第22部
【2021年09月04日17時35分13秒】
俺は当初の予定では架空の科学結社を作り上げて、その科学結社の統率者として今俺の目の前にいる『Nuclear Technology』の統率者の男に飴山のこれからの所為について話し合おうと考えていた。
だが、運良くと言うか何と言うか、俺と湖晴は『Time Technology』の代行の者と間違われた。架空の科学結社を作り出すよりも、杉野目の名前を出してそのまま『Time Technology』の代行の者として話を進める方が遥かに安全だし、何よりも話が食い違う事が大分減るはずだ。
と言うか、杉野目って2年前から『Time Technology』の統率者だったのか。2年前と言うと中学三年生くらいだと思うのだが、まあ、才能とかそう言う類の物があったのかもしれない。俺としてはそのせいなのか、少々苦手な相手だが。今回は勝手に名前を借りているので、とやかう言うつもりは無いが。
そんな訳で俺は在り来たりな前置きをした後、念には念を押すつもりで、目の前のソファに座る『Nuclear Technology』の統率者の男の前に、俺の隣に座る湖晴に小さな声で一言だけ話し掛けた。
「湖晴。俺達が『Time Technology』の代行として間違われている間は話を誤魔化せるかもしれないが、本来のその人達が来たら面倒な事になる。だから、部屋の外で番をして来てくれないか?」
「はい。分かりました」
俺が一人で大人と話し合うのは失敗するリスクが高いし、湖晴が一人で誰も部屋に入って来ない様に番をする事も危険かもしれない(また刺したりするかもしれないから)。だが、俺達はあくまで2人で、そして誰にもばれない様に過去改変をする必要がある。だから、今はこの配役しかない。
俺の台詞を聞いた湖晴はソファから立ち上がって1度軽くお辞儀をした後、そのまま部屋の廊下へと出た。その様子に違和感を感じ取ったのか、組織の統率者の男性が俺にその事について尋ねて来た。
「あちらの方は?」
「ああ、これから話す内容はあまり外に漏らして良い事ではないので、誰も入って来ない様に、念の為に廊下に出て番をして貰っただけです」
「そうですか」
嘘は付いていない。多分。
あまり会話と会話の間に時間を空けていると不自然に思われる可能性があるので、俺は緊張のあまり高鳴る心拍数と吹き出る汗を気合で抑え付けながら、震えて聞こえなくなりそうな声で本題に入った。
「それでは本題に入らせて頂きます。まず、我々の統率者は以前の会議ではどの様に言っておりましたでしょうか?」
「以前の会議では、そちらの統率者様はご出席なさっていなかったかと。ですから、今回、代行の方に代わりに意見を伝えさせると言う連絡があったはずなのですが・・・・・」
「そうでしたか、申し訳ありません。私どもはそう言った事に関してはあまり詳しくは存じ上げておりませんでしたので」
杉野目は科学結社一つの統率者でありながら、前の会議に出席しなかった?でもまあ、そのお陰でこうして俺達が統率者代行の代わりとして過去改変を進める事が出来るのだからな。助かったと言えば助かったかもしれない。
「こちら側の意見を述べさせて頂く前に、そちら側の意見をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「はい。以前の会議で他の科学結社の統率者の方々にはお伝えしたのですが、私はあの子と処分などしたくはありません」
「ほう」
「あまり深くお話しすると統率者たる私のただのわがままになってしまうかもしれませんが・・・・・あの子は元々孤児だったのです。雨の日の山奥で原子力発電所のすぐ近くに捨てられていたんです。その時に偶然にも、うちの組織の者があの子を見付けて・・・・・」
「・・・・・・・」
『Nuclear Technology』の統率者の男は今にも泣き出してしまいそうなくらいに、感情を込めた様子でそう言った。俺はその様子と見て、この人がどれだけ優しい心の持ち主なのか、そして飴山がどれ程辛い過去を持っているのか、大方予想が付いた。
俺が黙っていると、そのまま組織の統率者の男は話を続けた。
「今回あんな大事故を起こしてしまったのも、何か訳があったんじゃないかと思うんです。あの子も色々あって、判断力が鈍くなってしまっていたのかもしれない。私が知っているあの子は率先して誰かを傷付けようとはしないはずです。確かに我々の仲間は何人も死に、今だに病院で治療を受けている者も少なくはありません。実際の所、私も放射能の影響で内臓の幾つかに深刻なダメージを受けたと診断されました」
「・・・・・!だったら、貴方も治療を受けた方が宜しいのでは・・・」
「ですが、私が会議に出席しなかったり、こうして直接会って話し合いをしなかったら、あの子は何の弁解も出来ずに殺されてしまう。だから、私は残り少ないかもしれないこの命をあの子の為に使おうと決めたのです」
