第24部
【2023年09月26日16時56分36秒】
世界は変わっていなかった。
案の定と言うか、予想通りと言うか、幾度にも渡って続いている俺と湖晴の時空転移先で広がっていたその光景は相も変わらず、廃れた原子市の街並みだった。言うまでもないかもしれないが、建物は今にも倒れそうになっている物や赤い炎が上がっている物が多数存在し、人気は無く、街全体が暗い雰囲気に包まれていた。
だが、今回に限っては、俺はそこまで驚く事は無かった。俺が『Nuclear Technology』の統率者の男性に俺達の正体と目的を明かし、その後、杉野目に対しての交渉が事実上失敗した時点でおそらくこうなるのではないかと言う気はしていた。
とは言っても、俺がそこまで驚く事が無かったと言っても、別に何も感じないと言う意味ではない。俺が普段生活している街がここまで荒廃し、直視出来ない様な状態になっているのだ。普通は心がずたずたに傷付けられる。実際の所、今の俺もそんな気持ちである。
しかし、ここで諦める訳にはいかない。栄長親子と『Nuclear Technology』の統率者の男性、そして杉野目から聞いた情報を総合的に纏めてこれまでの俺達の過去改変のやり方の何処が間違っていたのか、本来はどうするべきだったのか等を考えると自ずと答えは出て来る。
即ち、タイム・イーターの電力残量からして残り過去改変可能回数が一回だったとしても、それだけで充分なのだ。あと一回過去改変の為の時空転移が出来れば、それで全てが解決する。この世界は元通りの姿を取り戻し、飴山が余計な犯罪を起こす必要も無くなる。誰もが救われるはずの未来になるのだ。
だから、俺達は本当はこの時間に来る必要は無かった。この時間に来た所で未来は変える事はおそらく出来ない。いかなる手段を使ってでも、タイムリミットは9月26日の17時45分頃に飴山が原子力爆弾を起動させて世界を破滅にまで追い込む、このラインに変わりはないのだろう。
別に確信は無い。だが、これまで俺は二度もこの『現在-数分』とそれよりも更に前の『現在-数分』に時空転移をし、過去改変の為の行動を起こした。その結果が先程述べた通りに、飴山が原子力爆弾を起動させる直前なのだ。
未来が確定していない地点から時空転移をしなければ、もし過去改変が成功しても飴山や他の皆が救われない可能性がある。だからこその幾度にも渡る時空転移なのだ。
だがここで一つ疑問が生まれる事だろう。それならば何故、時空転移可能回数が限られているにも関わらず、一歩間違えば確定していなかった未来を進めてしまう事になるにも関わらず、無駄足を踏もうとしているのか。
その答えは、簡単に一言で説明すると『“俺なりの過去改変のルール”を守る為』なのだ。
「湖晴。タイム・イーターの電力は残りどのくらいだ?時空転移は何回出来そうだ?」
俺は目の前に広がる荒れ果てた原子市の眺めながら、隣で同様の景色を見ているであろう湖晴に、落ち着いた声で静かに話し掛けた。湖晴は俺にその事を聞かれる事を想定していたのか、タイム・イーターの画面でその事について確認する事無く、すぐに答えた。
「時空転移以外の機能を使用する事無く、時空転移以外での起動をしなければ、ここから往復一回分の電力は充分に残っています。ですが、これが本当に最後のチャンスになる事でしょう」
「そうか。ありがとう」
次が飴山を過去改変対象者の未来から救う為の過去改変のラストチャンス。俺は別に構わない。何故ならば、飴山の過去の何時を改変すれば全てを変える事が出来るのかが、俺には既に理解出来ているからだ。タイム・イーターの他の機能を使用するまでもなく、それは完了する。
これで全てお終いだ。この世界の為、飴山を助ける為に自分自身の全てを使った『Nuclear Technology』の統率者の男性の思いを果たす為、飴山本人を救う為の長い長い過去改変活動は終了する。
「それじゃあ、今から俺は飴山に会いに行って来る。湖晴はどうする?」
必要の無い質問、答えの分かり切っているそんな質問だったが、俺はあえてそんな事を湖晴に尋ねた。すると、湖晴は少しムッとした様な表情で俺の事を可愛らしくにらめ付けながら答えた。
「当然付いて行きます。もし有藍さんが行動を早めたら何かと危険ですし」
