第18部
【2023年09月25日22時34分52秒】
俺は栄長から、嘗て飴山が所属していたかもしれない『Nuclear Technology』と言う科学結社で、死者や負傷者が出る程の大事故が発生した事を聞いて知った。もしかすると、その事故は科学結社内で何らかの隠蔽工作が行われている可能性もあるが、その様な機密情報まではあの栄長ですら知っていなかったらしい。
以前は飴山の仲間だったが、何らかの理由で飴山の事を裏切ったらしい『Nuclear Technology』。俺はそれが何だったのか、又、飴山の過去とはどの様な物なのか。俺にとっては6人目の過去改変の為に栄長との通話は続いていた。
「栄長、他には何か書いてないか?」
『他には・・・・・うん。今言った事くらいかな』
「分かった」
電話越しで栄長の方からクリアファイルらしき物を捲る音が聞こえて来る。その様子から、どうやら『Nuclear Technology』の拠点で発生した事故については大して明記されていないみたいだ。
さて、次は何を聞くべきなのだろうか。取り合えず、過去に大事故があったとは言え、基本的には原子力爆弾のみたいな危険極まりない物を作り出す様な組織ではない事は分かった。だが、例の廃れ切った研究施設で飴山が起動させていた『何か』。俺はあの『何か』を爆弾であると踏んでいるが、実際の所は何も分かってはいない。その事も含めて栄長に知っている事を全て話して貰う事にしよう。
取り合えず、例の廃れ切った研究施設は一体何をする所なのか、そして『Nuclear Technology』についての他の情報も教えて貰おう。
その時、一瞬だけ電話越しの栄長の方から声が聞こえて来た。
『あ・・・・・』
「どうかしたのか?」
俺は、先程からタイム・イーターの調子を確かめているのかずっと操作し続けながら隣に座っている湖晴の様子を確認しながら、栄長に聞いた。
しかし、その答えは俺に帰って来る事は無かった。
『ちょ、ちょっと!やだ!勝手に取らないで・・・』
「栄長!?おい!栄長!どうしたんだ!何があった!」
唐突に聞こえて来た栄長の悲鳴とも取れるそんな大声に、俺は自分の心拍数が高まるのを感じた。ついさっきまでは何とも無かったはずの栄長に何があったのか、俺には想像も付かなかったが、少なくとも良い事が起きているとは思えなかった。
通話は切れる事無く、電話越しの栄長の方からは遠くの方で栄長の声がしていると言う事は確認出来たが、俺がいくら声を掛けてもそれに応じる事は無かった。栄長に呼び掛け続けている俺のそんな様子を隣にいる湖晴は心配そうに見ていた。
俺が呼びかけるのを止めてから数10秒後、ようやく何者かが栄長のスマートフォンを手に取った事が雑音で分かった。しかし、その何者かは栄長燐ではなかった。
『もしもし』
「!?」
聞こえて来たのは40~50代くらいの渋い中年男性の声だった。だが、その声はただの男性の声ではなかった。俺はその男性の声を、俺の体感時間で1週間程度前にも聞いた様な気がしたのだ。
栄長の安否も気になっていた俺だったが、一先ずは今通話している人物の確認をする事にした。俺は恐る恐る、ゆっくりと静かにその人物に質問をした。
「・・・・・あの、もしかして・・・・・燐さんのお父さんでしょうか・・・・・?」
『いかにも。私は栄長燐の父だ』
俺の想像通り、通話の相手は栄長の親父さんだった。俺は栄長の過去改変の際に、栄長に殺人をさせない為、そして必要以上の無理をさせない為に、更に過去へ遡ってこちらの身元を隠した上で栄長の親父さんへ忠告をした。その結果、栄長は無駄な殺人もする事無く、必要以上の無理もさせられていない為過去改変対称者になる事は無くなった。
しかし、何で今になって栄長の親父さんが俺と栄長の通話に参加するんだ?さっきの栄長の悲鳴とも取れる大声を聞く限りでは、栄長の手に持っていたスマートフォンを無理矢理奪い盗ったのだと思うが、そこまでする理由があるのだろうか?
