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Time:Eater  作者: タングステン
第六話 『U』
165/223

第23部

【2021年09月04日17時35分13秒】


 俺は飴山の過去についてと、飴山の事を思って自分自身すらも犠牲にしよとしていた『Nuclear Technology』の統率者の男性について考えていた。


 飴山が親の顔を知らなかったのは別に記憶操作をされたからではなく、そもそも記憶操作をされる以前から見た事も無いだけだったのだ。もし、飴山が『現在-数分』でその事に対して怒っていたのなら、別に俺は今から過去改変の為に行動を起こす必要などない訳なのだが、そんな確証は何処にも存在しない。


 だから、俺は今自分にだけ出来る事をする。組織の統率者の男性が飴山の辛い過去を知っていたから、仲間を大勢失い、自分自身も傷付けられたにも関わらず飴山の事を救おうとした様に。


「次元さん」


 気が付くと、俺達がいたのはつい先程の『Nuclear Technology』の拠点の清潔感溢れる真っ白な廊下ではなく、少し雲が掛かっているからなのか暗めの屋外だった。そして、俺達の目の前には『Nuclear Technology』の拠点とは大きく印象の異なる、まるでそれは別世界に来たのではないかと思ってしまうくらいの雰囲気の研究施設があった。


 ここが『Time Technology』の拠点か。杉野目施廉と言う謎の転校生が統率者を勤めているらしい、時間科学について研究している科学結社。栄長が所属している『Space Technology』とは名前の通り対を成す存在であり、もしかすると、タイム・イーターについて詳しく知っているかもしれない組織だ。


 俺はここに来るのは初めて・・・・・と言うよりはむしろ、科学結社の拠点に来る事自体がまず皆無だったので、それも当然と言えば当然だ。


 しかし、確かに俺はここに来るのは初めてのはずなのだが、この施設を俺は何処かで何度も見た事がある気がする。それが何時だったのか、はたまたそれが現実の出来事だったのかなどは俺には検討も付かない。もしかすると、テレビに一瞬だけ映っていたとか、何か別の同じ様な建物を見た記憶が残っていてそれと混同しているとか、そう言う理由程度の事なのかもしれない。


 例えそうだとしても、その答えを確かめる術は今の俺には無く、俺がするべき事はそんな事ではない。今俺がすべきなのは、この施設内にいるはずの『Time Technology』の統率者である、杉野目施廉にこの『過去』時点での飴山のこれからについて何とか説得する事だけだ。


 この『過去』の時点では俺と杉野目は会っていないはず(杉野目は俺の事を知っていたみたいだが)なので、俺が何と名乗ろうが、向こう側はそれが真実か否かは知る由も無い。例えば、俺が『科学結社×××の統率者の者です』と名乗った所で、何も問題は起きない。


 もし俺が名乗った科学結社の名前が既存の科学結社と被っていた場合は上手く誤魔化して、被っていなかった場合は『最近出来た科学結社』とか言う風に理由をこじつけてしまえば済む話だ。どちらに転んでも何ら大きな問題は起き難いと言う事が想像出来る。


「行こうか」

「はい」


 10数秒間に渡って目の前に佇む陰鬱な雰囲気を漂わせる巨大な建造物を暫し眺めていた俺だったが、湖晴にそんな風に声を掛けたと同時にその建造物の玄関口へと歩いて行った。


「・・・・・ん?」


 施設の玄関口へと歩いて行き、入ろうとしたその直前。ついさっきまで施設全体を大まかに見ていた時には全く気付かなかったが、今近くに行った時にはふとそれを確認する事が出来たのだ。俺は玄関口へ入る事無く急カーブして右方向へと前進した。湖晴もその後に付いて来、一言だけ尋ねて来た。