大体は俺の予想通りの湖晴の台詞の後、俺は俺達がいたグラヴィティ公園近くの丘から下りて行き、飴山がいるはずの例の研究施設へと向かった。『“俺なりの過去改変のルール”を守る為』に。
・・・・・そう言えば、毎度毎度何でこんなに同じ場所にばかり時空転移して来るんだ?行き先が分かり易い様にする為に湖晴があえてそう設定したからなのか、それとも、時空転移に必要らしい時空の歪とやらがここにしか無いからなのか。まあ、そんな事は今は特に関係は無いので放っておこう。
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例の研究施設内部、以前来た時には飴山がいたあの部屋のドアの前に俺と湖晴は立っていた。このドアの先にいるはずの飴山がどの様な状況なのかは俺にも分からない。一度目はモニターらしき画面を眺めており、二度目は高熱が出ていたらしく倒れていた。
過去改変には失敗したにも関わらず、何故この様な部分のみが変わってしまっていたのか。それはおそらく、俺のその過去改変の失敗によるバタフライエフェクトの様な何かの力が働いたせいだと考えられる。
バタフライエフェクトはご存知の通り、一つの事象が起きた際に本質的には全く関係無いと思われる事象が待ったく別の異なった場所で発生する事を指す。即ち、俺が何度も過去改変をして、しかもそれを失敗したが為に飴山の行動が僅かに変化し、二度に渡って俺達がこの研究施設に来た際の飴山の様子が変化していたと言う訳だ。当然の事ながら、この推測を裏付ける理由は無い。
俺の斜め後ろ数十センチの所で立っている湖晴の方向を一度見た後、俺はその部屋のドアを開けた。
「・・・・・!?」
ドアを開けるとほぼ同時に、俺の存在に気が付いたのか、ハッと息を呑む声が俺の耳に届いた。
そこは以前も見た監視室の様なモニターが大量に存在する、電気の点いた明るい部屋で、その中心には突然の俺と湖晴の来訪に驚きを隠す事が出来ない様子の飴山の姿があった。
「か、上垣外先輩・・・・・!?何でこんな所に・・・・・」
やはり、今回も飴山の様子は過去二度の俺達の来訪の時とは違っていた。今の飴山は一度目の時の様にやけに落ち着いていて逆に不気味な雰囲気ではなく、二度目の時の様に高熱に魘されている感じでもなかった。俺の見解では、俺の知るごくごく平凡な女子高生である飴山の人物像とほぼ一致していた、それが三度目の俺達の来訪の目の前で姿を現した飴山の状態だった。
俺は今だに驚き続けているあまりそれ以上何も台詞を言えない様子だった飴山を差し置いて、そのまま飴山の方へと早歩きで向かって行き、やや大きな声で飴山に言った。
「それは・・・・・俺の台詞だ・・・・・!」
「え・・・・・?」
俺は飴山の事を思う人達の事を考え、そして、何が理由でこんな事をしたのかは分からないが飴山に対して過度に怒鳴り付け過ぎない様に理性をセーブしながら飴山へと話し続けた。一方の飴山は、そんな俺の事を心の底から怖いと感じてしまっているのか、その身を小さくしてびくびくと震えていた。
「何で、何でこんな事をするんだ!飴山は・・・・・自分がどれだけの人に大切に思われているのかを知っていて、こんな事をしているのか!」
「私は・・・・・」
もごもごとしていて、はっきりとしていない様子の飴山だったが、暫くすると俺への恐怖心も和らいで来たのか、逆に大声を張り上げて来た。
「上垣外先輩に何が分かるって言うんですか!?これまで、私は誰かに大切にされた事なんて一度たりとも無いんですよ!?もう全部、思い出したんです!両親に捨てられ、謎の組織に引き取られ、挙句の果てに記憶喪失にされた上に全く知らない土地で一人ぼっち・・・・・誰だって、こんな状況嫌でしょう!それを変えたいと思うはずでしょう!上垣外先輩はどうなんですか!」
その台詞を放った飴山は今にも泣きそうな顔をしており、自分の過去の全てが最悪な物であると確信し、それらを否定しようとしていた。いや、していた。自分の変えられない過去を悔やみ、これからを生きる為に今を変える。今の飴山はその様な結論に至った末に、原子力爆弾を起動させると言う行動に出てしまったのだろう。
それに、何のきっかけなのか、飴山は全てを思い出していたらしい。また杉野目が何かをしたのか、過去での俺や湖晴の行動が影響を及ぼしたのか、単純に神の気紛れなのかは知らない。だが、真実を知ってしまった以上、飴山は突き進むしかない。自らを破滅に導くと分かっている、最悪な未来へ。