まさか、自分の娘に余所者の男が近付く(電話する)のを嫌がるタイプの人なのだろうか。いや、将来的に大型科学結社を引っ張って行く存在になり得る栄長の事だ、許婚的な相手も決められているのかもしれない。それに、栄長の家はかなり金持ちだったみたいだし、尚更その可能性も有り得るだろう。
俺が余計な想像をしている時、通話越しで栄長の方から栄長の親父さんの渋い声が話し掛けて来た。
『初めまして・・・・・ではないかな。上垣外次元君』
「え?」
『以前は忠告ありがとう。君のお陰で燐は辛い道を通る必要が無くなった』
栄長の親父さんは俺にとっては1週間前、この世界にとっては16年前の出来事をさも世間話かの様に俺へ話し続けた。その内容は基本的に俺への感謝等だったが、俺は素直にそれを受け取る事が出来なかった。むしろ、違和感しか感じる事が出来なかった。
何で栄長の親父さんはご本人にとって16年前に俺が忠告した事を覚えている?そして、その忠告をした人物が何故俺であると言う事を知っている?確かあの時、俺は本名を名乗らずに偽りの名で勝手に忠告して勝手に去って行っただけのはず。うっかりサングラスを落として行ってしまったが、それだけでは何の手掛かりにもならないはずだ。
とてつもない違和感の中、沈黙してしまっていた俺だったが、再び栄長の親父さんの声が耳元に聞こえて来ると同時に思考を中断して現実世界へと引き戻された。
『さて、前置きはともかくとして先程君は燐に、ある科学結社について聞いていたね?』
「は、はい」
『その科学結社は「Nuclear Technology」で間違いないかい?』
「え、ええ。間違いないです」
俺は大人の男性の落ち着いた雰囲気の話し方に少々戸惑ってしまっていた。
もしかして、この話の流れは『お前が燐と話すのは100年早い』とか『一般人は科学結社について知る必要は無い』とは言われて通話を一方的に切られるのではないだろうか。それならば、栄長から無理矢理スマートフォンを奪った事も納得したくはないが納得出来る。
栄長の親父さんにそんな事を言われてしまうのであれば、先に俺の方から通話を切ろうと考えた俺は自分の台詞の後に続けて申し出る事にした。だが、俺のその台詞に対する答えは俺が予想していた物とは大きく異なり、むしろ嬉しい物だった。
「えっと、すみません。燐さんに電話をした事や科学結社について知ろうとした事が良からぬ事だったのであれば謝ります。それでは・・・」
『いや、私は別に君が燐と会話しようが、科学結社について知ろうとしようが何も言うつもりはない。私はただ、今君が欲しているであろう「Nuclear Technology」について教えるつもりで燐から電話を借りたんだよ』
「・・・・・え?そ、そうなんですか」
意外過ぎる返答に俺は再度戸惑ってしまった。
『君はまず、あの事故について知りたいのだろう?少し長くなるかもしれないが、私の知っている事なら全て話してあげよう』
「は、はい!宜しくお願いします!」
予定よりも遥かに多くの有益な情報が集まりそうな事と、思いのほか栄長の親父さんが良い人みたいな事に心から喜びを感じていた俺はその感情がそのまま声の調子に出てしまっている事に気が付いてはいなかった。
『あの事故は1人の人物が原子力爆発物、いや、小型原子力爆弾を組織の拠点に持ち込んだ事がきっかけとなって起こったんだ。本来はそれ単体では起爆しないはずだが、別の何者かが触れたのか、深夜に突然爆発を起こしてしまった。それがあの事故だ』
「その時に事故の真相が表沙汰にならない様に、何か隠蔽工作はあったのですか?」
『勿論あったよ。爆発したのが原子力爆弾だからね。周辺に一般の建造物が無かったからまだ良かったとは言え、この事故の処理と隠蔽工作の為の時間と費用は莫大な物だった』
やはり隠蔽工作は行われていた。それもそうだ。現代日本で原子力爆弾が独自に開発され、しかも爆発までしたとなれば大問題だ。国内での様々な反対運動発生は免れないとして、国外からも批判は相次ぐはず。場合によっては戦争にまで発展する可能性もある。