俺は組織の統率者の男のその言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立った様な気がした。俺は数秒間驚きのあまり何も言えなくなり、ただただ目の前のこの優し過ぎる男性の真剣な表情を見ていた。
この人は、何でこんなにも飴山の事を思っていられるんだ。多くの仲間を失い、多くの仲間を傷付けられ、自分自身も飴山の起こしてしまった事故のせいで内臓に深刻なダメージを負ったと言う。放射能のせいで内蔵が傷付けられたと言う事は、下手をすれば命にも関わる重大な事のはずだ。今すぐにでも治療を受けなければならない程の事なのに。
それなのに、この人は飴山の犯してしまった罪を少しでも軽くする為、そして、飴山が殺されない為に自分の命を使っている。たとえ組織の統率者だとしても、こんな事が出来るのだろうか。
普通は出来る訳がない。人間は何時の時代でも、何処に行っても最終的には自分の事しか考える事が出来ない。だが、この人は違った。
「分かりました」
俺は座っていたソファから腰を上げて立ち上がり、そして、言った。
「俺が、どんな手段を使ってでも貴方の願いを叶えてみせます。絶対に飴山を救います。だから、くれぐれも無理はしないで下さい」
「え?えーっと・・・・・そちら様のご意見は・・・」
突然俺の雰囲気が変わった事に困惑しているのか、組織の統率者の男は少々焦りながらゆっくりと立ち上がって尋ねて来た。またその際に、事故によって傷付けられた内臓の部分なのか、腹部を少し手で摩っていたのを俺は見逃さなかった。
その様子を確認したと同時に、俺は若干声を張り上げて言った。
「俺は『Time Technology』の代行の者などではありません」
「え?それはどう言う・・・・・」
「俺は飴山有藍と言う一人の少女を救う為にだけにここに来ました。そして、貴方を騙して別の未来を選択させようとした。でも、それは間違っていました」
俺は組織の統率者の男に全てを明かした。ここでわざわざ俺の正体を明かす必要は無論無い。だが、俺の良心の様な何かがそれを拒んだ。
俺と湖晴は飴山の過去を変える為にここまで来た。世界の滅亡を防ぐ為、そして、一人の少女にこれ以上の余計な罪を着せない為に。この思いは決して偽りではない。
そして、この思いと同様の物を俺の目の前にいるこの人は持っているじゃないか。仲間を大勢失い、自分も何時死ぬか分からないのに、それなのに、飴山の事だけを思って今を生きている。飴山の為に命を使っている。
そんな優し過ぎる人を俺はこれ以上騙す事は出来なかった。勿論、この話がこの人によって外部に漏れる事があれば俺と湖晴による過去改変は大分難しくなるかもしれない。だが、そんな事はどうでも良い。いくら難しい過去改変だとしても、俺はこの人の思いを背負って飴山の過去を変え、救ってみせる。
意を決した俺は、何の躊躇いも持つ事無く続けた。
「今から俺達は『Time Technology』の統率者に直接会って、飴山有藍のこれからについて言って来ます。貴方は俺達の正体を知った。俺達を信じる事が出来ないのなら、忠告を促すのも大いに構いません。ですが、俺達は飴山を絶対に救ってみせる。これだけは約束します」
「・・・・・貴方は、もしかして・・・」
組織の統率者の男は何かに気が付いたのか、俺の事を暫く見ているかと思えば、フッと気が抜けてしまったのかソファに座り込んでしまった。
「・・・・・私はもう何も言いません。私が出来ない事を貴方達なら出来る様な、そんな気がします。だから、あの子を救ってやって下さい・・・・・」
組織の統率者の男は静かに、ゆっくりと、一言一言を噛み締める様に俺にそう言った。おそらく、この人も俺がどれだけ飴山の未来を変えたいのか、その事を理解してくれたに違いない。そうでなかったら、あんな顔は出来ない。
その台詞を聞いた俺は、それから2度と室内を振り返る事無く、そのまま湖晴が立っている廊下へと出た。その時の俺はどんな表情をしていたのかは分からないが、とにかく、何の前触れもなく突然部屋から出て来た俺に湖晴は言葉通り驚いていた。
「次元さん・・・・・?」
「湖晴。今から『Time Technology』の拠点に行くぞ。そして、杉野目と話し合いを付ける」
「え?先程の方との話し合いは・・・」
湖晴はやはり室内で俺と組織の統率者の男が何を話し、そして、お互いがお互いのどの様な気持ちを理解したのかを把握していなかったらしい。だが、今の俺はその事を詳しく説明出来る様な気分ではなかった。
だから、一言にまとめて俺は湖晴に答えた。
「失敗だ」
「そう・・・ですか・・・・・」
「ついでに、俺達の正体も明かした」
「ええ!?それでは、これからの話し合いにも支障が・・・」
「だが、大丈夫だ」
「どう言う意味ですか・・・・・?」
端から聞いたのなら、今の俺の台詞程意味不明な答え方は無かっただろう。いや、そもそも俺は湖晴のそれらの質問には答える気が無かったからほとんど無意識の内に会話が進んでいたと言っても過言ではないのだがな。