「どうしたんですか?次元さん」

「いや、何か施設の横側が変な感じだったから」

「変な感じ?」


 俺達は玄関口の右隣数メートルの地点にあった施設の横側、隣の建物との間にひっそりと存在する日の当たらない真っ暗な空間へと入って行った。見てみると、そこには明らかに外部からの影響を受けたと思われる裏口が乱雑に補強されており、その近くには元々は何か液体でも入っていたのか、タンク(?)みたいな大きな容器が幾つも放置されていた。


「あれ?これって・・・・・」


 特に何の会話も無い沈黙の中、ふと湖晴が独り言の様に呟いた。俺は乱雑に補強されていた裏口のドアを確認しながら、湖晴に声を掛けた。


「どうかしたのか?」

「いえ・・・・・何時かこの光景を見た気がしたのですが、多分気のせいでしょう」

「そうか」


 湖晴のその台詞を聞いた俺は『それは気のせいなどではない』と直感してしまった。湖晴は見た物聞いた物を何でも片っ端から全て覚えて行くと言う才能を持っている。そんな便利な才能を持っている湖晴でも、本人の記憶には残っていなかったり、薄っすらとしか覚えていないと言う場合がある。


 それは『湖晴が別の事に集中するなどして、意識が目の前の事に行っていない場合』の事だ。これまでも何度も湖晴はその様子を俺の前で出して来た。勿論、本人は自覚はあっても確信なんて出来る訳がない。だから、今の湖晴の台詞はおそらく『気のせいなどでなく、湖晴の意識が別の事に行っていた』と言う場面に基づいた物なのだろう。


 とは言っても、こんな事を言っても何の解決にもならない。俺達の目の前にあるこの光景の原因を湖晴が知っている訳ではないし、知っていたとしてもやはり飴山の過去改変には関係無いと思うからだ。


 無駄足を踏んでしまった。これ以上は余計な道草を食う事無く、本来の目的に向かって進む事にする。そうは言ったものの結局の所、俺は3分程度その場で適当に何か役に立つ様な情報や物が無いかと探していたが、最終的には何も収穫は無かったので、湖晴に一言だけ声を掛けて施設に入る為に裏口ではなく、表の玄関口に入って行った。


 まあ、大体予想はしていたが、科学結社の玄関口なんてそんな物なのだろう。受付嬢がいる事も無く、来場者を迎え入れる為の何かも無い、だだっ広いホールの前でガラス製のドアを挟んだ地点で俺は立ち竦んでいた。そして、一応来場者を迎え入れる気はあるのか、インターホンらしき物を一つ発見し、それのボタンを押した。何処に繋がるのかは俺の知った所ではない。


 しかし、俺はそのインターホンに誰かが応答する以前に、それとは別の事に意識を取られてしまった。俺がこれから話をしようと思っていた、その人物がそこにはいたのだ。


「杉野目・・・・・」


 だだっ広いホールの中、ここは俺達が知る世界とは違って2年前の世界のはずだが杉野目は全く変わっておらず、その長い髪を揺らしながら俺達の方へと歩いて来ていた。そして、ホール側から俺達がいた玄関口に杉野目が来た時に俺は声を発した。


「杉野目」

「・・・・・あら。ようやくここまで来たのね。上垣外君」


 今の一瞬間の間に思い付いた俺の予測は的中していた。やはり、杉野目は俺の事を2年よりもずっと前から知っているのだ。それが何時何処でからなのかは知らないが、それだけを確認、及び確信する事は今の俺と杉野目の会話だけで分かる事だろう。


 俺は杉野目の事を見、杉野目は別の何処かへと視線を移し、湖晴は俺の隣で黙っていた。3人が3人とも身動きを取る事無く、沈黙が続いた。だが、その均衡は俺によって壊された。


「杉野目、お前に話がある」

「残念なのだけれど、貴方がこれから言おうとしている事は確実に実現不可能よ」


 俺がまだ何も本題を話していないにも関わらず、杉野目はばっさりと一言でそれを否定した。俺の思考が先読みされているのではないかと思ってしまう様なその台詞に、俺は少々の動揺を隠す事が出来ないまま問い返した。