『その処理後、我々日本科学結社安全同盟の加盟科学結社の統率者27名はその事故の原因を作った人物1人に責任を取らせた。その人物が飴山有藍と言う当時13歳の少女だった』
「飴山・・・有藍・・・・・!?」
唐突に何の前触れも無く話に登場した飴山の名に、俺は驚きを隠す事は出来なかった。飴山は確かに俺にとっては6人目の過去改変対象者に選ばれてしまう程の重犯罪を犯した少女だ。だが、その過去にも10何人もの死者を出した事故の原因を作っていたと言うのか。そんな話、これまで1度も聞いた事が無かった。まあ、誰かが知っていたとしても、栄長の親父さんみたいに親切丁寧な人でないと教えないか。
そう言えば、飴山は確か自身が記憶喪失であると言っていた。もしかすると、数年前のこの事故と何か関係があるのだろうか。いや、ここまで来て逆に無い方がおかしい。
栄長の親父さんはさも俺の考えを見透かしているかの様に、俺の脳内の質問に答えて行く。
『飴山有藍は最初、事故を起こした責任の為に処分される事になっていた』
「処分って・・・・・殺されるって事ですか?」
『そう言う事だ。だが、彼女の所属している「Nuclear Technology」の統率者はそれを拒んだ。本人の考えていた事も理解出来なくはないが、やはり事故を起こしてしまったからには責任を取らなければならない。それが科学結社のルールだ。だから、その統率者は会議で言ったんだよ』
そして、栄長の親父さんのその次の台詞を聞いた俺の脳内で、これまでの事柄が全て繋がった気がした。
『「飴山有藍の記憶を消し、常に監視している状態を保つ。だから、あの子を処分する判決を変えてくれないか」と』
「!?」
『我々はその申し出を聞いた後非常に悩んだ。記憶を消して常に監視下にあるとは言え、飴山有藍は大量殺人犯だ。処分した方が安全なのは分かり切っている。だが、我々はその統率者の姿に心を打たれ、その申し出を受け入れた』
飴山が何故記憶喪失なのか、何故家族の顔を知らないのか、何故1人暮らしなのか、何故ストーカーに付き纏われていたのか、何故過去改変対象者になってしまったのか、何故この世界を壊滅させようとしたのか。俺には、それ等謎が次々と脳内で解かれて行く感覚が理解する事が出来た。
『さて、恐らく君が知りたいのであろう情報はこのくらいだ。他に何か聞きたい事はあるかね?』
「いえ・・・・・情報を教えて頂き、ありがとうございました!」
『気にする事はない。これからも燐とは仲良くしてやってくれ』
「はい!」
ツーツーツー
俺の返事を聞いた後、栄長の親父さんは静かに通話を切った。その後には、そんな電子音が聞こえて来るばかりだったが、俺は飴山の過去をほぼ完全に理解した事に満足していた。いよいよ、この複雑な過去改変が終わりになるかもしれない。そんな気もした。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
[栄長家宅]
「もう!折角次元君と話してたのに、何で携帯持って行っちゃうの!?」
「すまないな、燐。だが、彼が欲していた情報は全て話しておいたから、案ずる事は無い」
「え?次元君に話したの?お父さんが?」
「そうだが・・・・・おかしかったか?」
「ううん。何か、珍しいなって思っただけ」
「そうか」
「あと、私の携帯返して」
「ん?ああ、ほら」
「って、投げないでよ」
「それはそうと、燐」
「?」
「当然、分かっているんだろうな?」
「何が?」
「上垣外次元君がこの世界の特異点である事を」
「・・・・・・・」
「彼と仲良くするのは別に構わないが、彼のこの世界での役割は、燐だって知っているはずだろう?」
「お父さん・・・・・あまり、その話しは・・・・・」
「『彼はこの世界の人間ではない』。だからこそ『蘇生が可能』なんじゃないか」