第21部
【2021年09月04日17時13分49秒】
湖晴に背後から抱き付かれ、その時の倒れた拍子にこの研究施設の一室のドアごと廊下へと放り出されてしまった俺と湖晴。今だに湖晴は俺の背中に抱き付いている様子で、冷静に考えれば結構嬉しい状況なのだが、今の俺にはそんな余裕は無かった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
廊下に放り出され、横になった状態で静止していた俺は清潔感溢れる真っ白な廊下の10数メートル先を見ていた。逆に、おそらく何者かが俺達の事を10メートル先から唖然としながら眺めていた。
どちらも動き出す事は無く、物音一つ立たない沈黙が数10秒間に渡って続いた。相手側がどうなのかは俺の知る所ではないが、しかし、俺の心拍数は次第に高鳴るばかりだった。
もし俺が、俺達の事を唖然としながら眺めている相手側だとしたら、この俺達の事をどう思うだろうか?答えは至極簡単だ。見覚えの無い男女2人がドアを破壊したばかりの状態で廊下で寝ている。しかも、片方は血の付着した白衣を纏っている。
つまり、結論だけ述べると、今の俺と湖晴は何処からどう見ても、違法進入の不審者なのだ。
目の前の状況整理がようやく追い付いたのか、相手側の科学結社の人間は俺達を取り押さえる為に大声を出してこの研究施設内にいるのであろう仲間を呼び始めた。
「おい!誰でも良いから来てくれ!不審者がいるぞ!」
「不味い!」
その大声と共に何処からともなく科学結社の人間が1人、また1人と集まり始めた。俺はここにいては色々と問題があると判断し、俺の背中に抱き付いたまま俺の背中に顔を埋めていた湖晴を無理矢理引き剥がして、その手を取ってまだ人が集まっていない廊下の方向へと走り出した。
背後には不審者である俺達を捕らえようと、5人くらいの科学結社の人間らしい男女が口々に大声を出しながら追い掛けて来ていた。
「次元さん!?これは一体・・・」
「取り合えず、ついさっきの湖晴の行動についての言及は後回しにするから、今は走れ!」
時間が許すのならば、こんな事になってしまった原因と湖晴のつい先程の行動についてゆっくりと話し合いたい所なのだが、そんな事をしている暇は当然ながら無い。俺は湖晴の手を引っ張りながら、背後数メートルにまで来ている追っ手の位置を確認した。
このままでは不味い、非常に不味い。もし俺達がここで捕まれば、暫くは身動きが出来なくなる。場合によってはタイム・イーターを没収されたりするかもしれないし、そもそも長い時間この『過去』に滞在すると言う事は余計な過去改変を生む事に他ならない。
それどころか、この『過去』の最も近い『過去』は事件発生の日のみ。過去改変の為の同じ『過去』への時空転移が1度しか出来ないタイム・イーターの機能のルールを思い出すと、こんな所で絶対に捕まる訳にはいかない。
どうにかして、追っ手を追い払って飴山のこれからの所為を変更出来ないだろうか。俺は目の前にあった廊下の曲がり角を右側に曲がり、そして、一先ず行方を眩ます為にもう一度別方向へと曲がった。すると、俺の作戦通り、追っ手達は俺がもう一度曲がった事に気付かず、何処かへと走って行った。
俺はその様子をしっかしと確認し、本当にもう別の追っ手が来ていないかも確かめた後、天井にある蛍光灯が切れているのか少し暗めの廊下の突き当たりで、俺は湖晴に小声で話し掛けた。
「湖晴。タイム・イーターで『Nuclear Technology』の統率者室みたいな場所を探して欲しいのだが、良いか?」
「はい。分かりました」
「あと、念の為湖晴はその血の付いた白衣を脱いで、俺のと合わせて2着の白衣を何処からでも良いから取り出してくれ」
「白衣を?分かりました」
俺からの要求について深く問い質す事無く、湖晴はまず自身の首から紐で提げているタイム・イーターを操作して『Nuclear Technology』の統率者の部屋を調べ始めた。俺達が不審者である事がばれず、飴山のこれからの所為について変更の要求を通すには、俺達が組織の統率者に直接会って話し合うしかないからな。
そして、俺は今だに制服姿で、湖晴は血の付着した白衣を纏っている。どう考えてもこれでは科学結社の統率者には見えない。それどころか、不審者に見間違われる可能性もある。だからこそ、俺は湖晴に白衣を取り出して貰う事にした。綺麗で清潔感のある白衣を身に纏って、それなりの威圧感を出していれば組織の統率者も気付かないかもしれない。
タイム・イーターは本来は時空転移装置としての機械だが、時間停止等の様に別の機能も付いている。その内の一つで『過去から物を取り出す』と言う物がある。俺が初めて湖晴と出遭った時も、この機能を使用して湖晴は自身の血で真っ赤に染まってしまっていた白衣を『過去』の自身の白衣と入れ替えて着替えていた。