「それはどう言う意味だ?」

「貴方はこれから私に『飴山有藍を処分方法を死刑及び記憶消去以外の方法にして欲しい』と言うつもりだった。そうでしょう?」

「!?」

「でも、それは無理。飴山有藍は何が起きようと確実に処刑されるか、記憶消去を施される。その運命は貴方にも、私にも変える事は出来ない」

「そんな事、やってみないと分からないだろ」

「何度もやってみたから、分かっているのよ」


 本当に俺の言おうとしていた事を的中させ、そんな訳の分からない台詞を付け足して言った杉野目のその姿は何処か悲しそうで、そして、辛そうだった。だが、俺にはその事は理解する事が出来ず、又、考えを深めている間にその猶予を与えまいと杉野目は続けて俺に話を続けて来た。


「飴山有藍は両親に捨てられ、科学結社『Nuclear Technology』に拾われた時点でこうなる事は決定していた。事故を起こす事も、記憶消去を施される事も」

「お前は何処まで知っているんだ・・・・・?」

「何もかも、よ。少なくとも貴方が知っている事は全て把握しているわ」


 以前から何度も思い、分かりえる事が出来ない問題が一つだけ俺の中にあった。杉野目施廉と言う少女は一体何者で、何が目的なのか、と言う事が。


 科学結社『Time Technology』の統率者である事は百歩譲って有り得たとしても、科学結社に所属しているから何らかの予知能力を獲得していたとしても、それでも、腑に落ちない事は今だに多々ある。と言うよりはむしろ、杉野目はその存在のほとんど全ての情報が明かされておらず、且つ、理解不能な事柄が多過ぎる。


 考えても考えてもそれらが分からない俺の事を杉野目は自身が着ていた白衣のポケットに手を突っ込みながら眺めていた。そして、一つの問題・・・・・と言うよりは疑問が浮かんだ俺はそれをそのまま杉野目に問い掛けた。


「それじゃあ、俺が知らない事を一つだけ質問する。飴山の事はどうやったら助ける事が出来るんだ?」

「今の所、それが成功した例は無いわ。だから、これからの道については貴方が全てを決めるべき。私が言う事が出来るのはここまで」


 何なんだよ、それは。それでは結局、何も分からないじゃないか。


 一つの大きな科学結社の統率者である杉野目が『飴山を救う事は不可能だ』と言ってしまった事により、俺達がここに来た意味は無くなった。何処からどう見ても、これは俺達の交渉失敗であると判断出来るからだ。


 だが、一応収穫が無かった訳ではない。先程まで俺達がいた『Nuclear Technology』研究施設で俺がその統率者の男性と会話した事で多少過去改変は行われるはずだし、今杉野目から聞かされた事も無駄ではない。


 しかしながら、俺達はもう一度過去改変をし直す必要があるのかもしれない。収穫が無かった訳ではないとは言っても、それが飴山の過去改変に直結するか否かは別問題だからだ。だから、あと何回のチャンスが残されているのかは分からないが、一先ず『現在-数分』に戻って状況を確かめる必要がありそうだな。


 その時、杉野目は俺と湖晴に背を向ける様にして、玄関口とは逆方向の施設のホール側へと歩き始めた。


「私はもう戻るわ」

「待て」

「何?」


 俺が声を掛けても歩みを止めない杉野目に、俺は構う事無く声を掛け続けた。


「杉野目は一体、何者なんだ」

「貴方も知っているでしょう?私は科学結社『Time Technology』の統率者・・・・・そして、たった一つの目的すら今だに達成出来ない愚かな人間よ」

「たった一つの目的・・・・・?」


 またしても、俺の理解の範疇を超えた台詞を放った杉野目は次に俺がその方向を見た時にはいなくなっていた。俺が杉野目にしようとしていた交渉は失敗。飴山の過去を変える事は、このままではおそらく叶わない。それだけは分かる。

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