「飴山の気持ちは良く分かる。飴山が何を考えてこの結論に至ったのか、飴山が俺や他の人達に何を伝えようとしているのかも全て分かる」
「だったら・・・」
「だが」
飴山の過去と気持ちを知っている俺だからこそ、俺はそう言える。そして、飴山と似た様な境遇にある俺だからそう言える。俺は諭す様に、傷付いた心を癒す様に、飴山に言った。
「その考えには賛同出来ない」
「!」
「飴山はこの街を吹き飛ばせば自分が何か変われると思ったのかもしれない。自殺しようとすれば、何かが変わったり、次に何かが起きた時に上手く行くに違いない、と考えたのかもしれない。しかし、それは違う。自分一人の勝手な思いで、皆を巻き込むな。そして、自分の勝手な思い込みで、自分の事を大切に思ってくれている人達の気持ちを裏切るな」
「私は自分勝手に考えてなんて・・・・・勝手な思い込みなんて・・・・・していない!」
「まず、そこからおかしいんだよ。飴山は」
俺は飴山の間違いを正す為だけに、心を鬼にした。俺は誰に嫌われようと構わない。それ以前にこれから俺と湖晴が行う過去改変が成功すれば、ここで起きた出来事は無かった事になるのであまり関係無い。だが、これでだけは飴山には知っておいて欲しかったのだ。
「飴山は自分が両親に捨てられた事が不満で、こんな事をしたのか?」
「・・・・・当然、それもあります」
「なら、俺と同じだな。俺も俺の本当の親の顔は知らない」
「え・・・・・?」
俺も飴山同様に捨てられていた子供だ。俺自身、それが何時なのかははっきりと覚えていないが、今の両親に引き取られる前はずっと孤児院にいた。それだけは覚えている。
「俺の人生のスタート位置は飴山同様にマイナスの地点から始まった。だから、俺は平凡こそがこの世界で最強であると心の底から信じている」
「で、でも、確か上垣外先輩は今はご両親がいて、妹さんも・・・・・それに、野依先輩だって・・・」
「それは飴山だって、同じ様なものだろう?」
俺は続ける。飴山が納得する、その時まで。
「どう言う意味ですか・・・」
「俺には義理の両親と義理の妹がいるが、友達や知り合いがほとんどいない。そして、飴山には両親も兄弟もいないが、友達はいる。それぞれ自分の身近な人がどの位置にいるのかは違うが、本質的にこれは比べる事が出来ないものなのか?それ程までに、飴山は今の飴山の友達に不満足だったのか?」
「・・・・・それは・・・」
「違うだろ?飴山が俺にはいる両親や妹を羨ましがる様に、俺は飴山にはいる友達を羨ましがっている。と¥どちらも変わらない事じゃないか」
当然の事ながら、人によって価値観は違う。自分の家族の方がその他の知り合いよりも大事だと考える人がいれば、その逆の人もいるし、どちらも大切にしようと考える人もいれば、どちらもいらないと考える人もいる。その人の考え方、価値観によって、この世の物事の全ては大きく変化して行く。
だが、人は平等だ。俺や飴山の様に、生まれたすぐ後からマイナスのスタート地点に立たされている人がいれば、逆にプラスな位置からスタートしている人もいるのだろう。しかし、どの様な地点からスタートしていてもそこから如何なる幸福を求めようとそれはその人に元々与えられた物ではないから、限度なんて物は無い。
飴山が友達よりも家族の事が大切だと思っていたとしても、その友達も家族も皆対等であり、平等だ。だからこその、俺のその台詞だった。だが、飴山は以前としてあまり納得している様子は無く、続けて俺に聞いて来る。
「それじゃあ、妙な組織に拾われて、記憶を消去された上にまた捨てられた事はどうなんですか!」
「今の飴山がどんな風な記憶を思い出したのかは俺には検討は付かない。だが、それもまた違う」
「何がですか!」
飴山は何者かによって、真実とは異なる偽りの真実を植え付けられている。そうでないと、今の台詞は出て来ない。栄長親子から聞いた事や『Nuclear Technology』の統率者の男性の思いを考えれば、飴山のその台詞は偽りの真実から基づいていると分かるからだ。
「飴山。思い出せ、本当の真実を。飴山が引き取られたその妙な組織にいた人達の事、リーダーの事。何で記憶喪失にならなければならなかったのか。その全てを」
二度目の来訪の俺が来るまで、残り数分。その時、硬直していた飴山の記憶はようやく真相へと辿り着き掛けていた。