まあ、今回は湖晴が何時のどの地点から白衣を入れ替えるのかは分からないが、そこ等辺は任せておけば問題無いだろう。統率者室の検索はすぐに終わったみたいだったが、白衣の入れ替え作業には少々梃子摺ったのか、10分近くの時間を掛けた後、湖晴が俺に白衣を手渡して来た。
これからどうするかについて丁度考え終わった俺は、湖晴から受け取った白衣を制服の上から纏い、湖晴に声を掛けた。
「それで、統率者室はここからどのくらい掛かるんだ?」
「この施設自体がそれ程広くはないみたいでしたので、5分もあれば着くかと」
「そうか。それじゃあ、くれぐれも誰にも見付からない様に行こう」
「はい」
俺と湖晴は何処ぞの研究者か知らないが、真っ白な白衣を身に纏った状態で暗い突き当たりから、明るい廊下へと出て歩き始めた。その時、俺はふと呟いた。
「髪型変えといた方が良いかな?」
「大丈夫でしょう。次元さんみたいな髪型の方は沢山いらっしゃるでしょうし」
「それもそうだな」
まあ、俺は別にとげとげ頭だったり、髪を括っていたりしている訳ではない、ごくごく平凡でありふれた何の手も付けていない髪形だから、湖晴の言う通り、問題は無いのかもしれない。ただ、先程の追っ手の数人には俺と湖晴は姿を見られているので、いくら白衣姿になっていたとしてもすぐに正体がばれる可能性がある。と言うか、湖晴は白衣に血が付着しているか否かの違いしかないしな。
俺は湖晴の指示する通りに廊下を進んで行った。その途中、俺達は幾つもの研究室を通り掛った。ドアが少し開いていたり、曇りガラスになっておらず中が見える部屋も数箇所あったので、その室内を一瞬ずつ見たが、どれもあまり活気付いていない様に見えた。
即ち、その室内で研究していたり開発していたりしている科学結社の人達がどうも暗い表情なのだ。それもそうかもしれない。飴山が引き起こした事故によって大勢の仲間が失われ、大勢の怪我人が出たのだ。もどかしい気持ちになってしまうのも無理は無い。
他には、やはり先程よりは怪しまれていないものの、通り掛る白衣を纏った人達に必ず見られていた様な気がした。念の為にタイム・イーターは湖晴が着ている白衣の内ポケットに仕舞わせておいたものの、それでも、見覚えの無い2人組だからなのか、怪しまれていた。
俺は少しでもその違和感を解消する度に、一応廊下で擦れ違った白衣を纏った人達に1度だけ会釈をしておいた。それも、自然に、堂々と。その方が有効的であると判断出来たから、尚更だ。
先程湖晴が言っていた通り、暗い突き当たりから歩き始めて約5分後、俺達は他の部屋とは若干雰囲気の異なる1つの部屋の前へと辿り着いた。部屋の入り口である電子ロック式のドアには統率者室と書かれていた。
補足しておくと、俺達が時空転移して来たあの部屋のみがドアノブを使用した古式な構造の部屋であり、今目の前にある統率者室の様に他の部屋は全て電子ロック式のドアか、自動ドアになっていた。まあ、その方がセキュリティ的にも良さそうだし、何よりも科学結社っぽいもんな。
俺は俺の隣に立つ湖晴の事を一度だけ見、湖晴が頷いた後、呼び鈴用のボタンを押した。数秒後、目の前にあったドアが横向きにスライドして行き、統率者室の中があらわになった。中は何らかの企業の社長室を超近代的にした雰囲気の構造になっており、その中央に優しそうな、しかし今は何処か辛そうな表情の男性が立っていた。
その男性は俺と湖晴の様子を確認した後、俺が口を開く前に話し掛けて来た。
「もしかして『Time Technology』統率者の代行の方でしょうか?」
「え?あ、はい」
俺は別に『Time Technology』統率者の代行の様にたいそうな役回りを演じるつもりはなかったのだが、相手がそのつもりになってくれているのなら、それを利用させて貰う。
確か『Time Technology』の統率者、つまりはトップは杉野目だったと思うから、その名前を出せば更に信頼を獲得出来るだろう。
「ええ。私は『Time Technology』統率者、杉野目施廉の代わりとして例の件について統率者の意見を伝えに来た者です。私の隣の者も同様です。それで、貴方が『Nuclear Technology』の統率者でしょうか?」
「はい、その通りです。この度は内の者が申し訳ありませんでした」
俺の目の前にいる男は、心の動揺からなのか、俺の事を全く疑う事無く少し震えながら軽くお辞儀をして来た。それにつられて俺も一度だけ頭を下げた。
俺は男に指示される通りに、部屋の中にあった高そうなソファに座った。その隣に湖晴が座った後、俺は目の前のソファにも同様に腰を掛けている男に話を始めた。湖晴はこれからの計画の全てを俺に任せているらしく、特に何も言う事無く黙って俺と男の会話を見守っていた。
「それでは、今回の件の主犯である飴山有藍の所為に付きまして、我々の統率者の見解を述べさせて頂きます」
そんな在り来たりな前置きの後に続けて、俺は『Nuclear Technology』の統率者であるこの男性へ話し始めた。