そうか」


 飴山は俺の事を真っ直ぐに見つめて来た。


「リーダーの事も、世話係の人の事も、組織の皆の事も」

「思い出せたのなら、それで良いんだ。もう、こんな事は止めよう」


 この後どんな事が起きようと、俺は時空転移をして過去改変をする事だろう。本質的には、飴山がここで記憶を取り戻そうが、世界が滅亡し掛けようが関係は無い。


 だが、俺はそれを許せなかった。いくら過去改変に関係無いとは言っても、飴山が悩み苦しんだと言う事実を忘れる訳にはいかない。また、ここで起きた事は無かった事になるとは言っても、飴山に真実を思い出させないまま過去改変をする訳にはいかなかったのだ。


 これが“俺なりの過去改変のルール”だったのだ。本質的には過去改変に関係の無い事でも、それぞれの過去改変対象者の子達の思いを無駄にしたくはない。それが俺の唯一の願いであり、望みだった。


 俺が全てを思い出したらしい飴山の頭をぽんぽんと軽く撫でていると、不意に飴山が俺に話し掛けて来た。


「そう言えば、上垣外先輩は何でここに?」

「え?あー、いや・・・・・」


 まさかこんな場面でそんな質問が来るとは思いもしなかった。さて、どうしたものか。


「飴山が苦しんでいる。そんな気がしたから来たんだよ」

「・・・・・。ありがとうございます」


 俺が一言だけそう伝えると、飴山は少し恥ずかしそうに顔を俯けてしまった。こうして、他愛も無い会話を交わす事が出来る状態にまで飴山が回復した事に、俺は心から嬉しいと感じた。


 しかし、その気持ちはそれから約一分後に崩れ落ちる事になる。


「・・・・・!?何だ!?この音は!?」


 突如、何処からともなく聞こえて来た轟音。そして、施設全体を揺らす様な大きな揺れ。これ等が発生し始めた時、俺は『Nuclear Technology』の人達が以前よりも早く来たのか、それとも地震が発生したのかと思っていた。


 だが、実際にはそのどちらも間違いだった。俺はそれ等に困惑している際に、ある一つの事に気が付いた。先程飴山が原子力爆弾を起動させる為に入力していた、大量のモニター。その全ての画面が赤い文字で埋め尽くされ、中心に『DANGER』の文字が大きく映っていた。


 何かシステム上でエラーが発生したと言う意味なのか、俺には分からなかった。だから、俺の正面で全てを悟りきった表情で落ち着いていた飴山に俺は聞いた。


「飴山!これは一体・・・・・」

「上垣外先輩、すみません。もう手遅れなんです」

「何!?」


 飴山は静かに続けた。


「実は、先程上垣外先輩にこれを見せて頂く直前に、全ての起爆コードを入力し終わりました。残り三十秒程度で何もかもが無に帰ります」

「今からそれを取り消せないのか!」

「無理です。本来は起爆する為の物ではなく、最近になって私が新たに作り出した物ですから、中断する事は出来ません。そのコードを作り出すのにも時間が掛かります」

「クソッ!」


 俺は自分の感情が怒りに支配されて行く事が分かった。過去改変をするから関係無いとは言え、またしても俺はこの世界を破滅から救う事は出来なかった。そして、飴山に幾度と無く余計な罪を着せてしまった。そんな、力不足な俺への怒りの感情だった。


「次元さん!急ぎましょう!」

「分かってる!」


 俺の後ろから湖晴が俺に声を掛けて来ていた。確かに、ここに長くいると俺達まで爆発の影響を受け、過去改変が出来なくなる。だが、本当にこれで良いのか?俺は何か重大な事を見落としているんじゃないか?


 時空転移の際にタイム・イーターから発せられる眩い閃光に包まれて行く中、俺は飴山が何かを俺に言っている事が分かった。しかし、その声は俺の耳に届く事はなかった。だが、その口の動きだけを見るとある一つの台詞である事を理解出来た。


 飴山は俺に『さよなら』と言っていた。全ての真実の本当の記憶を思い出した故に満足そうな、しかし、これから訪れるかもしれない死を目の前にして悲しそうな表情をしながらそう言っていた。


 俺と湖晴がその場から時空転移する直前、飴山が起動させた原子力爆弾が起動し、世界は真っ白な光に飲み込まれて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